20 四つの事件
長くなったので話を分けました。
その報告書は依頼してからわずか三日しか経っていないにもかかわらず結構な枚数で、宰相直属の諜報機関「影」の優秀さを表しているかのようだった。
報告書を読み進めるテレンスの顔がどんどん厳しくなる。
まず、調査を依頼した六名の内、医師長シャルル オズモンドと治癒師エルンスト マーラーは日付から考えるに、エリーザベト皇妃の出産に携わった3年後と8年後、それぞれ高齢を理由に引退し、その数年後二人とも亡くなっていた。
その二人については特に問題とすべき点は見当たらない。
次に報告に上がっていたのは医師モーリス ワグナーだ。
何とワグナー医師は昨年の秋に起こった強盗事件の被害者として亡くなっていた。
その事件が起きたのは約半年前、帝都にあるワグナー医師の自宅に何者かが押し入り、書斎でナイフで刺されて殺されているのを外出から帰ってきた妻が発見した。
書斎が荒らされいくつかの金品が無くなっていた事により強盗による犯行とされた。
犯人は未だ捕まっていない。
そして次の報告は、もう一人の治癒師、ヨハン ユニスについてである。
ユニス治癒師は昨年の秋の初め、突然行方不明になり家族から捜索願いが帝都の第二騎士団に出されていた。
それから十日後、帝都ビエナブルク港で水死体となって発見された。
騎士団の調査によると、大きな外傷はなく、行方が分からなくなる前日の夜に帝都の下町の酒場で泥酔している姿が目撃されているため、酔って誤って川に転落した可能性もあり、事故と事件の両方で調査中であった。
テレンスはどちらの件も宰相室への報告として受けていたことを思い出した。
その時は深く気に留めなかったが、今改めて二人の名前を見て不穏な予感を拭えない。
逸る気持ちでテレンスは再び報告書に目を落とす。
その次の報告はアマリア ライエンについての調査結果であった。
アマリアは故エリーザベト皇妃の筆頭侍女であったが、結婚一年後、夫レティウス ライエンと死別。
皇妃の出産に立ち会い、その折に自身も男児を七ヶ月で早産した。
その後侍女を辞し、男児を連れてジェラール ディ マルティオス辺境伯と再婚し一女を成す。
昨年秋某日、何者かの襲撃に遭い死亡。
(えっ⁈ マルティオス…?
アマリア ライエンは辺境伯の夫人か…。)
思ってもみなかった名が出てきたことにテレンスは動揺する。
アマリア マルティオス辺境伯夫人が亡くなった事件のことはよく覚えていた。
襲撃した犯人はその場で死亡したがプロの暗殺者と見られ、動機や犯行を指示した者の詳細は不明のままとなっている。
夫人の葬儀には、かねてより面識のあった皇帝陛下が自ら弔文をしたため、病床より哀悼の花を送ったことは記憶に新しい。
(どういう事だ。これは…。
ではリオンハルト ライエンは…。)
テレンスは混乱する頭の中を落ち着けるように深く息を吐き、再び報告書を読み始める。
リオンハルト ライエンは先のアマリア ライエンの子で、皇妃の出産の時に早産した男児と思われる。
マルティオス領バレッサにある士官学校を卒業後、マルティオス騎士団の副騎士団長を勤めている。
「マルティオスの閃光」との二つ名で呼ばれており、昨年秋のマルティオス領の秋祭りの警備中に襲撃に遭うが撃退、犯人はその場にて死亡。
その後出奔し、国境を越え西のグルシア王国へ入国したとみられる。
以後、行方、生死については不明。
テレンスは報告書を閉じ椅子に寄りかかる。
衝撃的な内容に幾つもの疑問と疑惑が浮かぶ。
(一体何だ。どう考えてもおかしいだろう。
皇妃の出産に関わった者、六人のうち三人が殺され一人が行方不明とは…。)
ほぼ同時期の昨年の秋に事件は起きていたが、発生した場所も違い、全く関連性も無く別々の事件と思われていた三件の事件の被害者が全員皇妃の出産に携わっていた者とは偶然ではないはずだ。
リオンハルトが襲われた事件も含めて四件の事件が一本の線で繋がった。
(どうして今になって…?
二十一年前の皇妃の出産で何があったんだ?
それにマルティオスとはな。)
この国において最強といわれるマルティオス騎士団の「マルティオスの閃光」と「マルティオスの戦姫」との二つ名を持つ兄妹の噂はテレンスも聞いたことがある。
その兄の方がリオンハルト ライエンの事だとは、姓が違うため同じ人物だとは思わなかった。
(その妹か…。)
テレンスは昨年の秋の夜会でデビュタントとして参加して、ただ一人皇太子とワルツを踊った銀髪の令嬢を思い出した。
騎士であり、大層な二つ名を持つ娘は思いの外美しく、普通の令嬢のように見えた。
アレクサンダーも体調があまり良くなかったはずだが楽しそうに初めて夜会でダンスを踊っていたのが印象的だった。
(リオンハルト ライエンが鍵か。彼は何者なんだ…?
何を知っている? 何を探ろうとしているんだ、アレクサンダー。
もしベルゼルク大公も絡んでいるとなると厄介だぞ…。)
テレンスは病弱だがとても賢い友の顔を思い浮かべた。
そしてその分厚い報告書を鍵付きの机の引き出しにしまい席を立つ。
何か、子供の頃読んだ物語に出てきた、決して開けてはいけない箱を恐る恐る開く気分だ。
果たして出てくるものは希望か絶望か。
テレンスは複雑な思いを抱えて重い足取りで後宮へと向かった。
名探偵見習いテレンス?
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