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「Sira、かくれんぼで鬼になって」


 家のすぐ後ろには、鬱蒼とした裏山がある。そこから響き渡るけたたましいセミの鳴き声は、今が灼熱の季節だという事を告げていた。


 良い言い方をすれば風流で、悪い言い方をすればただ五月蠅いだけ。奴等が何の為に鳴いているのかは分からないが、ちょっとぐらいエネルギーを分けて欲しいところだ。



「……………………あっちぃ」


 頬から汗がしたたり落ちる。


 ド田舎の山間部は涼しい、なんてのは所詮ただの妄想だった。よわよわ断熱の古い木造住宅は、エアコンの涼しい風を隙間からガンガン外へと送り出している。



 数年前に大企業を退職したこの俺、菊池寿人(きくちひさと)はフリーのプログラマーだ。コツコツと貯めてきた貯金はそれなりの額になり、つい先日、岐阜の山間にあるこの古民家を購入するに至った。不動産屋イチ押しの、べらぼうに安かった家だ。


 在宅ワーカーの俺は、基本的に家からは出ない。なのに、この家のエアコンは全然利かない。ミジンコ以下のスタミナしかない俺にとっては、地獄の試練である。流石はイチ押しの物件、俺の判断の愚かさも教えてくれる。


 しかし、これは夢ではなく現実。

 さっさと慣れるしかない。



「ったく、どこに隠れたんだよ……」


 ターゲットを見つけるため、家の中を見回す。


 この家は、一人暮らしをするには十分すぎる広さだ。子供が5人生まれても平気だが、あいにくと彼女はいない。だったら現地にて素敵な出会いを……というロマンスは欠片も無い。俺を歓迎してくれたのは、不動産屋とセミだけだ。


 近所に挨拶周りもしてみたが、この家に越してきたと言うと皆よそよそしくなった。可哀想なものを見る目というか、心の壁みたいなものだ。怪しい若者がデカい家で何をする気だろう、といった所か。兎も角、早くも孤立しかけている。



 そんな俺の元にやって来るのは、たまたま仲良くなった近所の子供だけ。



「――――ひい兄、ちゃんと探してるのー!?」

「降参だ大和(やまと)、俺もう降参!!」

「だめー!!」

「マジかよ、勘弁してくれ……」


 この声の男の子、大和は近所に住む小学生だ。スタミナとバイタリティはアスリート並み。娯楽の少ない田舎にやってきた俺とこの家は、彼の夏休みの暇潰しとなっていた。



「んーー」


 俺の現在地は、一階の居間。


 居間の端にはパソコンデスク。居間のど真ん中には、買ったばかりのデジタルアシスタント『Sira』が鎮座している。家のスイッチの集積場だ。古民家とハイテクが共存しているギャップが、今流行りのアーリ―リタイヤ感があって好ましい。



「声が聞こえたのはこっちだが」


 居間に、大和の姿は見当たらない。

 じりじりとした暑さが、俺を苦しめる。



「……Sira、もっと冷房を強くしてくれ」

『これ以上 強く出来ません 寿人は わがままですね』

「普通だろ。Sira、大和はどこだ?」

『戦艦大和は 海に沈んでいます』

「相変わらずのポンコツだな」


 ピッと音が鳴り、エアコンが急風に変わった。仕事はしてくれるらしい。


 再び周囲を見渡してみたが、やはり大和の姿はない。隠れる場所は少ないはずだが、子供は意外な場所に潜むからな。



 さて……どこに隠れた。

 居間を歩くたびに、床がギィっと軋む。



『そうですね 仰る通り 私は 優秀ですから 大切にして下さいね』

「仰ってねぇって」


 孤独が不安だったのでデジタルアシスタントを買ってはみたが、思いのほかポンコツだ。夜中に突然電気を点灯したり、歌い出して俺を起こそうとする。ポンコツを超えて欠陥品かもしれない。Siraを2台並べて会話させたら面白いだろう。



『ありがとうございます。 大和は 階段の下に 隠れました』



「…………は?」


 階段?



 階段の方へと振り向く。


 2階へと上がる階段は、居間の端にある。古民家らしく、段差が大きな木製の階段だ。階段の下は何もないただの空間となっている。


 当然、そこに大和の姿はない。



 俺はSiraに振り返った。

 いつも通り、偉そうに鎮座したままだ。



「いねぇじゃねぇか」

『大和は 壁の中に 隠れました』

「……おいおい」


 暑さでついにイカたかと考えながら、再び階段に振り向いた。



 Siraの指定した、階段の下の壁。

 そこに、サッカーボール程の大きさの穴が開いていた。



「…………」


 こんな穴、内覧の時には無かったはず。お利口さんの大和が穴を開けるとも思えない。それに壁の向こう側は外のため、子供が隠れるスペースもない。


 近付いて、割れた壁に触れてみる。


 これは……穴というか、壁板が劣化で朽ちているようだ。力を込めて少しめくってみると、パキッと音を立てて穴が広がった。穴の中には、漆喰の藁のようなものが見える。



「ん……?」


 いや、下の方にも何かある。

 壁板を割らないように、ゆっくりとめくる。



 それは、静かに姿を現した。



「うっ……!!?」


 お札だ。


 壁の隙間にびっしりと、お札が貼られている。


 赤文字と黒文字で、何と書いてあるかは分からない。まるで何かを隠すかのように、何枚ものお札が重ねて貼られていた。それはめくった壁の部分だけではなく、階段下の隙間一面に貼られているようだ。



 何だよ、これ。

 気味が悪い。



「ひい兄ー! 下手くそー!!」

「……声で場所がばれるぞ!」

「ちゃんと探してよー!!」


 今度は、玄関の方から大和の声が聞こえる。



 ……いやいや。

 かくれんぼをしている場合じゃない。

 どう考えても不動産屋の隠蔽だ。



「Sira、不動産屋に電話をかけてくれ」

『大和は かくれんぼ中 です』

「それどころじゃ……!」



 ――いや、待てよ。こいつ、何で急に大和の場所を指定しだして……。



『大和は 仏間に 隠れました』


 Siraの会話ランプが光る。



「……お前も声を聞いていただろう。大和は今、玄関にいるはずだ」

『大和は 仏間に 隠れました』

「…………」


 さっきの大和の声は、居間の方角から聞こえていた。それが、今度は玄関だ。あいつは玄関にいる。つまり、移動しているのは間違いない。



 それなのに、仏間。


 これがデジタルアシスタントの適当な事を言う設定なのか、バグなのかは分からない。セミの声と会話するポンコツだ、何が起きてもおかしくはないが……。



 不動産屋に言われた仏間は、居間と繋がっている4畳半の和室だった。だが実際にはそこに仏間は無く、床の間と(ふすま)があるだけ。前に住んでいた人が、単に仏間として使っていたからだそうだ。


 その仏間に目を向けても、何かがある様には見えない。



「誰もいないぞ」

『襖の 天井に あります』

「何がだ、天井には何がある?」

『襖の 天井に あります』

「会話にならねぇ……」



 玄関では、大和が息を潜めて隠れているはず。

 探しに行くのをやめて、仏間へと向かう。



 仏間は居間よりも更にボロボロで、畳も交換されていない。仏が鎮座する場所にしてはお粗末だろう。建て付けの悪い窓からの日の光が、襖の扉を斜めに照らしている。


 その扉に手をかけて、ゆっくりと開く。



「…………」


 中には何もない。舞い上がる埃も少なく、虫の死骸すらもない。まぁ当たり前か。仏間は使わない部屋のひとつで、特に収納する物も無い。


 スマホのライトを点け、襖の天井を照らしてみる。



 そこには、筆で『雲』と書かれた紙が画鋲で貼られていた。これは内覧で確認した時のままだ。不動産屋は「縁起物ですから、なるべく剥がさないで下さいね」と言っていた。


 貼り紙を照らしてみると、ライトの影が尖っている事に気が付いた。貼り紙の裏側に小石のような物が乗っており、その部分だけ影が突き出ているのだ。



「襖の、天井に、ある――」


 Siraに縁起もくそもない。

 『雲』を掴み、ビリッと剥がした。



 最後まで剥がし終える前に、()()が目に前に落下した。



「うおおぉっっ!!?」


 慌てて仰け反り、落ちてきた物を確認する。



 日本人形。

 それも、頭部だけ。


 体は無く、頭部だけが襖の上にコロンと転がっていた。



「何なんだよ、一体……」


 再び天井を照らすと、破れた『雲』の場所にこぶし大の穴が開いていた。狭い空間らしく、ライトの角度を変えても穴の奥は見えない。穴に手を入れれば何か分かるかもしれないが、ミジンコ以下のメンタルの俺にそんな勇気はない。


 襖では、虚ろな目をした人形が天井を見上げていた。髪は艶もなくボロボロで、唇は赤く染まって微笑んでいる。


 不動産屋は知っていたのだろうか。



「どうしたのー! 大丈夫ー!?」

「大丈夫じゃねぇわ……」


 居間から、大和の心配する声が聞こえた。

 また移動したらしい。



「……ま、楽しんでるならいいか」


 大和が現実に引き戻してくれた気がして、妙に心が安らぐ。ひとまず人形を見なかった事にして、襖を閉めた。ふぅと大きく息を吐き、平静を保つ。



「大丈夫だ! お前移動してるだろ!?」

「し、してないよーー!!」

「ははっ、可愛いやつめ」


 大和は良い子だ、Siraに見習わせたい。

 そんな風に考えながら居間に戻ると、ポンコツの会話ランプが点灯した。



『私は 可愛いやつですね』

「心を読むな、お前は何なんだよマジで……ひとまず、不動産屋には苦情を入れる。この部屋に隠れている大和を見つけてからな」


 再び居間を見回して、大和の姿を探る。

 とはいえ、探す場所は少ない。



「今から移動は禁止な、大和!」


 壁、クリア。

 床、クリア。

 天井も梁の上も……クリア。

 残るはパソコンデスクの周辺のみ。


 子供一人、身を隠す場所はある。

 かくれんぼは終わりだ。


 だが……Siraが邪魔をする。



『大和は 床下に 隠れました』

「分かったわかった。俺の勝ち、デスクの後ろだよ。ほら大和、見つけ――――」


 ……。


 …………あれ。


 誰も居ない。

 当てが外れたか?


 いや、やはり他に隠れる場所は無い。

 また移動したのか、それとも……。



「……大和、どこにいる! ちょっと用事ができたから、悪いけどもう終わりに」



『大和は 床下に 隠れました』

『大和は 床下に 隠れました』

『大和は 床下に 隠れました』

『大和は 床下に 隠れました』

『大和は 床下に 隠れ』

「……っ! おいSira、急にやめろ!!」


 やめろの一言で、Siraが止まる。



 ――大和は床下に隠れた。

 半信半疑で、床に目を落とす。



 ゾッとした。



 穴だ。

 また穴が開いている。

 やめてくれよ……ついさっきまで無かったぞ、こんな穴。



「……Sira、お前は」

『大和は 床下に 隠れました』

「…………」


 ライトを点灯し、その穴を確認する。


 穴の大きさは直径30cm程度。子供一人が入れる深さはない。強引に剥がして割れたかのように、1枚の木板が細長くめくれている。割れ目は古びているので、最近の傷跡ではなさそうだ。大和の悪戯にしては手が込んでいる。


 穴の中を照らし、覗き込む。



「――っ!!」


 ……位牌。

 その下には、白骨。


 古びた木製の位牌だ。消えかかった字で、戒名も書かれている。えぇと……読めねぇな、『尼広義(あまこうぎ)導雲大和(どううんだいわ)居士(いし)』か。長い戒名だと、確か徳が高いとかなんとか…………大和居士。


 ……大和居士。




 大和。




 ハッと顔を上げ、周囲を見回した。



「……おい大和!! 大和!!!」


 返事がない。



「どこだ!? 早く出てこい!!」


 返事がない。

 背筋に寒気が走る。

 耳に届くのは、真夏のセミの鳴き声だけ。



「Sira、不動産屋に電話しろ!」


『ありがとうございます そうですね 私は 鬼の役をしました』

「お前! さっきから会話を――!」


 Siraは筋違いな返事を繰り返していた。

 まさか、Siraは壊れてるのではなく、本当は誰と……。



 会話のランプが点滅した。



『今度は ひい兄が 隠れる 番ですね』



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― 新着の感想 ―
[良い点] Siraさん・・・ 持ち主以外の用件は聞かないように 声紋認証機能とかをプラスした方がっ!!!(泣) 勝手に部屋の電気を点けたり 歌い出したり、ただのポンコツの方が 良かったのに、一体誰…
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