3 疑惑のデビュタントボール 下
あなたとワルツをともに
ローゼンシア帝国では、デビュタントとして宮殿での夜会に招待されるのは子爵以上の上位貴族で上から公爵、侯爵、伯爵家の爵位を持つ家の子女のみだ。
今回、十六歳を迎えるデビュタントは男女合わせて42人で、まずは公爵家の令息二人から皇太子は挨拶を受け、お祝いの言葉をかけている。
次にディアーナの名前が呼ばれた。
マルティオス辺境伯家は爵位としては伯爵になるが、帝国に三つしかない辺境伯家でしかも当主である父ジェラールは帝国海軍の提督でもあるため地位は公爵家と同等かそれに次ぐものとされている。
ディアーナは父とともに前へ進み美しいカーテシーをして口上を口にする。
「帝国の若き太陽、アレクサンダー皇太子殿下に辺境伯ジェラール ディ マルティオスが次女、ディアーナが成人のご挨拶を申し上げます。」
そしてゆっくりと顔を上げて動揺を隠して微笑んだ。
兄によく似た面立ちの青い瞳と目が合う。
「マルティアス辺境伯、よい娘を持ったな。
聞けば剣の腕前もなかなかだとか。」
「はい。お褒めいただき光栄に存じます。」
父はそつなく返事をしている。
(近くで見てもやっぱり兄様に似てる…。)
不躾にじっとお顔を見ていたディアーナに皇太子はフッと微笑んだ。
ハッとしたディアーナも
「き、恐縮にございます。」
と、深々とお辞儀をして父とともに御前を下がった。
そして全員の御目通りが済み、次はデビュタントによるファーストダンスが始まる。
父とともにダンスをするべくホール中央に進んだ時、玉座から皇太子が降りてきてディアーナの前に立った。
そして優雅な一礼をして、
「ディアーナ嬢とのファーストダンスの栄誉を私に。」
と、白い手袋をはめた右手を差し出した。
会場からはどよめきと、女性達の黄色い声と鋭い視線が向けられた。
突然のことにびっくりしたディアーナだが、恥じらうように
「喜んでお受けいたします。」
と、左手をそっと乗せた。
通常は父や兄、婚約者などエスコートをしてきた者と踊るが、ディアーナはもちろん、皇太子にも三年前に婚約者が事故で亡くなったため、まだ婚約者はいなかった。
人々が注目している中、皇太子にとっても成人してから初めての舞踏会となるため、少しぎこちなく二人のダンスが始まった。
ディアーナは改めて皇太子殿下を見る。
濃い金髪に青い瞳、白い礼装の軍服姿の皇太子は正しく物語に出てくる王子様のようだ。
兄にそっくりな美しく整った顔立ちと、腕を回して分かる細い身体。
例えるなら兄、リオンハルトが清々しい真夏の朝の太陽なら殿下は早春の夜の朧に霞む三日月のようだ。
それに不思議なことに、体が触れた時に微かに感じた皇太子殿下の魔力の波形というか性質が兄と驚くほどよく似ている。
この世界のほとんどの人が魔力を持っている。
ただし、その魔力を実体化できるほど多くの魔力を有している人はほんの一握りで、そのほとんどが貴族である。
むしろ強い魔力を持っている者達が王族や貴族になったといえるだろう。
そんな中でもディアーナの魔力はかなり多い方だったので触れた相手の魔力の波形を感じることができる。
顔だけでなく魔力の波形も兄に似ている皇太子殿下とワルツを踊っていると、夕刻に屋根の上で一人で妄想していたように本当に兄と踊っているように感じてドキドキした。
少し緊張しているようだが楽しそうに踊るディアーナに皇太子は声をかける。
「ディアーナ嬢はダンスが好きか?」
「はい。殿下もお上手でらっしゃいますね。」
「そうか? 私は今までずっと伏せっていることが多かったから舞踏会に出ることがなくて、実は今日が私もファーストダンスなんだ。」
「えっ? では殿下もデビューおめでとうございます!」
ディアーナはエメラルドグリーンの瞳を輝かせ、無邪気な笑顔を向ける。
皇太子アレクサンダーはこの目の前の美しい娘を不思議な気持ちで見た。
最初に見た時の強い眼差しが印象的で思わずダンスを申し込んでいた。
年頃のまだ婚約者のいない貴族の娘達が、鋭い目で自分を品定めし、媚を売るような笑顔を貼り付けている中でこの娘の真っ直ぐな笑顔が珍しかった。
それに触れてわかったこの娘の魔力は自分と相性が良いのか心地よく感じ、思わず口元が綻んだ。
そうして踊っているうちに曲も終わりに近づき、病弱と言われている体に無理がでたのか皇太子の身体からガクッと力が抜ける。
ディアーナは咄嗟に腕に力を入れて皇太子の細い体を誰にも気付かれないように支えた。
「すまない。少し疲れたようだ。」
青い顔をした皇太子にディアーナが囁く。
「大丈夫です殿下。私に少し治療をさせて下さい。」
そう言ってディアーナは殿下の体調が良くなるようにとの想いを込めて両手から魔力を流した。
アレクサンダーは驚きのため目を見張る。
触れているディアーナの手から温かいものが体の中に流れ込んできて、疲れや息苦しさがじわじわと軽くなっていく。
「何と! 君は治癒魔法が使えるのか。」
「ええ、少しですが。」
魔力にはいくつかの属性がある。
代表的なものが火、風、土、水の自然界の四大元素に係るものである。
人によって使える属性や得意な属性など様々で、ディアーナや父は全ての属性を使うことが出来るが特に水系を得意としている。
兄も同じで火の魔法の使い手である。
そんな中でも治癒や浄化の魔法は大変希少で、特に強い能力を持つ者は教会が保護し、聖人や聖女として崇められている。
ディアーナもその能力を持っているがそれほど強いものではなく、軽く怪我を治したり体の不調を楽にしたりする程度だが、それでも傷の絶えない騎士団では大変重宝されている。
そして曲が終わり、かなり不調が収まったアレクサンダーは少しの名残惜しさを感じつつ、お互い優雅な礼をして去っていく白銀の髪の娘を見つめた。
これ以上ダンスを続けることのできるのは婚約者か夫婦、家族のみである。
盛大な拍手が止み、皇太子は
「これにてこの場を失礼する。皆の者良き夜を。」
と、続いてダンスの相手をして欲しそうな令嬢達に気付かないフリをして会場を出て行った。
舞踏会が終わり、まだ熱気が冷めやらぬサラセナ宮殿の回廊をディアーナと父ジェラールが帰って行く。
周囲に人のいないことを確認したディアーナは待ちきれないように小声で話しかける。
「父上、一体どういうことでしょう。
皇太子殿下はリオン兄様と同じ顔をしていらっしゃいました…。」
「ああ、俺も成人されてから初めてお顔を拝見したが驚いた。」
「実はそれだけでなくて、ダンスの時感じた殿下の魔力も兄様ととてもよく似ていて…」
「ディア、これ以上は!」
ジェラールはディアーナの言葉を遮り辺りを見回す。
釈然としない表情を浮かべ無言で父娘が去った後、回廊の大きな柱の陰に真っ黒な人影が音も無く暗闇に消えていったことを二人は知らなかった。
謎の黒い影…
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。