37 陰謀
大公 対 宰相室特任調査官
アレクサンダー皇太子の亡き後、皇弟であり皇位継承順位一位となるはずだったアウグスト ベルゼルク大公は腹の底が煮えるような苛立ちを握っていたペンにぶつける。
ペンは真っ二つに折れ、インクが滴り書類に真っ黒なシミを作った。
その書類には召喚状とあり、宰相室特任調査官テレンス ワイマールと署名が入っていた。
後宮の皇族専用の湧水の井戸の底から瘴気に汚染された魔石が見つかり、皇太子と皇帝の病と最近の急な体調の悪化は、侍従の証言によりこの水が飲用されていたためと断定された。
それにより、何者かがお二方を害する意図があったとして特別の捜査機関が置かれることとなった。
先日、帝都の治安を守る第二騎士団により、今までその実態がよく掴めていなかった闇ギルドが摘発された。
正式に運営されているギルドとは違い、闇ギルドと呼ばれる組織は、金さえ払えば違法な物品の売買や誘拐、人身売買、殺人さえも依頼を受けるといわれる反社会的な組織である。
そういう組織だからこそ、依頼の内容や報酬などは全て口頭で伝えられ一切証拠を残さないとされる。
仮に捕まったとしても何も証拠が無いために言い逃れができるのである。
しかし今回その慣例を逆手に取り、何らかの依頼の成功報酬を誤魔化して少なく支払い、闇ギルドとトラブルになっている貴族がいると通報があり、闇ギルドの摘発となった。
その貴族の名はオルドス ケプラー。
伯爵家の次男でベルゼルク大公の秘書官であり、今回の召喚状により呼び出された人物である。
大公は黒髪で細い銀縁眼鏡の奥の冷たい眼差しのテレンスの顔を思い浮かべてギリギリと歯噛みした。
(クソッ。宰相の小倅め!この儂を挑発しているのか。)
名目上は第二騎士団が摘発した闇ギルドについての参考人として話を聞きたいとのことだが、官吏ではなく大公が私的に雇っている秘書なので一応大公の許しを得たいという形にしているが、明らかに大公に対する牽制である。
ケプラーを捕えた上で芋づる式にこちらの手の内を暴いていく魂胆だろう。
だが噂のみで確たる証拠は無く、ギルド全体の摘発は叶わず元ギルドのメンバーの個人的な犯行としてギルドはまるでトカゲのしっぽを切るような対応をしているとも聞く。
(全くケプラーの奴め、報酬をピンハネしようなどしみったれた事をするからだ。馬鹿者め!
これ以上、探られないように少し勿体無いが切るか…。)
大公は苛立ちを隠さず、ケプラー秘書官を呼ぶよう言いつけた。
(十年、十年もの長い間待ったのだ!
今更この計画に水を差されてたまるか!
やっとアレクサンダーが死んで儂とチェザーレが後一歩で帝位に就くはずだったのに。
今になって何だ。突然双子だっただと⁈
ギルドの奴らも暗殺に失敗しよってからに。
くそ忌々しい奴め。皇帝の座は渡すものか!
何としてでも阻止してやる。)
ベルゼルク大公がこの野心を抱き始めたのは約10年前、皇帝が贅沢病を発症し、何人かいた側妃を全て後宮から帰した頃に始まる。(一名例外はいるが)
つまりもうこれ以上、アレクサンダー以外に皇帝の子は出来ないという事だ。
必然的に大公とその息子が継承権二位、三位と決まり、もしアレクサンダーに何かあったなら…。
昔、子供の頃から大公は兄のスペアとしての地位に甘んじてきた。
兄は隣国の王女だった皇妃の子で、大公は、皇妃が兄を産んだ時にもう子が出来ない体となった為に置かれた側妃の子である。
大公の母の側妃は帝国の子爵の娘で大公を儲けたが、残念ながら皇帝には寵愛されず、子を産め無くなってもなお仲睦まじく、自分より遥かに高い身分を持つ皇妃とその血を受け継ぐ兄皇子をいつも恨んでいた。
全てに優秀で両親から周りから愛されていた兄皇子と、何をやっても平凡でそのくせ傲慢な弟皇子との差は歴然で、それをまだ理解出来ない子供の頃から大公は母から理不尽とも言える厳しい叱咤を受け続けてきた。
そんな兄が皇太子に皇帝となり、聖コンティス王国の宝石姫と呼ばれていた美しく明朗な妻を娶り政略結婚とは思えないほど睦まじくしている。
弟である自分は公爵位を賜り帝国の公爵令嬢を娶ったが、妻は気位が高く見目もほどほどで夫婦仲は大変悪く子を成してすぐに離婚してしまった。
なぜ自分だけがまるで貧乏くじを引くように悪いことばかり続くのか。
その頃は運命を呪うばかりだった。
そうしているうちに皇妃が皇子を産んで亡くなり、皇帝も病気を発症して継子はただ一人。
ベルゼルク大公は思った。
運命は自分を見捨てなかったと。これは自分に与えられた天命だと。
その時、ノックの音がしてケプラー秘書官が入ってきた。
「お呼びですか?閣下。」
「ケプラーよ。お前に宰相室特任調査官より呼び出し状がきた。」
「えっ⁈ そ、それは、あの事がバレたのでしょうか…。」
「いや、逮捕状ではなくただの召喚状だ。
が、例のギルドの者が拘束された。
その時にお前の名が出たそうだ。お前、奴らと揉めていたな。」
「それは…。それでは私は一体どうすれば…。」
インク汚れのある書類を手にして落ち着きなく体を動かす秘書官に大公は、
「大丈夫だ、何とかする。
だがこのまま捕まってしまうのは非常に困るのだ。
だからお前、しばらく帝都を離れろ。
儂が手配してやるから田舎にでも身を潜めておけ。
今夜からすぐにだ。いいな。」
「は、はい閣下。でも私は、これからどのようにすれば…。」
「後の事は心配するな。手筈は整える。
何、しばらく休暇のつもりで見つからずのんびりしていればよい。
あの件が計画通りに片付けば儂の世となる。
すぐに呼び戻してやる。
その時はお前は儂の第一の側近となり、ゆくゆくは宰相になれるかも知れんぞ。」
大公はニヤリと笑った。
次の日、召喚状の通り、オルドス ケプラー秘書官の身柄を引き受けに来た調査官達は手ぶらで上司のテレンスの元へ帰ることとなった。
大公側の説明によると、召喚状の事を知ったケプラー秘書官はその日の夜の内に誰にも告げずに姿を眩ましたという。
こちらとしても急な話で仕事が滞って困っているとの事だった。
テレンスは悔しさにほぞを噛む。
そしてケプラー秘書官の捜索状が第二騎士団に出された。
そしてその次の日、ビエナブル港に男の水死体が浮いているとの通報があった。
それは行方を眩ましたケプラー秘書官だったとテレンスの元に報告があった。
(クソッ、一足遅かったか。
せっかく手掛かりを掴んだのに…。)
あの瘴気に汚染された井戸を見つけた後、テレンスはディアーナ達と共に犯人を挙げるべく行動を起こしていた。
何としてもアレクサンダーの仇を討ち、皇太子と皇帝の命を狙うという国家を揺るがす陰謀を暴いてやると心に決める。
子供の頃から武力に関しては平凡だった自分は、「マルティオスの閃光」と二つ名を持ち、S級冒険者だったと聞いているリオンハルトや同じく「マルティオスの戦姫」と呼ばれているディアーナとその従者のクルトール兄妹よりも比べるまでもなく弱い。
でもその代わり、必死で学んできた頭脳がある。
適材適所、自分は知力でこの国の為に力を尽くすのみ。
今回はディアーナやカイル、ミリアムの聞き込みの甲斐あって大公に繋がるケプラー秘書官がその問題の井戸に近付くのを見たという証言や、違法な闇ギルドで何かを依頼し、金銭の事で揉めているとの噂を掴み、これを手掛かりに犯人に一歩近づいたと思っていたのだが先手を打たれたようだ。
これを機に、この国の裏に蔓延る膿を出して綺麗にして、近々皇子として発表される奇跡のようなリオンハルトの存在をこの国の新らしい希望として確かなものにしたいと決意を新たにした。
「ケプラー、お主も悪よのぉ」
「いえいえ、大公様程ではございません。」
「「ヌハッハッハッ…。」」
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




