23 魔獣討伐 上
リオンハルトの冒険
「すごい人出だな。」
エディが白い息を吐きながら辺りを見回す。
リオンハルトとエディはいくつもの街と山を越え、ギルドの依頼を幾つかこなしながらやっとたどり着いた、新年の華やいだ雰囲気にごった返す聖コンティス王国の王都、ツェルンの市場を歩いていた。
このケスニア教の聖人の名を冠する国は大陸のほぼ中央に位置し、豊かな自然と古い歴史を持つ内陸の小国である。
聖コンティスの子孫であるカレルギー王家は、代々強い魔力を持ち、国王が大司教も兼ねる宗教国家でもある。
王都ツェルンにはケスニア教の聖蹟が数多く残っており、大陸の東西南北の国の街道が交差していることから交通の要所として、巡礼者と商人達で賑わう活気のある古都であった。
王都の中心には白亜の王宮がそびえ建ち城壁の上にはこの国の紋章、聖杯を囲む二本の百合の旗が翻っていた。
この国は小国ながら代々英邁な王によって統治されてきた豊かな国だ。
市場には国の内外の様々な商品が並び、食べ物を売る屋台が連なり美味そうな匂いと温かい湯気を漂わせている。
鮮やかな異国の衣装を着た人々や幸せそうな家族連れを眺めながら、リオンハルトはヤギの乳で茶葉を煮立て蜂蜜とジンジャーやスパイスを入れた温かい飲み物を手に広場の長椅子に座っている。
隣でエディはシナモンやフルーツを入れたホットワインを飲んでいる。
リオンハルトは喧騒の中、昨年の秋のマルティオス領の祭を思い出す。
それ程時が経ったわけではないが、なぜか遠い過去のことのようだ。
(もうすぐ帝国学園の卒業舞踏会か。
結局一度もエスコートしてやることが出来なかったな。
ああ、ラディアスと行っているか。
もしかしてもう婚約も…。)
と、二つ国を隔てた遠い地より義妹の事を思う。
一度失ってしまった場所はそう簡単には元には戻らない。
ほろ苦い思いを噛み締めながら冷めかけのお茶を一気に飲み干した。
「さぁ、そろそろ行くか。」
二人が向かったのは王都でも有数の武器や道具を扱う店だ。
どっしりとした構えの店のドアを開けると店主らしい男が声をかける。
「いらっしゃいませ。ご入用は何でしょうか。」
「ああ、キマイラの討伐に行きたいので必要な物を。」
「おぉ、あのウォレム山脈のキマイラですか。
お客様は冒険者なのですね。かしこまりました。」
数年前、聖コンティス王国の北の国境になっているウォレム山脈に災害級といわれるキマイラが棲みついた。
キマイラとは神話にも出てくる魔獣で、ウォレム山脈に出現したものは鷲のような頭に翼を持ち、体は狼のような四本足で尾は蛇となっており、強い氷の魔力を持っていた。
そのためそこを通る街道や麓の村も瞬く間に元々標高の高い北の寒冷な地域ではあったが人の住めぬ氷の世界へと変えてしまった。
すぐさま聖コンティス王国の国軍である聖騎士団がキマイラ討伐に派遣されたが魔力を無効化する力があったため歯が立たず、冒険者ギルドに依頼が出された。
過去に何組もの冒険者達が討伐に挑戦するが、未だなし得ず、今回リオとエディが聖コンティス王国へ行く目的の一つとして依頼を受けたのだった。
「本当に助かります。
アレのせいで国境近くの村は人が住めなくなり、北のドニエーブル帝国へ行く街道が通れなくなって、その近くの私の出身地のヒルドの街もウォレム山脈から逃げてきた魔獣の被害を受けるようになり、街道の人の行き来も減ってすっかり寂れてしまいました。
どうかご無事に討伐して下さることをお祈りします。
よろしくお願いいたします。」
と頭を下げた。
店主によると、キマイラは夏になると深い洞窟の入口を分厚い氷で固めて冬眠(夏眠)するので夏にはわずかに冷気は緩むが、春と秋は特に凶暴になり、討伐するには冬のこの時期が良いと言う。
氷に対抗する炎の魔術が必要とされ、リオンハルトは火矢を放てる比較的短かくて威力のあるコンポジットボウと冷気と熱を防げる魔道具のマントを購入した。
夜、明日の討伐に備えて早めに宿の近くの酒場に入る。
二人で夕食を取っていると、まだ客が少なく暇なのか店の女達が二人を取り囲む。
「お兄さん達は旅行者?」
「そうだ、冒険者だ。」
「へえーっ。だからこんなにカッコいいんだ。
この人、ものすっごく美形なんだけど。」
「こっちのお兄さんもワイルドで素敵っ。」
「おいおい、嬉しいけど俺たちは明日討伐で朝早いんだからお触りはナシだ!」
と、エディが苦笑する。
「えーっ。つれないわねぇ!」
「それにそっちのヤツは強めのシスコンだから無駄だ。」
「おい、シスコンって…。」
「だろ?」
「まぁ、俺の妹はとても可愛くてもの凄く強いからな。」
「ほらな。え?でも強いって…?」
「ああ、ゴリラ達の中の姫だ。」
エディの頭の中には頭に冠をつけてぱつぱつのドレスを着て雄たちを従える雌ゴリラの姿が浮かんできて思わずブルッと両腕をさすった。
翌朝、夜明けとともに二人はウォレム山脈へと向かう。
王都ツェルンからは馬で一日の距離だ。
今日は店主の言っていたウォレム山脈まで一番近くの人の住む町となったヒルドの街で一泊する予定だ。
そしてその日の夜、閑散としたヒルドの街の宿でリオンハルトは中々寝付けず取り敢えずベッドに横になる。
明日はいよいよキマイラの討伐だ。
S級にはなったが、まだ駆け出しと言ってもよい冒険者の自分にとってこの討伐は無謀な事かもしれない。
だが、色々考えて今は肩書も何も持たないただの平民の自分がこの国の王族に御目通りが出来るかもしれない唯一の方法なのだ。
明日は必ずキマイラを倒さなければならない。
そして無事討伐してキマイラの魔石を献上するのだ。
亡き本当の母のこと、母が残したこの国の紋章のついた指輪の事を聞くために。
次の日、ここから先は雪が深くなってくるため、馬を宿に預けて街道を徒歩で進む。
冬のことで元々寒い所であったのだろうが山が近づくにつれだんだんと雪が深くなり、廃れた村へ着いた頃には雪と氷で一面銀世界となっていた。
カチコチに凍った家々や森を過ぎ、峠のてっぺん辺りに差し掛かった時にリオンハルトは強い瘴気を感じた。
「エディ、強い瘴気だ。近くにいる!」
「リオ、上だ!」
切り通しの崖の上に、二頭立ての馬車の二台分ぐらいはありそうな異形の魔獣がこちらを見下ろし立っていた。
鷲のような鋭い嘴を持つ頭には金色の目が三つあり、胴体は銀色の体毛の狼のような獣で茶色の翼を持ち、尾は黒い大蛇でこちらの方に牙を剥いていた。
そのキマイラと呼ばれる異質なものが合成された巨大な魔獣は、バサバサと翼を広げてリオンハルト達の前へ降り立ち、闖入者を睨みつけるように威嚇してグギャアアアーと咆哮した。
街の人に話を聞くのは冒険者の基本です。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




