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王の剣士4「かりそめの宴」  作者: 雅
第一章「変わる季節」
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第一章「変わる季節」(六)

「だーかーらー! 俺そういうの関係ねーって!」


 レオアリスは把手を掴んで、一度手を止めた。


 近衛師団第一大隊の、自分の執務室に入るのに、躊躇ったからだ。

 ちょうど室内から聞こえてきたのは、中軍中将クライフの賑やかな、いや、困り果てた声だ。

 それに答える冷静で低い声は、扉を通してでは何を言っているかまでは判らない。


 ただ、レオアリスは半ば真剣に、このまま逃亡しようかと思った。


(やべぇ……)


 中で話をしているのは、クライフとロットバルトだ。

 クライフとレオアリスに話がある、と、朝ロットバルトははっきり言っていた。


 浮かせかけた把手を、そろりと戻し――た時、後ろから声が掛かった。


「上将。どうかしましたか?」

「うわっ」


 意表を突かれてレオアリスが振り返った先に、左軍中将フレイザーが立っていた。良く声を掛けられる日だ。

 明るい陽射しによく似合う緋色の鮮やかな波打つ髪を揺らし、扉の前で固まっていたレオアリスを不思議そうに見つめている。


「お帰りなさい。……お入りになったら」

「あ、ああ。ただいま」


 ただいま、という響きに、フレイザーは朱を引いた唇に柔らかく笑みを刻んだ。それからまだ扉を開けようとしないレオアリスの横に立ち、把手に手を掛ける。


「あ!」

「え?」


 思わず声を上げたレオアリスの顔に、フレイザーは翡翠の瞳を向けた。


「あー、何でも、何でもない」


 少し頬を赤らめてレオアリスが手を振ると、「男性は扉が苦手なのかしらね」と、ちょっと謎めいた事を言って、フレイザーは扉を引き開けた。


 途端にクライフの懸命な声が響く。冬で色の失せかけた中庭の芝と白い回廊に、声はぽんぽんと跳ねた。


「だからぁ、俺には無理だって言ってンだろーがよー! 無理無理ムリ! 相手見ろ!」

「あら、まだやってたんですね」


 後ろ手に扉を閉ざしながら、フレイザーが紅い唇の端を多少の呆れも込めて可笑しそうに上げる。


「まだ?」


 レオアリスの問いかけに、ロットバルトの冷静かつ容赦のない言葉が重なる。


「相手を充分に見た上で言っているんですよ。だからしなくてもいい説明を何度も繰り返しているんでしょう」

「何度説明されたって判んねぇって。第一必要ねぇだろ!」


 ロットバルトは、氷のような整った面にうんざりした色を隠そうともせず、なおかつわざとらしい溜息をついた。


「私の説明の何を聞いて、何を根拠に必要ないと断じられるのかが判りませんね」

「説明自体」

「四半刻前からこうなんです。仲のいいこと」


 フレイザーは笑ったが、レオアリスは自分も仲良くあの場に立たなくてはいけないのだろうと、切ない溜息をついた。


(しょうがねぇ)


 クライフにばかり負わせる訳にもいかない。最近の自分の素行は、まあ少しばかり、羽目を外し過ぎていたかもしれない。


「……あー、すみません」


 救われたとばかりに、クライフが立ち上がる。ロットバルトも、室内にいたグランスレイや右軍中将ヴィルトールもレオアリスの姿を見て立ち上がった。


「上将、お疲れさまっす!」

「悪かったな、クライフ」

「へ?」


 明るい鳶色の瞳を丸くしたクライフの隣で、レオアリスはロットバルトに向き直った。


「俺も一緒に説教聞くからさ」


 ロットバルトが秀麗な眉を軽く上げる。


「――何の話です」

「いや、何のって、最近の素行っていうか、まあちょっと反省すべき点が幾つかあったかなって……。ほら、お前朝用があるって言ってたじゃねぇか」


 ロットバルトの表情は変わらず、クライフもきょとんとしている。


「――……そういう話じゃなく?」

「いえ」


 やぶ蛇、という言葉を思い浮べて眉をしかめたレオアリスに対して、ロットバルトは取り敢えず座るようにとレオアリスの執務机を示しながら、可笑しそうに口の端を上げた。


「ご自分で自覚なさっているのは良い事です。まあしかし、私はそうした事は問題にしませんよ」

「良かった……」


 ほっと肩を落としかけたのも束の間、ロットバルトはそのままの穏やかな口調で背後を示す。


「それは後々、副将からお言葉があるでしょう」

「――」


 ちらり、とグランスレイの顔を見ると、グランスレイは厳めしい顔に更に厳めしい色を浮かべて頷いた。

 結局、厳重注意は免れないようだ。


「――でも、じゃあ何騒いでたんだ、お前等」

「騒いでるのはクライフだけです。後は至って冷静で」


 左腕を胸に当てる、近衛師団の敬礼の姿勢を取りながら、ヴィルトールはにこやかにクライフを示した。


「ロットバルトなんか逆に氷点下まで冷え込んでますよ。この寒いのに加えて、これじゃ暖炉に火をいれなきゃいけませんかね」

「はぁ?」

「人には向き不向きってのがあるじゃないスか。それをこいつがごり押しするから」

「理解を求めて説明していたつもりですが。私は自分の説明能力に疑問を持ち始めた所ですよ」


 王城の緊張から一転、ともかくも馴れ親しんだ第一大隊士官室の空気に、レオアリスは訝しそうに眉を寄せながらも年齢相応の砕けた笑みを零した。


「で、一体何の話だ?」


 自分の執務机に行くと、椅子ではなく執務机に腰掛けて浮いた足をぶらぶらさせながら、話の中心であるクライフとロットバルトを見比べる。

 ここはやっぱり気が置けなくていいなぁ、とほっとした――のも束の間だ。


 ロットバルトがにこりと、完璧な微笑みを浮かべる。


「社交上の礼儀作法を身に付ける必要があると、そういう話です」

「――」


 何となく居たたまれなくなって、レオアリスは机から降りた。


「えーと」


 背筋を伸ばしつつ、何でそんな話になったのかと、室内に瞳を彷徨わせる。


「礼儀作法」

「礼儀作法です」


 あくまで穏やかに、ロットバルトは頷いた。


「だからいらねぇって!」

「既に要る要らないという議論をする段階ではありません」

「クライフ」


 クライフはまだ頑張って抗議を続けてみたものの、ロットバルトの冷ややかな視線とグランスレイの叱責を含んだ低い声に、ぐっと黙り込む。

 室内の温度が下がる。原因はグランスレイの額に浮いた青筋だ。

 この場の空気を取り成そうと、レオアリスは努めて明るい声を出した。


「あー、そういや俺、一度ちゃんと話を聞きたいと思ってたんだ。そういうやり取りの秘訣とか」


 その言葉にひっかかりを覚えたのか、ロットバルトが眉を上げる。


「やり取り? ……何かありましたか」

「さっき王城で、内務の官吏に呼び止められてさ」


 あれは余り巧い対応では無かったという自覚はある。その上で、ヴェルナー侯爵から言われた事は、気になっていない訳でもない。

 面倒だという思いが浮かびかけて、レオアリスはそれを押し留めた。


 『学べ』


 王の言葉だ。


 壁に掲げられた近衛師団旗の、黒地に暗紅色の紋章が鮮やかに目に映る。

 王の守護兵団を示す――王の存在を示す紋章。


 『近衛師団大将という立場の者が、その程度の認識で勤まるか』


 近衛師団大将として学ぶべき事はまだまだ山のようにある。

 ヴェルナー侯爵との会話の辺りでロットバルトはどこか意外な様子で瞳を細めたが、レオアリスの説明を聞き終えると事も無さそうに肩を竦めた。


「まあ、丁度いい所で丁度いい邪魔が入りましたね」

「邪魔ってなぁ」

「貴方はぼうっとしている所がありますからね、適当に頷いて戴いても困る」

「――」


 前からだが、この参謀官は丁寧な口調の割には言う内容はきつい。甘いと言った侯爵にこの現状を見せたら考えを変えるかもしれない。


「私なり、副将やヴィルトール中将、フレイザー中将のいずれかがお側にいる時はお任せ戴いて構いませんが」

「何でそこまで言って俺の名前が出ねぇんだ?」

「お一人もしくはクライフ中将のみの場合は基本挨拶程度で躱してください」

「おーい」

「不用意に話を合わせれば、そこに付け込まれ、後々貴方の立場を利用される可能性もある」

「そこまで大げさな話じゃないだろう」


 ただの挨拶程度の立ち話だ。

 そう思っていたレオアリスに、ロットバルトは思いの外厳しい視線を向けた。


「甘い」

「甘いって」


 レオアリスの視線の先ではグランスレイも、その後ろのヴィルトールとフレイザーもまた、どこか真剣な顔をしている。


「丁度いい――」


 ロットバルトは自分の執務机から紙の束を取り上げた。大きさはまちまちだが、それはどうやら封筒のようだ。


「先ほどクライフ中将に説明していた一連の話は、この封書に関する事です」

「封書――?」


 レオアリスの執務机に置かれたそれと、ロットバルトとを見比べる。封筒はざっと見ただけでも数十通あるだろうか。


「このひと月、正確には御前演習終了直後から届き始めたものです」

「……苦情か?」


 グランスレイが何とも沈痛な面持ちをしたが、レオアリスは「あの時は何も壊さなかったよなぁ」とのんきに独りごちながらその束を手に取り、端っこをぱらぱらとめくってその表書きを覗き込んだ。宛先は全て自分だ。


 差出人は、全て別――


「何だ、これ――」


 差出人の名を見て、レオアリスは眼を丸くした。皆面識の無い相手だが、名はそれなりに知っている。


「無論、園遊会、夜会、晩餐――そうした席への招待状です」

「……はあ?」


 無論と言われても判らない。裏面に記されている差出人は、どれも貴族の当主や王都の官吏の名だ。

 何かの間違いか、冗談ではないかと思ったが、見上げたロットバルトの顔には冗談の欠片も無い。


 更には束の上から三通の封筒を取り出し、改めて机に並べた。


「この中からどれか一つ――出来れば全てに出席して戴きます」

「出席って――園遊会だの晩餐会だのってヤツに?」


 貴族や裕福な商人達によって、王都では毎晩のように開かれているのは知っているが、レオアリスは今まで公式の義務的なものでない限り、自ら出席した事はない。


「別に知り合いでもないし、俺には関係ないだろう。大体あんなところ、飲んで食って踊ってるだけじゃねぇか。時間の無駄だ」


 ロットバルトはレオアリスを真っ直ぐ見つめ、再びぴしゃりと上官の認識を断じた。


「それも甘い。あれは一種の政治的駆け引きの場ですよ」

「駆け引きって」

「あの場で交わされる会話から、相手が何を考えているのかを伺う事ができる。顔触れ次第では正式な場よりも早く、政治情勢を左右する内容が交わされる事も良くあります。現状への認識を持つ事で、今後の傾向を判断する上での材料になる。さほど価値のない会話が九割九分でも、他分野の情報を得る上では非常に適した場なんですよ」


 それで終わりかと思ったら、ロットバルトの言葉は更に続いた。熱弁をふるうならともかく、淡々と語っているところが、余計重く感じられてしまう。


「その場に居なければ当然蚊帳の外に置かれる。だからこその社交です。社交とは、政治的に物事を上手く運ぶ為には必要不可欠なものです。それに概して、初めて会う相手より一度でも友好的に言葉を交した事のある相手の方が、自然と対応は良くなる」

「うあー……」


 一瞬にして、単なる飲み食いの場が恐ろしく面倒なものに変わった。レオアリスの心底閉口した様子に、ロットバルトが苦笑を洩らす。


「まあ要は顔を繋いでおくに越した事はないという事です」

「要はって、今のそれで済む話か……?」


 クライフは右隣にいたヴィルトールの脇腹を肘で突っ付いて、こっそり耳打ちした。ヴィルトールもどことなく呆れたような視線を返す。


「あまり踏み込みたくないねぇ」


 彼等の囁きに同感だ、と内心頷きながらも、取り敢えずレオアリスは前向きに受け止める事にした。

 前向きなのがレオアリスの取り柄だ。


「そいつは解ったけど……何でいきなりこんなにどっと来るんだ?」


 僅かひと月足らずで三十通とは、日延べしてみても一日一通でも足りない。突然招待状の大安売りでも始めたのだろうか。


「『王の剣士』を招こうという意図からでしょう」

「ふうん……」


 レオアリスはあまり興味が無さそうに相づちを打ったが、実際にはそれこそが社交というものだ。

 『王の剣士』の出席は、その席に一定の価値を加える。


 レオアリスはこれまで、義務的なものでない限り社交の場に殆ど姿を現さなかった。だからこそ余計、そのレオアリスが出席する事は、一つの価値基準にもなる。


「簡単に申し上げれば、箔が付く」


 ロットバルトの言葉に、レオアリスは呆れたように笑った。


「そんな事に意味があるのか」

「ありますね」


 ロットバルトは今まで浮かべていた厳しさとはまた別種の、どこか皮肉すら感じさせる表情を見せた。

 要は先ほどの内務官達の考えと、根は同じ所にある。


「王の守護である近衛の将、王が貴方を自らの剣士とお呼びになった事に加えて、貴方は王より名を授けられている。――貴方の後ろには、王がいるのですよ」


 その言葉はレオアリスの瞳に戸惑いと、相反する強い光をもたらした。

 それらは全て、レオアリスの誇りだ。だがそれは、自分の中においてのみ、意味のある事だと思っていた。


「逆に申し上げれば、今までとは違う意味で、貴方はおいそれとこうした招待に応じる訳にはいかなくなったという事でもある」


 黙って自分に向けられる黒い瞳に視線を返し、ロットバルトは三通の招待状から一枚の白い封筒を取り上げた。


「しかし全て断る訳にもいきません。先程ご説明したように社交上必要なものでもありますし、あまりに断り続ければ信頼を損ね、不必要な反感を買う。それは今後のお立場を考える上で好ましいものではない。そこで、これを」


 『あれは何をやっておるのか』


「いやもう、全然甘くありません」


 この男の父の言葉を思い出し、レオアリスは少し引きつり気味に呟いた。当然のように、ロットバルトが不審そうな瞳を向ける。


「何か?」

「いえ、何でも」


 ありません、と断わり、この場をヴェルナー侯爵に見せてやりたいなぁと密かに思いながら、レオアリスは差し出された紙に眼を落とした。


 純白の用紙に銀の箔押しが施された招待状からは、気品が伺える。出席を求める言葉も、さり気ない気遣いがあり好感が持てるものだ。招待は一隊の中将達へも向けられている。


「財務の要職にある、ゴドフリー侯爵の園遊会です。彼は穏健派で周囲に対しても含みのない方だ。それに加え、今回は義援金を募るものです」

「義援金?」


 ふいに出てきた単語に、レオアリスだけではなく、中将達も不思議そうな顔をした。


「今日会議で話し合われた案件も北方への支援だったと思いますが、ゴドフリー卿は従来からこうした園遊会などで集まった資金を地方などへの支援に充てています。そういうものには、皆競ってまとまった額を提供する。体面の話ですからね」

「ふぅん、上手いやり方ねぇ」


 フレイザーは感心したように緋色の髪を揺らしたが、クライフは胡散くさそうに唇を曲げた。


「じゃあ金取るのか」

「この場合、厚志と言います」

「どっちでも同じじゃねーか」


 クライフは少し呆れ顔だ。


「言ったでしょう、体面ですよ。そういう世界だ。そして今回の支援金が充てられるのは、北方です」


 ああ、とまたフレイザーが納得した様子で頷く。


「それなら上将が出席される理由もつくわね」

「え、何で?」

「出身地じゃないの。今まで出ていない所にいきなり出るには、最初の場所としては違和感ないわ」

「はぁ……」


 クライフが気の抜けた返答を返した横で、レオアリスも同じように溜息を吐いて首筋に手を当てた。


「御前演習の以前にも何度か招待状を戴いてもいますし、今来ている中では一番相応しいでしょう。貴方お一人ではなく中将までを招かれている所も、今の状況での配慮が伺えます」


 固い雰囲気の室内とは正反対に、窓の外は爽やかな陽射しに満ちている。

 中庭を渡る風が自分を手招いているように思えるのは、気のせいではないに違いない。


(ハヤテと遠駆けに行きたいなあ)


「また、財務の高官も多く出席されるでしょう。財務との繋がりは、今後予算交渉を行う上でも役に立つ。この機会に顔繋ぎをしておきましょう。――聞いておられますか」

「はい」


 レオアリスは大きく溜息をついた。いつの間にかすっかり出席する方向で話が進んでいる。しかしロットバルトの今の説明を聞いてしまった以上、ただ面倒くさいからといって断る訳にもいかない。

 それに、北方への支援は、レオアリスにとって有難い話だ。


「それで、どうすりゃいいんだ? 悪いけど俺、そういう作法とかよく知らないぜ」


 近衛師団に入隊した当初やはりそうした座学があって、一通りの礼儀作法を学んだには学んだ。だがどうせ自分には関係ないと高を括っていたため、既に記憶はかなり曖昧になっている。


「幸い園遊会は屋外での立食で気楽な席ですから、それほど形式張る必要はないでしょう。それまでに一通り学び直せばいい事です。お教えしますよ」


 ロットバルトが講師という訳だ。確かに一番の適任者だろう。


「――仕方ねぇ」

「では、五日で挨拶、会話、食卓での作法、舞踏。全員最低限のものを身に付けて戴きましょう」

「五日ぁ?!」

「私はちゃんと覚えてるよ」

「だからいらねーって!」


 レオアリスとヴィルトール、クライフの声に紛れ「私もか」とぼそりと呟く声がして、一瞬室内がしんと静まり返った。五対の視線がグランスレイのどこかひきつった顔に集中する。


「副将……?」


 クライフはグランスレイを眺め――次第ににやあ、と頬を緩めた。


「あれ、まさか苦手ですか?」

「い、いや」

「無理しなくてもいいですよ、副将! 誰にでも得手不得手はありますって!」

「そんな事は一言も言っていない」


 ごほん、と咳払いしてクライフを睨むと、グランスレイは口元を引き締め、ぐるりと見渡した。


「全員、今夜から特訓だ。期限までに覚えるよう」

「今夜から!? いや、それは」


 クライフは泡を食って周りを見回した。


「何か問題があるのか?」

「ありますよ! 今夜は俺、フレイザーと飲みに行く予定で」

「十回誘って漸く一回らしいですよ」


 ヴィルトールがレオアリスに片目を瞑ってみせる。


「え、じゃあ」

「私はいいわよ。最近の舞踏の流行りを覚えたかったのよねー」


 レオアリスが言う前に、フレイザーは嬉しそうに翡翠の瞳を瞬かせた。


「そんなぁ……上将~、何とか言ってくださいよ」

「えーっと」


 ロットバルトがにこりと笑ってクライフに囁く。


「考えようによっては飲みに行くようなものですよ。食卓の作法も入りますし、舞踊は男女の所作が別です。当然フレイザー中将には相手役として協力して戴かなくてはいけない」


 フレイザーと踊れると聞いて、クライフは途端に頬を緩めた。


「え、ああ、そう? そんならまあ」

「単純だねえ」

「いいのかクライフ、それで……」




 こうして第一大隊では、五日間に亘る作法の臨時講座が開かれた。

 幸いレオアリスは飲み込みが早く、短時間でこの特別訓練からは解放された。


 余談だが、クライフの次に居残りが多かったのがグランスレイだった事や、舞踏の相手をするフレイザーが帰ってしまった後、居残り組のクライフとグランスレイ二人で寄り添って舞踏の練習をする世にも恐ろしい光景が展開された事などは、この後、第一大隊の禁忌として長い間伏せられる事になる。




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