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王の剣士4「かりそめの宴」  作者: 雅
第一章「変わる季節」
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第一章「変わる季節」(五)

 

 レオアリスは静かに息を吐いて鼓動を整えた。王の前から退けば、身を覆っていた緊張はゆっくりと解けていく。


(まだ緊張するな……)


 ただそれは嫌な緊張ではなく、心地よいものだ。

 王の前に在るというそれだけで、気持ちが――素直な言い方をすれば――浮き立ってくるし、自分の身の裡に存在する剣の確かな慶びを感じる事ができる。


「お疲れ様です、上将!」


 少し先の角に立っていた二人の近衛師団隊士がレオアリスに声を掛け、左腕を胸に当てて敬礼した。城内警護の任に着いている近衛隊士で、勝手の知った第一大隊の隊士だ。


 その見慣れた姿にレオアリスは今までの緊張とは違う、十七という年齢相応の、明るい笑みを返した。


「ヘンリー、サイアス。お疲れ。夕方までか」

「はっ」


 名前を呼ばれた二人は嬉しそうに再び敬礼した。

 二人はクライフの中隊の隊士で、サイアスは若いがヘンリーは近衛師団に入隊してもう二十年近く経つ古参だ。


 王城の警護は近衛師団の役割で、大隊ごとに一日交代、その中で隊士は半日交代でその任に就く。

 レオアリスは二人の傍らまで歩くと、ふう、と息を吐いた。


「何か落ち着く……」

「何ですか」

「止めてくださいよ、我々がいると気が抜けるみたいな」


 そう言いながらヘンリーもサイアスも、自分達の顔を見て明らかに肩の力を抜いたレオアリスの様子に、可笑しそうに笑った。


 まだ十七という年齢もあるせいか、レオアリスは大将という固く厳しい雰囲気とは無縁だ。


「だって気は抜けないだろう、やっぱり」

「そりゃ判りますが」


 隊士達も例外なく、王の前に出れば身が竦む。

 ただ、そうして緊張してはいるが、レオアリスが王の前に在る時や王から言葉を掛けられた時など、どれほど嬉しそうな顔をしているか、隊士達には良く判っていた。


 面と向かっては口には出さないが――まるで父親に褒められた子供のようだ、と。

 少なくとも第一大隊の中では、隅々まで知れ渡っている。


 レオアリスは大将らしく、「夕刻まで気を抜くなよ」などと言って歩き出したが、二人は敬礼しつつも微笑ましくその姿を見送った。


「今日も嬉しそうでしたね、上将」


 上官への感想というには砕けた物言いは、歳の離れた弟に向けられるような響きを持っていた。第一大隊の隊士達がレオアリスに対して抱いている感情は親愛の情が色濃い。

 ただ、王の剣士と呼ばれる存在が自分達の大将である事は、隊士達にとっても大きな誇りだ。


「最近は直近での警護が入ってお忙しそうだ。おまけに殿下の召喚もあるだろう」


 若いサイアスは辺りを見回し、慎重に、重大な事を口にするかのように声を潜めた。それには密かな期待が籠もっている。


「……やっぱり噂通りなんですか」

「いや、それはまだ無いよ。第一アヴァロン閣下はまだご壮健だしな。しかし――」


 ヘンリーは少し声を落とし、ちょっとした希望を言う時の、身内ならではの冗談めかした表情を浮かべた。


「いずれ、王布を纏うところを見たいよな」





 王の警護は、この月から新しく近衛師団大将に与えられた任務になる。

 これまでアヴァロンとその副将達が務めてきた警護の任務だが、最近になって各大隊の大将にも下ろされるようになった。


 現在レオアリスの他に、第二大隊大将トゥレス、第三大隊大将セルファンがそれぞれ三日に一度の頻度でその任に就いている。

 基本的には一日の内、長くても半日程度、短い時は今回のように会議の間の一刻半程度でしかなかったが、王の傍らで警護に就くというのはやはり緊張は否めない。


「アヴァロン閣下は毎日、時には深夜だって王のお傍にいるからなぁ。今更ながら尊敬し直したよ」


 先日会った時、第二大隊大将トゥレスはそんな事を言っていた。

 そう言った時のトゥレスは新たに加わった任務に緊張の面持ちを隠さず、それからまだ何か言おうとしていたが、それは結局言葉には出されなかった。


 だが、彼が何を言わんとしていたのか、レオアリスにも判る。

 警護をアヴァロンに代わって担うようになった事。

 それによって一部で囁かれるているのが、――近衛師団総将アヴァロンの退官だ。


 アヴァロンの任官は長い。実力、人格共に申し分ないが、そろそろ老齢に差しかかっている。

 王とアヴァロンが後継者を選ぶ為に、三名の大将を王の傍近くに上げ始めたのだと、官吏や軍部の間では静かな噂になっていた。


 近衛師団総将が代わる。実際にそうなれば、国政にとっても大きな変化が生じる。

 先程の会議の場で官吏達の見せた測るような視線には、そうしたもう一つの、レオアリスの過去に起因するものとは全く違う要素も含まれている。


 ただ、レオアリスの感覚では、まだアヴァロンの退官など現実的な話ではない。それはトゥレスも、セルファンも同じ考えだろう。


 アヴァロンの実績、王からの信頼、近衛師団内部での信頼に、まだ誰も並び得ない。

 アヴァロンが近衛師団総将として常に纏う王の紋章入りの長布は、「王布」と呼ばれ、纏う者に大いなる尊厳と、重責を与える。


 近衛師団の三名の大将の誰も、未だ自分がそれを纏う事を考えられる段階には無かった。


(あと百年位無理だよな)


 そんな正直な感想を抱いてもう一度息を吐き、レオアリスは天井の高い長い廊下を王城の正面玄関へと歩き出した。


 先ほどレオアリスが王を迎えに上がったのは王の居住区――いわゆる「居城」に当たる。その下、五階以下が公的な執務空間に当てられており、居城と公的な空間を一つにして王城と呼ばれる。


 この辺りはちょうど、内政官房の入っている区域だ。

 視線を転じれば、壁面や天井には繊細な彫刻が施され、居城の造りとは一線を画していた。

 王城内部はどこも、熟練の職人によって惜しみなく手が掛けられ、頭上に連なる色鮮やかな天井画などは王国の歴史を一枚一枚描かれていると言われていて、眼で追って歩いているとつい足が止まりそうになった。


 最近、レオアリスは城の中を歩く度にいつも、あまり意識しないままに、一つの姿を探している。

 西海バルバドスとの百年にも亘る大戦の、その後期に居たはずの姿。


 彼の父の絵姿が無いか――


(きっと、何処かに……)


「レオアリス殿」


 ふと呼び止められ、レオアリスは物思いから返った。気付けばもう三階まで下り、二階への階段へ廊下を歩いていたところだった。


 声の主を探して向けた視線の先にいたのは二人の男で、その服装からすると内政官房の官吏だ。

 四十代前半くらい――見た顔のような気がする、が、思い出せない。


 だが二人の内務官は、にこやかな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。


「王の警護の任務でいらしたのですか、お疲れ様です」


 レオアリスが会釈を返すと、二人は用があるのか、レオアリスの前まで来て立ち止まった。


(誰だ……)


 御前演習もろもろのおかげで、レオアリスの顔と名前は王城内全体に知られているだけに、こういう場合に非常に困る。相手の名前を聞きにくいのだ。

 もし一度話をした事がある場合は、致命的に尋ね難い。


 ただ、一度も話した事は無いと言い切れる自信はあった。

 それはレオアリスの記憶力の問題ではなく、少々皮肉な理由からだ。


(内務で話す相手は限られてるからなぁ)


 僅かひと月前まで、レオアリスはこうして親しげに話し掛けられた事などほとんど無いのだ。

 もう一度顔を眺めると、二人はまるで旧知の間柄の相手に出会ったようににこやかだ。


「王のお傍近くに控えられるのは大変な職務でしょうな。しかし一方では大変な栄誉でもあります」

「さすがは『王の剣士』でしょうか」

「いえ……」


 聞き慣れない言葉を掛けられたせいで、レオアリスは口籠もった。

 ここ最近、勝手が違う。


 これまでは、レオアリスの歳が若く、平民の出身で、明確な後ろ楯を持たないままに大将という高い地位にある事、――そして、剣士である事そのものを疎ましく思っていた者は多く、視線や言葉の端々にそれは現われていた。


 十七年前の経緯を知っていた者は上層部のごく僅かだが、そうした者達は当然、そんな危うい立場の相手に好んで近付くはずもない。漠然と伝わってくるそうした上層部の態度が、明確な根拠もないままに、軽蔑、軽視、反発を生んでいたとも言える。


 目に見えない、色も形もない、ただ確実に対象者を疎外しようとする壁が、遠巻きにだがレオアリスの周囲にはあった。


 レオアリス自身はその事を仕方ないものと、これまではそう思って流してきた。

 根も葉もないものならともかく、年齢も出身も、全て事実だからだ。

 言い返しようも無いが、それを恥だと思った事も無い。


 「剣士など」、という言葉は良く耳にしたが、言いたい奴には言わせておけばいい、とそれはいっそ気楽な状況だったとも言える。

 それに、レオアリスの周囲はレオアリスを受け入れてくれていて、それだけで充分と思っていた。


 それがこのひと月の間に、大きく様変わりしてきた。

 この二人に限らず、レオアリスに――特に彼が一人の時に、こうして話し掛けてくる者が、日を追う毎に現われ始めたのだ。


 要は『過去』と『現在』を秤にかけた時、どちらに傾けるべきか――


 その計算が今も、この二人の内務官達の表情に見え隠れしている。

 レオアリスにしてみれば、だからと言って何の得になるのか、それが判らない。


(俺に話し掛けたって、結果何がある訳でもないのに)


 それは今も以前も、結局変わらないと思う。

 二人の内務官は始終にこやかな笑みを浮かべていて、レオアリスの内心など知らぬげだ。


「先日の御前演習での演舞は見事でしたな。息を飲むというのは、正にああいった様を言うのでしょう」

「稀なる二刀の剣士は、王国の誉れですなあ」


 居心地は、良くはない。そう感じるからと言ってこの場合、レオアリスが礼儀知らずという事にはならないだろう。


(うう。まあ誉められてるし)


「ありがとうございます」


 頭を下げたレオアリスを見て内務官達は大仰に手を振った。


「いやいや、近衛師団の大将たる方が、我々になど軽々しく頭を下げるものではありませんぞ」

「何、我々は以前から貴方には期待をしておりまして、今回の件は喜ばしいと、それをお伝えしたかっただけなのです」

「はぁ」


 二人は満面に笑みを浮かべていて、居心地が悪いというより、何だか居たたまれない気持ちにさせられる。

 ひょっとして嫌悪の視線の方がマシかもしれないと心の中で呟きながらも、やはり話し掛けられているのだから会話をすべきだろうと、レオアリスは考えを巡らせた。


 共通の話題があればいいのだ。それでとにかく、妙な賞賛から話を逸らしたかった。彼等との共通の話題は何だろう。


(内務っていうとロットバルトの親父さんか)


 内政官房副長官は、レオアリスの参謀官ロットバルトの父、十侯爵家の筆頭、ヴェルナー侯爵だ。


(――話題にならないな)


 話題にするにも「副長官はご健勝ですか」ぐらいしか聞き様がないし、なにしろ先ほどの会議に列席していた中心人物だ。ぴんぴんしているのを見ているし、彼等もそれは承知しているだろうし、となるともう聞く事が無い。


 第一、ヴェルナー侯爵が健勝だからと言って、それをロットバルトに持ち帰っても喜ばないだろう。


(割と大人げないし)


 との感想は、彼の参謀官についてだ。父である侯爵と「積極的に親睦を深めようとは思っていないだけだ」と言うのが本人の説明だ。


 ちなみにロットバルトはレオアリスより四歳上だが、国内最難関の王立学術院を三年間首席のまま過ごし、いずれ内政官房の高官の地位に着き国政の中枢に身を置くだろうと期待されていた。

 それを蹴って近衛師団を選ぶ所が大人げないのだと、レオアリスなどは思うが。


 ロットバルトの顔を思い出したところで、朝、士官棟を出る前に声を掛けられたのが蘇った。


(そう言えば、出る時何か言ってたっけ)


 確か、戻ったらレオアリスとクライフに説明したい事がある、と。


(何で俺とクライフなんだ?)


 どう考えても、羽目を外しすぎて叱られる組み合わせにしか思えない。


(……何か不味い事やったかな……)


 レオアリスは腕を組んで眉をしかめ、最近の自分の行動を反芻し始めた。


 天気が良くて昼寝に執務室を抜け出したのが昨日。

 彼の乗騎の飛竜のハヤテと散歩に抜け出したのが一昨日。

 三日前のファルシオンとの遊びが二刻近くに及んだのは仕方ないとしても、アスタロトに連れ出されて城下に行ったのが四日前……


(不味い……)


「大将殿?」


 内務官達は黙ったまま次第に青ざめていくレオアリスの顔を不審そうに覗き込み、レオアリスははっと顔を上げた。逸れているのは話題ではなく、レオアリスの意識の方だ。


 不快に思ったかどうか、内務官達は微妙な笑みを浮かべながらも、ともかく同情を示すように頷いた。


「お疲れのようですな」

「あ、いえ、それほど疲れてる訳では……」

「何かお困りの件があれば、僭越ながら我々もお力添えいたします」

「頼っていただいて結構ですよ」

「いやぁ、実は今困ってるんです部下に怒られそうで……」とも言えなくて曖昧に笑い、レオアリスはやや俯き加減に項に手を当てた。


 手慣れている者ならば適当にいなすのだろうが、レオアリスはまだ社交上のやり取りに疎い。

 何しろこれまで、にこやかに話し掛けられる事など無かったのだから仕方ない。


(――内務って言ったら直接の関わりは軍の定数……。人員配置増やしてくれとか……それはまずいよなぁ)


 正式な組織としての要望という形でなければ、こんな立ち話ですべき話ではないだろう。


(――うーん)


 レオアリスが結構真剣に悩んでいた時だ。また背後から名前を呼ばれた。


「レオアリス殿」


 圧迫感のある、重々しい声の響きだった。


(……今度は誰だ……?)


 振り向きたくないなぁ、と内心呟きながら瞳を上げかけたレオアリスの前で、内務官達が慌てて跪く。


「?」


 訝しげに振り返った先の廊下に立っていたのは、威厳を纏った壮年の男だ。先ほどの会議で、中心人物だった。


 ヴェルナー侯爵――内政官房副長官。

 うっと息を呑み込む。


 ついさっき話題にはならないとか思っていた、ロットバルトの父親だ。

 余計厄介な相手が増え、もとい、現われてしまった。


 ヴェルナーは左右に三人ばかり、内務官を従えて立ち、微かに頬を引きつらせたレオアリスをよそに、跪いている二人に冷えた視線を落とした。

 この国の実力者を前にして身を縮ませた二人の上に、傍らの内務官の一人が声をかける。


「お前達はいい。執務に戻れ」

「ご、御前失礼致します」


 二人はヴェルナーの顔を見ないようにして素早く頭を下げ、それからそそくさと退散した。


(あの二人はいいって……俺もいいと思うんだけど……)


 彼等との会話から逃れてほっとするというよりも、レオアリスも彼等と一緒に退散したい気持ちで一杯だ。


 だがヴェルナーが片手を軽く上げると、三人もまたすっとその場を離れ、レオアリスはこの壮年の厳めしい相手と二人きりで向き合う事になった。


(うわぁ……)


 何故か――いや、何故かというほど無関係でもないのだが、どうやらヴェルナーはレオアリスと話をするつもりのようだ。


 レオアリスは左腕を胸に当て、改めて一礼しながら、何の用かと考えを巡らせた。

 部下の身内とは言え、レオアリスはこのヴェルナー侯爵が苦手だった。と言うより、気まずい。


(前に啖呵切っちまったしなぁ)


 もう一年以上前の事だが、レオアリスはロットバルトの近衛師団入隊の折に、ヴェルナー侯爵とあまり穏やかではないやり方で話をした事がある。

 それが間違っていたとは今でも思わないが、随分乱暴なやり方だったのは確かだ。


(不法侵入……)


 とにかく、すべてひっくるめて一言で言えば、ヴェルナーは侯爵家の子息が近衛師団にいる事を好ましく思ってはいない。


 表向き、ロットバルトが近衛師団第一大隊に籍を置いている事でヴェルナー侯爵がレオアリスを支援しているようにも取れるが、内情はそれほど単純でもない。

 事実ヴェルナー侯爵が表立ってレオアリスの支持を表明した事は一度も無かった。


 ヴェルナーは束の間黙ってレオアリスを眺めていたが、やがて服の中で組んでいた腕をほどいた。


「……最近は身の回りが煩わしかろう」


 急に振られて、果たして何の事を差しているのかと、レオアリスは瞳を二、三度瞬かせた。


「あのような手合いは相手にしない事だ」

「いえ……特に問題がある訳でもありませんし」


 レオアリスとしては軽い気持ちで答えたのだが、ヴェルナーは蒼い瞳に隠そうともしない不快そうな、微細な陰を宿した。


「少し自覚が足りないようだな」

「――」

「近衛師団大将という王に近い立場の者が、その程度の認識で勤まるか」


 蒼い瞳は一切笑いもせず冷ややかだ。


「別に俺、いえ、私は」

「あれは何をやっておるのだ。甘い事を」


 あれ、というのはロットバルトの事だろう。何を差して甘いと言っているのかは判らなかったが、レオアリスは少しむっとして言い返した。


「全く甘くはないですよ。かなり厳しいかと」


 多分今日もこれから叱られるだろうし、と心の中で呟く。


「ご子息のお蔭で、うちの隊が回ってます」


 それはかなり心を込めてそう言ったのだが、ヴェルナーは感情を動かさない厳しい瞳のままだ。

 やりにくい。

 先ほどの二人もそうだったのだが、本当は何を考えているのかが、その表面からは判りにくい。

 王城の付き合い方というのは、どうもそうした傾向が強いようだ。


(その点、軍は楽だよな)


 そういえば、何故わざわざレオアリスに声を掛けたのだろう。これまでヴェルナーから声を掛けられた事など、数えるほどしかない。

 内務官の間に割って入った割には、それ以上話す事もなさそうだ。


(……あー)


 何となく思い当たって、レオアリスはじっとヴェルナーの瞳を見つめた。


「……何か伝言があればお伝えしますが」


 威厳一点、とばかりの男は、注意深く観察していなければ判らないほど僅かだが、瞳を泳がせた。


「――特にはない」


 傲然と言い切り、踵を返す。


「貴殿はもう少し現状を認識する事だ」


 数歩歩きかけてから、ヴェルナーはふと足を止めた。解放に首を回しかけていたレオアリスは慌てて背筋を伸ばす。

 しばらく侯爵が口を開くのを待っていたが一向に話し出しそうにない。


「ヴェルナー侯爵。どうかされましたか」

「――いや」


 ちらりと向けられた蒼い瞳は、そこだけロットバルトによく似ている。


「……変わりはないか」


(――……)


 少しだけ、レオアリスは呆れた。

 同時に、親と子とは意外と難しい関係なのかとも思う。


 レオアリスには判らない。あるのはただ、思慕だけだからだ。


(父さんや母さんが生きてたら、俺も喧嘩するのかな)


「変わりありません。一隊の要ですよ」


 ヴェルナーは特に頷きもせず、ゆっくりその場を離れた。


「――うーん。本当はそれを聞きたかったんじゃないか?」


 難しい世界だなぁ、と凝った首を回してから、これ以上誰かに話しかけられる前にと階段を下り始めた。




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