星の章2
エピローグ
薄暗いコンビニ倉庫。
兼、事務所の、雑多に積まれた補充用・在庫品の山々に顔を埋め、ぼくはノートパソコンのキーを叩き続ける。
ようやくアイナの長台詞が終了。
まだ、説明は続くはずだけど…ぼくは顔を上げ眼鏡を下げる。
眉根を軽く揉む。
午後三時の休み以降、午後八時までブッ通しで小説を書き続けた。
途中、二時間の仕事は、雷華が代打で入っている。
退社時間はとっくに過ぎていた。
いいかげん疲れてくる。
いや、それより、なにより、
「どうした星図? 小説は、もう書き上がったのか?」
雷華が店から事務所を覗きながら尋ねる。
仕切りはカーテン一枚のみ。
さっきから、チョクチョク覗いてくる。
「なんか、説明が足りない気もするけど。まあ、だいたい…こんなトコロかな? それより猿風さん…その…なんていうか」
「なんだ? 何か気になる事でもあるのか? 星図?」
「う~ん。気になるって言うか、何ていうか…」
雷華が期待と不安の入り混じった不思議な表情を浮かべる。
「言ってみろ。話してくれなきゃ、何一つ、わからないからな」
ぼくは雷華に向き直り、居住まいを正す。
一語一語、言葉を気にしながら、雷華に語りかける。
「小説を書くっていうのはとても不思議な行為だよね。ただの文章、ただの文字で世界を表現する。この世以外の、ありえない事柄だって、自由自在だ」
雷華が挑むように問う。
「それで? 書いていて、何か、発見でもしたのかな?」
「発見、と言うか、気がついた、とでも言うか。とにかく、書くっていうのは、不思議な行為で、思いもしない物語、考えもしない展開が、ぼくの意思とは関係なく進むんだ。そのわりには、まるで予定調和したかのように、それなりに、まとまってくる。不思議、不思議」
雷華の目つきが鋭くなる。
「君は自分で『不思議、不思議』とか言ってるわりに、ちっとも不思議そうな顔つきをしていないな」
ぼくは、おどけるように答える。
「いやいや、不思議だよ。書くって事は…そうだね。ぼくが、不思議そうな顔つきをしていないとしたら、それは…それが、もしかしたら、当たり前の事だからかもしれない」
雷華が渋い顔をする。
「君が何を言いたいのか、だんだん、わからなくなってきた」
「書く…というより、書ける…という事は、不思議な事ではないって事。つまり、それは、本当に、どこかで体験した事かもしれない。それなら、あとは…思い出す、だけでいい…書く、という作業には、一種の魔術めいた力があるかもしれない。書いているうちに、自然に文章が、文字が、浮かんでくる。まるで記憶の封印を解く、かのように…ね」
雷華が肩を竦める。
「やれやれ、他人が聞いたら、君の気が違っているんじゃないかと、絶対に疑う発言だぞ」
ぼくは口許に笑みを浮かべる。
「それでも、ぼくは、雷華、蘭花、刀火、雷華三姉妹と、大冒険を繰り広げた…はずだよ。五時間も立ち読みしている、刀火。同じく、スイーツを選び続けている、蘭花…そうだよね!」
コンビニ内を五時間もウロウロしている二人の少女に話を振る。
刀火が真っ先に口を切る。
「雷華の予想が見事に当たったわね。あたしもホッシーの記憶は、いずれ蘇るって、ずっと信じてたけど!」
蘭花が待ちくたびれた表情で、
「それでも随分と時間が掛かりました。やっぱり〈猴仙術〉の記憶操作は、強力なんですね…あの、勿論、それを破った星図さんも、凄いと思いますけど!」
雷華がペロリと上唇を舐める。
「前から封印が不安定になっていたから、刀火と蘭花にも見張ってもらっていたが、結局、解けてしまったな…わたしに隠れて仙術の修行でもしたのかな? 星図?」
「実はね、〈猿仙界〉で蛾雅が、時たま様子を見に来ていたんで、雷華に内緒で仙術を、ちょっとばかり、教えてもらったんだ。その影響かな?」
一同が納得すると同時に、ピカッ! ドドオオーンッ! 稲光と共に、轟音が鳴り響く。
店内の照明、いや、近所の明かりも全て停電で消え去る。
気がつくと、外には激しい雷雨が吹き荒れていた。
そんな中、キラリと二つの双眸が光る。
ずぶ濡れになりながら、頭頂部だけが黒い猫、黒帽が、何かを狙うように、コンビニの前を横切る。
ぼくと雷華、遅れて刀火、蘭花も外に飛び出す。
黒帽の得物が嵐の中、闇の中から徐々に姿を現す。
肥大化した体は刃物と化した紙幣が何千枚も突き刺さり、まるで紙幣のハリネズミだ。
痛々しい悲しげな声で、
「ゾ・ウ・ゼイ。ゾ・ウ・ゼイ」
と、繰り返す。
どうやら、増税の法案審議中に、志半ばで倒れた議員先生のようだ。
胸に薄汚れた金バッチがピカピカと輝いている。
雷華の全身が青白く輝く、
「ふふ。わたしの大・大・大好きな猫ちゃんに、指一本触れさせはしないぞ。昼寝ばかりしている、エセ・ユウレイ議員め!」
雷華が術を発動する寸前、ぼくが割り込む。
「な? 何だ? 星図、邪魔をするな! わたしの大・大…」
「それは、わかったから。最後ぐらい、ぼくにも見せ場がないとね」
攻撃魔法を瞬時に展開、ぼくの指先、両腕から、黒い霧が湧き上がる。
エセ・ユウレイ議員の頭上には、紅い魔方陣が浮かびあがり…ぼくは、厳かに呪文を唱える…。
死を呼ぶ暗黒の魔法…、
「〈獄殺〉!」
☆完☆