21 深まる謎
今回もテレンス目線です。
報告書の内容を反芻しながらテレンスはムカムカするような焦燥感で自然と後宮へ向かう足取りも早くなる。
先触れを出しておいたお陰でアレクサンダー皇太子の私室へはすんなりと通された。
と、言っても何年も前からほぼベッドの上で生活しているアレクサンダーに面会者は少ない。
寝室ではなく今日は応接室に通される。
そこへ入ると久々にきちっと服を着てソファに座っているアレクサンダーがいた。
「御尊顔を拝し恐悦至極に存じます。
本日は先日の件でご報告に参りました。どうか
お人払を。」
とテレンスは嬉しさを滲ませて恭しく頭を下げる。
「テレンス、そう畏まらなくてもいい。
この者達は新しく私の専属メイドとなったアンナとリアだ。
心配せず話してくれていい。」
アレクサンダーが顔を向けた先には黒髪に眼鏡のスラリとしたメイドと焦茶色の髪にスタイルの良いメイドの二人が壁際に控えていた。
「悪いが防音魔法をかけてくれ。それとお茶を頼む。」
「「かしこまりました。」」
焦茶の髪の方が防音魔法を、黒髪の方が紅茶の入ったカップをテーブルに置いた。
今までアレクサンダーには侍従はいるが専属のメイドは初めてなのでテレンスは不思議な気持ちで友を見る。
「急にどうした?それに体の調子が良くなったみたいだな。座っている姿を見るのは久しぶりだ。安心したよ。」
「ああ、前とは比べ物にならないぐらいに体が楽になったよ。ここにいるアンナのお陰で。」
「えっ⁈」
「アンナは治癒魔法が使える。
それに瘴気を浄化する力も。」
驚きすぎて言葉にならず、アンナと呼ばれたメイドを凝視する。
眼鏡で顔はよく見えないが、アンナはニッコリ笑ったようだ。
「そ、それでは聖女なのか⁈」
「そこまでは分からないが、確かに瘴気を視ることも浄化することもできる。
この力は本人の希望で今は秘密にしている。
そしてこれまでの私のこの病は瘴気によるものらしい。それを少しずつだが浄化してもらったらこんなに楽になった。」
「瘴気だと⁈ まさかそんな。
瘴気とは魔獣や瘴気溜まりによって発生するものではないのか?
帝都ではそんな報告はないし、ましてそんな物騒なものにアレクに近づけるはずがない。」
「そうだ。だから誰かが故意に瘴気を近づけ、私を病にしたとしか考えられないんだ。
この前からアンナに協力してもらって私を瘴気に感染させた原因を探している。
だが食事や身の回りの物を調べたが出てこないのだ。 一体誰がどうやって…。」
暗殺という言葉がテレンスの脳裏に浮かんだ。
実際この国の唯一の継子であるアレクサンダーは子供の頃より何度かそういう目に遭っていた。
今回頼まれて調べた皇妃の出産に関係した者、数年前に高齢のため亡くなった二人を除き全ての者が命を狙われていた。
(アレクもそうなのか?正しく関係者だが…。)
背中に嫌な汗が流れるのを感じ、テレンスはアレクサンダーに向き直る。
「先日アレクに依頼された出生時の記録と『リオンハルト ライエン』についての調査書ができたので報告したい。」
テレンスはアレクサンダーに頼まれたその足で内務省に行き、皇妃の出産の記録を見つけた。
記録の内容自体には、皇妃の死亡という痛ましい出来事はあったが、その時に侍女が早産した以外は特に不審な内容は無かった。
その時に関わった医師、治癒師と侍女の名前のわかる5人のその後を影に調査をさせた事、そしてその同じ記録を昨年秋にベルゼルク大公のケプラー秘書官が借出していた事を伝える。
「なぜ大公の手の者が同じ物を?」
疑問を呟くアレクサンダーに続けてテレンスは機密保持のため口頭で影による調査報告書の内容を時間をかけて語り終えた。
あまりに衝撃的な内容に部屋の空気が重い。
ややあってアレクサンダーがメイドに声をかけた。
「新しいお茶を。」
すっかり冷め切ったカップに温かい紅茶が注がれる。
アンナの手が微かに震えカタカタとカップが小さな音をたてた。
渇いた喉を潤したテレンスが口を開く。
「アレク、なぜ自分の出生時の事を調べようと思った?
お前と同じ日に生まれた『リオンハルト ライエン』とは何者だ?
お前は何を知りたがっている。」
「…リオンハルト ライエンは私と髪と瞳の色は違うが顔がそっくりらしい。」
「えっ⁈」
「アンナ、こちらへ。」
と、なぜか青い顔をしている黒髪のメイドが呼ばれ
「今日は証拠を持って来たと言ってたな。」
「はい。少々失礼を。」
と言って後ろを向き、長いスカートをずり上げてガーターベルトより取り出したのは手のひら大の二つ折りのカードのようなものだった。
キラキラとピンク色のハートが描かれたまだなま温かいカードを受け取り、アレクサンダーが中を開くと、色とりどりのバラの花を背景に、濃紺の騎士服を着た長い茶髪と榛色の瞳の精悍な美しい顔立ちの青年の姿絵があった。
(似ている!!)
髪と目の色は違うし雰囲気もだいぶ異なるが確かにアレクサンダーとそっくりだ。
珍しくポカンとするアレクサンダーを尻目にテレンスが
「これは?」
と質問すると、
「これはお嬢様が大切に祭壇に飾って毎日崇め奉っているリオンハルト様の特別に描かせた姿絵です。」
と、もう一人のメイドのリアが答える。
「最近、皇太子殿下の分も増えましたが。」
(⁇…)
「本当に君が言っていた通り、私にそっくりだ。」
「はい。私もデビュタントの夜会で初めてお目にかかった時びっくりしました。」
「えっ。」
「テレンス、紹介するのが遅くなった。
こちらはマルティオス辺境伯令嬢のディアーナ嬢だ。」
黒髪のメイドは分厚い眼鏡をとって、
「初めまして、テレンス ワイマール侯爵令息様。ディアーナ マルティオスと申します。」
と、エメラルドグリーンの瞳の少女は優美なカーテシーをした。
(あの時の銀髪の令嬢か!マルティオスの戦姫か…。)
「これはどういうことだアレク。」
「ああ、ディアーナ嬢は報告書にあったように、母アマリア夫人と兄リオンハルトを襲った犯人を突き止めるために家出をして密かにメイドとしてここに潜入しいろいろ探ってた。
そして正体に気づいた私は、私の治療してくれる代わりに、犯人と兄を探す協力をする事にしたのだ。
それに今の報告を聞いて確信した。
これはディアーナ嬢だけの問題ではない。
私と、この国にとっても重大な事になるかもしれない問題だ。
なぜか大公も気づいたようだな。」
アレクサンダーがディアーナを見る。
「あの夜、殿下とダンスをした時気づきました。殿下と兄リオンハルトの魔力の形もとてもよく似ているということを。」
「それはっ…!」
言いかけてテレンスは口を閉じる。
その言葉を口に出すには、この国を根底から揺るがすことに成りかねないあまりにも危険なものだということに。
もし、思っていることが真実なら、この二十一年も経て動き出した事件の謎が解けるだろう。
しかしそれが明らかになればこの国は一体どうなってしまうのか。
「とにかく、まずはリオンハルトを探そう。
私も会ってみたい。」
「ええ。母の最後を看取ったのは兄でした。
もしかしたら何か聞いているかもしれません。
そして兄はとても賢い人です。きっと犯人に繋がる何かを掴んで帝都に来るでしょう。
私もそれを思ってここに来ました。」
それぞれの思いを抱え、三人は静かに視線を交わした。
その日の夜遅く、寝台に入ったアレクサンダーの元に長年仕えてくれている壮年の侍従が入ってきた。
「殿下、いつものお薬でございます。」
「ああ、そこに頼む。」
「はい。ではおやすみなさいませ。」
ことっとサイドテーブルに置かれたいつもの薬と水差し。
しかし、水差しに入った水はいつもより強い瘴気でどす黒く濁っていることに気付けた者は居なかった。
波乱の予感…。
次回、久々のリオンハルト登場。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




