13 潜入
帝都編スタート
煌びやかな伏魔殿
季節の上では春だが、南からの暖かい海流のお陰で冬でも比較的温暖なマルティオス領と比べて、東の海に面した帝都ビエナブルクはまだまだ寒い。
澄んだ早朝の光の中、深緑のワンピースのお仕着せに白いエプロンとヘッドドレス姿のメイド達がきびきびと立ち働いている。
ここは帝都、壮麗なサラセナ宮殿の一番奥のバックヤード。
「アンナ、リア!」
と、呼ばれて振り向いたヒョロリと背が高く、二つにおさげにした黒髪に分厚い丸い眼鏡をかけた若いメイドと焦茶色の髪を軽くまとめ上げ、切れ長の目に泣きぼくろ、ぷるぷるの唇をしたちょっと色っぽい新人メイドの二人が
「「はい。メイド長様。」」
と同時に返事をした。
「二人ともそこの掃き掃除が終わったら、食堂の朝食の手伝いに入りなさい。」
「「承知いたしました。」」
二人はこの春より採用された新人メイドである。
宮殿に勤める寮住みの下級文官や騎士団員、使用人達が使用する大きな食堂は、出勤前の文官や朝練後の騎士達でごった返していた。
朝食の終わった後のトレーを次々と下げていく二人は、焦茶色の長い前髪で顔を半分隠したような野暮ったい中肉中背の新人騎士に声をかけた。
「ルークおはよう。もう慣れた?」
「ああ、アンナにリア。何とかね。」
三人は知り合いらしい。
「じゃ、夕方にいつもの場所で。」
こっそりと囁いて二人は去って行った。
「おい、今の知り合いか?」
隣に座っていた先輩騎士が声をかける。
「ええ。同郷なんです。」
「そうか。黒髪の方はともかく、焦茶の髪の子なかなかイイな。」
「はぁ、とっても気が強いっすよ…。」
「わはははっ。それくらいでないとな。」
と、言いながら朝食をかき込み忙しい一日が始まった。
そして一日の仕事が終わった夕方遅く、広大なサラセナ宮殿の端っこの林に面した食料倉庫の裏手に朝の三人が集まっていた。
「待たせたなルーク。」
「いや大丈夫ですよ、お嬢、じゃなくてアンナ。」
そう言われたおさげの黒髪の少女は少し茶色がかった分厚い眼鏡を外した。
その下から綺麗なエメラルドグリーンの瞳が現れた。
そう、この少々田舎臭い黒髪の新人メイドはディアーナ、リアと呼ばれた焦茶色の髪のちょっと色っぽいメイドはミリアム、ルークと呼ばれた野暮ったい新入りの騎士はカイルがそれぞれ変装した姿だった。
卒業舞踏会でディアーナがラディアスに宣言した通り、あの後ディアーナは一人家出をしようとした。
リオンハルトは西へ向かい国境を越えたようだがその後の行方は分からない。
同じく西へ向かっても行き先も目的も分からない今、追うにはあまりにも世界は広い。
でもディアーナには一つの確信があった。
アレクサンダー皇太子がなぜかリオンハルトとそっくりなこと。
このタイミングでこれについての謎の何らかを知る母が暗殺され、兄も命を狙われるということはやはりこのことに関係があるのだろうと思えた。
そして黒幕は皇太子のお姿を知ることができる立場にあるということだ。
だったら帝都に、帝宮に行こうとディアーナは考えた。
あのデビューの夜会でダンスをした皇太子殿下の体調も気にかかる。
そしてグランマスターズ城から抜け出した直後、ディアーナはカイルとミリアムにあっさり捕まった。
そして一人で行くことを反対され、どうせ止めても聞かないならと、二人の母親であるホーリー夫人の実家のリヒテル男爵家の紹介状をもぎ取り、姿と名を変えてサラセナ宮殿にメイドと騎士として潜り込んだのだった。
カイルとミリアム兄妹の家、クルトール男爵家は長くマルティオス辺境伯家に仕えてきた家柄で、二人の父親と長兄は諜報活動など裏の仕事に就いている。
カイルとミリアムも幼い頃からその技術をみっちり仕込まれている。
そのため二人はディアーナの守役として仕えていた。
そんな三人がサラセナ宮殿に潜り込んだ目的は、母と兄に関わる黒幕を突止めることと、いずれここにきっと現れるであろう聡いリオンハルトに合流する事である。
そのために宮殿内をいろいろ探っていた。
「で、そっちはどうだったんです?」
と、聞きながらカイルは風魔法を応用した防音魔法を展開し、ミリアムも風魔法の蜃気楼を応用した隠蔽魔法をかける。
「ああ、かなりお悪いな。二人とも。」
と答える。
公に採用される侍女などの女官とは違ってメイドは直接貴人に仕えることはないが、掃除や洗濯、食事の準備など生活全般の下働きをするため広く細かな情報を掴むこともできるのだ。
「陛下のご容態はかなり悪い。10年程前からの持病がここ半年ほど特に悪化されて最近はほぼ寝たきりらしい。
意識も混濁しておられて亡き皇妃様のお名前をお呼びになることもあるそうだ。
後宮のランドリーメイドの話だ。」
とディアーナが伝える。続けて
「皇太子殿下の方もデビューの時の夜会でお見かけした時よりもお悪いのは確かなんだが陛下と違って原因がよく分からない。」
今度はミリアムが口を開く。
「古くからいるキッチンメイドに聞いた話ですが、10年ほど前までは殿下はそれほど病弱でもなくて普通の子供と変わらなかったと…。」
「うーん。じゃ10年前に何があったんですかねぇ…。毒を盛られたとかは?」
「私もそれを考えたんだが、以前からもお口に入るものはかなり厳しく管理されてるようだ。そういう噂も今のところ聞かなかったな。」
「10年前…陛下が贅沢病を発症されてアッチの方がダメになって子作り出来なくなったんで側妃様達が後宮より放り出されたって酒の席で先輩達が噂してたんですけどねぇ…。」
「は?何だそれ…。その、その病気になると不能になるのか…。」
「お嬢様、未婚の令嬢が何てこと言うんですか!
ちょっと兄さん!」
「い、いや、俺も詳しくは…噂だ、噂!」
陛下のご病気は毎日高脂肪の食事や喫煙や大量の酒を摂取し、運動不足やストレスなどが原因だと言われ、貴族の男性に多いため贅沢病とも呼ばれている。
確かに宮殿で出される食事は下級食堂のものでも味が良く、甘いものや高脂肪のものも多い。
掃除や洗濯、食堂の下働きなどで結構動いているディアーナでさえ最近ちょっとお腹周りにお肉が付いてきたかも…と思わず自分の脇腹をつまんでしまった。
(山のような食事を平らげ、浴びるように酒を飲むマルティオス騎士団の団員達だが、父をはじめ誰もここでよく見るブヨブヨした貴族の人達みたいな者はいなかったな。
日々の鍛錬はハードだったしな。)
とディアーナは少しだけ筋肉ゴリラ達を恋しく思った。
(私もこっそり騎士団に忍び込んで久しぶりに身体を動かすか。)
と、余計なことを考えてしまった。
冒頭部分は拙作「陰陽師姫の宮中事件譚」の冒頭のパロディです(笑)。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




