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水の章

   フェイズ1

 

   ☆1☆


 どこまでも続く緑の大地。

 見上げる空は、眩しいスカイブルー。

 麗らかな日差しに、白い雲。

 アルカディナ中央の砂漠地帯から北へ寄った場所にある大草原地帯。

 絵に描いたような平和な風景の中、ぼくは両手を枕にして、足を組んで寝っ転がっていた。

 サークこと円龍が来るのを、ぼんやりと待つ。現実世界とは違い、アルカディナの戦乱は終息に向かいつつある。

 時折、風が頬を掠める。

 仮想現実世界、電脳世界とは思えないリアルな風が、緑の絨毯を優しく撫でる。

 草原一帯を海原のように波打たせた。

 葉擦れの音に混じり、微かに足音が伝わる。

 体を起こすとサークと目が合う。

「来て…くれたんだ…」

「…」

 無言で隣に腰を降ろすサーク。

「もう、来ないかと思ったよ。でも…他に連絡手段も無いし、それより、ぶっちゃけ、刀火と蘭花は無事なの?」

「あの二人なら…問題ない」

 サークが空間に映像を展開。

 現実世界の刀火と蘭花が映し出される。

 現実世界にリンクする違法ツールだけど、この際しょうがない。


     ☆2☆


 さほど広くない、こざっぱりした部屋の中、刀火がケーキを頬張り、三龍に文句を並べる。

『ケチケチしないで、あと十個ぐらい買ってきなさいよ! こんなんじゃ、全然、足りないわよ!』

『ざっけんな! ブタになんぞ! ブタに!』

『るっさい! ブタにブタって言われたくない! それに、ケーキはいくら食べても別腹なの! ストレス…解消には…甘い物が、一番なんだから!』

 一瞬言い澱む。

 紫龍の事がまだ引っかかっているようだ。

『チ…たくよ。買ってくりゃいいんだろ! ブタになっても知らねぇぞ! 円龍様の命令でなきゃ…こんな事は…』

 ブツブツ言いながらも、素直に買い出しに行く三龍。

 蘭花と龍姫が仲良く部屋の飾り付けをしている。

『花瓶は、ここに置いときますね』

 大きな花瓶を軽々と運び、部屋の隅に置く蘭花。

 龍姫が礼を言う。

『お花はあとで買ってきます。ご無理はしないで下さい、蘭花さん。お二人とも快適に暮らせるよう。円龍兄様から言われてます。不足があれば、なんなりと遠慮なさらずおっしゃってください』

 蘭花が笑い、

『心配しないで下さい、龍姫さん。アタシ、逆境に強いんです。むしろ、逆境を楽しんじゃう性格ですから』

 ダ――。

 龍姫の目から滝のように涙が溢れる。


     ☆3☆


「すっごい元気そうで安心した。けど、やっぱり、解放してくれないんだ」

 サークが目を伏せる。

「今、二人を解放するわけにはいかない」

「なら、いつ解放してくれるの? ずっと閉じ込めておく気?」

「二人を解放すれば即座に消されるはずだ。お前たちは少々やりすぎた。お前は上手く逃げのびたが、それは最良の選択だった。オレもあの二人をすぐに逃がすべきだった。今となっては…手遅れだが、あの部屋に隠れていれば問題ない。龍姫の情報力を駆使し、組織でも発見不可能な部屋だ。怪しい奴が近づかないよう、オレの結界も張ってある。結界は二人を外に出さない為でもあるが…」

「消されるって…殺されるって…事?」

 サークが頷く。

「サーク…円龍でも、かなわない奴がいるって事?」

 サークが首肯。

「オレは〈龍尾〉の下っ端に過ぎない。上には上がいる。暗殺専門の手練(てだれ)がいる。星図…この世界は、純粋に一対一、力対力…というわけにはいかない。それが現実だ。今、街中のゲート、道路、交通機関、全てを組織が見張っている。二人を逃がす方法は…無い。それどころか、オレ自身、危険な立場にいる。下手をすれば、オレ、三龍、龍姫、三人が揃って消されかねない」

「でも…それでも…刀火と蘭花を見捨てるわけにはいかない。二人を…二人だけじゃなく、円龍たち三人も巻き込んで、今更どうにもならない…なんて、言えるわけがない。刀火と蘭花に伝えて欲しい。すぐに助けに行くから、安心して待っていてって…」

 それだけ言って、ぼくは立ち上がった。

 サークが苦い表情で、

「諦めろ星図。これはゲームじゃない。助けに来れば、お前は必ず殺される。死にに来るようなものだ。オレは…犬死には認めない」

 犬死に…格好つけて言ったけど、確かにそうかも。

「かも…しれないね」

 サークが立ち上がり、力任せに〈紅王剣〉を地面に突き立てる。

 普段落ち着いている灰の瞳が、今は怒りに燃えている。

「助けに来るのなら、その前にオレと戦え。オレを倒せる力があるのなら、その時は、お前を認め、二人を解放してやろう」

「やるしか…なさそうだね」

「お前を無駄死にさせるわけには…いかない」

「サークは…全てを守るつもりだろうけど…誰かに守られて生きる…生き永らえる…それって、結局、守ってないのと…一緒だよ」

「…どういう事だ?」

「サークには、わからないかも…だって、サークは強いもん」

 再びアルカディナで会う約束をし、ぼくはサークと別れた。


   フェイズ2


   ☆1☆


 ズ…ズズ…ゥウン。

 遠くの方から微かな地鳴りが響く。

 ぼくの周囲は、見渡す限り、

 竹、竹、竹。

 数十メートルを超える竹が、ニョキニョキと生えている。

 〈VG〉の通信機能が使える小高い丘から、雷華と水薙のいる隠れ場所――東屋に帰る途中だ。

 この場所は、水薙いわく、地盤は極めて脆いうえに、地下水が網の目のように流れている。

 ちょっとした風雨でも、地鳴りを響かせ地形が変わる。

 磁場も狂っていて、コンパスが役に立たない。

 竹林に発生する霧、霞は、自然に仙気を含み、術者による追跡も困難。

 つまり、この場所は、自然に生成された天然の隠れ蓑なのだ。


    ☆2☆


 ゲートを抜けたあと、半日ほど竹林を彷徨った。

 ぼく、水薙、雷華の三人は、東屋に辿り着き、まだ意識のない雷華を仕切りのある部屋、そこにあるベッドに寝かせた。

 水薙が〈VG〉の通信機能を使って、円龍と連絡を取れ。

 とか言うので、通信の出来る小高い丘に行き〈VG〉を試しに使った。

 結果、円龍とコンタクトが取れた。

 東屋の目と鼻の先にある竹藪から急に水薙が現れ、

「話はついたか? ホッシー! ホッシーは、ホシズの愛称な!」

 刀火は水薙似だった! 水薙が口に咥えた煙草を指先に持ち、フー。

 とか、美味そうに紫煙を吐く。

 ズボンのポケットから吸い殻入れを取り出し、指先に摘んだ煙草を中に捨てる。

「娘に受動喫煙させるわけにはいかねぇからよ」

 わざわざ外で吸ってんだよ。とか言う。

「んで? 野郎は何て言ってるんだ? ホッシー?」

「円龍は、刀火と蘭花を安全な場所に隠したって。円龍の仲間…というか、組織から…三龍は組織の名前を〈龍尾〉って、言ってたけど…つまり〈龍尾〉から隠す為に閉じ込めた。って事らしい…でも、いつまで閉じ込めるのか、全然わからない。無期懲役みたいな感じ。ぼくが助けに行くって言ったら、その前に円龍が自分と戦えって。自分を倒せないなら〈龍尾〉に必ず殺される。助けたいなら、力を示せって…もう一度、連絡を取るけど、どうなるか、わからない」

 水薙が頭を抱え込む。

「術者の事件を追って、ここまで来たんだが。まさか、ウチの娘が〈龍尾〉と関わっているとは…思いがけない展開だぜ。〈龍尾〉ときたか。奴らと関わるのは、マジでヤバイぜ。どういう理由でそうなった?」

「それが、その…色々と、ワケがあって…」

「ワケわからん!」

 ぼくは頭をさげた。

 水薙が頭を?きむしる。

「だああっ! 刀火と蘭花が拉致された以上、ホッシーだけの問題じゃないけどよ。ったく、なんっつ~、男運の悪い娘たちだ!」

 水薙の興奮が治まるのを待ち、

「そもそも〈龍尾〉って…何なんですか?」

「出来の悪い生徒に一言で説明するとだな、要するに、チャイニーズ・マフィアだ」

「マ、マフィア…ですか…」

「しかも〈龍尾〉ってのは、中国〈黒社会〉の一組織じゃない。世界中に手を広げる、超・巨大結社だ。その力の源は…お前も当事者だから、わかると思うが、ウチの娘を攫っていった奴らと同じ…つまり〈亜人〉の力だ」

「円龍が〈亜人〉? 三龍や龍姫もですか? 見た目は、少し変わってるけど〈人〉にしか見えなかったですよ。雷華みたいに、修行を積んだ…とかじゃ、ないんですか?」

「〈亜人〉っていっても千差万別。種類も星の数ほどある。奴らは変身型の〈亜人〉だ。変身型の〈亜人〉は、他にも〈人狼〉なんかが有名だが…とにかく、普通に修行しただけじゃ、刀火の召喚した地獄の番犬〈ケルベロス〉は、絶対倒せねぇからな」

「獄界の番人〈ゲヘナス〉ですか?」

「そう! そいつだ! 仙術使いとしては邪道もいいトコだが。こと、力に関する限り、刀火は最強…と言っていい。獄界の番犬〈ケルベナス〉…奴は神クラスの力を持っている!」

 獄界の番人…訂正するのはやめた。

「ただの〈人〉に倒せるわけがねぇんだ。しかも一撃でだ。ありえねぇ! 間違いなく野郎は〈亜人〉で、しかも、〈龍尾〉に属する〈亜人〉といえば…これは、もう…一つしかねぇ…」

 急に言葉に詰まる水薙。

 口元が震える。

 ポケットをまさぐり、煙草を取り出そうとする。

 が、なかなか取り出せない。

 火をつけようとするが、指先が震えて上手くつかない。

 仕方なく、ぼくが手を貸す。

 一服飲んで、ようやく落ち着いたのか、水薙が再び話しだした。


     ☆3☆


「円龍って奴は、まぎれもなく…〈幻龍族〉…だな。間違いねぇ…」

 水薙が呟く。

「幻の龍の一族。と書いて〈幻龍族〉…何で奴らが幻の一族かと言うと、変身型の〈亜人〉でありながら、完全に龍に変じた姿を見た事のある奴が、一人もいない、って事だ。いや、目撃したって言う奴もいる。が、龍化した者のその後を知る者は、誰一人としていない」

「それって、どういうことですか?」

「消えちまうらしいんだな」

「消える?」

「龍化すると、身も心も龍に食われる。らしい。奴らは、龍は龍だが、どうも…この世界の龍とは…別物の龍…らしい」

「別物?」

「詳しい事は、俺にもわからねぇ。すべては噂だ。噂では、その姿形から勝手に俺たちは龍と呼んでいるが、どうも、本当は違う、別種の生き物らしい。それどころか…住む世界からして、違うって話だ」

「住む世界が違う? それって? いったい…どうい事ですか?」

「〈亜人街〉では、〈幻龍族〉って、いうのが、一般的な呼び名だがよ。より正確に、その存在を表わす名前がある。この世界とは別の世界、つまり異界だな。異界に存在する龍って事で、

外異龍(ゲ・イールー)〉…

 と呼ぶのが、より正確な名前らしい。消えちまうっていうのは…あくまで、俺らから見た話で、〈外異龍〉からすると、ただ本来あるべき世界。つまり、異界に帰るだけの話なのかもしれねぇ。あるいは、異界が〈外異龍〉を連れ戻そうとしているのか…」

「龍的には、そうかもしれない。ですけど…変身前は〈人〉ですよね。〈亜人〉ですけど。とにかく、変身すると円龍が消えるって事ですか…問題ですよね! それって!」

「奴らは自分の存在意義が、どうたらこうたら、言ってなかったか?」

「存在意義? 確かに…存在意義が、どうのこうの…言ってましたが…」

「奴らは存在意義を持つ事で、龍化を食い止めている、らしい。存在意義を失う。あるいは、そいつを忘れちまう程の精神的、肉体的ダメージを受けると、龍になるって話だ」

「そして、完全に龍化すると…異界に帰る…この世界から、いなくなる…」

「奴らを倒すって事は、奴らの龍化を促進させ、この世から消す可能性がある。可能性の話だがよ。どうする? ホッシー? それでも奴らと戦うのか? それ以前に、人の姿でさえ、あれだけの、想像を絶する戦闘力だ。龍になって、タガが外れちまったら…一体どうなる事やら? 俺にも想像出来ねぇ。むしろ、消されちまうのは、こっちの方かもしれねえ」

「円龍を倒す力と龍化させない力。両方を兼ね備えた仙術ってないんでしょうか? 水薙先生?」

「とことん出来の悪い生徒だな! とはいえ、そんな魔法じみた便利な術が…まるで無い…と、言う事もない…けど…」

「あるんですか? あるんですね! あるなら教えてください! 今すぐ! 何でもしますから! ぼくに出来る事なら、死ぬ気で、何でもやります!」

「あのな、ホッシー。やる気があるのは認めるけど。お前じゃ無理なんだ。ホッシー」

「ぼくじゃ、駄目? 何故ですか?」

「雷華しだいって、ところだな」

「雷華しだい? どういう事ですか?」

 返事はない。

 水薙が東屋に向かって歩きだす。

 雷華はまだ寝ているのだろうか? それとも、目覚めているのか? どちらにしろ、水薙は雷華しだい…と言っていた。

 つまり、雷華でなければ使えない術って事だ。

 東屋を覗いた水薙が、

「脱け出しやがった」

 と呻く。

 ぼくも中を覗くが、もぬけの殻だ。

「一体どこに?」

 水薙が嘆息し、

「こっちだ。俺らの話を聞いて、先に行きやがった。雷華の奴め、先回りしたんだ。ったく、無理しやがってよ」

 話がよく見えない。けど、とにかく、水薙のあとに付いて行った。


     ☆4☆


 竹林を分け入り、突き進むと、急に視界が開けてくる。

 目の前に百メートル程の浅い窪地がある。

 全体の形状は、まるで隕石が衝突したかのような、あるいは爆弾でも炸裂した感じの形で、中心から竹林に向かい、抉るように窪みが広がっている。

 窪地には、賽の目状に砕けた大小様々な鉱石が、あたり一面に散らばっている。

 墨のように黒々と、あるいは、ガラス細工のように鈍い光を放つ鉱石。

 奇妙な事に、それらの鉱石は、それ自体が金色の仙気を纏い、ボンヤリと煌いている。

 日は落ち、薄く紅い夕陽がわずかに差し込む薄暗がりの中、窪地の中央で、雷華が待ちくたびれたように立っていた。


     ☆5☆


 仁王立ちの雷華が、両手を腰に当て、逆八の字の眉を不機嫌に歪める。

 子猫のような瞳を半眼にして、ぼくと水薙を睨む。

「ちょっと、遅すぎるんじゃないかな? 水薙先生。そもそも、わたしをここへ連れてきた…という事は、始めからアレが目的なんでしょう?」

 アレ?

「すまねぇ、雷華。アレ以外、方法が思いつかねえんだ。別に、無理にこじ開けようってんじゃねぇ。突っ込むか突っこまねぇか。それを決めるのは、雷華次第だ。全ては雷華に任せる」

 つ、突っ込む?

「確かにアレを受け入れる以外に…方法は無いだろう…頂を極める以外、方法は無い」

「ぜ、絶頂を極める?」

 何の絶頂だ?

「そこ! なんか、顔が真っ赤で、目が泳いでいるぞ! そ・れ・に、わたしは絶頂とか言ってない! い・た・だ・き! だ! 仙術の頂点を極めるって事だ!」

「えっ! つい口から出てしまって! 別にエッチな事を考えてたわけじゃ!」

「考えてるからゼッチョウとか出るのだろう! ほんとに星図は…エッチだな!」

 雷華の全身が青白く発光。

「ちょっ! まっ!」

「問答無用! 〈豪雷〉!」

 爆音とともに、ぼくは吹っ飛ばされた。

 意識も吹っ飛び…かけるのを気合で堪える。

「あの、今は、それどころじゃないから。刀火と蘭花を一刻も早く助けなきゃいけないから」

「むぅ…確かに…」

 雷華がアヒルのように唇を尖らせ不満げに目を逸らす。

「とにかく。もうちょっと、わかりやすく説明してくれないかな。誤解の無いように」

「普通に話すと笑われそうだからな。つい、隠語を使うんだよ」

 と、水薙。

「荒唐無稽というか、ふぁんたじー、の領域だからな」

 雷華が水薙のあとを継ぐ。

「っていうか、始めっから、滅茶苦茶な事ばかりで、今更、ファンタジーとか言われても、全然驚かないよ…たぶん…」

「「そうか?」」

 雷華と水薙がハモる。

 二人が顔を見合わせ、ぼくに向き直る。

 雷華が両手を上げると、手の平をぼくに向けた。

「手の平が、何?」

 雷華が顔をしかめる。

「これなら…どうだ?」

 雷華の手の平に、金色の術式が出現。

 地面の仙気が雷華に反応。単なる仙気から術式へと変化する。

「術式に変わった!?」

「それだけじゃない!」

 雷華が両腕で印を刻む。

 術式がより複雑に、より輝きを増し、竹林をも超え、天高く大空へと伸びる。

 地面の鉱石が急に集まり――ある形状を作りあげる。

「これは…これって! まさか…ゲート? でも、こんな巨大なゲートって!?」

 数十メートルを超える、漆黒の巨大な〈(ゲート)〉が出現。

 雷華が、額にうっすらと汗を滲ませ、ゲートを見上げる。

「わたしの母、桜夏から受け継いだ…〈猴仙界(こうせんかい)〉に通じるゲートだ。母さんは、わたしにこの門の鍵…金色の術式を、わたしの手の内に〈複写貼付(コピー)〉して、ゲートの中へと消えた。そして、二度と再び戻らなかった。当時、わたしは、まだ五歳、不穏な気配を感じて目覚め、たまたま母さんから鍵を託された。刀火はいびきをかいて眠っていたし。蘭花は目を覚ましたものの、ボンヤリ夢うつつだったからな。母さんがいなくなったあと、わたしと刀火はしょっちゅう、その事で喧嘩した。蘭花には大泣きされた…何で母さんを止めなかったの? って言われてな…」

 雷華の表情が曇る。

 ぼくが呟く、

「お母さんは、その後…戻らなかったんだ…」

 雷華は伯母の春香と暮らしている。

「そうだ。この門は、わたしにとって、母の仇も同然。母を殺した憎い敵…だと思っている」

 水薙が叫ぶ。

「馬鹿野郎! 桜夏が殺されるかっ! あいつぁ、殺したって死なねぇ女だ! 不死身の女だ! 死ぬわけがねぇ! 今も、こん中で修行してるか、とっくに〈称号〉を受け継いで、この世のどこかで生きている! 何か…理由があるんだよ! 帰れねぇ、理由が!」

 いつも澄まし顔の水薙が、珍しく感情を露わにする。

 雷華が続ける。

「だが…刀火と蘭花を救うには、桜夏母さんの意志を受け継ぎ、わたしが〈称号〉を得る他無い」

 雷華が再び印を切り、門に向かって叫ぶ。

「〈(開門(ゲート オープン)〉!」 

 門が開いた。

 その先にあるのは? 雷華が足を踏み入れる寸前。

「ちょっ! 雷華! 〈猴仙界〉って、何?」

「アジア一有名なお猿さんが作った〈別世界〉だ!」

「〈称号〉って、何?」

「アジア一有名なお猿さんが与える〈称号〉といったら、この世にたった一つしかあるまい!」

「それって一体!?」

「仙術の頂点を指し示す、偉大な〈称号〉、〈…大聖〉! だ!」

 すでに雷華の半身は門の中に入っている。

 門に掛けた手が滑っただけで〈別世界〉…〈猴仙界〉に引き摺り込まれる。

 ぼくが再び問う、

「た!? 何!?」

 雷華が再び伝えようと、後ろを振りむいた瞬間、ぼくは雷華の肩を掴み、水薙に向かってブン投げた。

 入れ違いに、ぼくが〈猴仙界〉に飛び込む。

「ごめん雷華! 〈斉天大聖〉! だね!」 

 雷華に聞こえたかどうかは、わからない。

 すでに門は閉じている。

 思った通り、〈猴仙界〉行きの定員は、一名だけみたいだ。

 アレというのは、〈称号〉を継ぐ事。

 突っ込む、というのは〈(ゲート)〉へ突入する事。

 にしても、アジア一有名なお猿さんが〈猴仙界〉で生き続けている――とは思わなかった。

 背中を押し出される感覚が始まる。

 どこへ行くのか? 果たして生きて帰れるのか? 全くわからない。

 何の保障も無い。

 けど、一縷の望みを賭け、ぼくは旅立つ。

 ドッ! ゴオ―ンッ! 

「え!?」

 門の入り口付近で、凄まじい爆発が起きた。

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