異世界転移
21XX年4月
天才こと私、弓月理人の90年以上の歴史に幕が落ちた。
死因は何の変哲もない老衰だ。
正直言って私自信良くやったと褒めてやりたいくらいだ。
人の為になる様にと色々な研究をして成果を上げてきた。
私の研究に命を救われた者も多くいたに違いない。
自分と信頼できる部下を信じて身を削り大成してきた。
そんな私だからこそ、神なんて全く信じていなかった。
だがどうだ?
私の目の前には今、髭を蓄え杖を付いた私よりも年老いた老人が神だと言っている。
完全にボケてるな、ジジイ。
私もジジイだがここまでじゃない。
私の反応がイマイチだったのか、自称「神」を名乗る老人は何事も無かった様に言葉を発した。
「儂は神だ、其方は選ばれた。」
選ばれた?一体何に?
「其方は偉業を成し、多くの者に感謝された。それにより選ばれたのだ。転移し新たな世界で自由に生きる権利を。」
成る程、私の偉業は人の為になったのか。正直嘘でもそれが聞けただけで満足だな。
ならば私には生に未練は無い。とっとと死後の世界にで連れて行ってもらおう。
「神とやら、この際貴方が誰だろうと私には関係ない。人の為になったのならそんな権利は要らないから早く解放してくれ。」
私は謎の"妄想"からくるこのやり取りを早く終わらせたいのだ。
自称「神」は私の言葉を聞いた途端不満げな顔した。
「其方は自由が要らぬのか?!今まで人の為のみに生きてきたのだろう?何にも縛られず、何にも犯されず、平穏な暮らしをしたいと思わんのか?調べれば其方死ぬ寸前まで研究をしてたそうではないか?其方の研究により多勢の人が救われた。だがその人々は其方に直接感謝を述べるわけでもなく、楽しく遊び呆けていただろう。後悔はないのか?」
私は自称神の怒涛の追及に少し驚きながらも言葉を返した。
「私の生き甲斐だったからな。それを全うしたのだ何を悔やむ事がある。」
若い頃、私にも思う所はあった。
家族を作ればよかったとか、もっと羽目を外せば良かったとか。
だが歳を重ねる毎にその後悔も消えていった。
研究によって繋がった絆があったからだ。
死ぬ直前、私の元には千を超える部下たちが居た。
私を敬い、そして私も彼らを尊重した。
その同胞達に囲まれて死ねたのだ。
何を悔いる事があろうか。
それを思うと悔しさなど無いのだ。
「そんなの嫌じゃ嫌じゃ!久しぶりに徳が高く頭の良い人間なんじゃもん。転移させてくれ〜」
そんな半ば悟りを開いた私を見て突然自称神はいきなり子供の様な駄々を捏ね始めたのだ。
背中を床に付き、手足をバタバタさせ、半ベソをかいて。
一体何考えてるんだこいつ。
妄想と思いつつも恥ずかしい行動を取る自称神が哀れで仕方なかった。
「私を転移させる事に何の利があるのだ?」
それを聞いた自称神は話を聞いて貰えそうと分かってか、ピタリと駄々をやめ、先程までの神妙な面持ちで話を始めた。
「うむ、其方には自由を与えると言ったが自由の代わりと言っては何だが一つだけ頼みがあるのだ。
それは知識の譲渡じゃ。
これから送る世界には魔法というものが存在する。
だがここ数十年で魔法を扱える者が減少しておる。
このままでは人々は魔物に滅ぼされてしまう。
そこでだ、其方の知識をその世界の者に授けて欲しいのだ。
そのくらいならいいじゃろう?」
知識の譲渡。
つまり教育しろと言うことか。
だがそれと神に何の関係があるんだ?
私の懐疑的な視線を感じてか自称神は恥ずかしそうに続けた。
「転移先の世界は儂が初めて作った世界でな。
ちょっとばかし他の神と勝負してるんじゃよ。
どっちが世界を繁栄させられるかっての。」
一体何を考えてるのだ。
そんなものに負けそうだからと私を転移させようとは聞いて損した。
そうだ。
この場を去ろう。
少なくともここよりは平穏に死を待てるだろう。
そう思い、私は神に背を向けその場を去ろうとした。
「ちょちょちょちょっと待つのじゃ、頼む其方しかおらんのじゃ!な?な?ほんとジジイの哀れなお願いだと思って頼む。」
そんな私を逃すまいと自称神は私の足にしがみついてきた。
「そんなに負けたく無いのなら、自分で行けばいいだろう。
創造するだけの力があるのだからそれを使って解決するのがベストなんじゃないのか?」
何故そんなに必死なのか理解できない。私は冷めた目を向けながらしがみついた自称神を振り払った。
「いや、それはルール違反じゃろ!神が自分の創造した世界に直接手を下すのは。」
それこそ理解出来ない。
長年研究者として身を投じてきた者だからこそ、自分が作った物には責任を持ち最後まで面倒を見てきた。
それを自称神は他人に丸投げしようとしているのだから余計に腹が立つ。
それに自由に平穏に暮らせると言っておきながら魔物?なんている世界で平穏に暮らせるわけがないだろう。
尚も去ろうとする私に自称神は諦めない。
「分かった!本来は半分の年齢まで戻すだけなんじゃが、今回は特別、二十歳!二十歳でどうじゃ?若い体じゃ何でもできるぞ?
な?な?どうじゃ、嬉しいじゃろ?
✖︎✖︎✖︎も✖︎✖︎✖︎だって出来るし、✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎なんてもう最高じゃろ?」
下品だ。
そこまでして私を引き止めたいのか。
だが私の考えは変わらない。
私に生への執着はない。
静かにしてくれ。
自称神の甘言にも耳を貸さず私は彼の元を去ろうとするのを辞めなかった。
それを見て観念したのか、神も諦めたのかと思ったその時だった。
「あーもう煩わしい!
儂はどうしてもこの戦いに勝たねばならぬのじゃ!
本来であれば、本人の同意が必要じゃがそんなことも言ってられん!
強制的に転移じゃ!」
何だと?!
驚き振り向くと自称神は持っていた杖に光を溜め始めていた。
「安心せい!約束通り二十歳の姿で転移させてやるわい!」
待て待て待て。
断っただろ!了承してないだろ!何なら割とどうでも良い理由に怒りさえ覚えたわ!
そんな事を心の中でツッコミを入れている間に自称神ジジイは光を溜め終わったのか、それを私に目掛け放出した。
当然90年以上生きてきた老体には俊敏性など皆無であり、その光を真っ向から受けた。
その瞬間私の長い"妄想"は私の意識とともに光の中へと落ちていった。