侯爵家の娘として生まれて
1話から書き直しました(2024/2/27)
麻衣、というのは前世の名前。病弱で、二十歳を過ぎたころに亡くなった。
そして今の私の名前は、マイラ・ロズベリー。侯爵家の一人娘……だった。
うっすら前世の記憶を持って生きてきた私は勉強に対しての要領もよく、両親に愛されて健やかに生きてきたけれど、去年、両親を亡くしたのだ。
そこから驚くほど、転落した。
正確には、私が転落していたことに、気付いた大人がいなかった。
成人後に私が侯爵家を継ぐ予定になっている。まだ子供なので、後見人である叔父夫婦とともに暮らすようになったことは、誰もが知っていること。一般的には将来を期待された歴史ある貴族の嫡子。
けれど、屋敷の中の閉鎖的な場所で、私と彼らはいびつな関係を気付くことになった。
最初の数か月は良好な関係を築いていたと思っていたけれど、次第に食事を抜かれ、躾と称した体罰が始まり、小屋の中に監禁されたりした。
(なんであんなことになっていたんだろ……)
麻衣の記憶をはっきりと思い出した私は、少し大人の視線で自分のことを考え直せる。
分からないけど……今思えば、私を彼らのいいなりになるようにしようとしたんじゃないかなって、そんな気がするんだ。だんだんと罵倒されることが恐ろしくて、そして助けを求められる人も思いつかなくて、自分が悪いのだとも思い、従順になっていった。
ああいうの、洗脳っていうんだと思う。
心の内側からジワジワ……考え方を変えられていく感じ。
だけど監禁されているときに、ある魔法使いが現れて助けてくれたのだ。
思い出すだけで心躍る、とても美しくてカッコいい、謎の闇魔法使い!
「私は名もなき、この世のものではない者」
もうもう!なんだよその台詞は!!と思うような気障な台詞も、彼には似合っていた。
闇を纏うかのような、長い黒髪、とても整ったかんばせ。すらりと背の高い、まだ若く美しい青年。名前も名乗らずに消えてしまった。
その人のおかげで生きながらえて……私はこうして王宮にまで保護されることになった。
いつかお礼を伝えたいし、彼の身元を探し出したい。マイラは、記憶を思い出す前からそう思いながらここに来たんだ。
彼のことは何も分からないけれど、闇の魔法を使いこなせる人はこの世界にとても少ない。
だからきっと、ゲームの中で「歴代最高の、闇の魔法使い」と呼ばれていたラスボスであるシェイド様なら、なにかヒントをもらえるかもしれない。血縁者であることだって考えられる。
まさか乙女ゲームや自分が中ボスだなんてことを思い出すなんて、思わなかったけど……。
「困ったなぁ……」
じっと手を見ると、私の手はまだとても小さい。
子供の手。しかもやせっぽちの、美少女ですらない。
子供の手に負えない事態を、今大人たちが解決しようと動いてくれている。
「どうしたらいいんだろう……」
考えることは山積みに思えた。
私専用のメイドと、そして護衛騎士を付けてもらえることになった。さすが、手厚い。
「誠心誠意お仕えいたしますね。ルーシーと申します。宜しくお願いいたします」
ぴょこん、とメイド服姿の茶髪の少女が頭を下げた。明るい笑顔とそばかすがかわいらしい。
「ダグラスです。マイラ様を必ずお守りいたします」
ダグラスは、体躯の大きな、なんだかライオンさんを思い出させるような風貌をしていた。無造作な金色の髪、日に焼けた肌色、額の荒々しい傷。30歳くらいだろうか。
私は毎日彼らに話しかけ、この状況に対しての情報を少しばかり手に入れた。
『マイラ様は稀有な全属性持ち、全ての女神の祝福を持つ者、われらは彼女を大切にしなくてはならない』
『二人の王子にはまだ婚約者はいない』
『前王の末子シェイドは、王弟としてこの王宮に住んでいる』
なんと!シェイド様は思ったよりお近くにいらっしゃるようだ。
王子たちと過ごす「遊びの時間」は毎日もうけられた。
絶対忙しいはずなのに、彼らは気にすることもないように、楽しげに私と過ごしてくれた。
「殿下だなんて……そんな呼び方はいいから、フランシス兄さまと呼んでごらん」
「兄さまばかりずるい。僕も、エドワードと呼んでほしいよ」
お気に入りのおもちゃを取り合うように、お二人は私を挟んで言い合いをする。
ルーシーもダグラスも他の騎士たちも、大人たちは微笑ましいものでも見るように見守ってくれていたけれど、私の心境は穏やかではない。冷や汗を垂らしながら時間をやり過ごしている。
たまに、もしかしたら本当に好かれているのではないか、妹のように思ってくれているのではないか、そんな錯覚が芽生えそうになる瞬間があった。でもそんな自分にハラハラとする。怖い。それだって逆の洗脳みたいだ。ゲームの中のマイラが我が物顔で学園を闊歩していたのは、きっとこんな勘違いが助長されたんじゃないかって思う。気を付けないと。
優しい時間が積み重なるように過ぎていく。
空気に溶けるように、女神さまの祝福が音楽として風に乗り、舞い上がる。あらゆるところに愛が溢れるような、美しい魔法の世界。
こんなにも綺麗な世界を私は知らなくて……時々泣きそうになった。
私の眼には眩しくて。
王宮の中だからこそ余計に感じるのだろうけど、キラキラとし過ぎた情景に、さすが乙女ゲームの舞台になるだけの世界なんだなって、ただただ感心してしまった。
体の傷が癒えて来たころ、家庭教師をつけてもらい勉強もはじめさせてもらった。
領地のゴタゴタは対処中らしい。もう少し落ち着いたら詳しく教えてもらえるとのこと。おそらく大人たちは、傷だらけであった私に気を遣っていた。
そうしてしばらくした頃、ルーシーがシェイド様の情報を仕入れて来てくれた。顔を曇らせた彼女は最初話したがらなかったけれど、そんな彼女に私は自分を助けてくれた人のことも話し、教えてくれるように頼みこんだ。
「私も全然知らなかったのですが……」
とても悲しい噂を聞きました、とルーシーは語りだした。