4 領地への帰還
つかの間の平和な日々…
青い空と紺碧に輝く海に白い波を立て、マストの上に高々とマルティオス家の紋章が入った旗を掲げた黒いキャラベル船が領都バレッサの港に入港する。
このバレッサはローゼンシア帝国で帝都ビエナブルクに次ぐ大都市で、西南に開けた大きな港があり、南の大陸や西の国々との交易が盛んな港町でもあった。
ここより西は広大な森と高い山脈があり国境となる。
帝都までは陸路で七日、海路では中型で速度の出るキャラベル船では三日で行くことができた。
ディアーナは甲板から近付いて来る白い石造りのバレッサの街並みと港のすぐ横に突き出した岬の上に建つ海の神を祀る神殿を眺めた。
港に入ると大小様々な船が停泊していて、埠頭に
領主の帰還を迎える騎士団の一団と兄リオンハルトと母アマリアの姿を見つけ大きく手を振った。
「リオン兄様ー、お母様ー!」
兄も気付き手を振り返す。
やがて船が接岸し、舫綱が投げられ、リオンハルトが慣れた手つきで岸壁に繋ぎ止める。
タラップが架けられる間ももどかしく、ディアーナは船縁を蹴って兄に向かって両手を広げて飛んだ。
リオンハルトは落ちてきた妹を軽々と抱き止め、
「おかえり、ディアーナ。
淑女になったんじゃなかったのか?」
と、眩しく笑っている。
(あー久々のお兄様のマリンノートの香り…今までのお兄様不足が解消されるわ…。)
と、ディアーナは深く息を吸いこんだ。
少しして、騎士団が整列する中をタラップを降りてきたジェラールが堂々と
「皆の者、出迎えご苦労。」
と、労いの言葉をかけ
「お帰りなさいませ。旦那様。」
と出迎える妻を抱きしめて
「変わりはなかったか、アマリア。」
と頬にキスを落とす。
ディアーナも母を抱きしめ、
「ただ今帰りました。お母様。」
と挨拶をする。
ジェラールは義理の息子で騎士団副団長であるリオンハルトにも留守中の労いの声を掛け、リオンハルトも笑顔で返している。
リオンハルトは母、アマリアの希望で再婚後もジェラールのことを義父とは呼ばず団長と呼んでいる。
マルティオス家の養子には入らずに亡き父の姓、ライエンを名乗っているが、辺境伯領の皆からは「若様」と呼ばれていた。
ジェラールもアマリアの連れ子であるリオンハルトのことは三歳の頃より自ら剣を教え、成長を見守ってきた。
今では魔力量も多く、剣の腕前も自分と肩を並べる程強くなった義理の息子を自分の後継者にしたいと密かに考えている。
もちろん、女でも爵位は継ぐことができるため、実子のディアーナが望めば女辺境伯として婿をとることも考えなくはないが、マルティオス騎士団は実力主義のためリオンハルトが相応しいと思っている。
その日の夜、バレッサの街の小高い丘の上に建つ砦のような堅牢な領主館、グランマスターズ城の大広間にディアーナの成人を祝う騎士団員、約百五十人を集めた大宴会が開かれた。
帝国最強を謳われるマルティオス騎士団の団員は全員で約三百人。
後の半分は国境を守る砦と周辺の街の警備に当たっているのでここにはいない。
たくさんのテーブルの上に豪快に料理を並べ、いくつものワインの樽とエール、前の中央のテーブルは領主一家の席となっている。
そして賑やかな祝いの宴が始まった。
いつもの騎士団の制服ではなく、今夜は珍しくドレス姿のディアーナに広間のあちこちから
「成人おめでとうございます!年頃だし、そろそろ落ち着いて下さいね!」
「ちゃんと淑女に見えなくもないですよ、お嬢!」
といった騎士団員の遠慮のない声がかかる。
騎士団の者は戦いとなれば命知らずの強者ばかりだが、普段は皆、気のいい連中である。
団長の父、副団長の兄に次いで実力のあるディアーナに、皆は感服しながらも親しく馴染んでいた。
「皆、遠慮なさすぎるだろ!
私はこれでもアレクサンダー皇太子殿下とファーストダンスを踊ったんだぞ!」
「「おおーっ⁈」」
と、会場からどよめきが起こる。
「えっ?皇太子様って病弱で起き上がれないって噂ですよね?」
「まさかお嬢、無理やりに…?」
「で、どうだったんです? 皇子サマは?」
と、周りがニヤニヤし始める。
「うん、まぁ…素敵な方だったかな…。」
何故かぎこちないディアーナは父と目が合った。
それを勘違いして皆はますます盛り上がる。
「はーっ!いっそのこと皇太子殿下の婚約者に立候補しますかぁ!」
「ば、ばかなこと言うな!そんな不敬なこと!
私の婚約者になる者は私より強くないと…。」
少し照れたのか赤くなったディアーナを皆が囃し立てる。
「そんなこと言ったらこの国にはいないじゃないですか!お嬢。」
「俺でよければお相手になりますよー!」
「あっ、オレもオレも!」
「いい加減にしろ、お前達!」
低い声が話を遮った。
「ディアーナの婿を望む者はまず俺を倒してから来い!」
と、リオンハルトが怒鳴る。
「そうだ、俺もいるぞ!」
と父も続く。
「えーっ!それじゃますます誰にも無理じゃないですか!」
どっと笑い声が起こり、再び賑やかに宴は続いていく。
そんな中、母、アマリアがなぜか密かに眉をしかめていたことに気付く者は居なかった。
ディアーナ愛されてます。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。