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王の剣士4「かりそめの宴」  作者: 雅
第一章「変わる季節」
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青い花(一)



「この花を。わたくしにはこれ以外、差し上げるものがありません」


 女が細い指先で指し示したのは、薄青い花弁の小さな花。地上にちりばめた星のような。


 目の前の女のような、密やかな花だ。


「何という花か」


 女は遠くで瞬く星のように、微かな笑みを浮かべた。



 



「ミオスティリヤ――。――わたくしを、忘れないでくださいませ」

 

 











 

 

 

 ゆっくりと木立を揺らして風が抜けていく。

 瑠璃色に澄んだ小さな池が、秋の終わりの木立の中にひっそり波打っている。


 少年は池のほとりに一人立っていた。


 手には小さな籠を抱えている。籠の中は、薄青い親指の先ほどの小さな花で埋められていた。

 五枚の花弁の儚げな花は、籠の中に天空の星を集めたようだ。


 少年の歳の頃は十七、八。うなだれた視線は、先ほどからずっと足元の白い石碑に注がれている。


 片手で抱えられるほどの、ぽつりと残されたような墓標。それはこの秋の薄い日差しにさえ溶けてしまいそうだ。


 ひっそりとしたその様に、少年の脳裏にありし日の姿が甦る。

 生きている時ですら、ずっと密やかな影のようだった。


 儚げで、水面に映る月のような。



『ミオスティリヤ』



 自分を、忘れないで。


 いつも少年をそう呼んだ。


 水面から寄せる、かそけき波音の囁き。

 小さな池から、重なり追いかけるように少年の足元に打ち寄せる。


『ミオスティリヤ』


「……うるさいな」


 優しい、柔らかい声で。

 身に纏い付く、呪文のようだ。


『忘れないで』


「忘れるよ。――あんたなんか、思い出さない」


『忘れないでいて』


 星を見るような、遠くを見透かす瞳で。


 少年の瞳の、その向こうを常に見ていた。

 もう既に手の届かなくなった女だ。


 片手を上げ、右の瞳を覆い隠す。


「俺は、この名を捨てに行く」


 少年は手にしていた籠から、薄青の小さな花弁を墓標に振り撒いた。


 さよなら、と唇の形だけで呟く。


 白い墓標の上に、花弁は星屑のように散った。

 




 

 

 

 

 

 

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