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王の剣士4「かりそめの宴」  作者: 雅
第三章「癒えぬ想い」
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第三章「癒えぬ想い」(十一)

 結局、時計台の鐘が夕刻の五つを打つ頃になっても、レオアリスはまだ戻らなかった。

 ウィンレットは、レオアリスがグランスレイと別れてすぐハヤテを伴って第二演習場を出た事と、そこから四半刻の内に、王都へ戻る方向に飛んだのを見かけたという情報を持って戻った。それが最新の情報だ。

 ただ飛竜の目撃情報を追うだけでは目ぼしい進展は見られず、時間が経つにつれ、このまま待つか、それとも手を広げて捜すべきか決め手の無いまま、焦りにも近い感情がグランスレイやロットバルトの中にも生まれ始めていた。

 扉の開く音に同時に顔を上げ、入ってきたヴィルトールとフレイザーの姿に当てが外れたように息を吐き、互いの様子に気付いて苦笑を洩らす。

 ヴィルトールも室内の状況に一瞬だけ笑みを浮かべたが、まず開口一番、「進展は?」と聞いた。

 グランスレイが溜息を吐いて首を振る。真横に傾きかけた西日が、グランスレイの厳しい面を橙色に縁取っている。

「まだ連絡すらない」

 フレイザーは細い眉を顰めて、窓の外に見える黄昏時の空を見つめた。輝く朱と薄い青の入り混じった、いつもなら美しいと感じるはずの空も、今は些細な不安も余計に駆り立てるように思える。

「本当に、おかしいですね。普段の上将なら、黙ってこんなに長く師団を空ける事なんてないのに……」

 冬の陽は落ちるのが早い。もう半刻も経たない内に、空からは陽の光が消える。

「ご自宅はどうだった」

 グランスレイの問いかけに、ヴィルトールは首を振った。

「一応確認したましたが、お戻りになった様子はありません。王立文書宮も師団の書庫も、係官の話では姿を見ていないと言っていましたね」

「午後はワッツの所にも、法術院のシアンの所にも行っていません。一応、ゴドフリー邸にもそれとなく確認してみましたが、先日以来特に問い合わせもないとの事です」

「今クライフが、二、三隊の所に確認に行ってますが」

 それも余り芳しい回答は無さそうだと、その思いの方が強かった。

 普段であれば、ハヤテと遠駆けにでも出かけてうっかり時間が経ってしまったのだろうと、これほど胸騒ぎを覚えはしないが、今日はアスタロトとの約束があり、グランスレイにはなるべく早く戻るとそう言って出たのだ。

 それが夕刻まで何の連絡もないのは、どう考えても不安が付き纏う。

「――思い当たる節は大方、確認したか」

 その上で、レオアリスの姿はどこにもない。

「上将には伝令使がある。連絡を取ろうと思えば、どんな場所からでも可能なはずだ。もし――」

 伝令使――カイを飛ばす事すら出来ない状態にあるのだとしたら。

 グランスレイは敢えて、それを口にしなかった。まさかこの王都で、レオアリスにそんな事態があるとは、さすがに想像しにくい。

「――ここまで来ると、余り悠長に構えている状況ではなさそうですね」

 それまで黙っていたロットバルトが口を開き、グランスレイはフレイザー達に判らないほどに、瞳を細めた。

 グランスレイの脳裏に浮かんだのは、昼に交わした会話だ。ロットバルトの瞳にも、同じ色が浮かんでいる。

 それをこの場で問うべきか、グランスレイが躊躇っていた時だ。

「そうびびんなくっていいって爺さん、ちょっと話聞かせてもらうだけだからよぉ」

 クライフの声が中庭の回廊に響き、すぐに扉が開いた。クライフよりも先に、一人の老齢の男がぐい、と背中を押され、少し乱暴に室内に押し込まれる。

 驚いたのは執務室内に居た方で、ヴィルトールが手を伸ばしてよろめいた男の身体を支え、フレイザーは呆れと多少の非難を込めてクライフを見つめた。

「ちょっとクライフ、何やってるのよ、無理に押し込んで。その人は?」

「ちょうど俺が帰って来たところでそのおっさんと出くわしたんだよ。だから話聞こうと思ってさ」

 いつも通りの軽い口調の中に、いつもとは違う容赦の無い響きがある。

「話って……」

「何者だ」

 グランスレイは男に厳しい視線を向けた。六十を過ぎた位の老齢の男だが、身なりは整っている。どこかの屋敷の執事と言った風情だ。

「ここで説明してくれよ爺さん、こいつを持ってた理由をよ」

 男を睨みつけながら、クライフは右手に持っていたものを、ぱらりと広げた。

 流れる墨のように広がった漆黒に、一瞬、室内の空気が凍り付く。

 黒い長布。

 近衛師団の士官が背に纏う物だ。

 クライフが示して見せた銀の留め金に彫られているのは、大将位を示す横三本に縦に一筋線が引かれただけの、簡単な、だが明確な徽章。

「――貴様」

 ヴィルトールは支えていた男の襟首を、ぐい、と掴み上げた。

「やめとけヴィルトール、もうそれ俺がやった。時間の無駄だ」

 クライフが冷めた声でヴィルトールを止める。要はクライフは、先ほどから腹の底から怒っているのだ。殴り倒さなかっただけ、クライフにしては抑えた方だろう。

 グランスレイがクライフの手から布を受け取り、室内の灯りに広げた。

 黒い布地は水の乾いた跡があり、僅かだが枯れた草と土も着いている。グランスレイの眉根に、怒りが浮き上がる。

「これを、どこで見つけた」

 目尻を怒らせた大柄なグランスレイにずい、と歩み寄られ、男――エイムズは真っ青になって手と首を振った。

「わ、私はキーファー子爵邸の執事を務める者でございます。か、家人から、こちらへこれをお持ちしろと申し遣って……」

 グランスレイは素早く、ロットバルトへ視線を流した。視線の先で、ロットバルトがすうっと瞳を細める。

「……キーファー?」

 呟きには、凍るような冷たい響きがある。

 エイムズは呆然とした様子で、自分の置かれている状況を見回した。軍の士官に囲まれるように問い質される状況など、まるで考えていなかった顔だ。

「こ――この布をお見せすれば、必ず信用されるから、と」

「信用? 何だそりゃあ。何企んでやがる」

 今度はクライフが詰め寄り、エイムズが身体を縮める。

「落ち着けって言ったのはお前だろう、クライフ。まずは話を聞こう」

 ヴィルトールはそう言ったが、エイムズの言葉を疑っているのは彼も同じだ。今まで八方を捜して手がかりを得られなかった分、苛立ちも強い。

 フレイザーが彼等に代わってエイムズの前に立ち、緊張を解すように柔らかく問いかける。

「詳しく説明してもらえますか。手荒な対応をしてしまって申し訳ありません。でも、私達ちょうど、上将を――大将と連絡を取ろうと捜していたところなんです。だからこれを見て驚いて――。どうして貴方がこれを持っているのか」

 フレイザーの言葉を聞いて、エイムズは逆に驚いた顔で彼女を見つめた。

「――大将殿は、私共の屋敷におられますが……」

 そんな簡単な事に何故彼等は、これほど厳しい表情で自分を睨み付けているのだろうと、呆気に取られているような響きがある。

「え――いるって……」フレイザーは瞳を丸くして、数度瞬かせた。「キーファー子爵邸に?」

「はい」

「ちょっと待てよ、何で上将がそこにいるんだ。用があるなんて聞いてねぇ。吹かしじゃねぇだろうな」

「クライフ、落ち着いて。嘘を言ったって仕方ないじゃない」

「おかしいって、大体公と約束してたんだぜ? 連絡もないままなんてあるかよ」

「ちょっと、クライフ」

 クライフの手がエイムズの襟首を掴みかけ、フレイザーが慌ててその腕を押さえる。エイムズはびくりと身を引きながらも、しっかり首を振った。

「た、大将殿がご自分から当家を尋ねていらしたのは確かです。いえ、尋ねてと申しますか、大将殿はイリヤ様を――当家のご子息を運んで来てくださって」

「運んだ? 上将が? イリヤって――こないだのあいつか」

「どういう事?」

 自分を見つめる視線から少しだけ険が薄れた事に、この機会を逃すまいと、エイムズは早口になって彼等を見回した。

「わ、私も詳しい事は判りませんが、イリヤ様が出先で具合を悪くされたようで、それであの方が飛竜で運んでいらしたんです。イリヤ様はぐったりとされていて、私に医者を呼ぶようにと。私が医者を呼びに出たもので、あの方が館の中までお連れくださったようです」

「――それって、いつ頃」

「ちょうど、お昼頃でした」

 フレイザーとクライフは顔を見合わせ、それからグランスレイ達を見た。昼頃と言えば、レオアリスの飛竜が最後に目撃された時間帯だ。

 という事は、その時レオアリスは、イリヤをキーファー子爵邸に運ぶところだったのだろう。

「じゃあ、病人を運ぶから、急いでたのね」

 漸く問題が解決したかのような安堵を覚え、室内の空気はどことなく(ほど)けた。クライフもそれまでの苛立った表情を消し、息を吐いて壁に寄り掛かる。

「何だ――。とにかく無事なんだな……、一安心……」

 エイムズもほっと、肩の力を抜く。

「もう暫らく当家においでになると伺っております」

「それで、貴方がここにそれを知らせに?」

「はい」

「そう――」

 ふいにそれまで黙っていたロットバルトが、エイムズに一歩近付いた。

「上将自身がそう言ったんですか? 貴方に?」

 問い掛けには温まりかけた空気を切るような響きがあり、エイムズだけではなくクライフ達も、少し驚いてロットバルトに顔を向けた。

 グランスレイだけは瞳に浮かべた厳しい色を消しておらず、それに気付いたフレイザーも再び表情を変える。

「い、いえ、直接は――私はイリヤ様から手紙をお届けするようにと申し遣ってこちらに伺ったのです。まずはそれをお見せしてから、手紙をお渡ししろと。すぐに読んでいただきたいから、その布をお見せすればいいと……」

「手紙――。誰からの」

 ロットバルトの低い問いかけが、再び室内の空気を凍らせるようにエイムズに向けられる。

 エイムズは何故また彼等の瞳が厳しくなったのか全く理解できないながらも、慌てて懐から一通の書状を取り出すと、それを差し出した。真っ白な、薄い封筒だ。

「イリヤ様からです、こちらに、その――」

「――」

 ロットバルトがグランスレイを見ると、グランスレイは微かに頷いた。差し出された封筒を取り、表書きと差出人を確認する。

 近衛師団第一大隊に宛てたもので、差出人はイリヤ・キーファー。封蝋はキーファー子爵家の紋章入りだ。

「名と、紋章か」

 ロットバルトは蝋の押された封筒を開き、取り出した便箋を広げた。灯りにキーファー子爵家の紋章が透ける。

「何て」

 近寄ろうとしたクライフ達を、ロットバルトは片手を上げて制した。

「おい、ロットバルト」

「クライフ、待て」

 グランスレイが便箋を覗き込もうとしたクライフを、もう一度押し止めた。

 その様子にフレイザーやヴィルトール、そしてクライフも、再び頬を引き締める。

 何か、あるのだ。レオアリスの今の状況に。

 理由までは知れないが、単純に、キーファー邸に居るのではないと、ロットバルトとグランスレイが考えているのは判った。

 手紙に視線を落としているロットバルトの様子は一見普段と変わりはないが、近寄りがたい、皮膚を切るような雰囲気を纏っている。

「――」

 やがてロットバルトは瞳を上げ、エイムズにその視線を転じた。

「これを確かに、イリヤ殿が?」

「――そ、そうです。私の目の前でお書きになって、封蝋をされましたから……」

「成る程。まあ確かに、署名とキーファー子爵家の封蝋がある。疑いようもありませんね」

「は、はい」

 張り詰めながらも自信を持って頷いた顔を、ロットバルトはどこか複雑な色を帯びた瞳で見つめた。

 彼にこの手紙を託したイリヤの心情が、その時どうあったのかは判りようがない。

 イリヤが寄越したこの男は、間違いなくイリヤの意図を理解していない。敢えて理解させなかったのだ。騙す、というよりは、誰の目にもこの執事が無関係と捉えられるようにという、一種の情なのかもしれないが。

 レオアリスの纏っていた長布を見せれば、すぐ本人の物だと判るから手紙を渡しやすいだろうと、そう言ってみせながら――

 実際には、これは脅しだ。

 近衛師団に対して。

 こうしたものを自由にできる状況にあるのだ、と、示して来ている。

 その上で。

「――やってくれる」

 ロットバルトの想定以上に、イリヤは大胆な思考の持ち主のようだ。

 いや、大胆と言うより、無謀と紙一重か。

「ロットバルト」

「キーファーは何て?」

 ロットバルトは束の間、問いかけに視線を向ける事もなく、白い便箋に綴られた文字を見つめていた。

「ロットバルト」

「……イリヤ・キーファーは」

 便箋をグランスレイに差し出し、視線を上げる。

 瞳の色は、凍る蒼だ。

「キーファー子爵邸を押えろと、そう言っています」

 耳に伝わった言葉の意味を理解するには、束の間の空白があった。

「……え?」

「副将、隊を動かす為に、アヴァロン閣下の御裁可を。第一大隊大将名で得て戴きたい」

 グランスレイはロットバルトにしか判らない驚きを、上げた瞳に宿した。

 昼にロットバルトは、イリヤ・キーファーの件に関してはレオアリスを表に出さないと、そうグランスレイにも求めたはずだった。それがレオアリスの名を以ってアヴァロンの裁可を得るとは、問題としていた事は変わったという事だろうか。

 だがロットバルトの眼差しにはまだ、この昼にグランスレイに対して許可を求めた、あの色がある。グランスレイはその色を図るように、じっと見据えた。

「――」

 変わったのは問題点ではなく、状況だ。

 グランスレイは手の中にあるイリヤの手紙に視線を落とし、すぐに厳しい面持ちで手紙を睨み、納得したように頷いた。

「仕方あるまい」

「ちょ、ちょっと待ってください、一体何の話を」

 我に返ったクライフが、ロットバルトとグランスレイの顔を交互に見比べる。

「読んでも?」

 ヴィルトールがグランスレイの手から便箋を受け取り、ざっと眼を通していく。その表情の変化は、グランスレイと同じものだった。

「――西海か」

 息を吐きながら低く呟く。

「西海? 何で西海が」

「要点を簡単に読もうか。『――キーファー子爵家、及びフォルケ伯爵家は西海との関わりを持っている。証拠の品、西海の三の(ほこ)と名乗ったビュルゲルという男の使隷を、西外門の辻の、煉瓦塀の建物の裏手に埋めた』」

「三の鉾?!」

「まさか」

 その言葉に、クライフもフレイザーも、さっと顔を引き締めた。

 少し青ざめて見えるのも無理はない。

 一般にはさほど知られてはいないが、軍関係者には周知の事実――。三の鉾とは、古の海と海皇を守る三つの守護部隊を指し、時にその三人の指揮官を指して呼ぶ名だ。

 この国であれば、近衛師団総将アヴァロンや正規軍将軍アスタロトに等しい地位にある。

 それほどの大物だ。

 その名によって、イリヤは知ってか知らずか、自らの言葉の重大性を近衛師団に示して見せた。

「『自分には、王の前でこれを証言する用意がある。近衛師団を派兵し、キーファー子爵家と、フォルケ伯爵家を押える事。王の剣士には、これらの証人になっていただけると考えている』――」

「ちょ――貸せ!」

 クライフはヴィルトールの手から手紙を奪い取り、食い入るように文面を見つめた。

「――どうする」

「どうも何も無い。今言った通りですよ。イリヤ・キーファーの要望を容れて、キーファー子爵邸及びフォルケ伯爵邸を押える。小隊二つで足りるでしょう」

 繰り返し、明確に言い放たれた言葉に、クライフはやはり呆然とした。クライフの手許の便箋を覗き込んだフレイザーもそれは同様だ。エイムズは何が起こっているのか、理解できない様子で立ち尽くしている。

「いや……、まさか隊を動かすのか? 王都の、貴族の館だぜ、そんな無茶な」

「無茶でも何でも、せざるを得ない。こうして通告があった以上、無視する訳にはいかないでしょう。そもそも、キーファー子爵家と上将との関わりを否定してみせる為には、イリヤ・キーファーの目論見に乗る以外に無い」

「――どういう事」

 ヴィルトールが傍らで溜息とともに吐き出す。

「つまり、上将がキーファー子爵邸にいる以上、我々が動かなければ、世間一般には上将がキーファー子爵家に加担していると受け取られかねない、という事だろう。彼の言っている『証人』にっていうのは、そういう含みだ」

 ぎょっとして、それから漸く腑に落ちた顔で、クライフはもう一度まじまじと手紙を見つめた。

 緊迫した室内の様子を眺めながら、ロットバルトは苛立ちと、半ば感心すら覚えて、掌を握り込んだ。

 レオアリスがキーファー子爵家に――西海に関わっていると取られれば、近衛師団大将としての地位を剥奪されるだけでは済まない可能性もある。十七年前の過去は、まだ完全に払拭された訳ではない。

 それを否定してみせるには、近衛師団はイリヤの要望通りに動かざるを得ないと、イリヤはそこまで見越した上で、レオアリスに近付いたのだ。

 レオアリスにしても、僅かなりともイリヤに対して疑問を抱いていたにも関わらず、まるで疑問を感じさせないやり方で、キーファー子爵邸に導き入れた。

 ヴィルトールが踵を返し扉へ向かう。

「私は外門辻を調べるよ」

 ばたん、と扉が閉まる音に、我に返ったエイムズが残った者達を縋るように見渡す。

「これは――、まさか、何かの冗談です。主は、そんな。イリヤ様も」

 エイムズは便箋を奪うようにして取り、震える手で目の前に広げ――、呻き声を上げた。

 紛れも無いイリヤの筆跡だ。署名、キーファー子爵家の家紋入りの便箋――何よりエイムズ自身が、イリヤがその手で綴り、封をするのを見ている。

 だが尚、エイムズは首を振った。

「戻って、確認を。私が、イリヤ様の真意を」

「いえ。貴方には残っていただく。聞くべき事があります」

 今戻っても意味は無い、とはロットバルトは言わなかった。だがエイムズも既にこの先を理解し、その場に崩れるように座り込んだ。

 クライフはそれを痛ましそうに眺め、それからもう混乱は無い、鋭い光を帯びた瞳をロットバルトに向けた。

「まさか、じゃあのゴドフリー卿の所の事件は演技だったのか? 元々西海と関わりがあって」

「それが判らない。あの時の様子は、確かに本心から戸惑っていたようでしたからね」

 だが、今はこうして、自ら西海との関わりを示して来ている。

 ロットバルトはエイムズの手から便箋を取り、もう一度それに眼を通した。

 イリヤの目的が王に近付く事にあると、それは想定していた事だ。

 だが。

『王の前で、証言する用意がある』

(こんな形で、王に近付く事を考えていたとは――)

 確かに、西海との関わりを告発した上で、自らの過去を示せば、世間はイリヤの存在をすんなりと受け入れるかもしれない。

 免罪され、しかも王の血縁として受け入れられる可能性は、皆無ではない。

 ただ、その可能性は、どれほど甘く見積もっても、一割。

 実際には不可侵条約を侵して西海と手を結び、王家に対する謀略を企てた罪で、子爵家の断絶、良くて国外追放となる可能性の方が高い。

 ここまで手の込んだやり方をしながら、それをイリヤが理解していないという事があるだろうか。

 そしてもう一つ――、何故、レオアリスなのかという疑問がある。

 西海の存在を告発する事で王に近付き、自らに有利な立場を作り出すつもりなら、レオアリスを介入させず、直接軍なり司法に対して証拠を提出し、まずは自分の身の安全を確保する方が無難だ。

 それをせずにレオアリスを選んだのは、王の剣士という立場を保身に利用できると考えたからか。

「――判らないな……」

 そればかりは、ここでいくら推測を巡らせていても仕方が無い。

 ロットバルトは今後証拠として扱われるはずの手紙を封筒に戻し、グランスレイに渡した。隊を動かす許可を得る為に、アヴァロンにもそれを見せる必要がある。

 グランスレイは手紙を懐にしまい、執務室を出る。その姿を眼で追い、アヴァロンの許可が出た後の対応を考えながら、ふと、イリヤはどこまで、自分の過去を理解しているのかと、そんな思いが浮かんだ。


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