第七話 卑怯者
また大穴を開けたせいで、コロッセオの修理で小休憩を挟む事になった。
どうやらあのクソ運営ども、俺を連続で戦わせようとしていた様だった。休憩なしで。
「普通死ぬだろ」
「えぇ、死にますね」
俺はまた控え室の隅で、地面に座り込んでオレンジジュースを飲んでいた。
隣には小さくスリムになったゴルたんが、同じ様にオレンジジュースを飲んでいた。
「この闘技大会の運営って誰なんだ? 随分俺を殺したがっている様だが……」
「さぁ……知らないですね。なんかずっとやってる大会ですし」
「ずっとやってるのか?」
「一年に一度くらいでやってますね」
空になったオレンジジュースの容器を逆さに振り、地面にそっと置く。
「飲み物取ってくる」
「あ、何か食べれそうなのも取ってきてください!」
「はいはい……随分厚かましくなっちゃって……」
俺は売店まで行き子供用オレンジジュースを買うと、ジュース片手に控え室に戻る。
周囲が奇異の視線で見てくるが、こんな何食べてもハズレみたいな世界では安全な飲み物は手放せないのだ。安易に知らない飲み物に冒険すると、どうせヤブレカブレの樹液とかにぶち当たるんだ。知ってるぞ。
「っと。何か食べるもの食べるもの……っと」
俺は近くのテーブルに乗っていた、岩塩焼きの皿を手に取る。
多分これならゴルたんも食べるだろう。
「あ、おい! おいコラテメェ! このクソ常識なし! 取り皿使えこのいやしんぼ!」
「おいおいおいおい……この声聞き覚えがあるぞクソったれ!」
俺は声の出どころを探し周囲を見渡す。しかしどこにも俺に怒鳴る酔狂な奴はいない。
と言うことは答えは一つ。
「お前コロッセオ前で俺に突っかかってきたクソ透明野郎だな!?」
「あぁ……?! ……あ、テメェ! 思い出したぞカス野郎!」
オキニの黒装束の代替品としてもらった、黒い装束の端が微かに引っ張られる。
その部分を思い切り引っ張り、透明な何者かを吹き飛ばす。
派手に飛ばされた何者かは、机を吹き飛ばしながら壁に叩きつけられた。
「テメェ……今度こそオイラの手で殺してやる……!」
「やれるもんならやってみろ。広範囲攻撃で燃やし尽くしてやる」
「ヴァルルさん〜どうしたんですか〜?」
控え室の隅っこにいたゴルたんが、俺の様子を心配し近寄ってくる。
「ゴルたん気をつけろ! 透明な野郎がいるぞ!」
「ゴルたん気をつけぇ! このカスはとんでもない極悪人だぞ!」
俺と透明野郎が同時に発声する。
「あぁ!?」
「あぁ!?」
「真似すんな!」
「マネすんな!」
「捻り潰すぞ!」
「ぶち殺すぞ!」
「……」
「……」
「「なんだこいつ!!!」」
「ちょっと落ち着きな、二人とも」
ゴルたんに諭され、一度矛を収める。
ゴルたんは目の色をコロコロと変えながら、必死に何かを考えている。
「えーっと。とりあえずお互いの紹介から……しよう? まずはヴァルルから」
「……俺の名前はデス・ヴァルハラール」
「なんだダッセェ名前だな」
「なんだとこの野郎!」
「はい、ストップ! 自己紹介くらいちゃんとやって!」
「……オイラの名前はキャットバース。それ以上に語ることはねぇ」
キャットバース。キャットバース。
どこかで聞いた事があるような気がする。
しかしどこで聞いたか思い出せない。
「それで透明野郎、ってヴァルルさんが言ってましたが、それは間違いです」
「じゃあどこにいるんだ?」
「ここです。この虫眼鏡を」
「あぁ!? 今何つったぁ!?」
「……このルーペを」
俺はゴルたんから虫眼鏡を受け取り、ゴルたんの指差す場所を見る。
「お……おぉ!? なんかいる! 虫みたいなおっさんだ!」
「あぁ!? テメェぶっ殺してやる!」
「彼はバトノミという種族で、大きくても体長がおおよそ指一本ほどの極小武闘種族です。ちなみにワタシが探していた人物とは、彼の事です」
「はぁ〜……虫みたいだな」
「お前絶対わざと言ってんだろ!!!」
ゴルたんが俺に近寄り、耳打ちしてくる。
「彼は虫は禁句です……どうか控えてください……」
「あぁ、わかった。その単語は頭に出てきても、無視。する事にするよ」
「お前今すぐ殺してやる! 試合なんて関係ねぇ!」
「ははははは!」
だがこれで謎が解けた。透明と思っていたのは、小さすぎて見えなかったからだったのだ。
いやぁスッキリした。これで今夜はぐっすり眠れそうだ。
「いや待てよ、今試合って言ったか?」
「あぁそうだ! 次の次の次、テメェの対戦相手だこの野郎!」
「へぇ……このちっこいのがなぁ……」
「あぁ!? なんか文句あんのか!?」
「いいや、楽しみってだけだ」
俺はニヤリと笑みを浮かべ、ルーペなしでキャットバースを睨みつけた。
「いいや、テメェはオイラに負ける。絶対にな! 首を洗って待ってやがれ!」
そう言ってキャットバースはあっという間にどこかに行ってしまった。
「彼に誘われてこの大会に来たんです」
「へぇ……」
「強い、ですよ」
「ふぅん……」
「ワタクシに勝ったんですから、絶対負けないでくださいね! こうなったら絶対優勝してもらいますから!」
「ハハハハ! 俺を誰だと思ってやがるんだ! 俺の名前は」
「ヴァルル〜!」
「……」
控え室の扉を開け、ニコニコのセンプウちゃんが部屋に入ってくる。
「ヴァルル! いいニュースだ!」
「何だセンプウちゃん。ヤブレカブレの木の実でも見つけたか?」
「え、あの木は実をつけないぞ……何言ってるんだ?」
「いや……何でもない。それで、いいニュースって?」
「あぁそれなんだが」
センプウちゃんが懐から、一枚の紙を取り出す。
そこにはなんて書いてあるか分からないが、美味しそうな料理の絵と暖かそうな宿の絵。それとあからさまなニコニコマークが書かれていた。
「ニコニコマークってどこも共通なんだな」
「この小休憩時間にこの場所に行くと、タダでご飯が食べれるぞ! しかも綺麗な宿の無料宿泊券までついてくるらしいぞ! 早く行こう!」
「……一人で行けばいいんじゃないか?」
「そんな事言うな! 早く行くぞ!」
「な〜んか怪しい気がするんだよなぁ……」
センプウちゃんに足を引っ張られ、引きずられながら移動する。
その後を心配そうな顔をしながら、ゴルたんがついてくる。
センプウちゃんはどんどんと進み、コロッセオを出て、街を出て、近くの森の中にまでやってきた。
「ここだ! ここの中らしいぞ!」
センプウちゃんが指差す先には、薄暗い地下に続く階段が。
「センプウちゃんってもしかして、ご飯とかに目がないタイプ?」
「えぇ……センプウちゃんは昔から放浪してばかりなので、宿やご飯に目がないんです」
「ほら、何してるんだ二人共! 早く行くぞ!」
俺とゴルたんの手を引き、センプウちゃんは階段をずんずんとおりていく。
「お、おい! 手を!」
「あぁ大丈夫だ、ヤブレカブレの樹皮で作った手袋だ!」
「クソ……耐性ができてるのか、ちょっとだけ痒いのが腹立つな」
地下におりると、そこには一人の老人が待っていた。
「おぉ、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
老人は手に持った蝋燭の光を頼りに、どんどんと奥に進んでいく。
中は洞窟を掘って作った地下墓地らしく、あちこちに空の棺などが置かれている。
「ご老人! 食事はどんなものがあるんだ!?」
「ほっほ、色々と用意しておりますとも」
「ご老人ご老人! 宿に風呂はあるのか!?」
「ほほほ! アツアツで用意しておりまするとも」
「ごっ老人! ベッドはフカフカか!?」
「もちろんですとも、それぞれ専用の物を用意させていただいております」
「聞いたかヴァルル、ゴルたん! 楽しみだな! あ、でも試合が始まる前に戻らないとだな……」
センプウちゃんはそう言って、少しだけ肩を落とした。
「なぁゴルたん、試合まで後どれくらい?」
「多分、後五分もないかと」
「そうか……」
俺はセンプウちゃんの前に出て、老人の背後を取る。
「なぁ老人。どうしてお前はこんな所に呼び出したんだ?」
「……他の人に知られるわけにはいかないからです」
「なぁ老人。どうしてここは灯りが少ないんだ?」
「……それは迷いやすくするためです」
「なぁ老人、最後に一つ聞こう」
老人は立ち止まる。
「……何でしょうか」
「お前。どうして老人の変装なんてしてるんだ」
「……それはね、クソ野郎」
老人は、いや老人の変装をしていた男が変装を脱ぎ、刀を抜いて襲いかかってきた。
「お師匠様の仇うちのためだよォォォォォ!!! 死ねぇぇぇぇい!!!」
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