第八話 連戦
「ずびばぜんでじだ……」
顔面がボコボコになり、全裸にひん剥かれた男は涙ながらに謝罪の言葉を話す。
「それで? 何のために俺らをこんな所まで連れてきたんだ?」
「次の試合に参加させず、大会に参加する奴を減らす為に……」
「……くっだらねぇ。戦う事すらしない奴には、クソほど興味が沸かん。俺は帰る」
俺は落ちている蝋燭を拾い上げ、踵を返す。
しかし、暗い洞窟の中どこから来たか分からない。
「おい! 出口はどこだ、男」
「……くくっ」
「何がおかしい」
「もう出られませんよ。ここからはね」
怨みのこもった目を向けながら、その男は笑みを浮かべる。
「某には協力者がいる。今頃出口は塞がれ、いくつかの道にハリボテの壁を作っている」
「それお前も出れなくないか?」
「某は……! お前! お前を殺せれば何でもよかった! 師匠の敵を討てれば!」
俺はその男の顔面を蹴り、蝋燭をそいつの口の中に差し込んだ。
師匠。あんまり覚えていないが、きっと試合で殺したあのサムライ男だろう。
「さて……どうやって出るかな」
「ヴァルルさん、次の試合出れなきゃ不戦敗になっちゃいますもんね」
「あぁ、だから急ぐ必要がある。だろ、センプウちゃん?」
「うぅ……」
センプウちゃんは空の棺に入り、膝を丸めて座り込んでいる。
「……どうしたの、センプウちゃん」
「多分ショックだったんですよ。宿も食事も無かったのが」
「そんなもん、地上に出れたら何か美味しいもの食べに行けばいいだろうが」
「……うん」
すごくテンションの低いセンプウちゃんはフラフラと立ち上がり、俺の肩に掴まって立ち上がった。
「とにかく急ぐぞ。後三分くらいで試合が始まっちまう」
「ですね。とりあえず、覚えてる分だけはワタシが案内します!」
「助かるぜゴルたん」
ゴルたんは蝋燭を持ち、先頭を歩く。グネグネと蠢く生命体の様な洞窟は、行きとだいぶ雰囲気が違った。
まるでただの地下墓地の様な雰囲気だったが、今では亡霊蠢く未開拓の洞窟の様だった。
いや亡霊は蠢いていないのだが。
「……ここから先だったと思うんですが、壁で道が塞がれてますね」
「さっきの奴が言ってた、ハリボテの壁……だったか」
俺は壁に手を当て、軽くノックする。
中は空洞の様で、軽い音が洞窟内に響いた。
俺は拳を引き、壁を軽く殴りつけた。壁はバラバラと崩れ、俺達が通ってきたであろう道が現れた。
「よし、頼んだぞゴルたん」
「はい、お任せあれ!」
ゴルたんはどんどんと進んでいく。しかしそれと比例して蝋燭はどんどんと小さく、頼りなくなっていく。
「ゴルたん。蝋燭の火小さくなってるが、かわりとかあるか?」
「え? あ、本当だ。ちょっと待ってくださいね……あ、今生身だから何も持ってない!」
狼狽えたゴルたんは蝋燭を落とし、辺りは一瞬で暗闇に包まれた。
「落とすなよ! 何も見えなくなっただろう!」
「わー! そんな、ひどい!」
「あークソ! センプウちゃん何か持ってたりしないのか?」
「うん……」
「だめだセンプウちゃんは使い物にならない!」
「きゃ! どこ触ってるんですか!」
「触ってねぇ! 少なくとも俺じゃねぇ!」
俺は壁を片手で触りながら、暗い空間に目を慣らそうとしていた。
「もう! なんでこんな地下でこんな目に合わなきゃいけないんですか!」
「そうだ、地下だ!」
俺は翼を広げ、大きく上に飛び上がった。当然ながら天井に頭を激しくぶつけるが、体を回転させながらそのまま上昇を続ける。
硬い岩盤を削り上へ上へと登っていく。
「いててててててて!」
「いいですよ! もっとヴァルルさんの無事を考えずスピード出していきましょう!」
「ふざけんな! 俺の頭が削れて無くなる前に止めるに決まってるだろうが!」
そんなことを言っていると、ついに地上にまで出る事ができた。
「あ! ここは控え室じゃねぇか!」
「あらら。結構近かったんですね」
「美味しいご飯……」
俺はとりあえずセンプウちゃんを足で持ち上げ、控え室に押し上げる。
次にゴルたんの手を引っ張り、控え室に先に上がらせる。
最後に俺が上がろうと手をかけた瞬間、何者かに足を引っ張られる。
「絶対に逃さないぞ……! 師匠の敵ぃ!」
「またお前か! しつこいな!」
俺はバランスを崩し、俺が掘った穴を落下する。
地下墓地に逆戻りだ。
控え室からの光が差し込み、相手の姿がはっきりと見える。
刀を一本携え、俺の事を睨みつけるその姿。確かにさっきのサムライ男を彷彿とさせる。
「はぁ……何がしたいんだお前」
「敵討ちだ! お前は師匠を殺した! それだけじゃない、大勢の前で恥をかかせるように殺したんだ!」
「それで?」
「それで……!?」
「お前は何をするんだ。この俺に挑んだか? いいや違う。卑怯な方法で罠に嵌めて、挙げ句の果てに物理的に足を引っ張る始末。師匠も地獄で泣いてるぜ?」
「き、貴様ぁ! 師匠を侮辱するなぁ!」
サムライは刀を抜いて襲いかかってきた。
だが、まったくと言っていいほど遅い。本当に遅い。
あくびすら出てしまいそうな。
「ん?」
何かが地面に落ちる。光に照らされたそれは、黒く鈍く光る手首。
「……あれ、俺の右手は?」
「次は首だ」
サムライはまた、ゆっくりと刀を抜いた。
その刀はまたゆっくりと刀を動かし、白く光る軌道を描く。
「お」
俺は一歩下がる。
すると首の前面から一筋の切り傷ができていた。
「なるほど。原理は分からんが、その技はいいな」
「ヴァルルさん! 後一分で試合が始まりますよ!」
穴の上からゴルたんの声が聞こえる。
もうそんな時間か。そろそろ会場に向かわないとな。
「ってわけだ。お前と遊ぶ時間は終わりだ、サムライ」
「行かせるわけないだろう!」
またゆっくりと刀を抜き、ノロノロと刀を動かす。
俺はサムライに近づき、その頭を鷲掴んだ。
しかし、俺の腕は落とされていたので掴めてすらいなかった。
「あ! しまった!」
俺の胴体は上下に真っ二つにされ、その場に落ちた。
「師匠。敵は討ちました……!」
「そうか、よかったな。よいしょっと」
俺は下半身は足で。上半身は片腕で立つ。
「うわ気持ちわる!」
「何だと失礼な。切ったのはお前だろう」
落とした腕を拾い上げ、口に運ぶ。
噛まない様に気をつけながら、俺が掘った竪穴を登る。
「おい、どこに行く!」
「試合に出るんだ。お前の相手はその後だ!」
竪穴から控え室に飛び出す。
「あ、おかえりなさ気持ちわる! なんで真っ二つなんですか!?」
「あぁ、切られたんだ」
「あぁ……そうですか……」
「あれ? センプウちゃんは?」
「美味しいもの探して、ふらふらとどこかに行っちゃいましたよ」
「あ、そう」
『どうしたデス・ヴァルハラール! このままでは不戦敗だぞ!』
部屋の外から実況の声が聞こえる。
まずい、時間を取られすぎた。
「やばい! 行ってくる!」
「あ、忘れ物……」
翼を羽ばたかせ、部屋を飛び出す。廊下を飛び抜けコロッセオに飛び出す。
「デス・ヴァルハラール参上! 俺の登場を待ったか!? 歓声を上げこの俺を祝福するがいい!」
会場からかつてないほどの声量で、ブーイングが投げかけられる。どうやら誰も俺の事を祝福してくれないらしい。悲しい。
「どうして戻ってきてしまったんだデス・ヴァルハラール! どうせなら不戦敗してしまえばよかったのに!」
「実況はあくまでも公平であるべきだろうが! まぁいい、さっさと対戦相手を連れてこい! 俺は血と戦闘に飢えているぞ!」
「ならば呼びましょう! 次の対戦相手を!」
実況がそう声を上げる。しかし、コロッセオの向こう側の通路から誰かが出てくる様子は無い。
「最強を冠した男。この世の全てを見通し、全てを物語る。誰もこいつに逆らえない! それと超絶イケメン! とうっ!」
実況が実況席を飛び出し、コロッセオに降り立つ。
「実況した戦いの数は幾星霜! 最強の実況、ジ・キョーン! 通称実況! ここに参上ぅ!」
「お前が戦うのか……」
小太りの実況の男は、マイクを片手に観客達からの大歓声を浴びる。
「第四試合を突破したこの私は、今までにないベストコンディション! この死の悪魔に負ける気もさらさらなぁい!」
「第四試合って掃除野球じゃねぇか……そんなもの勝ち抜いた奴が強いわけが……」
「試合開始ぃ!」
実況の掛け声と共にゴングが鳴らされる。
そのゴングは、俺の頭に打ち付けられて鳴らされた。
「いってぇ! 何しやがる!」
「この私は実況! ならば実況に使う道具を使って何が悪いんでしょうか!」
「クソ! そういえばこの大会武器有りだったな……!」
「さぁさぁ勝てるかなぁ!」
実況は観客席から投げられた巨大なゴングを盾に、マイクをランスの様に持ち俺に向かう。
「ゴング・クラッシュ!」
「あっぶねぇ!」
ゴングをまるで鈍器の様に振るい、実況は攻撃してくる。
地面に打ち付けるたびにデカい音が鳴って、耳が痛くなる。
「このゴングは何かを殴る度に大きな音を発する! 相手の耳と体を同時に破壊できる最強武具! その名も、【キング・ゴング】!」
「それを言いたかっただけだろ!」
「マイクスラッシュ!」
マイクを横に薙ぎ、俺に切り掛かってくる。
マイクの持ち手側が鋭く尖っており、触れるだけでも傷になるだろう。
「このマイクは特注製、実況と戦闘を同時にこなせる優れものだ! その名も!」
「その名も……?」
「……マ、【マイク・ランス】!」
「取って付けた様な名前だな……」
「点を一文字後ろにずらすと」
「ずらさなくていい!」
実況は近づけばゴングで、距離を取ればマイクで攻撃を繰り出してくる。
中近隙がない。それに道具の使い方も上手く、熟練の戦士を彷彿とさせる武器捌きだ。
だが
「だが遠距離には対応できないだろう!」
俺はコロッセオの壁際にまで距離を取り、コロッセオの壁面を一部もぎ取った。
「あぁ! またぶっ壊したな!」
「コロッセオなんて壊されるのが前提だろう! 極上の闘争のための犠牲となれ!」
もぎ取った壁面を手の中で握り潰し、実況に投げつけた。
「くぅ! ズルだ!」
「道具有りなんだろ! じゃあズルじゃないな!」
「こうなったら奥の手だ! みんな、手拍子を頼む!」
実況がそう叫び、両手を打ち付け手拍子を始める。
すると会場全体が呼応する様に手拍子を始めた。
「なんだなんだ、コンサートでも始める気か?」
「実況とは会場全体と心を通わせ、会場そのものの代弁をする役割! 即ち会場と心を通わせれば通わせるほど、この私の力は増幅される!」
実況の体はどんどんと膨らみ、巨大化していく。
「マッスルモード!!!」
丸々と大きく肥えた実況は、動く事も出来ないくらいの球体になってしまった。
「どちらかといえば太っていないか?」
「いいや、これは筋肉だ!」
そう言って実況は身を捩る。しかしまったく動けていない。
「……しまった! いつもより熱狂してるから吸収する量を見誤った!」
「そうかよ! これからの試合に実況不在は寂しくなるなぁ!」
俺は右手を大きく振り上げ、実況の体をぶん殴る。
実況は大きく吹き飛ばされ、コロッセオの壁に埋もれてしまった。
実況は小さな呻き声を上げながら、気絶している。
「あれ、どうして死んでないんだ?」
俺は自分の右腕を見る。
右手首から先がなくなっている。
「……あ! 地下に忘れてきた!」
俺の絶叫虚しく、観客達は熱狂の声を上げた。
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