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窓のない観覧車

作者: 吟遊蜆

 窓のない観覧車に、髭のない少年が乗っていた。窓のない観覧車は不粋だが、髭のない少年は不粋とは言えないだろう。少年にこの先、髭が生えてくるかどうかはわからない。


 もちろん高所からの絶景など、望むべくもない。だがどれだけ待っても観覧車に窓がつかないのは、まず間違いのないところだった。足し算から掛け算の時代を経て、いまや何ごとにつけ引き算の求められている世の中だ。そんなご時世、なにかしらオプションが増えるというのはあり得ない選択肢というほかない。


 それは観覧車というよりは、荷物を載せて運ぶコンテナというほうがふさわしかった。それに乗って観覧できるものといえば、ただ錆の浮いたコンテナの無愛想な内壁だけだからだ。それに運ぶといっても、高いところをぐるりと一周して元あった場所へ戻るだけであった。


 だがそういう薄暗い場所にほど、少年は閉じこもりたがるものだ。少年はドラえもんが押し入れに寝ているのを、いつも羨ましいと思いながら観ていた。彼にとってはポケットから出てくる未来の道具よりも、その特異な就寝環境のほうがよほど羨ましかった。しかし残念ながら洋風に建てられた少年の家に、ふとんが丸ごと入るような押し入れなどなかった。


 窓のない観覧車を降りた少年は、色のない売店でソフトクリームを買った。壁にも屋根にも色のない売店を、売店だと気づくまでにはそれなりに時間がかかった。周辺の路上に食べ滓を求めるカラスが集まっていたおかげで、少年はそこが売店であると気づくことができた。ただしカラスにも色がなかったおかげで、それをカラスだと認識するのに色以外の特徴をいくつか思い出してみる必要があった。


 少年が中心のない小銭ばかりで代金を払うと、摑んでいた小銭をリリースした手の甲の上にコーンのないソフトクリームがひんやりと渦巻いた。お礼の笑顔で前歯のないことを示した店員は、わざわざ機械を窓口まで運んできたうえでそうしているのだった。


 しかしこの引き算の世界では、何がどこまで省略されていても不思議はない。店員に前歯がないから噛みきれないコーンを省略しているのか、コーンのないソフトクリームばかり食べているから店員の前歯がなくなってしまったのかはわからない。あるいはその二つは無関係に、ただそれぞれが勝手になくなっただけなのかもしれない。


 そして園内を歩きながら手の甲に盛られたソフトクリームを舐め終えた少年は、いよいよ翼のないジェットコースターに乗った。少年だって、本当は翼のあった時代のジェットコースターに乗ってみたいと思っていたが、いざ乗ってその軌道を体感してみると、こればかりはないほうが正解であるように思えた。

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