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王の剣士4「かりそめの宴」  作者: 雅
第三章「癒えぬ想い」
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第三章「癒えぬ想い」(十四)

 イリヤの身柄は近衛師団に一時留め置かれるという事もなく、キーファー子爵邸から直接王城へ移された。

 玄関に横付けされていた黒塗りの馬車に乗せられると、車輪はがたりと石畳を噛んで動き始めた。馬車の振動と共鳴するように、心臓がどくどくと音を立てている。

 馬車の窓は今は閉じられて外を覗く事は出来ないが、扉が閉まる時には、まだレオアリスは玄関に姿を現していなかった。出て来たのはクライフと呼ばれた中将だけで、その後すぐに扉が閉ざされ馬車が動き出した事を考えると、この馬車に付いているのは彼だけのようだ。

 キーファー子爵を乗せた馬車も、イリヤの乗る馬車の前を進んでいるはずだ。

 キーファー子爵がどんな様子なのかイリヤには判らなかったが、特に騒ぐ事もなく声も聞こえて来ない。もはや観念したキーファー子爵が力なく馬車の座席に座っている姿を想像したものの、とりたてて同情も申し訳ないという感情も湧かなかった。

 もともとイリヤはこうなる事を予想していて、ただ当初の想定よりも早く、この結果が訪れたというだけの事だ。ただラナエの事を考えた一瞬だけ、心が揺れた。

 馬車は前後左右を近衛師団兵に囲まれながら、松明一つ灯さない影のような姿のまま、王城へのゆるやかな坂道をゆっくりと登っていく。馬車を囲む近衛師団兵達の声もちらとも聞こえない。

 夜行の列は密やかに夜の通りを進み、イリヤはただじっと、馬車の薄暗がりの中で見えるはずのない前方に視線を注いでいた。

 どれだけ時間が経っただろうか。窓の外を見る事が許されていないイリヤには判らなかったが、夜陰に紛れるようにして、馬車は王城の門を潜った。

 王城の玄関前まで馬車を寄せられる者は限られている。四大公、軍部の正副将、各官衙(かんが)の正副長までだ。だが、こうした場合の為にもう一つ、別の入り口がある。

 馬車は離れた場所に聳える王城から漏れる明かりだけを頼りに、舗装の無い狭い道を進みながら、やがて軋む音を立てて止まった。

 鼓動がひと際大きくなり、静まる。

 瞬きほどの静寂の後、すぐ傍で、ごおん、と何か大きなものがぶつかるような音がした。

 全身を凍り付かせるような、無機質で容赦のない音だ。

 ぎくりと身を固めた時、馬車の扉が開き、クライフが姿を見せる。

「降りな。ここから先は歩きだ。それほどの距離じゃないが、少し階段を昇ってもらう事になる」

「――」

 促されるままに、イリヤは馬車を降り、それから周囲を見回した。暗くて周囲の様子ははっきりとは判らないが、目の前には赤茶けた石積みの壁が、そそり立つように上へと延びている。どうやら高い塔の前のようだ。

 牢獄なのだろう、とそれほどの抵抗もなく思った。

 イリヤが素直に馬車を降りる姿を、クライフは二、三歩離れた場所で剣に軽く手を掛けた姿勢で眺めている。

 この塔は一級監獄塔と言い、イリヤの予想通り、罪人を収容する牢獄だ。それも殺人や政治犯などの、重犯罪者を収容する為の。一旦この塔の門を潜れば、再び日の目を見る事が叶う者は少ない。

 刑が執行されるまで過ごす最後の場所、もしくは残りの一生を幽閉されて過ごす場所だ。

 赤茶けた壁から、通称「赤の塔」、そして二度と外界に戻れないと知った受刑者達が上げる嘆きの声から、別名、「嘆きの塔」とも呼ばれた。

 通常、刑が確定する前にこの場所に収監される事はないのだが、アヴァロンの指示はこの塔を指定し、グランスレイもロットバルトも、レオアリスすら何も言わなかった。

 クライフは塔を見上げているイリヤをどう思ったのか、一度振り切るように首を振った。

「――あんまり悪い扱いにはならない、安心しろ。こんな見た目だが、暖炉も寝るところも、ちゃんと整ってるぜ」

 それが示すものは実は、貴族や高級官僚などが幽閉される場合の一定の配慮故だ。イリヤをその部屋へ入れるのも、アヴァロンの指示だった。

 皆までは言わず、クライフは近衛師団兵に合図すると自分は先に立ってすぐそこの階段を昇っていく。兵の一人が進めと言うように、無言でイリヤの肩を軽く押す。

「――彼は」

 クライフは足を止め、振り返って首を傾げた。

「何だ?」

「君らの、大将は」

「……ここには来ない。大将が来る必要はないからな」

「――そう」

 クライフはまだイリヤが何か言うかと待っていたが、イリヤは頷いただけで、階段を昇り始めた。

 十段ほどの短い階段の先に、鉄の輪が付いた、縦九尺ほどの高さの堅牢な石の扉がある。クライフが鉄の輪を二度ほど扉に叩きつけて音を立てると、扉の脇にあった小窓が開いて男が顔を覗かせ、それから扉は軋む音を立てながら開いた。

 イリヤの位置から見える範囲では扉の奥は狭い廊下が続いていて、壁に松明が掛けられているものの光は行き渡らず、薄ぼんやりと暗い。

 囚人を入れる所なのだ、それも当然だと思いながらイリヤは扉を潜った。

 暗く底冷えのする石造りの廊下を何歩か進んだ時、先ほどの、鉄を打ち合わせるようなごおんという音が、狭い廊下を圧するように響いた。

 はっとして振り返れば、背後の扉が閉まった所だった。

 では先ほどの音は、おそらくキーファー子爵がこの塔に入った時の音だろう。

 イリヤは束の間、自分を外の世界から切り離した扉を見つめ、それから息を吐いて背中を向けた。


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