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運命の皇子と伝説の乙女  作者: ふう
第一章 皇子の帰還

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51 帰郷

ディアーナ、逃げるように故郷へ。



 マルティオス辺境伯領へ帰ることを決めたディアーナの行動は早かった。

 次の日には退職届を出してお世話になった皆にお別れの挨拶に行くことにした。


 まずは鍛錬場で自ら率先して全員で腕立て伏せをしていたルドルフ団長に声をかける。


「おう、ディーか。

やっぱり帰るのか。ルークも一緒に。

お前程のヤツなら皆の良い手本になっただろうに。ほんとに惜しいぞ!」


と、残念がってくれて、ゴツいルドルフ団長がちょっとウルウルした目の子グマぐらいには見えた。


「離れていても我ら帝国に捧げる熱い思いは同じだ!女神アルテーアの加護の元に!」


と何故か第一騎士団全員が同じ動きの盛大なパフォーマンスで見送ってくれた。

ちょっと怖かった。


 次に向かったのは近衛騎士団長になったエディの所だ。

赤に見える茶髪に臙脂色の近衛騎士の制服を着てますます派手に見えるエディが、


「なぁ、本当に故郷に帰っちまうのか、ゴリラ姫。

まだ急がないだろ。考え直せよ。

お前が居なくなるとシスコン殿下が寂しがるって。

なぁ、ほんと、リオ殿下に黙って帰るのだけは止せよ。

後で俺がどれだけ愚痴を聞かされるか分かるか?」


 兄様は私の事をなんて伝えたんだ?と、ちょっと固まったが、ディアーナに手を合わせて残念そうなエディにこれからも兄のことをよろしくと頼んで団長室を後にした。


 次に宰相補佐官室にテレンスを訪ねる。

秀麗な顔の目の下に隈の消えないテレンスが銀縁眼鏡のブリッジを押し上げ、何故か不服そうに告げる。


「いきなりの退職届とはどういうことか。

ミリアムも一緒にとは。

まだまだ事件の後処理は終わっていない。

一緒にリオンハルト殿下の作る新しいこの国を見届けたいとは思わないのか。

これからこの国はますます良くなる。

次は堂々と夜会に出ることもできるのに。」


と、疲れた顔で寂しそうに少し笑うので、ディアーナはせめて少しでも疲れが取れるようにと軽く治癒魔法をかけた。


 そして最後に向かうのはビエナブルク大聖堂だ。

そこでレグルス様に挨拶をしてアレクサンダー殿下のお墓に参ってその足でマルティオス領へと発つつもりだ。

 本当は最後にリオンハルト殿下にお会いしたいと思ったが、すでにもう一介のメイドが御目通りを許される身分の方ではなく、今ちょうど第四騎士団の海上演習に三日間の航海に行っているらしい。

それにもしお会いできたなら、帰る決心が鈍るかも知れないとこのお留守の間の出立を決めたのだった。

 大聖堂で案内を乞うと、何故か大聖堂の一番奥の整えられた庭に面したテラスへ連れてこられた。

そこには遠くでお姿を拝見したことのあるツェルニッヒ大司教とレグルスがテラスに置かれた縁台に座って冷たいお茶を飲んでいた。

 大いに恐縮したディアーナが帰郷のご挨拶をすると、


「そうか、ディーちゃんは帰ってしまうのか。」


しゅんとする聖獣様はディアーナには大きなネコに見えた。


「リオンハルトめ、ぐずぐずしおって…。

まぁ、一度繋いだ縁というものはそう簡単には切れぬ。特におぬしらはな。

きっとまた逢う事もある。気をつけて行けよ。」


と、仰ることの意味はよく分からなかったが、大司教様と二人ニコニコと見送ってくれた。


「可愛い娘ですなぁ。」


「うむ。これも運命だからのぉ。」


という二人の会話をディアーナは知らない。


 後はアレクサンダー殿下のお墓にお別れに行くのみだ。

 アレクサンダー殿下の墓は大聖堂の横に広がる公園のように美しく花木が植えられたローゼンシア帝室の墓地の一角にある。

 受付で名前さえ書けば誰でも入れるその墓地は多くの人が訪れるが、今はひっそりとしておりディアーナは共に帰るカイルとミリアムに一人にしてくれるよう頼んでその中を歩いて行く。

 白い大きな大理石で掘られた墓が立ち並ぶ内の一つ、まだ真新しい墓石にアレクサンダー殿下の名と生まれと亡くなった年が刻んであった。

 隣にはエリーザベト皇妃の墓もあり、帝国民の人気を表すようにどちらも色鮮やかな夏の花がたくさん供えられていた。

 ディアーナも甘く香る白いユリの花束を供えてその前に跪く。


(お久しぶりですアレクサンダー殿下。

今までのことご覧になって下さってたでしょうか。

殿下の仇は討ちましたよ。

あれだけお心にかけていらしてたこの国の事は、殿下の意思を継いでリオンハルト殿下とテレンス様がきっと良い国を作ってくれるでしょう。

私は淋しいですがマルティオス領へ帰ります。)


 大公の処刑の後、大公がリオン兄様の出生の秘密に気づいたのはデビュタントの夜会の後、ディアーナが漏らした会話を密かに立ち聞きしたためだったと聞いた。

 あれからディアーナはあの時不用意にあんな事を言わなければ、いや、そもそも夜会になんか行かなければよかったと何度も何度も数えれないぐらい後悔し眠れぬ夜を過ごした。

 あの事が無かったら、今もずっとお母様とリオン兄様とマルティオス領で何事もなく幸せにくらしていたはずだった。

 でもそうしたら、アレクサンダー殿下や皇帝陛下は無事だったのだろうか?

大公の悪事は今もそのまま続いていたのだろうか?

命を懸けてリオン兄様を守ったエリーザベト皇妃様とお母様の思いを知ることもなく兄様はずっとそのままリオンハルト ライエンでいた方がよかったのだろうか…?

 ディアーナは今と違う未来を何度も考えてみるが、正しい答えを得る事は出来なかった。

 そしてあの時のことをいくら後悔しても過去を変える事は出来ないという現実に打ちのめされるしかなかった。


 ディアーナは立ち上がる。

夏の昼下がり、人影のない墓地のリラの木陰で緑に茂る葉を揺らして夏の風が吹き抜けていく。


(もう一度ダンスを踊りたいと言って下さったのに…。)


 アレクサンダーの墓を前にディアーナは旅装のまま、まるでダンスの時のお互いのあいさつをするように優雅なカーテシーをする。

そして一人ホールドを決めステップを踏み出した。


(全てはあの夜から始まった。)


 たった一度のダンス。

明るい青い瞳に濃い金の髪、春の夜の三日月のような穏やかな微笑み。涼やかな声。

アレクサンダー殿下のことを思い出すと胸が甘くドキドキして、もう二度と目にすることができない悲しみに目の奥が痛い。

 そんなディアーナに、葉の隙間からキラリと夏の眩しい陽射しが一瞬照らした。

その時、妄想のダンスでディアーナの手を取っていたのは、タンザナイトの紫紺の瞳に濃い金の髪、夏の朝の煌めく光のような力強い微笑み…


(リオン兄様…⁈)


ディアーナはハッとして動きを止めた。


(私は、何てことを考えた…⁈

まさか兄様のことを…。)


 ディアーナは一瞬胸によぎった想いに動揺し、考えないように無理やり封をして、静かにビエナブルクを後にした。



 

 ドニエーブル帝国の皇太女であるヴェローニカは、黒の宮殿の豪華な執務室で文官からの報告に激昂し、握っていたつけペンを二つに折った。


「何と!ベルゼルク大公が処刑されたと。

ローゼンシア帝国が我が帝国に賠償金を求めているだと!!」


その勢いに思わずびくりと身を震わした文官に怒鳴りつける。


「何と小賢しいっ!身の程知らずな者共よ。

で、父上は何と仰った?」


「はい。皇帝陛下(ツァーレ)も大層なお怒りのご様子で、再び軍隊を差し向けると仰り、一気に叩き潰すことをお考えでいらっしゃいました。」


「それでこそ偉大な我が父上。

なら次は(わらわ)が将軍の命を賜わろうぞ。」


ヴェローニカは濃い紅を乗せた薄い唇を歪めた。


(あのチェザーレ(オモチャ)を将軍に据えるような平和ボケしたローゼンシア軍など大した訳が無かろう。

あの新しく見つかったという冒険者だった皇子一人がたまたま強かっただけ。油断した我が軍も悪いのだ。

次は私が弱ったローゼンシアの息の根を止めてやろう。)



新たな戦乱の予感…。


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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