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第四話 第一回戦、第三試合

四分の一が減った控え室は、若干の静寂に包まれていた。

だがそれに反比例する様に外から聞こえてくる観客の怒号にも似た歓声と、戦闘によって生じる破壊音と振動が出番を待つ俺達の心に強く期待を募らせていた。


「おいモックン、赤いゼッケンを付けている奴らで強い奴はどいつだ」

「はいはい。情報通のオレっちに任せろって……」


煙で出来た体を伸ばし、赤いゼッケンを付けた女を指差す。


「あいつは魔女、モジャル。東の大森林を支配する、魔女界隈でも頭一つ抜けた奴だ」

「ほう。他には?」

「サラマンダーキッスのジュディ、あの赤い鱗のトカゲの女だ。敵の口内に火炎を吹き入れ、ガラス細工みたいに破裂させる戦法を持つ」

「絶妙に気持ち悪いな……アイツとかはどうだ、ここまで血の匂いがするが」

「……あぁ。死のダンサー、エリーちゃんだな。極限まで薄く伸ばした刃物で、踊りながら切り掛かってくる連続殺人鬼だ」

「なるほどな……」


俺は控え室をもう見渡す。赤いゼッケンを付けている奴らに注目し、次から次へと頭の中でどう倒すかシュミレートする。


「アイツとか強いぞ。女盗賊、ブロ様。三千人の部下を持つと言われている伝説の女盗賊だ」

「ほう……」

「あれは子持ちのヴィオラ。一昨年第六子が生まれて、今年から復帰している」

「おめでたいな……」

「あれは大工のチェリーボンボン。女だからって舐めちゃいけない。国一つを一夜で立てたって話だ」

「なぁ、少しいいか?」

「なんだ?」


俺はもう一度控え室を見渡す。

そして確信を持つ。


「なぁ赤いゼッケン付けてるの女だけじゃねぇか!?」

「あぁ、そうだな」

「どうして俺も赤いゼッケンなんだ!?」

「そんな事オレっちに言うなよ〜……ゼッケンの割り振りは闘技大会の運営が決める事だろ?」

「なんなんだクソが!」


俺はゼッケンを床に叩きつける。

それと同時に部屋の扉が開き、さっき見た係員が入ってきた。


「次、第二試合始めま〜す!」

「お、第二試合か……赤か緑か黄色か……どの色だろうか」

「第二試合は赤の番号の方!」


赤。つまり俺の出番だ。

正直相手が女ばかりかと思ったが、よくよく考えたらどいつもこいつも強者だからモックンの情報網に引っかかっているんだ。

少しばかりは楽しめそうだと期待してもいいんじゃないだろうか。


「赤の番号の偶数の方、それと緑の番号の偶数の方で試合で〜す!」

「いや色で試合が別れてるわけじゃないんか〜い!!!」


俺は大声を張り上げながら地面に崩れ落ちる。俺がさっき地面に叩きつけたゼッケンが、くしゃくしゃになって俺の目の前にある。


「しかも奇数だから俺の出番じゃないぃ……」

「あ、緑の偶数なんでオレっち出番です! じゃ、また後で!」


モックンは気まずそうにそう言い残し、部屋を出て行った。

一人ぼっちになった俺は、控え室の中で注目に晒されていた。あんな大声を出したら当然だろう。

みんなの視線が痛い。痛みってこんな悲しいものだったっけ。


「あ……あの……これ」

「……ん?」


俺の目の前に、綺麗に調理された魚のスモークが乗った皿が差し出される。

顔を上げると、そこにはゴーレムのゴルたんがいた。


「さっき食べられるもの分かんなかったので……ヴァルルさんと似た様な姿の人達が食べていたものです……」

「ゴ、ゴルたん……!」

「何があったかわかりませんが……これ食べて、元気出してください……!」


俺は涙ながらにその皿を受け取った。

魚のスモークを口に運び、香りを楽しみながらゆっくりと頬張る。


「美味い……! 美味いよ……!」

「よかったです……!」

「あったけぇ……!」


魚のスモークは暖かく、口の中が優しい暖かさで満たされる。

香ばしい香りと魚の旨みがマッチして、口の中にしか意識が向かない。

ヒリつく様な香ばしい匂いが、上顎を、喉を潤わせてくれる。それどころか少しヒリヒリしてくる。

いや、このヒリヒリ味わったことがある。


「なぁ、ゴルたん。これ、どういう料理だ?」

「え、魚のスモークって聞きました……」

「スモーク……なんの煙で作ったやつとか分かる?」

「さぁ、わからないです……すいません……」

「いや……いいんだ。美味しかったから、自分でも作ろうと思ってな……はは」


俺は体内から迫り上がってくる痒みを必死で隠し、ゴルたんが持ってきてくれた魚のスモークを全て食べた。

ここでヤブレカブレの木だと指摘するのは簡単だ、だがそれを言うとゴルたんはどんな表情になるだろうか。

罪悪感。初めて味わった感情だった。


「あ、そういえば。聞きました? この闘技大会の噂」

「噂? 何も聞いてないな」


他の奴らとコミュニケーションが取れず、ぼっちだったからではない。きっと偶然耳に入らなかっただけだ。と自分に言い聞かせる。


「みなさんこの話題で持ちきりですよ。なんでもこの大会で優勝した人はなんでも願いが叶うらしいですよ!」

「へぇ……」

「あれ、あんまり興味がないんですか……?」

「いや、願いって言ってもなぁ……俺は叶えたい事は全部すぐに叶えてきたから、大した願いが無いな……」

「そ、そうなんですか……じゃ、じゃあその優勝の権利を掠め取ろうと、悪い人達が準備しているって噂は聞いたことありますか」

「なんだか急に陰謀論じみてきたな……」


いやしかし。どうしてこの大会に参加者が山ほどいるのだろうか。さっき控え室にいた人数はざっと80人ほど。そんな奴らが揃いも揃って、ただの腕自慢のためだけにこんな闘技大会に出るだろうか。

それに俺は、この闘技大会を運営している奴らの事も知らない。

それどころか俺はこの世界の事を何も知らない。

ここはどこだ。今は何年だ。通貨は何だ。種族は何種類いるんだ。俺の世界と時間の流れは違うのか。分子構造はどうなっている。魔術や魔法の仕組みは俺の知るものなのか。この世界の星は俺の知るものなのか。この星はどこだ。この宇宙はどうして出来たんだ。生物はなぜ生きるのか。我々はなぜ生まれどこに向かいなぜ死ぬのか。今日は何を食べたか。俺は何者なのか。


「ヴァルルさん! ヴァルルさん!」

「……っは!」

「大丈夫ですか? 急になんの反応も返さず遠い目をして……」

「悪い悪い。洞窟にいた頃の悪い癖だ……」

「もう……呼ばれてますから、早く行った方がいいですよ」


ゴルたんが指差す部屋の扉には、係員がさっきのように顔を出していた。


「赤い番号の奇数の方、黄色い番号の奇数の方。第三試合に出番となりますので、こちらに移動してくださ〜い!」

「そうか……もう俺の出番か……!」

「はい。頑張りましょうね!」


ふんふんと意気込むように、ゴルたんは体を上下させる。

よく見ると肩の部分にゼッケンが引っ掛けてある。黄色い番号の奇数だ。

俺の口角はこれ以上ないくらいに釣り上がり、ギザギザの歯の隙間から低い笑い声が漏れ出す。


「ゴルたん……手加減は出来ないぞ。せいぜい楽しませてくれよ?」

「あ、そうですね。試合が始まったらお友達でも敵同士、ですね!」

「ふふふははははは……」


俺は笑い声を上げながら係員の後を追う。薄暗い廊下を抜けると、そこはコロッセオのリングにつながっていた。

観客は大勢、飲み物や食べ物を片手に俺達を見下ろしている。

実況のけたたましい怒鳴り声にも似た声が、コロッセオ全体に響き渡る。


「第一回戦はバトルロイヤル! これまでに二試合行われてきましたがどちらも白熱! 第三試合はどんなドラマを見せてくれるのか!」

「ここでルールをもう一度。第一回戦はバトルロワイヤル。気絶、死亡、戦闘不能、またはコロッセオの敷地から出た方は失格となります。それ以外にルールはありません」

「解説ありがとう! 第三試合開始のゴングが、今ッ鳴らされる!」


俺はゆっくりと体を伸ばす。腕を掴み肩を伸ばし、足を捻って筋肉をほぐし、首を回して骨を鳴らす。

血湧き肉躍る惨劇が目前だと言うのに、観客も参加者も呑気なものだ。


「やるからには本気だ。俺が本物の地獄を見せてやる……!」


試合開始のゴングが湧き上がる歓声をかき消しながら、甲高い音を鳴らした。


「試合開始!!」


周囲の奴らが一斉に武器を構え出す。

だが


「その一瞬が命取りだ!!!」


俺は飛び上がり、コロッセオを一望できる高さまで上昇する。

武器を持てば必ずそれを出したり、構える時間が発生する。だから俺は拳を使うのだ。

翼を出し、地上に向かって降下する。

目標はただ一人。


「ゴルたんッッッ!!!」


ずっと考えていた事があった。ゴルたんと最初に会った時に拳を受け止められた。体が岩だから即死が効かない。体が岩だから衝撃には強い。ではどうすれば勝てるのか。

答えは簡単。

受け止めきれないくらいの衝撃を与えれば、ゴルたんはバラバラに砕け散る。

一筋の流星となり、ゴルたんに向かって落ちていく。翼で加速し、音すら置き去りに。


「そこの黒いの! 敷地外に出たので失格です!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!? テメェぶち殺すぞこのクソ審判どこが敷地外だこの野郎一応敷地内に収まる様に飛んでたんだが見てn」


ブレーキを一切かけずに地面に激突し、俺の意識は吹っ飛んだ。

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