幸せなカエル
ぼくは井の中の蛙。みんなには「海のことを知らないマヌケ」って言われてる。でも、そういうみんなだって、同じ井戸の中にいるわけだから、みんなだって海がどんなところか、知らないはずだよね。でもみんなは、海を見たことがあるって言う。大きくて、青くて、透き通っている。そんなに言うなら、ぼくだって見てみたい。みんなが知っていることをぼくだけが知らない……それってちょっぴり寂しいもの。
だからぼくは、井戸の丸い壁に手をかけて、ぴょん、ぴょんって、上に向けて飛んでいった。
下からみんなの声がする。
「やめとけやめとけ。どうせここから出られないんだ。井戸に落とされたおれたちは、あの丸い井戸の入り口を見上げるしかできねえんだから」
でも、ぼくは飛んでいった。
時間がかかるから、ずっと見えていた青い入り口が、だんだん曇ってきて、雨が降り始めた。雨は気持ちいい。でも滑りやすくなるから、いまはあまりうれしくない。ぼくは壁にへばりついて、なんとか雨に流されないようにした。井戸の底の水位が上がって、みんなが気持ちよさそうに泳ぎ始めた。
「こっちにこいよ! マヌケなことをするな」
通り雨だったみたいで、雨はすぐに止んだ。それでまた、ぼくは上に向けて飛んでいった。
下の方で、みんなの声がゲコゲコと響いている。
「どうしてそこまでして、海が見たいんだ?」
ぼくは上るのに必死で答えられなかった。でも、答えたくないわけじゃなかった。ぼくだってみんなと同じ蛙だ。だから、ぼくだけみんなと同じことを知っていないのは、仲間外れみたいで、寂しいんだ。
だんだん力が入りづらくなってくる。
でも、上り続けた甲斐があったみたい。
ぼくは長い時間をかけて、ようやく、井戸の入り口に手をかけた。一息に飛んで、井戸の縁に腰を下ろす。
そうして、ぼくは深呼吸をして、頭上を見上げてみた。
「わあ!」
大きくて、青くて、とても澄んでいる。
ぼくは井戸の底に向けて言ったんだ。
「ほら、見て、海があったよ!」
頭上を指さして言うぼくを、井戸の底のみんなが笑っていた。
ぼくはほこらしい気持ちでいっぱいだった。