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第三話 選手控え室

係員の指示に従って、選手控え室にまでやってきた。中は立食パーティーの様に料理や飲み物が置かれたテーブルがそこらかしこに配置され、ゼッケンをつけた奴らが楽しそうに雑談をしている。


「これが闘技大会の控え室の空気か?」

「ここではこれが普通なんだ。受け入れろ」


センプウちゃんはそう言って、テーブルの上に置いてあった果実盛りバスケットを持ってくる。


「バスケットごとじゃなくて食べるものだけ持ってこいよ……」

「ん? バスケットごと持っていくのは常識だが?」


不思議そうな顔で俺の方を見るセンプウちゃんに呆れた俺は、ため息をつきながらそのバスケットの中の果物を摘み取った。

黄色くて丸くてブヨブヨしていて、中に液体が詰まっている果物の様だ。バスケットにたくさん入っているしこの世界特有の物だろうかと思いながら、口に運ぶ。

噛み潰すと苦い液体が口の中に広がり、思わず吐き出す。


「ペッペッ! なんだこれ、不味いな……!」

「それは香り付けの薬品だ。食べられないぞ」

「それもうちょっと早く言ってくれないかな!?」

「いや、てっきりゲテモノ食いなのかと思ってな。許せ」

「あぁ、最悪の気分だ……」


グラスに入った水で口を濯ぎ、地面に吐き出す。

まだ口の中にあの薬品臭い苦味が残っている。人間の血か何かでうがいをしたい気分だ。


「ちなみにそれはフィンガーグラスだぞ」

「……なんだ、それ?」

「汚れた指を洗うためのグラスだ」


俺は手に持ったグラスの中身を確認する。よく見れば土とか入ってる。

俺は地面にグラスを叩きつけ、その場に立ち尽くした。


「よければ何が食べものか教えましょうか?」


聞き覚えのある声が、背後から聞こえる。

そこには巨体故に窮屈そうに体を少し縮めたゴルたんが、ゼッケンをつけて立っていた。


「おぉ、ゴルたん……できれば普通の食べ物を教えてくれ……」

「異世界から来たんですから、分からなくって当然ですよね……あ、あれとか美味しいですよ!」


ゴルたんはそう言いながら一つのテーブルを指差す。そのテーブルの上には、プレートの上に乗った湯気を放つ岩が置いてある。

その料理は見たことがあった。


「あれは岩塩焼きです」

「おぉ! 肉の岩塩焼きか! 茹でられた岩塩の上で薄い牛肉を焼く絶品料理! 懐かしいなぁ!」

「いえ、岩塩焼きです」

「分かった分かった!」


俺はその皿を取り、周囲を見渡す。小皿に肉が盛り付けられた物があるはずだが、見当たらない。


「あの……岩塩焼き……もしかして、普通は食べない……?」


ゴルたんは申し訳なさそうにセンプウちゃんの方に振り向く。

センプウちゃんは静かに目を瞑り、首を横に振った。

岩塩焼き。


「……これが本体か」

「す、すいません……他の種族とあんまり食事をした経験がなくって……」


ほかほかと湯気立つ岩塩。

俺は黙って岩塩を鷲掴み、口に運ぶ。

もしかしたら美味しいかもしれない。オリハルコンの剣すら噛み砕く俺の口なら、こんな岩石だって美味しく食べられるかもしれない。そんな一途の希望を託し、俺は。


「……お、美味しいですか?」

「……」

「あ、あの……」

「口の中を、火傷した……」


初めて食べた岩塩焼きは、とてもとてもしょっぱかった。



売店で買ってきた子供用オレンジジュースを片手に、選手控え室の隅っこで他の参加者を値踏みする。

どいつもこいつも剣やら槍やら斧だの、多種多様な武器を持参している。ステゴロ(拳一つ)な奴は数人しか見えない。

強さ的には恐らく猛者から、力試しにやってきたであろう若造まで。幅広い層がいる。

種族的にも千差万別。人間だけではなくセンプウちゃんの様にエルフ、オークやゴルたんの様なゴーレムまで。俺の知らない種族らしき者も見える。


「……今から想像するだけで楽しみだ!」

「何が楽しみなんだ?」

「キャン!」


急に耳元に声をかけられ、叫びその場で飛び上がる。

俺は壁を背にしていたはずだ、どうやって俺の耳元に声をかけてきたのだ。

ついさっきまで背にしていた壁を見ると、そこには煙がうっすらと人型を取っていた。


「驚かせて悪いね。オレッチは情報通のモクレン。モックンって呼んでくれよ!」

「あぁ……そうか。俺はデス・ヴァルハラールだ」

「そうか! 指定がないならデスッチって呼ぶぜ! よろしく!」


そこはかとなく明るく、面倒臭いタイプだ。こういうタイプは昔、勇者と名乗っていた奴らに多かったから良く知っている。諦めが悪くしぶとい、俺好みの強者である。

だがコイツは情報通だと?そんな軟弱者は、眼中にない。


「悪いが、俺が興味あるのは強者だけだ」

「お〜! なら強者の情報を教えるぜ!」

「本当か!? どいつだ、どいつが強い!?」

「まかせろまかせろ!」


モックンはどうやってか煙の中から手帳を取り出し、中身をパラパラとめくる。


「まずはあの銀髪エルフ。あいつは」

「あぁ知ってる。センプウちゃんだろ、顔見知りだ」

「そうか……ならあいつはどうだ? 知り合いか?」


煙で出来た指でモックンが指し示す先、そこには白い柔道着を着た男がいた。

俺は首を振る。


「あいつはカクトウカのポリー。世界大会で優勝している猛者だ」

「ほう……! 格闘家で、この世界で一番強い奴か!!!」


俺はそいつと戦うために一歩踏み出す。全身の血液が沸騰し、殺意が溢れ出る。こんな闘技大会に出て強者を探さずとも、世界で一番強い者がそこにいるのだ。回りくどいことはいちいちしていられん。


「いや、優勝したのはケーキ作りの世界大会だ。角糖家って言ったろ?」

「格闘じゃなくて角糖ね……はいはい、次は?」

「あいつなんてどうだ! 全身鉄で出来た処刑マシン、サッチだ!」


モックンが指を刺す先には、卵形の鉄でできた巨大な物体が浮いていた。


「なんだろう、あいつは存在しちゃダメな気がする」

「そうか……ならあいつはどうだ? 海の怪物、デュロハス! タコの魔物の中では一番強いと言われているぜ」


指差す先には腕が十本ある全身白色の男が、海藻をもしゃもしゃと食べている。


「そりゃ腕が二本も多ければ、八本足のタコの魔物共にも手数で勝てるだろうよ」

「彼は自分がタコの魔物であると言ってるから、タコの魔物だ」

「そりゃ寛容な事で……」


俺はため息をつき、オレンジジュースを飲み干した。

さっきからまともな奴がいない。どいつもこいつも大道芸人か何かを目指した方が、よっぽどマシだ。


「くだらん……なんだかやる気が削がれた……」

「そうか……龍殺しアレン、山の覇者モルデル、マザーピストルズ、千年城主アルグレン、時を刻む者アララ、小さき暴君キャットバース……まだまだ強者はいるんだけどな」

「なんだその強そうな奴ら! そういう奴らを先に紹介しろ! どこにいる!」


俺は控え室の中をぐるりと見渡す。それらしい奴らを見つけるが、どいつもコイツも確証がない。

モックンは煙の中に見える目を細めながら、さっき喋った名前の奴らを探している。


「では第一回戦始めま〜す! ゼッケンの番号が青い方は第一試合です、こちらへどうぞ〜!」


係員が控え室の扉を開けて大きな声を出す。

俺は自分のゼッケンを確認するが、番号は赤色で書いてあった。


「あぁいたいた。あの人と、あの人。それからあの人と……あの人とあの人ですね」


モックンが次々と指を刺す。


「全員番号青いじゃねぇか!」

「知りませんよ。それオレッチに文句言わないでくださいよ!」


さっき強者として名前が挙げられた奴らは係員の指示に従い、次々と部屋を出ていく。

取り残された奴らの番号は、赤、黄、緑の三色だ。


「あ〜……強者と戦えないなら意味がない……」


その場に座り込み、空のオレンジジュースの容器を投げる。

しかしオレンジジュースの容器は、俺の足元に転がり帰ってきた。

俺が顔を上げると、そこにはセンプウちゃんが立っていた。

センプウちゃんのゼッケンの番号は、青色だった。


「何をしょげた顔をしているんだ」

「強者と戦えないからどうでも良くなっているんだよ……」

「なんだそんな事か。なら私と戦えるじゃないか」

「あぁ? どういうことだ……」



「楽しみは最後に取っておけ。決勝に勝ち上がってきたら相手になろう」



センプウちゃんはウインクをし、部屋を出ていった。

俺は大きなため息を一つつき、ゆっくりと立ち上がった。


「宣戦布告。しかと受け取ったぞ……!」


外からは観客の声援が聞こえてくる。

こうして闘技大会は、幕を開けた。

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