11 母の死
運命の子
アマリアは回想を終える。
それが長い時間だったのか一瞬のことだったのかはもう分からない。
このまま意識を手放せばこの苦痛から逃れて楽になれるのだろう。
そんな誘惑に流されそうになった。
が、飛びそうになる意識を奮い立たせるように力を込めて大きく一つ息を吐いた。
(リオンハルトに真実を伝えなければ…!)
その時、「母上。」と呼ぶ懐かしい声とともに手が握られる。
「苦しいですか。どうか頑張って下さい。
もうすぐディアもお館様も帰って来ます!」
目を開けるとそこは見慣れた自室の寝台の上だった。
「リ、リオンハルト…。」
と、掠れた声が出た。
「母上!目が覚めましたか。痛みますか?
暴漢は始末しました。安心して下さい。
今、医者を呼びます。」
「そ、その前に…リオン…聞いて…。」
「そこの、キャビネットの、中の宝石箱を…
箱の底は、二重になっているから…そ、その中の指輪を…。」
リオンハルトは言われたまま宝石箱の底からタンザナイトの嵌まった金の指輪を見つけて訝しげに持ってきた。
「これは?」
「嵌めてみなさい…。」
それは女性物にしては少し幅の太めの細い指輪だったが、不思議なことにリオンハルトの左手の中指にピッタリと嵌った。
すると、その時パァーッと眩しい光がリオンハルトを包んだ。
光が止むとアマリアの顔が泣きそうに歪んだ。
「これは魔道具…?」
「そう、皇妃様の指輪…見てみなさい…。」
リオンハルトは寝台の脇の鏡台を覗き込む。
そこには濃い金色の髪と紫紺色の瞳を持つ青年が映っていた。
「それが、あなたの、本当の色…。
あ、あなたの本当の母は…皇妃エリーザベト様…
父は…皇帝、陛下…皇太子殿下は、あなたの、双子の、兄になる…。」
「そ、そんな…双子…?」
「このことは、分娩に、関わった者しか…知らない。
だ、だから、皇妃様は、闇に葬られる前に…指輪と共に、あなたを…私に託された…
「禍いの子」では無く、「導かれし運命の子」だと…だ、だから、あなたは本当の、自分の運命を、探して…。
リオンハルト…私の愛しい息子…どうか、ディアーナを…守って…」
そしてアマリアのそっとリオンハルトの頬に伸ばした手が力なく落ちた。
「母上ーっ! 母上ーっ!!」
叫ぶリオンハルトの声を聞き、部屋の外で護衛していたジオルドが激しくノックする。
「リオン様、どうなさいましたか!」
リオンハルトは素早く指輪を引き抜いた。
ドアを乱暴に開けて入ってきたジオルドは白い顔で静かに横たわるアマリアと涙に濡れたリオンハルトを見て静かに頭を垂れた。
城中の者が悲嘆にくれる中、夜明け前、馬を飛ばしてジェラールとディアーナが帰って来た。
アマリアの寝室に入るなり、二人は倒れ込むようにひざまづき冷たくなったアマリアの体に縋りつき慟哭する。
「お母様ーっ!!」
「なぜだ…アマリアーっ! 目を覚ましてくれーっ!」
二人に対してリオンハルトも泣きながら謝罪する。
「母上をお護り出来なくて申し訳ございませんー!」
もちろん皆もリオンハルトが悪いとは思っていない。
憎むべきは正体不明の暗殺者を送ってきた者だ。
だが暗殺者は二人とも口を割る事なく死亡していて、動機も手掛かりも何も分からない。
ディアーナはどこにぶつけたらよいのか分からない怒りにかられてそのままバルコニーから飛び出した。
日が高く昇った頃、ボロボロの姿で帰ってきたが、誰も何も言わなかった。
その三日後、マルティオス辺境伯夫人、アマリア マルティオスの葬儀が厳かに執り行われた。
色とりどりのアマリアが好きだった花、ルピナスに囲まれた柩は、その花言葉である母性愛を体現するかのように横たわるアマリアを埋め尽くしている。
急きょ帰国した長女アフロディテ公妃も涙に濡れ、静かに泣く父に支えられている。
ディアーナもリオンハルトにしがみついて泣いている。
リオンハルトも泣いた。
血は繋がっていなくとも、母はただ一人の母だった。
その日、聡明で慈悲深かった辺境伯夫人を悼み、先日の祭と打って変わってバレッサの街は悲しみに沈んだ。
母の葬儀から少し落ち着いた頃、リオンハルトは一人悩んでいた。
結局暗殺者をよこした犯人は分からずじまいだ。
父やディアーナは何も言わないが、リオンハルトは自分の出自が関わっていると思っている。
何者かが何らかのきっかけで自分の存在を知り、ただ単に「忌み子」を恐れたか、皇位継承に不都合があるためか、また違った理由があるのかは知らないが、自分とその出生の秘密を知る母を亡き者にしようとした。
自分がマルティオス領で生きている限り、また新たな刺客が送られて来るだろう。
ここにいては自分の愛する人達がまた命の危険に晒されるかも知れない。
このまま何も言わずにここを去らなければ…。
母の仇を撃ちたいし、自分がこれからも安心して生きていける道を探したい。
でもここは自分にとって幸せ過ぎた。
かと言って、何も知らなかった過去にはもう戻れない。
リオンハルトの苦悩は深まるばかりだった。
晩秋の静かな夜、ジェラールは自分の執務室で仄暗いランプの灯のみで酒を傾けていた。
その時、バルコニーに微かな音がした。
「入れ。」
バルコニーに続く大きな窓を開け、滑り込んできたのは黒いフードつきのマントを被ったリオンハルトだった。
「行くのか。」
静かに問うジェラールに、リオンハルトは
「はい。このまま去ります。」
と答える。
「理由は言えないのか。」
「ええ、今はお答え出来ません。」
「そうか…。」
無言で見つめ合う二人。
「全て終わったらここに戻って来るがいい。
俺はお前のことを本当の息子だと思っている。」
「つっ…!
今までありがとうございました。父上。」
そう言い残してリオンハルトはするりとバルコニーを飛び降りて馬に跨った。
僅かな身の回りの物と亡き本当の母の指輪と剣を持ち、愛馬を走らせる。
取り敢えず西に向かい国境を抜ける。
バレッサの街を出て、西の国境へと続く道を急ぐリオンハルトの前方に、一人、旅人のようなフードを深く被ったマント姿の人が月の光の中、立っているのが見えた。
リオンハルトの姿を見て銀色の剣をスラリと抜く。
リオンハルトも馬から降り、腰の剣に手を掛ける。
そのまま近づき声をかける。
「ディアーナか。」
パサリとフードを下ろす。
「リオン兄様、私も行く。私も連れて行って!」
どうやらディアーナも何か勘付いて先回りしたらしい。
「だめだ。お前まで居なくなったら父上は…。
連れて行くことは出来ない!」
「でも一人より二人の方が…」
「だめだ!」
リオンハルトはいきなりディアーナを抱きしめた。
「分かってくれ、ディアーナ。
必ず帰るから。」
そしてディアーナの額にゆっくりとキスを落とした。
ガランとディアーナの手から剣が落ちる。
「トリトーネの加護が共にあらんことを…。」
そう言い残して馬に跨りリオンハルトは月の光を浴び走り去って行った。
残されたディアーナは兄が残したいつもの爽やかな香りの中呆然と立ち尽くす。
ディアーナの頬に一筋、涙が流れた。
リオンハルトとの別れ。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




