龍の章
ファイナル・フェイズ
☆1☆
夜明け前の夜空に星が瞬き、青々とした草原に澄み切った風が吹く。
冬が近いはずなのに、いくらか気温が暖かい気がするのは、以前来た時と違って、飢え死に寸前じゃないからか? それとも、雷華が一緒にいるからか? ともかく、雷華は蛾雅との戦いを終え、メキメキと力をつけた。
〈猴仙界〉の時間にして、約一年――それだけの時間で猴皇までたどり着き〈斉天大聖〉の称号を受け継いだ。
その後、ぼくと雷華は現実世界へ帰還した。
が、現実世界では、たったの二週間が経っただけだ。
早速、ぼくはアルカディナのサークと連絡を取り、上海から優に百キロは離れている、この大草原地帯。
以前彷徨った、この場所で会う約束をした。
ぼくと雷華は、ゲートを逆に入り、指定した時間に、ここへと辿り着いたのだ。
☆2☆
黄金色に染まる雲海。
その狭間から金色の朝陽が鈍く輝く。
光を背にして、小さなシルエットが一つ浮かび、ぼくらに近づいてくる。円龍だ。
「二人だけか?」
ぼくが首肯する。
「そっちは一人で来たんだね」
円龍が首肯。
「暗部を巻くのに苦労した」
「暗殺専門の部隊だね。もう、円龍まで手が廻ってるんだ。一人でないと来れないわけだね」
「少々監視されている。が、問題無い。どちらが先に俺とやる? 二人同時でも構わないが?」
雷華が一歩前へ出る。
「星図は、そこで見ていてもらう。立会人…といったところだ。やるのは、わたし一人。円龍、軟禁している刀火と蘭花を解放してもらうぞ」
「いいだろう。ならば…」
円龍が〈紅王剣〉を手に告げる、
「力を示せ」
☆3☆
雷華が〈雷刃剣〉を双刀に構え、金色の術式を前面に展開、無数の式が縮小、圧縮、コンタクトのように雷華の両目に収まる。
巨大・術式・制御用の紙鬼神の群だ。
雷華の瞳が金色に輝く。
「妙な技だ。無数の紙鬼神を操って、何をするつもりだ? そもそも、それだけの紙鬼神を、制御出来るのか?」
「この前は遅れを取ったが…女子、三日会わざれば、刮目して見よ…って奴だよっ!」
男子の間違いでは…とにかく、言い終わるや否や、怒濤のように円龍に詰め寄る雷華。
双刀〈雷刃剣〉による嵐のような猛攻。
柔らかく、舞うように、ほっそりとした肢体を、如何なく駆使する。
時に詰め寄り、時に離れ、距離が開けば思わぬ方向から〈雷刃〉を投擲一撃離脱の強襲、奇襲を、円龍は紙一重で避け、最小限の動作で捌く。
雷華が地を這う蛇のような足払いを円龍に仕掛ける。
が、円龍がバックダッシュ。
でかわすはずが、突如バランスを崩す。
好機を逃さず、雷華が突進、円龍に〈豪雷〉を炸裂。
爆風で吹き飛ぶ円龍。
大地を数メートル、靴の裏で抉り、踏みとどまる。
「面白い罠だ。いつ仕掛けた?」
周囲に視線を廻らせ、足元を〈紅王剣〉で薙ぎ払う。
〈紅王剣〉の剣先に蜘蛛の糸のような、か細い〈雷糸〉が絡まる。
「だが、小細工をいくら弄しても、俺には勝てんぞ」
雷華が、
「貴様ら〈幻龍族〉は、いきなり巨大な疑似波を作り出す。人間には絶対不可能な、巨大な術式を、いともた易く、瞬時に展開、行使する。〈幻龍族〉…見た目は人に見えても、内蔵する気力、体力は〈人〉が原付バイクだとするならば、貴様らは、ジェットエンジンと言ってもいい。内蔵するポテンシャルに力の差がありすぎて、人には絶対敵わない。圧倒的、絶対的な力の差がある。だがな…円龍、その差を埋める方法が、まったく無いわけでもない。わたしは、わたしの母と猴皇の二人から、それを教わったよ。どんなに小さな疑似波でも、無数に展開、無限に紡ぎ、無尽蔵に重ね合わせれば、その力は…貴様ら〈幻龍族〉の生み出す巨大な疑似波にも劣らない…巨大な力となる…今までの小細工は、ほんの挨拶がわりに過ぎないよ、円龍! 本番はこれからさ!」
ヴォンッ! ウォン! 剣舞のように双剣を振り抜き、構え直す雷華。
「〈猴仙術〉! 〈三邪眼〉!」
雷華の額の中央に、髪留めのような、中央に片眼鏡の入った金冠が出現。
片眼鏡の奥の瞳が見開かれ、金色の三つ目が周囲を睥睨する。
別の生き物か、器官のように、上下左右をせわしなく見まわす。
同時に、雷華の瞳、全身、〈雷刃剣〉が、金色に輝き、光を発する。
まるで、アジア一有名なお猿さんのモデルとなった、金糸猴のようだ。
ぼくが見るのは、これが初めてだが、にもかかわらず、ぼくはアレを知っている。
アノ片眼鏡は自身で制御しきれない、巨大な術式を…最大限にサポートする…最強の魔法付与アイナテム。
高レベルの魔法使いだけに行使可能な…超レア・アイナテム。仮想現実世界、アルカディナで、ぼくが使った片眼鏡とまったく同じ物だ。
ぼくの化身…ホシズの額にも三番目の瞳〈三邪眼〉が開いている。
〈三邪眼〉といい、片眼鏡といい…何故こうも、同じような術式が、次々に展開されるのか? ぼくの疑問に構う事なく、雷華が円龍に攻撃開始。
数瞬激突したのち、双方が吹き飛ばされる。
一瞬で二人ともボロボロだ。
が、雷華が素早く回復。
態勢を立て直し、
「〈猴仙術・雷糸無限〉!」
ドッ! 金色に輝く無数の〈雷糸〉が解き放たれ、円龍に襲い掛かる。
〈紅王剣〉で払い除けるも、無数の〈雷糸〉が剣そのものに絡みつき、円龍も瞬く間に絡み捕られる。
さながら金色の芋虫みたいにモソモソと動きまわる円龍。
そのまま倒れ込むかと思いきや、
バツッンッ! 〈雷糸〉が千切れ飛ぶ。
鋼鉄のワイヤーを力任せに引き千切る、万力のような力だ。
「な!?」
思わず呻くぼく。
〈雷糸〉が千切れ飛んだ事ではなく、円龍の変化に驚いたのだ。
円龍の全身に半透明の赤黒い帯が〈波〉のように上下に揺れている。
臆する事なく雷華が、
「〈雷糸・改〉! 〈猴・雷針〉!」
千切れ飛んだ〈雷糸〉が〈雷針〉へと変じ、無数の金色の針が、四方八方から円龍に襲い掛かる。
突き刺さった針が、円龍の体を瞬く間に針鼠じみた異形へと変える。
も、一瞬で〈雷針〉が次々に根元から破砕される。
円龍の姿が、さらに変化。
先ほどの半透明の赤黒い被膜が、今は全身を覆う鎧と化している。
鎧の前に〈猴・雷針〉は砕け散り、金色の飛礫と化して飛散した。
「まさか…あれは…水薙の言っていた…」
悪い予感を肯定するように円龍が、
「そうダ、ホシズ…いや、星ズ…オレは、オレの〈イシ〉デ、〈ゲ・イールー〉ト、ナ…ル。幻龍ゾク、最キョウ、ノ…ちから…カラ…我…オレ…ヲ、倒シ…恐怖、ヲ…チカラ、ヲ…シ、シメ・セ…」
円龍の〈外異龍〉化が始まる。
被膜がさらに肥大。
最早、鎧とは呼べない、巨大で武骨な、禍々しい龍の鎧、鱗となる。
禍々しさを象徴する異界の〈龍〉。
半透明な赤黒い外骨格の、その中心で、円龍が〈外異龍〉に意識を乗っ取られたかのように、混濁しきった虚ろな瞳で、ぼくと雷華を見据える。
RU! OAAAAAA! 凄まじい咆哮、同時に衝撃派が襲い掛かる。
「〈猴・豪雷〉!」
金色の爆風が衝撃を相殺、辛うじて踏み止まる。
一瞬で周囲は焦土と化した。
RUU! AAA! 巨体からは考えられないスピード。
〈龍〉の巨腕が振り下ろされる。
雷華がぼくの腕を掴み、後方へ飛ぶ。
元いた場所は、巨大な掘削機で抉られたように、無残な三重の傷跡が穿たれる。
雷華が安全な場所にぼくを置き、〈龍〉に向かって突進。
「〈猴仙術〉! 〈百手巨人〉!」
雷華の周囲に巨人のような金色の巨腕、巨足が出現、右手に剣、左手に盾を構え、異界の〈龍〉に立ち向かう。
雷華が巨剣を振りかざす。
巨腕、巨足は彼女の動きに応じ、動作を正確にトレース。
二人が激突する寸前、
「双方それまで!」
聞き覚えのある声とともに、小柄な影が二人の間に割って入る。
バシンッ! とも、ギシンッ! とも、聞こえる。
表現しがたい破壊音が、焦土一体に響き渡り、目も眩む閃光が、周囲を目映い光りで覆い尽くす。
一瞬、ぼくの意識が飛んだ。
☆4☆
気付くと、あたりは猛烈な煙に包まれ、視界がまったく利かない。
闇雲に雷華を捜すと、気を失い、倒れている彼女を見つける。
最後に放った術式〈百手巨人〉の所々が破壊され、粉々に砕けていた。
煙が晴れてくると、遠くに倒れている円龍の姿も見える。
〈外異龍〉としての外骨格は、ほぼ破壊し尽くされ、龍化は失敗したようだ。
円龍の傍らに一人の少女が立つ。
見た目、十五、六歳の少女。
輝く大きな黒い瞳。
光輝を纏う白い肌。
炎のような深紅の唇。
亜麻色の髪は自然に肩まで垂れ、和服風のドレスを着ている。
つまり…この少女は…アルカディナの…、
「遅くなってすみません、星図。長老たちの長話から抜け出すのに苦労したんですよ。時間が無いので、正装のまま来てしまいました」
ニッコリ微笑むアイナ。
「君は…本当に、アルカディナの…アイナ…なの? な、何で、ここが?」
「ホシズとサークがコソコソ会話しているのを、わたくしが聞き逃すと思いますか? すべて盗聴して聞いていましたから。事情はすべて分かっています。刀火嬢、蘭花嬢はただちに開放します。サークおよび〈龍尾・暗部〉には、彼女たちから手を引くよう、わたくしから話をつけましょう。雷華嬢には、星図。あなたから、あとで事の顛末を説明なさい」
「て、いうか、何を説明しろと? そもそも、アイナ? 君は一体? 何者?」
「これは申し遅れましたね。仮想現実世界…アルカディナのアイナは、世を忍ぶ仮の姿」
「仮想世界だものね」
「そこ! 突っ込む所ではありません! 適当に流してください。話を戻します。仮想現実世界アルカディナのアイナは、世を忍ぶ仮の姿。わたくしの真の姿は、〈龍尾〉さらには、上位・血族組織である〈幻龍族〉…彼らを一手に束ねる、各長老たちの長…〈光皇龍〉と申します。同時に、わたくしは、わたくしの名を英語読みにしたLKD社、つまり〈ライト キング ドラゴン〉社の総帥でもあります。星図、今回、あなた方が起こした事件の数々は…星図から見れば、三龍が原因でしょうが、これらは、すべて痛み分け、つまり、わたくしの力で、チャラにします。いいですね」
「争いが無くなるなら、それに越した事は無いから、ぼくに異存は無いけど…」
「不満と疑問が残る。という事でしょうか? いいでしょう。わたくしの答えられる範囲で答えてあげましょう」
ぼくは尋ねた。
「少し前の事になるけど、ぼくが、こんな所まで来るキッカケになった最初の事件、白野が…その、アルカディナのシラノじゃなくて、現実世界の白野の事だけど、円龍と三龍の密売した〈B・VG〉を…それには、三龍の施した術式が仕込んであったんだけど、〈B・VG〉を使ううちに、白野は…アルカディナでも変化が起きたけど…魔法が異様に強くなったというか…でも、それより、もっと大変な事件。何故か、白野が現実世界でも…魔法が使えるようになった。それも、アルカディナの魔法を…あれは、一体? 何だったんだろう?」
「とりあえず。全体の流れを、もう一度、大まかに、説明しましょうか。第一の、日本での〈B・VG〉事件。あれは本来の〈龍尾〉の計画では、単純に、円龍、三龍、二人による〈VG〉の日本への密輸が目的でした。日本は物価が高いので、密輸で大儲け――という、悪意の無いモノでした」
それって悪意が無いのだろうか?
「ところが、二人が、妙な術式を仕掛け〈B・VG〉として売り出したため、大騒ぎになりました。雷華嬢の活躍で阻止されましたが。そのかわり、彼女が焼き払った回線を復旧する為に、莫大なカネが掛かりましたが…まあ、とりあえず、メデタシ、メデタシですね。第二の上海事件は、円龍が星図に送った手紙の内容通りで、ほぼ、三龍の独走です。この事件は、蘭花嬢の活躍で阻止されましたね。黒姫嬢については、現代医療では絶対治せない、術式による後遺症が残らないよう、〈龍尾〉の医療部隊が、仙術治療をきっちり行ったので、今はもう全快しているはずです。そういえば、最近アルカディナで、わたくし達を元気に襲ってきましたね。第三の香港・特零区・亜人街事件は、あれは、ちょっとマズいですね。三龍の紙鬼神、フォウが無くなりましたから。ちなみに、フォウを現実世界に実体化したのは他ならぬ、この、わたくしです。あれは悲しい出来事でした。刀火嬢は刀火嬢で一千億円もするビルを破壊するし、破壊されたビルは〈龍尾〉の資産なんですよ。報復措置として〈龍尾〉の〈暗部〉まで動いちゃいましたからね。ホッシー四人組み、天国送りの危機一髪…ですよ。クワバラ、クワバラ」
何だ? ホッシー四人組って? アイナ…〈光皇龍〉が胸を張る。
「わたくしの事は、今まで通り、アイナで結構です。堅苦しい〈光皇龍〉などと、絶対呼ばないように」
どうやら心を読まれたようだ。
「ちなみに、アイナというハンドル・ネームは、日本語の〈愛〉から取りました。余談になりますが」
最早どうでもいい事まで説明するアイナ。
「まあ、どうでもいい事ですけど」
また心読まれた!?
「ともかく。わたくしは、星図と雷華嬢が、婚前旅行へ〈猿仙界〉へと旅立っている最中に、必死に長老達や〈龍尾・暗部〉を説得していたのですよ!」
全然! 婚前旅行なんかじゃないから! アイナが態度、口調を一転、
「さて、それでは、ようやく、これから本題に入ります」
☆5☆
「まずは、そうですね。わたくしの年齢は、いくつに見えますか? 星図」
「十五、六歳? ぐらいかな?」
「ブ―。ハズレです。わたくしの年齢は、あの世界一有名な、お猿さん。猴皇と、ほぼ同い年で、桁が二桁ほど跳ね上がります」
「せっ! 千五百歳っいい!?」
「ざっと数えて、そんなもんです。さて、女性の年齢をあれこれ詮索するのは失礼ですから、適当にスルーして」
「いいのかな? そんな…不老不死みたいなアンチ・エイジングを、あっさりスルーして?」
「いいんです。総じて〈幻龍族〉は長命ですが、わたくしは特に、ちょっとだけ長生きしただけです。本当です」
ちょっとを強調するアイナ。
「ついでに、わたくしの千五百年に及ぶ、劇的かつ波乱万丈な生き様を、たった三時間のダイジェストで語ろうかと思いますが、どうします? 聞きたいですか? それとも割愛しますか?」
それは、どう考えても、
「そりゃ割愛するよ、アイナ」
アイナが残念そうに肩を落とす。
「そうですか。星図は、わたくしの人生に興味がありませんか。ガッカリですね。あ~。なんか、ヤル気無くなっちゃったな~。話すの止めよっかな~」
「いつか、アイナが自伝本を出したら、その時、ゆっくり読むから、後回しにしてよ」
「仕方ありませんね。ではいずれ、自伝本で印税ガッポガッポ儲ける為に、今はネタバレを避けておきましょう」
ようやく、話す気になったアイナ。
「最初に〈VG〉の話ですね。これを話さないと、一歩も先へ進めません。問題! 〈VG〉とは、そもそも、なんぞや?」
「ゲーム機。〈仮想現実眼鏡〉の略で、ゲームソフト〈レジェンド・オブ・大アルカディナ大陸の伝説〉をプレイする為に必要なハードウェア」
「模範解答すぎて、ちっとも面白くありませんね!」
「いや、だって、正解は正解でしょ?」
「星図は大いに間違っています。〈VG〉はゲーム機であって、ゲーム機では無いのです!」
「それって、つまり、ぼくの理解を軽く超えているね」
というか、最早、意味不明だ。
「〈VG〉を創ったのは、この、わたくしなのです!」
「〈LKD〉の総帥だしね」
「それはそれとして…わたくしは大いなる目的があって〈VG〉を創ったのです。それは…」
「それは?」
「ちょっとファンタジーな話になりますが、地球は、わたくしが聞き及んだところによると、四千年程前までは、今の十倍以上の大きさが、あったそうなのです。資源も十倍あるから、今日のエネルギー問題は、あっさり解決ですね」
「ファンタジー過ぎて、もう、今更、驚かないけど。便利だねファンタジー」
「コホン。それが何故? 今の大きさに縮んだのか? 原因の一つとして〈外異龍〉があります。他にも、色々と理由は有るようですが、それは省きます。今から、ずっと昔、大昔の話です。かつて、世界中が戦いに明け暮れ、世の中が乱れに乱れていた時代に、それに呼応するかのように、人の世に〈外異龍〉が現れ、世界を侵攻し始めた…そうです。この〈外異龍〉、人や街を現実に襲いますが、それだけではありませんでした…偶然、腕の立つ強力な術者が、その事実を見破りました。〈外異龍〉を倒せる力を持つほどの強力な術者です。さて、その事実とは?〈外異龍〉が、この世界の存在、其の物を喰う…という事実です」
「世界、其の物を喰う?」
「そうです。〈外異龍〉は、この世界という存在、其の物を、まさしく、喰らっていました。つまり、時間と空間、過去と未来、人々の記憶すら喰っていたのです。世界が縮むわけです。いずれは食い尽くされ、この星そのものが消え去る運命のはずでした。術者は考えます。いかに強力な術を自身は行使出来ようと、たった一人で、未来永劫〈外異龍〉の侵攻を阻止する事は出来ない。いずれ世界は〈外異龍〉によって、完全に喰い尽くされてしまう。ならば、自分以外の力、別の方法で〈外異龍〉に立ち向かわなければならない…と。術者は三つの方法を考えました。
一つ、己と同じ強力な術者を育成する。
二つ、〈外異龍〉と同じ異界の力、ただし、負の力ではなく、正の力、天界に属する力で対抗する。
三つ、毒をもって毒を制す。の三種です。
一つ目に該当するのは、雷華嬢や、他の、仙術、魔術、呪術などを駆使する術者たちの育成。
二つ目に該当するのは、刀火嬢の召還した〈ゲヘナス〉といった、天界の武具、〈幻装機〉などです。特殊なケースになりますが、〈亜人〉の力もまた、これに当たる場合があります。
三つ目は、これは…わたくしや円龍といった、幻龍族の事を指します。つまり、幻龍族とは、かつて強力な術者によって、人の内に〈外異龍〉を封じ込められた…異界の龍の力を、その身に宿した者たちの事を言います。強力な術者は三つ目の方法を採用しました。
一つ目は時間が掛かり過ぎ、本人の才能や努力が必要な事。
二つ目は、そもそも、天界の武具自体が、極端に少ない事。他にも理由はありますが、とにかく、断念しました。
さて、三つ目の方法です。実際問題として、大きな成果が出ました。特別な訓練、努力を必要とせず、〈外異龍〉と対等に戦う力を持っています。ただし、〈外異龍〉を、その身に封じ込める為には、例外なく、強力な意思…が必要です。強力な〈存在意義〉だけが、人としての生を保つ唯一の方法で…持たない者は、あっという間に、〈外異龍〉へと変じました。リスクは有りますが、とにかく、この方法は、現代においても〈外異龍〉と戦う有効な戦法として、永らく引き継がれました。ところが、近年に入って大きな変化が起きます。大規模な戦争による混乱と、それに伴う〈外異龍〉の増加。〈外異龍〉の出現と反比例するように、減少を始めた幻龍族です。我々だけではありません。数多くの術者や〈亜人〉もまた大きく減少しました。結果、再び、この世界に対し、〈外異龍〉は、容赦なく侵攻を開始。世界は、人が暮らすには、あまりにも狭すぎる、小さな星に成り果てたのです。わたくしは考えました。わたくしに出来る事は何か? いかにして現状を変えうるか? 考え抜いたすえに、わたくしは〈VG〉に辿り着いたのです。かつて強力な術者が断念した。強力な術者の育成を出来ないか? と。幸い。わたくしたちとは違い、人類は〈外異龍〉と同じように、爆発的に人口が増えています。術者としての素質を持つ者も、数多くいると、わたくしは期待したのです。わたくしの勘は半ば当たりました。わたくしは、数多くの素質ある者と出会いました。あなたも、その一人なんですよ。星図」
いきなりアイナに見据えられ、ちょっとドギマギする。
「でなければ、わたくしは、二度も、あなたを助けたりはしません」
え? 二度も助けられたっけ? ぼく?
「シラノも本来なら、その素質をゆっくりと、開花させるはずでした。が、妙な術式を仕掛けた〈B・VG〉のせいで、誤った成長を遂げ、ついに、悪意が暴走。現実世界で魔法が使えても、自分の意識は、まったく制御出来ない…という大変な事態になりました。話がかぶりますけど」
ぼくの中で、何かが氷解しかかっている。
ぼくが呟く。
「『〈VG〉はゲーム機であってゲーム機では無い』という事は、それって、つまり…」
ぼくが感じた違和感。それが、答えなら、
「〈VG〉は、術者育成の為の、修行の場みたいな場所で…つまり、それって…」
アイナがニコニコしながら答えを即す。
「はい、つまり…それは? 何ですか?」
「〈猿仙界〉…と…同じような世界、つまり…仙界の一つ…で…」
「大正解! お見事です。星図。あなたなら気づくと思いました」
ぼくは、さらに続ける。
「アルカディナは…アイナが創り上げた、もう一つの、世界。いや、仙界…だったんだね…」
「その通り」
アイナが首肯する。
確かに、類似点はあった。
時間の感覚といい、世界の雰囲気といい、
「〈VG〉は…アルカディナへと通じる…ゲートの役割を果たしていたんだ…でも、たった一人で…本当に全部、アレを創り上げた…なんて…」
「信じられませんか?」
「うん」
アイナが不敵に微笑んだ。
「お猿の王様に出来る事が、〈幻龍族〉の王たる――〈光皇龍〉である、この、わたくしに出来ないと思いますか? 猴皇の創り上げた仙界が、〈猿仙界〉と言うならば…わたくしの創り上げた仙界は、そうですね…言ってみれば、〈龍仙界〉とでも、言う所でしょうか…」