28 深淵の泉
束の間の穏やかな日々
聖廟に詣でてからしばらく経った日の午後、リオンハルトは王宮の広い庭でフィリップ王太子に剣の稽古をつけていた。
フィリップ殿下はまだまだ拙いながら、素直にリオンハルトの指導に従い、剣の腕を上げている。
父王と同じく弓が得意で魔力量も多く、勉学にも励んでいて将来は良き王になるだろうなとリオンハルトはこの年下の従弟を好ましく見た。
その時、
「フィリップ、リオンハルト殿、二人ともそろそろ休憩なさいな。」
振り返るとニコニコと微笑みながらマリールイーズ王妃とフィリップ殿下の姉のグレース王女がやって来た。
侍女達がガーデンテーブルに手早くお茶の用意を始める。
「母上、姉上、ありがとうございます。
行きましょう、先生!」
そして四人は菓子をつまみながらお茶を楽しんでいると、今度は侍従を連れたフェルディナンド陛下も現れた。
「楽しそうだな。ご一緒しても?」
「父上!」
嬉しそうなフィリップ殿下の横で立ちあがろうとするリオンハルトを手で止め、椅子に座りながら陛下は声をかける。
「フィリップの様子はどうかな?リオンハルト。」
「はい。順調に上達されています。
特に弓の扱いは素晴らしく、魔力を載せる練習を積んでいけば良い弓使いになるでしょう。」
「そうか、よろしく頼む。」
「私も父上やリオン先生のように強くなれるよう頑張ります!」
意気込むフィリップ殿下を中心に笑い合い、春の日差しのような和やかな場所はリオンハルトの荒れた心を癒してくれた。
それでもリオンハルトはこんな穏やかな日々の中で焦燥感が増していくのを感じていた。
(そろそろ進まないと…。)
心を決めたリオンハルトは夜、伯父の執務室の扉をノックした。
それから数日後の早朝、リオンハルトはフェルディナンド王と宮廷占星術師長のエグシオ モラーニュと共に再び聖コンティスの聖廟に来ていた。
広い聖廟の中の正面にある祭壇の裏へ回るとそこには重厚な鉄の扉があった。
その前まで来るとフェルディナンド王は護衛達に告げる。
「天啓により深淵の泉への扉が開かれる時が来た。
その扉の先へと進める選ばれし者がこの者、リオンハルトである。
これよりは聖域、聖コンティスの血を受け継ぐ我が王家の者のみが入れる場所である。
皆の者はしばしここで待て。」
王は銀色の鍵を差し込み重い扉が開かれた。
同時にリオンハルトは金の指輪を指にはめると強い光が放たれ、本来の黄金色の髪と紫紺の瞳に戻る。
驚きの声を漏らす護衛達の中にエディの姿を見つけたリオンハルトはわずかにうなずき、フェルディナンド王とモラーニュ師長とともに扉の中へ入って行った。
重い扉が閉められたその中は、光の全く入らない闇で、魔道具のウォールランプが照らすその空間は思いの外広く、石造りの長い廊下とその先は下り階段となっていた。
「なるほど、あの階段を下りた先に深淵の泉への扉があるのですな。」
靴音を響かせて進む三人のうちのモラーニュ師が興味深そうに呟く。
そしてリオンハルトは疑問に思っていたことを訊ねる。
「あの、モラーニュ師長は王族なのですか?」
「おお、これは失礼を。
私も古い王族の端くれでして、この白くなった髪は元は陛下と同じ薄い金色で、今は少し濁っておりますが瞳の色もリオンハルト様と同じ色でした。」
「そうだ。モラーニュ師は亡き父王とは従兄になる。私の魔術の師でもあった。」
「そうでしたな陛下。エリーザベト様と二人ともとても魔力が強く、良い弟子でありましたぞ。」
「ははっ。懐かしいな。
リオンハルト、そなたも私とエリーとよく似たとても強い魔力を持っているな。」
「そのようですね。自分の魔力と似ている人に会ったのは初めてです。」
「それに加えてお父上様の方のローゼンシア皇室の強い攻撃の魔力もお持ちのようですな。」
「えっ⁈ 初めて言われました。」
「これからその力がきっと役立つ時が来るはずです。
いや、来たるべき時の為にあなた様に授けられた力でしょう。」
「私にそのような特別な力が本当に有るのでしょうか…。」
「リオンハルト、我がカレルギー王家の初代の王が聖コンティスであることは知っているな。」
「はい。魔術師の祖と云われるお方ですね。」
「そうだ。聖コンティスは膨大な魔力を持っていた。
それとともに神より啓示を下される預言者でもあった。」
地下へ下りる長い階段を足の覚束ないモラーニュに合わせてゆっくりと下りる三人は静かに王族としての話を始める。
「預言者ですか…。」
「リオンハルト、他国のような強力な軍隊や騎士団を持たない小国が、一千年の長きに渡りどこの国からも侵略を受けず、カレルギー王家が続いているのは何故だと思う?」
「…聖コンティスの血への畏れでしょうか?」
「ホッホッ。流石に選ばれしお方は聡くいらっしゃいますな。」
「正解だ。聖コンティスの血を引く我が王家には世界の混乱と災いを防ぐ為に稀に女神アルテーアから神託を受ける預言者が生まれる。
モラーニュ師やそなたの母、エリーザベトもそうだ。」
「えっ。母上が…。」
「そうだ。そなたの母も預言者だった。
そなたを必死で産み生かしたのもこの為だったのかも知れないな。
だからケスニア教を崇める国々は我が国を聖地と捉え、カレルギー王家の血を尊ぶ。
故にエリーのようにローゼンシア帝国のような大国や過去にも数々の国からも妃にと望まれて縁づいてきた。
ケスニア教の総本山のあるラスティーニ公国の代々教皇を輩出しているサヴォア家も同じだろう。
まぁ、ケスニア教を信仰していない南の大陸の国やすぐ北に隣接しているドニエーブル帝国を除いてではあるが。」
「そうです。リオンハルト様。
過去、何度か神託が下され、その度に世界は救われてきました。
今、向かっている「深淵の泉」の奥にその災いに打ち勝つ為の何かがあると言われおります。
その扉の中へ入れるのは聖コンティスの血を引く選ばれし者のみ。
よってカレルギー王家は預言者のみならず救世主の家系でもあるのです。
直前にその扉が開かれたのは今から約100年前、三代前の王の時でした。
その時代、かつて無い規模で疫病が蔓延し、たくさんの人が亡くなり、多くの国が疲弊し、争いが起こりかけたのです。
その時神託が下され、選ばれたのはこの国の王女でした。
そのお方は深淵の泉で疫病の特効薬を授けられ、無事に争いの火種を収めたと言われております。
そして今回、私が注目しましたのはリオンハルト様の祖国では「暗黒の五十年」と呼ばれている約500年前の事例です。
双子の皇子が皇帝の座をかけて国を二分して争い、他国の侵入を許し、ローゼンシア帝国は実質上無くなりました。
その戦乱を収めたのが、このカレルギー王家の王女であった側妃を母に持つ第三王子でした。
神託によってそのお方がこの深淵の泉の試練を受けて神話の聖獣様と契約を交わされたと伝えられております。
その血を引くリオンハルト様も何か特別な意思に導かれて此処にたどり着き深淵の泉の試練に立ち向かおうとしている。
これは偶然ではなく必然だと私は思っております。」
リオンハルトはモラーニュ師が語る話を驚きを持って聞いた。
帝国学園でもこの話は歴史の授業でしっかりと教えられている。
この戦乱によって三つの国が滅び、聖獣とマルティオス公国の支援を受けた第三王子が国を再興させた事、よってローゼンシア皇室では男の双子が禁忌となった事も学んだからだ。
(そうか。俺は歴史的な瞬間に立ち会うのか…。)
リオンハルトは緊張する指を握り締め、階段の下り切った先のホールの奥に現れた聖コンティスの紋章の彫られた大きな石の扉の前に立った。
リオンハルトいよいよダンジョン攻略
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