18 皇太子アレクサンダー
ディアーナ告白する。
澄んだ朝の日差しがカーテンの隙間より差し込んでいる。
皇太子アレクサンダーは薄っすらと瞼を開いた。
まだ熱と痛みと息苦しさは残っているが、久々によく眠れたためか幾分か体が楽になった気がする。
それに明るい光が見えることにも気分は穏やかだ
ベルで呼ぶまで隣室に控えている侍従は来ないことになっていた。
そして一人昨日のことに思いを馳せた。
あの時、熱で意識は朦朧としていたが、確かに誰かの温かい手が触れたのを感じた。
そして苦しさが和らいで痛みと熱が引いていくのを感じ、目がぼんやり光を取り戻す。
その時綺麗なエメラルドグリーンの瞳が見えた。
その後のことは覚えていないが決して夢では無かったと思う。
今、こうして症状が楽になっているのだから。
アレクサンダーはふいに昨年の秋のデビュタントの夜会を思い出した。
(あの時、ワルツを踊った美しい娘、マルティオス辺境伯家の確かディアーナ嬢もエメラルドグリーンの瞳を持っていた。
そして私を治癒魔法で癒してくれたな。
でも、まさか…。)
一瞬浮かんだ考えをアレクサンダーは打ち消す。
昨日の者は濃緑色のメイド服を着ていたような気がする。
それにディアーナ嬢は遠い西のマルティオス領にいるはずで、帝都の宮殿でメイドをしている訳がない。
そんなことを考えつつアレクサンダーはベルで侍従を呼んでいつもの薬と久々の朝の支度を頼んだ。
昼前、ミリアムが昨日と同じようにランドリーカートを押して皇太子の部屋までやって来た。
衛兵に挨拶し部屋へと入ったミリアムは誰もいないことを確かめ施錠し、防音魔法を展開してカートから出てきたディアーナとともに寝室へと忍び込んだ。
皇太子殿下は眠っているようだ。
初めて殿下のお顔を見たミリアムは驚いた。
髪と目の色は違うがリオンハルト若様とそっくりな顔をしていたからだ。
今改めてなぜお嬢様が帝宮にこだわって家出をしたのか何となく分かった。
それに殿下の不調の原因が瘴気によるものならそれを取り除く必要がある。
ミリアムには瘴気を見る能力は無いが、音を立てずに素早くベッドの下や調度品など怪しい物が無いか調べていく。
その間にディアーナは治癒魔法をかけようとベッドに近づいた時、皇太子がゆっくりと目を覚まし二人を見た。
「何者か。」
掠れた声で問う殿下に二人は深々と頭を下げて言い繕う。
「お起こししてしまい、大変申し訳ございません。
掃除に参ったメイドでございます。
どうかお許し下さいませ。」
皇太子はなぜかじっとこちらを見ていて、
「面を上げよ。」
と静かに言った。
瘴気を見るためにいつもの眼鏡を外していたディアーナは仕方なく目線を落とし少し顔を上げた。
ベッドに横になっていた皇太子は訝しむように口を開く。
「もしかして君はディアーナ嬢なのか?」
ディアーナもまさか殿下に気付かれるとも思わなかったので不躾にポカンと口を開けて見返してしまった。
でもバレたのなら仕方なく正直に答える。
「よくお分かりになられましたね。殿下。」
「なぜ君がここにいるのだ?そんな格好をして。
昨日私を治癒してくれたのも君なのか?」
と、言いながらも苦しそうに咳き込んだ。
ディアーナはベッドに駆け寄り、
「まずは私に治癒をさせて下さい。
ミリアム、悪いけど時間を稼いで。」
「分かりました。」
と、ミリアムは寝室を出て行くと、隣の部屋からガチャンと何かが割れる音がして、
「きゃっ!私ったら、申し訳ございません!」
と叫ぶ声が聞こえる。
「失礼いたします。」
と、ディアーナは殿下の痩せた手に両手を重ね祈りを込めるように魔力を流す。
触れた手からキラキラと白い光が身体を包んでいく。
「殿下の体調の悪さは瘴気によるものと思われます。」
「何と…そんな事が…!」
ディアーナの魔力がアレクサンダーの身体に流れていく。
青白かった頬に少し赤みがさす。
「ああ、何て温かい…。」
と、アレクサンダーは微かに微笑んだ。
その痩せた顔立ちと魔力の形に、ディアーナは兄、リオンハルトを思い出し胸が詰まった。
そして今まで起こったことを打ち明ける決意をした。
「殿下、私には兄がおります。
私とは父親違いで名をリオンハルト ライエンといいます。歳は殿下と同じ21歳です。
母は昔、殿下のお母上の皇妃様の侍女をしていて、殿下をご出産の際に立ち会い、皇妃様がお亡くなりになった事にショックを受けてお腹にいた兄を早産したそうです。
そして去年の秋、母は突然何者かに襲われて亡くなりました。
同時に兄も命を狙われ、撃退はしましたが。
でも兄はそのすぐ後、何も言わずに家を出て行ったのです。
たぶん何かを察して犯人を動かした黒幕を探しているのだと思います。
それで私は母を殺した犯人の手掛かりと兄を探してここに来ました。」
「そうか…。辛かったな。」
静かに呟いたアレクサンダーの言葉が優しくてディアーナの目に涙が滲んだ。
治癒のため重ねた手をアレクサンダーがそっと握り返した。
「それでその黒幕の目星はついているのか?
兄上の行方は?」
「いえ、まだ…。でも思うところがあって、きっとサラセナ宮殿に…。」
ディアーナは言い淀んだ。
でもアレクサンダーを見て語り続ける。
「デビューの夜会で初めて拝見した殿下のお顔は、兄のリオンハルトにそっくりでした。
目と髪の毛の色は違いますが。
そしてダンスをしてみて気づきました。
殿下と兄の魔力の形もよく似ていることを…。
この事は父と母、兄以外には話していません。」
「…⁈ 君の兄上と…?」
アレクサンダーも驚き絶句している。
「君の兄上はライエン伯爵家縁のものか?
母はここで侍女をしていたと言ったな。」
「はい。兄の父親はライエン伯爵家の三男で近衛騎士をしていて殉職したと聞きました。
母は皇妃様の筆頭侍女でした。」
「それで私の母の出産の時にショックで自分も早産をしたと。」
「ええ、そう聞いております。」
「と、いうことは、君の兄と私は同じ日に生まれたということだな…。」
(そうだ、そういうことになる。それって…。)
とディアーナも気がついた。
「分かった。私も犯人と君の兄を探すのを協力しよう。
これは治癒してもらっているお礼かな。
私にとっても大事な事のような気がするし。
それに私の体調を悪くしている瘴気の原因も調べないと。」
と言って頷いた。
ディアーナは思った。
(このお方は優しくてとても賢い。
そして…推せる!!)
新たな推し登場!
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




