19 皇太子の依頼
調査開始。
(リオンハルト ライエンか…。)
分厚い報告書から厳しい目を上げ、宰相補佐官テレンス ワイマールは黒い髪をかき上げながら執務室の窓から外を眺めて思案する。
外の手入れされた庭園にはフォルシシアの黄色い花が満開となり春の訪れを告げている。
テレンスはワイマール侯爵家の長男で歳は二十一才。
この怜悧な整った容貌の青年は、父宰相の元で経験を積んでいる。
幼馴染で将来側近としてお仕えする皇太子アレクサンダー殿下から呼び出しを受けたのは数日前の事だった。
ここ最近は特に体調が悪く、見舞いを控えていたのに、呼ばれて寝室に通されれば、アレクサンダーの顔色は良くベッドの上に起き上がり久々の笑顔さえ見せてくれた。
「アレク!だいぶ良くなったようだな。」
二人の時だけの友人としての砕けた口調で話しかけてテレンスはベッドサイドの椅子に座った。
「ああ、自分でも驚くほど調子は良い。」
「本当に心配したぞ。何か秘密があるのか?」
「そうだな…同意が無いので今は話せないが、いずれ近いうちに紹介するよ。」
「はあ、そうか。とにかく元気になってくれて嬉しいよ。」
(新しい医師か治癒師かもしくは魔術師か。
いずれにせよアレクを回復させてくれる者が見つかったのなら良かった。
彼はこの国の未来の大切な希望なのだから。)
テレンスは心から安堵した。
すると一転表情を引き締めたアレクサンダーがテレンスに近づき声をひそめる。
「テレンス、実はお前に内密に頼みたいことがある。」
無言でうなずいたテレンスは防護の結界魔法を展開する。
この魔法は内にいるものを守るだけでなく音も遮断する。
「どうした、アレク。」
「誰にも知られずに私の生まれた日の事を、誕生時の記録を調べて欲しい。」
「えっ、なぜ急にそのような事を? 何かあったのか。」
「ある者から気になる話を聞いたのだ。
今は詳しくは言えないが、何か重大な事が分かるかもしれない…。
悪いが頼めるか。」
「分かった。すぐに調べよう。
内務省の保管庫に記録があるはずだ。」
「ありがとう。助かる。
それとあと一つ。『リオンハルト ライエン』という人物について調べて欲しい。歳は私達と同じ二十一才。
今行方が分からないそうだ。」
「何?その人物も今回のことに関係があるのか?」
「そうだ。その者が全ての鍵になるかもしれない。
頼む、テレンス。私はまだ動くことができない。
頼れるのはお前しかいないんだ。」
「分かった。任せておけ。」
「ありがとう。でも、くれぐれも他に知られないようにしてくれ。
かなりきな臭いから気をつけろよ。」
「御意に。」
と、テレンスは深々とお辞儀をしてアレクサンダーの寝室を後にした。
テレンスは早速記録を探しに保管庫へと急ぐ。
(アレクサンダーはなぜ突然自分の出生時のことを調べたいんだろう。
誰かが何か吹き込んだのか。
それにリオンハルト ライエンとは何者だ?
ライエン伯爵家にはそのような名の者はいなかったはずだが…。)
と、頭の中の貴族名鑑を繰り疑問を深くする。
本来、側近は主の命じた事に対して異論や私情を挟むべきではないが、友として頼ってくれたことは嬉しくもあり、不穏なものを感じたのは確かだった。
内務省には全ての宮廷行事や会議などの内容を記録し、公文書として保管する部署がある。
重い扉をノックして中へ入ると書記官達が仕事をしていた。
「これはワイマール宰相補佐官殿。いかがなさいましたか。」
「ああ、ちょっと調べたい事があって、保管庫に入りたいのだが。」
「分かりました。そちらの扉の前の用紙に日付とサインのご記入をお願いします。
もし資料を持ち出しされる場合は、中に管理簿がありますので日付と資料のナンバーとサインをご記入下さい。」
「分かった。ありがとう。」
と声をかけテレンスは保管庫の中へと入った。
中は広くたくさんの棚が並んでおり、びっしりと資料が詰まっていた。
年代ごと、日付順に並べられたファイルのアレクサンダーが生まれた二十一年前の年の春の日の棚を探す。
宮廷行事、行政関連、軍事関連など色を分けて分類されており、思いの外早くに目当てのファイルが見つかった。
テレンスは『エリーザベト皇妃殿下御出産に関する全記録』と見出しがついたファイルをめくると、最初に日付と皇妃の分娩に関わった者の名が記されてある。
医師長 シャルル オズモンド
医師 モーリス ワグナー
治癒師 エルンスト マーラー
治癒師 ヨハン ユニス
助産女官 二名
介添侍女 アマリア ライエン
最後のライエンの名にテレンスはピクリと反応したが読み進める。
次に出産の経過が時系列に詳しく記されてある。
陣痛が始まった日付とその四日後に皇子の誕生、そしてその数時間後に産じょくのため皇妃が死去したことが細かく報告されてあった。
自身の出生のために母を亡くしたアレクサンダーのことは大変気の毒だと思うが、女性にとっての出産はまだまだ命がけの大事のことのようで、この様な例はたまに耳にすることもあった。
痛ましい記録ではあったが、アレクサンダーが何かを危惧するような不審な内容は見当たらない。
そして最後の一文にテレンスは目を留めた。
『侍女 アマリア ライエンは妊娠七ヶ月目で、同日緊急分娩となり男児を出産』
(ん?と、いうことはこの男児はアレクサンダーと同じ時に生まれたのか。
この赤子がリオンハルト ライエンなのか?)
何かモヤモヤとしたもどかしさを感じテレンスはこの記録を精査する事に決め、ファイルの貸出管理簿に記入しようと何気なくページをめくった。
すると手にしたファイルに記されてあるナンバーと同じ数字か書かれてあるのを見つけた。
「えっ⁈」
と、思わず声が出た。
この部屋にあるおそらく何万点にもなる資料の中で、全く緊急性もない過去の同一の資料を自分と同じように持ち出そうとした者がいたのだ。
日付を見ると約半年前の秋の日の日付で、借りたのはオルドス ケプラー。
この男はベルゼルク大公の懐刀と呼ばれている四十代の秘書官だった。
テレンスの心に強い疑念が生じる。
(なぜ大公がこれを…?)
念のため証拠を残さないようにこのファイルの貸出しを諦め、テレンスは内容を頭の中に叩き込んだ。
自分の執務室に帰ってきたテレンスは、秘書官に
「影を呼べ。」
とだけ伝える。
宰相執務室には影と呼ばれる諜報機関がある。
表にはでない裏の情報を集めたり、その活動内容は極秘となっている。
しばらくして部屋に入ってきたのは、これといった特徴の無い、年齢不詳の男だ。
男が
「お呼びでしょうか。」
とテレンスの前に膝をつく。
「ああ、今から言う六名の者達について調べてもらいたい。
医師シャルル オズモンド、モーリス ワグナー。
治癒師エルンスト マーラー、ヨハン ユニス。
侍女アマリア ライエンそれとリオンハルト ライエン。
リオンハルト ライエンについてはその居場所もだ。
出来るだけ早く頼む。」
「承知いたしました。」
男は表情一つ動かすことなくドアを出て行った。
この様な内密の依頼は紙に残さず口頭で命じるのが鉄則だ。
そして三日後、密かに届けられた報告書を読み終わり、テレンスのモヤモヤした不安は疑惑へと変わった。
頭脳派イケメン登場。
注 フォルシシアは日本名レンギョウ 小さな黄色の花をつける低木
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




