「青い花」(二)
女が一人、死んだ。
ずっと秘密を抱えて、日陰に咲いた小さな花のように、ただひっそり風に揺られて。
最後にほとりと、抱えていた秘密を零した。
「イリヤ――」
厚い日除け布で光を遮った薄暗い部屋で、亡骸を前に、イリヤはただ対峙するように座っていた。
二つの色違いの瞳にあるのはいつもの柔らかな光ではなく、鉱石のような透明で温度の無い光だ。
「大丈夫?」
そっと近寄って覗き込むラナエの優しい、心配そうな顔。
だが、それ以上は何も言えずに、ラナエは両手をぎゅっと絞るようにしてイリヤの隣に立っていた。
彼女にはイリヤに掛ける言葉が見つからない。
彼女もまた、あの事を聞いたからだ。
それでも何か、ほんの少しでもと言葉を探す様子に、イリヤは漸く微かな笑みを浮かべた。
「大丈夫」
嘘だ、とラナエの瞳が言っている。
聞いてしまったから。
違う。
「大丈夫」
もう一度、今度は弾くような響きがあり、ラナエは青ざめた。
そんなラナエの様子にも、普段なら優しく肩を抱き締めるイリヤが、瞳を向ける事もない。
じっと目の前の亡骸に視線を注いでいる。
自分が抱えているのは何だろう。
怒りだろうかと、そう思った。
ずっと秘密を抱えて――それならずっと、最後まで抱えたままでいてくれれば良かったのだ。
最後の最後でイリヤに預けて、もう自分は秘密から遠く離れた所にいる。
ずっと、イリヤのその向こうを見ていたくせに。
「……父さまが、話がしたいって」
「ああ――そう」
ラナエの父、キーファー子爵の話の内容は、聞かなくても想像がついた。
イリヤの声が硬く尖っていたせいだろう、ラナエは肩を震わせて、身を縮めた。
キーファー子爵にそれを告げてしまったのはラナエだ。
あまりに驚いて、それは誰か、大人の助けがいると、そう思ったから。
キーファー子爵もまた驚き、ラナエを問い糾し、そしてあの日記を見た。
イリヤが立ち上がり、ラナエの横を抜けて扉へと向かう。
「イリヤ」
ラナエは手を差し伸べた。イリヤはその手を取らなかった。