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16.強い想いと弱い者の意地



「ッ!」


 タクミは投げつけられたカーテンに驚き反応できず視界を覆った。しかしすぐに取り払い、あたりを見渡す。

 すると目の前には捕まえて転がしていた王子の姿はなく、後ろからは足音が聞こえ振り返る。しかし、そこに誰の姿はなかった。


「……ふうん? 案外しぶとい奴だったってことか」


 タクミは振り落としたカーテンを拾い、床に広がっている切れた縄を見つめて、不敵に笑った。


「ま、でも無駄無駄。周りには僕の手下が……」


 そう言いながらタクミは窓から外の様子を確認した。


「ん?」


 すると外が少し騒がしいことに気づいた。タクミはそれに眉を潜めながら開きっぱなしのドアから廊下の様子を見る。すると、廊下の見張りや下の階にいた手下どもがバタバタと外に飛び出し、窓から弓を射ている様子が見えた。状況がいまいちつかめず、タクミは一番部屋の近くの廊下の窓から矢を射ている手下を思いっきり足蹴りした。


「おいこれどういう状況なの?」


 蹴られた手下はそのまま転がり、タクミに気づくと慌ててすぐに起き上がって背筋を伸ばした。


「は、はい! あの、サ、ササメが……センの奴らに今襲撃を……」


「襲撃ィ? 昨日の仕返しでもしてきたのかなァ」


「そ、そうかもしれ……」


 その瞬間、先ほどまで報告していた手下の頭に窓から入った矢が命中し、そのまま血を吹き出しながら廊下に身体を投げ出した。床には手下の頭から流れる血で床を染めていったが、タクミはその死体を興味なさそうに眺めた。


「あーあ、よわ。窓から近すぎたからいけないんだよ。しかもひらっきぱなしの窓にぼーっと立ってるなんて狙ってくださいって言ってるみたいなもんじゃん。バーカ」


 自分の手下が死んだというのに、タクミは死んだその死体をさらに足蹴りし馬鹿にした。


 その様子を横目にみながら手下たちは目の前にいる敵に集中した。

 タクミは強い。それは偽りなく本当だ。だからこそ誰もタクミに逆らえない。

 そして横暴だ。それは仲間の誰もが思う事であり、そして許容していることなのだ。なぜならそれを知りながらもタクミのグループに入ろうと思ったからだ。

 タクミの名前はカグネ王国では名は知れている名手だ。だからこそみんなタクミのグループに入りたがる。いくつかのコミュニティが存在しているカグネ王国でも一二を争うグループだ。そのグループに所属しているだけでも、自分の名に箔だつく。カグネ王国では弱いものはそういう風にして生きていくしかない。

 この国では弱い奴は、決して生きてはいけない。弱ければ必ずどこかで死ぬ。

 右も左を見ても戦闘ばかりの国で、さらにいつ出兵されるかわからない身だ。箔がつくだけでなく、タクミのグループにいるということはそれなりの経験を積むことができるし、強い人の戦いをそばで見れる環境でもある。そうして力をつければ自身の生存率は上がるはずだ。例えそれまでの戦いで死んだとしても、それは仕方のないことなのだ。

 みんなそれを狙っている。だからこそ、みんなタクミの横暴さには目を瞑る。

 タクミは来るものは拒まない奴だった。なぜならタクミはそもそもグループとか名声なんていうものや仲間には興味はない。ただ、戦う相手が強いか弱いか、それだけだ。だからこそ仲間の生死にもそれほど興味はもたない。このグループに名前がついてないのもその証拠でもある。


 けれど弱い奴は嫌いだから、もし負けたところを見せると、容赦なく殺される。

 だから必死になる。弱いところを見せると、逆にタクミに殺されるから。

 死に物狂いで戦えて、強くなれるのだ。

 けれど、それでいい。

 仲良くしたいわけではない。強くなりたいから、この人のそばにいるのだ。

 

 そんなタクミを横目に、仲間たちは敵に矢を射続ける。

 


 そんなことを思い馳せている仲間がいるとは知らず、タクミは仲間だった死体を足蹴りし、自身も窓の横に隠れながら外の様子を伺った。


「さて、どうしよっかなァ」


 今外ではセンが表の庭で周りの造形物を派手に壊しながら仲間と闘っている。楽しそうだ。

 しかし周りに見張りを置いていたはずなのだが、あいつらは何をしているのか。まさか全員倒されたとでもいうのだろうか。

 タクミは軽く舌打ちをして、懐から単眼の小型の望遠鏡を取り出し、窓から少し顔をのぞかせた状態で外の状況を確認する。

 外にいた見張りの姿はない。いるのは表で戦っているセンとその仲間たち、あとは拠点から応援に出たタクミの仲間が交戦している姿だけだ。あの白銀髪の女の姿とウェジットの姿がない。


(読みが外れたかな?)


 王子を連れ去った後、むしゃくしゃしてセンのいるアジトを襲撃した。そしてその後にあの白銀髪の女もタクミを追って現れた。となると、当然センと共闘して攻めてきて、同時に楽しめると思ったのだが。どうやら読みが外れたようだ。

 さて、どうするか。

 センと闘うのも悪くないし、このまま降りて戦うか。昨日の戦闘の決着もついてないし、それかこのまま不意打ちで一撃食らわせるのも悪くない。ここからならセンの背後を確実に矢で射抜ける。

 そう思いながらニヤリと舌なめずりして望遠鏡でセンを見ていると、望遠鏡から見えた視界が一気に黒くなった。


「ッ!」


 すると望遠鏡が割れ、タクミの頬に割れた望遠鏡の欠片がかすめ、そのまま破片が床にパラパラと落ちた。


「……」


 タクミの頬からつぅっと血が滴り落ち、それを茫然としながら拭う。その床にはナイフがカランと金属音を鳴らして落ちた。


 ナイフで狙われた――……?


 茫然とナイフを投げられた方向を見ると、フードを被った男、センと背中合わせにしている男がこちらを見据え、再度ナイフを放った。タクミはすぐに窓の陰に隠れてその攻撃をかわし、身体を隠しながら再度外を伺う。フードの隙間から灰色に似た青い瞳が自身の黒髪をかすめながらこちらをに睨んでいる。

 あの男は、センのアジトにいた男だ。あの時は興味もなく気にも留めなかったが。


「へェ、面白いじゃん」


 タクミがいるところは二階だ。そのタクミのいる方向へ一階の庭からナイフをあの距離で投げてあてたのもそうだが、タクミはそもそもセンに向けて殺気を出してはいなかったはずだ。殺気を出せばセンに気づかれる恐れがあったので、殺気をなるべく抑えていたのだ。なのにあの男はタクミから漏れたわずかな殺気に気づいて攻撃してきた。あれも手練れだ。きっと戦ったら面白いに違いない。

 タクミはそう思い、戦いに行くべく戦闘が起きている広場に足を向けた。


『弱いやつっていうのはさ……諦めが早いやつのことをいうんだよッ‼』


 しかしふと、あの王子の言葉を思いだし、足を止めた。



――――

―――――――――



 襲撃の数分前。


 ユキ達は今はタクミのアジトのある山の中にいた。タクミのアジトは山の開けた地にあり、貴族の別荘だったのか、かなり広い作りだ。基本白い大理石で覆われた建物で、玄関から広がる造形物や階段もすべては大理石だ。そのせいか荘厳な厳かな雰囲気を持ち、遠目で見ても圧倒されるものがある。別荘というよりも、どこかの領主の家と言ってもいいぐらいの広さと圧倒さだ。部屋が多いのか横長に広がり、窓の数も多い。襲撃が来たとしても、弓で外にいる敵をどこからでも射抜ける、弓を得意としているタクミらにとってはうってつけの場所と言える。

 

 そのころ、ユキとセンはお互いの部隊の知らせを待っていた。

 ウェジットはカグネ王国の兵の部隊編成と作戦の共有と、スバルは隠密部隊の指揮を執っていた。ユキは一応カグネ王国の兵の指揮を執る権利は一時にはあるが、それはスバルを救出するときだけのものだったので、それらはウェジットに任せ、ユキは自国のコントラス王国の兵だけに指揮をすることにした。そこにはもう作戦も伝え、それぞれ配置してもらっている。センの合図で一斉に攻撃する予定だ。コントラス王国の兵だとバレないように服装もカグネ王国のものに変え偽装もしたし、やることがなくなったのだ。

 一方センたちは、センとスバルはそれぞれ襲撃部隊と隠密部隊とで指揮を分けて連携を取る事にした。センの方も一通り終わり、スバルの報告待ちだ。

 となると自然と残るのはユキとセンだけであって。


 ユキとセンは間に言葉はなく、無言の時間が続く。お互い離れればいいのだが、お互い指揮が終わったあとはここで落ち合うことになっているので、二人とも動けないでいるのだ。ユキとセンはお互い木でもたれながら腕を組んで待っている。

 センは正直居心地が悪かった。

 前まで戦っていた相手だからというのもそうだが、横にいるのはスバルの想い人だ。センはちらりとユキにばれないように盗み見た。

 雪原を思わせるかのような美しい白銀の長い髪は、光に当たると夜空の浮かぶ星空のようにきらきらと輝き、満月を思わせる黄金の丸い瞳は今は目を伏されその輝きを隠している。騎士だと言っていたのに日焼けの見えない透き通るかのような真っ白な肌、小さな唇には桜桃が彩られている。小柄で神秘的な雰囲気を持ち、黙っていれば上品さまで感じる。とてもあの古城で戦っていた勇ましい女性と同一人物とは少し疑ってしまうぐらいだ。

 確かに見た目はいいが、センは正直このユキという女はいまいち気に食わなかった。

 それは、あの時ユキが飛んでもない発言をしたからだ。


「……あんたさ、あいつのことどう思ってるんだよ」


 気まずい雰囲気の中、センはユキに尋ねた。ユキは驚くこともなく、ゆっくりと伏せていた目を開けセンを見返した。


「あいつ?」


 聞き返すように問うユキにセンは答えなかった。

 答えなくても、わかっているはずだ。

 なぜなら、見返してきたその瞳には動揺も驚きもなかったからだ。

 

「あの時あんたが必死になってあいつを取り戻そうとしたのは、あいつが大事だったからじゃねェのかよ」


 そう聞くとユキは一瞬驚いたように目を開いた後、目を伏せながらゆっくりセンから顔を背け前を向いた。その反応にセンは眉を潜めた。

 無機質な反応だ。あの時もそうだった。スバルをくれと言ったあのときもこの女は眉一つ表情を変えなかった。たしかにユキから見ればスバルがユキを裏切っていたかもしれない。しかしそれでも、あんなに取り戻そうとしていた相手もこうも簡単に切り捨てられるものなのだろうか。

 本当にスバルはこの女のどこが好きになったというのか。今の反応を鑑みても、冷たい人間の戦闘狂にしか見えないというのに。恋は盲目というが、もしそうならセンがスバルの目を覚まさなければ。


 頭が良くて、毒舌で、言いたいことはズバズバ言うかつての相棒に少し似ているスバルを、センは不幸になって欲しくはなかった。


 そんなことを思い隣にいるユキを睨んでいると、ユキの口元がふっと緩んだ。


「……私、あの人が好きなんだ」


「…………は」


 緩んだその口元から紡がれた言葉に、思わず思考が停止する。

 その表情は先ほどの無機質な表情とは違い、綻んでいて、すっきりとした笑みを浮かべ、瞳にはまるで想い人が目の前にいるかのような優し気な瞳が見えた。ユキは自分の言葉を再度確認するように両手を胸に置いて瞳を閉じた。


「あの人が好きだから、ここまできた。そばにいたくて、強くなった」


「……」


 それはセンに話しているというより、まるで独り言のように、自分の気持ちを確認するように、過去を想い馳せているかのような、そんな懐かしむような表情をしていた。

 センはその表情に息がつまった。

 ユキは今、好きと言ったのか。スバルを、好きだと。

 なら、あの必死に取り返そうとしていたのは、決して主従だからというわけではなく。

 もっと個人的で、でも大切な想いからきていたのだ。

 

 それを知り、なおさらわからなくなった。

 だったらどうしてあの時はあんな態度をとってしまったのか。

 大切だったらなおの事、センのあの言葉を強く否定すべきだったのではないのか。


「だったら、なんであの時あんなこと言ったんだよ……。あげてもいいなんて」


 混乱している様子がわかったのか、ユキは瞳を開けて隣にいるセンに困ったような笑みを向けた。


「……あの時は、私も気持ちがぐちゃぐちゃだった。あの人に怒りたいのか、憎みたいのか、それとも無事だったって喜んでいたいのか。あの人が私をどう思っているかとか。だったら私の存在ってなんだろって色々考えた」


 困ったように笑いながら、ユキは自分の気持ちを言葉にするのを照れるかのようにわずかに瞳を逸らして、センに話し続けた。


 スバルはセンたちを手伝っているのはまた後でユキに伝えると言っていた。確かにあの段階ではユキはスバルに裏切られたと思ってもおかしくはない。それに怒る気持ちもわかる。

 けれど――……


「もっと、単純でよかったんじゃねェのかよ……。怒ってムカついたんなら、殴って、それで終わりでよかったじゃねェか! あんな、やり返すみたいにあいつを放り出すことはなかっただろうが!」


「別にやり返したかったわけじゃない。ただ、あの時は本当に疲れてたんだ……。あの人のそばに居続けるのが、ただ、辛かった」


 センに指摘された言葉でユキは笑みを消し、苦しそうに顔を歪ませた。

 それでも、その表情を見ても、センは納得できなかった。


「なんだよ、それ。お前言っただろうが。好きだって、そばにいたいって」


 それは自分の気持ちに従っての行動のはずだ。

 好きだから、そばにきた。なのに、辛いとユキは言った。

 矛盾している言葉だ。わけがわからない。


 理解不能な表情が出ていたのか、ユキはセンの表情を見て「お前にとっては変に見えるか」といって苦笑いを浮かべた。そのままユキは木にもたれてズルズル腰を下ろして地面に座った。するとユキはセンを促すようにトントンと自分の隣に座るように促したが、センは眉を潜めて断った。その反応にユキは再度苦笑いを浮かべて、話を続けた。


「私のこの気持ちなんて伝わらなくてもよかった。ただ気持ちを伝えずに、そばにいて幸せを願っていればよかった。たとえ、あの人が別の人を好きになろうとも、私の存在意義を、強さを認めてそばに置いてくれればそれでよかった」


 かすかに笑みを浮かべながら話すユキは、どこか儚げで、センは言葉を発することができなかった。

 

「けどあの人はずっと私を認めなかったから、いろいろ頑張ったけれど、あの人は認めてくれなかった。それならそばに居続けようとしても、ただ辛いだけだった」


 そう言ってユキは顔を膝に埋めて蹲った。その姿がまるで親に置いて行かれた子どものように小さく、寂し気で、センはただただユキを見るだけだった。


「求められてないないのにそばに居続けるのは想像以上に辛すぎた。……私は、わたしを必要として、あの人に初めて求められて、そうしてそばにいたかったんだ……」


 苦しそうな声に、言葉に、何も言えず押し黙っていた。

 センにはよくわからなかった。

 ただわかるのは、この女が、ユキがスバルのそばにいるためにいろいろ頑張ったこと。

 その結果そばにいれたのに、それが辛くなってしまったこと。

 そして、気持ちを伝えないと決めていること。


 センは頭は悪いが、この二人が解決する方法はわかっている。 

 好きなら伝えればいい。そばにいたいならそばにいればいい。

 なんでそんな単純なことにスバルもユキも悩んでいるのだろう。


 そう思いながらも、無粋に言葉にするにはどうかと思ってセンは押し黙ったままでいた。するとユキは自嘲気味にふっと笑みを浮かべた。


「それなのに、認められず、護衛なのにお前らにあの人が攫われる始末で役にも立てない。それならあの人にとって私は邪魔なだけだ。そりゃ、蔑ろにするだろうな」


 その言葉に、センははっとした。

 そうだ。ユキから見たらスバルはまだ裏切ったと思われたままだ。

 蹲っているユキにセンは慌てて口を開いた。


「あ、いや、あのな、それ勘違いだから!」


「……なに?」


 それを聞いてユキはゆっくり顔をあげてセンに訝し気な表情を向けた。センの言葉を疑っている様だ。そんな信頼関係も築けていないのだから当たり前なのだが、なぜだかここで誤解を解かないと駄目な気がする。無粋かもしれないと先ほど思ったばかりだが、こうなった原因は少なからずセンにもあると思い、スバルが裏切った云々のところの誤解は解きたかった。


「あいつはお前に話そうとしてたって! いろいろタイミングが悪かっただけで……マジだって! 大マジ!」


「……」


「う、疑ってんのかよ⁉」


 訝し気な表情をなかなか崩さないユキにセンはさらに焦った。しかし、そこでふとユキの表情が戻り、センから顔をそむけた。


「……いや、あの人らしいって言ったらそうかもな」


 そうぼそっと呟いた言葉にセンは内心首を傾げたものの、ユキは突然立ち上がって、座った際のスカートの汚れを払うようにお尻をパンパンと払いながら立ち上がった。そこから見えた表情はなぜか先ほどより、少し晴れやかだった。しかし誤解が解けたのかどうか、センにはよく読み取れなかった。


「ユキ」


 すると、背後からすっかり聞き慣れた声が聞こえてきて振り返る。

 そこには、フードを深く被ったスバルに姿があった。それと同時にユキの後ろからウェジットの姿が見えてきた。どうやら二人ともそれぞれの部隊の指示は終わったようだ。

 四人は向き合うようにして、合流した。


「周りの罠や見張りの敵の制圧は成功した。隠密部隊も襲撃部隊に合流させた。あとは攻めるだけだ」


 全員が集まったことを確認したあと、スバルが最初に報告を始めた。

 今回の作戦の肝はスバルの指揮していたアジトの周りにいた敵の制圧だ。このアジト周辺に踏み入れる前に、周りにいるであろう見張りを倒し、安全圏を確保する必要があった。それもタクミにバレないように隠密にだ。これが失敗してタクミにバレたら、ユキ達は彼らに有利な山の中で袋の鼠となるだろう。そうなるとヒュイスだってどうなるかわからない。だから、スバルの指揮していた隠密部隊はこの作戦においてかなり重要な役目だったといえる。

 しかしそれが成功したとなると、あとはセンたちがタクミたちを陽動し、救出部隊のユキとウェジットが裏からアジトに侵入し、ヒュイスを救出するだけだ。

 その報告を聞き、ユキは頷いた。


「わかりました。では、あとはお願いします」


 丁寧にスバルにお辞儀をするユキに、スバルは少し悲し気な表情をしていたのをセンは見逃さなかった。しかしユキが顔をあげたときには、その表情は消し去っており、いつもの不機嫌そうな表情に戻っていた。


「気をつけろよ」


 表情がいつも通りに見えるが、その声が少し硬い。それは決して戦闘前の緊張からではないだろう。

 どんな反応をするかなぜかセンがビクビクしながら、ユキの様子をちらりと横目で盗み見た。


「……はい」


 しかし予想に反し、ユキは柔らかな表情を浮かべて返事をした。

 それにセンもスバルも、少し目を瞠った。

 

 そうして驚いている間にユキがウェジットと作戦の配置に行くため背を向けていると、不意にユキが立ち止まって、センたちに振り返った。

 

「そうだ。この後あそこから三本先の木のところに行くといい。いいことがあるぞ」


「あ?」


 ユキはセンの斜め後ろの方向を指さしながら、いたずらっぽい笑みを浮かべて、そのままウェジットと一緒にアジトの裏に向かっていった。


 その言葉に意味が分からず首を傾げながら、センは頭をかいて隣にいるスバルを見た。


「……なんか、俺が思ってたよりお前らってややこしいのな」


「あぁ? ……あいつとなんか話してたのかよ」


 スバルはセンの言葉にグッと眉を潜めて睨むようにセンを見た。それにセンは苦笑いを浮かべる。

 センがユキと何を話していたのか気になるようだ。

 まあ、二人の間に色々あった後だ。何を話しているか気になるのかもしれない。

 教えてやってもいいが、ここでセンから話すのはそれこそ無粋というものだろう。

 恋やら愛やらは全くわからないが、空気は読めるつもりだ。


「別にィ? そこらへんはお前らでなんとかしろッ!」


「いってぇ‼ はあ⁉」


 センはスバルの背中を思いっきり叩いて誤魔化したが、あまりに思いっきり叩いたものだからスバルの身体は思いっきり前によろけなんとか留まった。しかしそのあまりの強さにスバルは声をあげてセンを睨みつけた。わけがわからないと言った表情だ。

 その反応にセンはわはははっと笑い声をあげ、スバルの肩に手を回した。


「頑張れよ相棒! 俺はお前のこと大好きだぜ!」


「……なに急に気持ち悪い事言ってんだ」


「照れんな照れんな!」


 大好きだと言った途端、スバルは肩に手を回していたセンの手を思いっきり振り払った。今ではその行動もスバルの照れ隠しだとわかる。嬉しいのなら素直に喜べばいいものの。

 なるほど。スバルのこの素直じゃないというか、不器用なところが、あの二人の関係をややこしくさせているのか。ついでにあのユキも色々思い込んで、勘違いをしていそうだ。


 スバルとユキはどこか似ている。

 だからこそのすれ違いというのだろうか。

 センが思ってた以上にスバルとユキの間は複雑な糸が絡まり合っているようだ。


「と、そういやあの女なんか言ってたな。三本先の木のところにいいことがあるとか……行って大丈夫なのか?」


 ふと先ほどユキの言っていた意味深な言葉を思い出し、その場所に疑いの目を向ける。今は共闘しているが、ここで一網打尽にしようと考えている可能性はなくはないのだ。


「あいつはそんな小賢しいことできるような奴じゃねぇよ。行くぞ」


 そんなことを考え動けないでいると、スバルはスタスタと先に進んでいった。そんなスバルに慌てて追いかけながら心の中で突っ込む。


 それぐらい信用して知り尽くしてるのに、なんでそんな複雑な関係になったんだ。


 なんて思いながら迷いなく進むスバルの背を追いかけ呆れた視線を向けた。

 すると、ユキの言っていた三本先の木のところにつき、その木の裏側を覗いてみた。


「なッ! お前ユラ⁉」


 覗いたその木の幹には大きな空洞があり、中に人がいたのだ。

 それは、城に捕らわれていると聞いていたセンの仲間のユラだった。


「びっくりしたぁ。センくんじゃなぁい。驚かせないでよぉ」


 ユラもセンの登場に驚いたように目を見開いていた。

 しかし驚いたのはセンも同じだ。


「なんでここにいるんだよ! 城の奴につかまってたんじゃなかったのかよ!」


 驚いたままユラを問い詰めると、ユラは木の幹から這い出て立ち上がり、センと向かい合った。


「まあ、そうなんだけどぉ。あの子がもういいっていうから、わざわざ城からここまで付いてきたのよぉ?」


 いつもの間延びする喋り方に無事なことがわかりほっとした半面、ユラのある言葉が気になった。


「あの子?」


 そう聞くとユラは、幹に隠れて服が汚れたのかパンパンと自分の服のあたりを叩いて汚れを払っていた。そういえば戦士のくせに、おしゃれとかに人一倍気を遣っている女だった。

 そんなことを思いながら、ユラはめんどくさそうに答えた。


「あのユキって子よぉ。センくんをもう見つけたから解放するって。解放ついでに仲間のところに連れて行ってれるって言ったのよぉ?」


「……まじかよ」


「……」


 ユラの言葉に、センは驚いたように呟いた。

 正直あそこまでユキと話しても、人質を使って脅す、非道な人間にしか思っていなかった。

 だってあの時、ウェジットの提案に賛同するかのように黙って見ていただけだったから。

 もっと冷たくて、手段を選ばない冷酷な人間だと思っていたのに。

 だってあの時、スバルもあげるって――……



『……あの時は、私も気持ちがぐちゃぐちゃだった。あの人に怒りたいのか、憎みたいのか、それとも無事だったって喜んでいたのか。あの人が私をどう思っているかとか。だったら私の存在ってなんだろって色々考えた』



 そこでふと、先ほどのユキとの会話を思い出した。


「……ややこしいやつ……」


 あの時、本当にユキはいっぱいいっぱいだったのだ。

 自分の気持ちがぐちゃぐちゃで、どうしたいのかさえ分かっていなかった。

 それは、他人に気遣える余裕がないほどに。

 

 けど本当はスバルが何度も言っていた通り、誰かを盾にするようなやり方はしない、真っ直ぐな心を持っている人物だったのだ。


 それに気づき、センはスバルに謝ろうと顔を向けた。


 しかしスバルが見ていたのは、そばにいるセンでもなく、ユラでもなく。


 もう遠くに行ったユキがいる方向に、悲しみのような慈しみのような、複雑な眼差しを向けていた。



@@@@@@@@@



 ユキは作戦のための自分の位置に向かいながら、先ほどのセンとの話を思い出していた。


 あの時、スバルに会った時、ユキの心はぐちゃぐちゃだった。


 そもそも王子であるスバルのそばにいられるのは、ユキが強いからだ。

 強くなければ、守れなければ、ユキの存在価値はない。

 だからユキは必死だった。取り返さないと、ユキの存在意義がなくなってしまうから。

 だから、スバルがセンたちと行動してるってわかったとき、足元が真っ暗になった。


 スバルにとって、どうでもいい存在なんじゃないかって。いらない存在なんじゃないかって、ユキは怖くなった。

 ユキの存在は、護衛と言う意味でもあの人の中に残せないんじゃないかって、怖かった。


 あの人の何者にでもなれない自分が、ただ怖かった。

 せめて、あの人の何かになりたかったのだ。婚約者でなくとも、護衛騎士でなくとも。

 あの人の中に、ユキと言う存在を、残していたかった。

 好きになってくれないことはわかっていたから、ユキに残された道はスバルの役に立つことでしかなかった。


 なのに――……


 裏切られてるかもしれないとわかったとき、もうぐちゃぐちゃでわからなくなった。

 そばにいたいのに、怖くて、痛くて。

 幸せを願っていたかったのに、自分の気持ちが、好きだと思う気持ちが邪魔をして思う通りになってくれない。


 スバルの何者にもなれない自分はいらない。

 スバルの幸せを願えない自分はいらない。

 そんなものは、スバルの邪魔だ。


 ただ、スバルの役に立って、幸せを願ってそばにいる。それだけでよかった。

 そうしないと、あの人の何者にもなれない。そばにもいられない。スバルの中にユキは残らない。


 わかっているのに、わかっていたのに、どうしてもそんな自分になれなかった。

 だからユキは、苦しみ、悩んで、スバルから離れようとも考えた。


 だけど、今は――……



「何も言わなくてよいのか?」


 そんなことを考えていると、不意に隣で歩いていたウェジットが話しかけてきた。顔を向けると心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 そんなに難しい顔をしていたのだろうか。そう思い安心させるように微笑んだ。


「今生の別れじゃないんだ。そんなたいそうなことする必要はないよ」


 そう微笑んで返事をするが、ウェジットはまだ何か言いたそうだ。

 普段仏教面だが、打ち解けてしまえばウェジットの表情は表に出やすくなるらしい。最初出会った時より随分とわかりやすくなったものだ。そう思い内心で微笑む。


「今はヒュイスを救出しよう。せっかくあの人が切り開いてくれた道だ。この機会逃すわけにはいかない」


「……そうだな」


 切り替えるように強い言葉で言うと、ウェジットもそれに応じるように答えてくれた。

 けど、本当にウェジットが心配することはない。


 もう、大丈夫だ。 きっともう悩むことはない。

 あの人に話したいことがある。聞きたいことがある。確かめたいことがある。


 だから今は、やるべきことを。

 こんな風に思えた、ヒュイスからもらった言葉に、励ましに、報いるために。



「作戦開始だ」



 ヒュイスを助け出す。自分を大切にしろと言ってくれたあの小生意気な王子を。


 それで、無事に会えたら。


 ありがとうって伝えるんだ。


 

@@@@@@@@@




「はあ……ッはあ……ッ」


 そのころ、ヒュイスは息を切らしながらタクミのアジトの裏側にある木々をひたすらに突っ切って木に手を添えながら息を整えていた。


「案外簡単に抜け出せるもんだね……。もっと敵がうじゃうじゃいるかと思ったけど。周りの奴らが慌ただしくしてたおかげで紛れて脱出できたや……。なんか表の方は騒がしかったけど」


 ヒュイスは、上がった息を整えながら木に手をついてあたりを見渡した。周りは木ばかりで何もない。自分がどのくらい走ったのかわからないが、とりあえず追手などはなさそうだ。しかし、アジトがある方向に何やら騒がしい声が聞こえる。もしかして表が騒がしかったのは、何か襲撃でもあったのかもしれない。

 もしユキたちだったら最悪だ。せっかく必死に抜け出したのに、ヒュイスの行動の意味がないではないか。冷静に考えれば、もしそうなら助けを求めて保護してもらえればよかったのかもしれない。あの時は逃げ出すのに必死でそんな考えすら頭に回らなかった。


「どこなんだろ、ここ。とりあえず奴らに見つからないように降りればいいかな。あの女が来てなきゃいいけど。とりあえず早く降りてからそっから……」


 考えればいいか、と言おうとして横に鋭い風を感じ、髪がかすかに揺れた。

 しかし、そのあまりの鋭さに身体が動かないでいた。


 違う。風なんかじゃない。


 目線の先に地面に矢が刺さっている。

 後ろから聞こえるザクザクという足音が徐々に近づいてきているのがわかり、たらりとヒュイスの額から汗が流れ出た。


 まさか――……


「あーちょっと向かい風だったか」


「ッ‼ 嘘だろ⁉」


 嫌な予感は的中だ。

 声が聞こえた瞬間に振り向くと、そこには片手に弓を持ったタクミの姿があった。その両腰にはしっかりとあの双剣が携えてある。余裕そうな笑みでゆっくり近づくその動作にすら、恐怖を超えて苛立ちすら覚える。最悪の状況だ。


「まさか君自ら追ってくるなんて思わなかったよ」


 ヒュイスが少し後ずさりしながら強がりの笑みを浮かべて話すと、タクミは立ち止まった。ヒュイスの間合いには入っておらず、距離はまだある。しかし遠距離攻撃を得意としているヒュイスにとっては関係のないことだとヒュイスはわかっていた。


「んー、まあね。弱い奴に興味はないけどさ。ちょっとお前には興味でたよ」


「はは、君そっちの趣向があったの? ということは、仲間の誰かは君の恋人なのかな?」


 そういってヒュイスはわざと挑発するように話した。ちょっとした時間稼ぎだ。その間にもヒュイスは頭をフル回転させてここから脱出できる様々な逃げ道を考えていた。

 しかしどう動いても確実に死ぬ。

 戦闘経験の少ないヒュイスでもわかる。今この場から少しでも逃げる素振りを見せれば、きっとヒュイスの首は確実に落ちる。空気が張りつめているわけでもない。しかしその腕前があることを、ヒュイスは目の前で見て知っている。

 あの時逃げられたのは、不意をつける状態だったからだ。サシで相手して勝てるわけがない。

 嫌な想像が頭に浮かび、額から流れ出た汗が顎を伝ってぽたりと落ちる。それに比べタクミは楽しそうにヒュイスに話しかけた。


「さっきさ、お前諦めの早い奴が弱い奴、みたいなこと言ってたじゃん?」


「……ッ言ったけど何? もしかしてそれが気に入らなかったからとかで追いかけてきたの? 暇だね君も」

 

 ヒュイスは必死に言葉を紡いだ。しかし頭はぐるぐると回るだけでこの場の解決案など全く浮かんでは来ない。しかしそんなヒュイスとは別に、タクミは全く持って落ち着いた様子で、余裕気に話しかけながら、その両腰にある双剣をゆっくりと引き抜く。その刃の鋭さにヒュイスは息を飲んだ。


「そういうやつの根性折るのも悪くないかなって思ってさ。だってさ? 面白いじゃない? 弱いのに足搔いて逃げてさ。そういうやつをじわじわ痛ぶるのって、たぶん強い奴と闘うの同じぐらい面白いと思うんだよね。無様でさ。そんでお前殺せばさ、もしかしたら逆上したウェジットとかが来るかもじゃん? そう思ったら一石二鳥だと思ってさ! なんでこんな楽しいことに気づかなかったんだろ!」


「……ッ性格悪いね。そんなんじゃモテなかったでしょ?」


 ということは、ウェジットはまだ来ていない。ついでにそれはユキも来ていないということだ。それだけでもわかれば、今踏ん張る意味が見いだせた。

 ヒュイスは深い息を吐きながら、挑発するように笑みを浮かべた。

 目的があるだけでも、原動力にはなる。それだけで十分だ。


 その間タクミは先ほどのヒュイスの言葉に癪に障ったのか、片眉をあげて不快そうな態度をとった。


「お前もモテなかったんじゃない? そんなに弱いとさ。女が寄り付かなくて大変でしょ? というか感謝してほしいよね、面白そうなやつ見つけたのにお前を優先させたんだから」


 そう言うとタクミは手に持った双剣をくるっと回転させ構え、ニタァッと楽しそうな笑みを浮かべた。その笑みは勝利を確信している強者の笑みだった。その表情にヒュイスの身体は強張った。

 自分が弱いのはわかっている。ただ、ここで殺されるわけにはいかない。

 ヒュイスは自分を奮い立たせるように、ぐっと自分の足に力を入れた。


 その瞬間、タクミは声を高らかにあげた。


「さあもっと逃げてよ‼ 十数えるからさァ‼」


「くっそ……ッ!」


 その言葉とともに、ヒュイスは走り出した。

 タクミの言葉通りになっているのは気に入らないが、今は逃げるしかない。相手がそのチャンスを与えてくれるなら盛大に使ってやる。

 

「あッははははははははははははははは‼ いいよ!逃げて逃げて! これだから射手はやめられないんだ!」


 背を向けた先から、タクミの狂った笑い声が聞こえてくる。


「遠くから獲物を狙う高揚感。獲物はどこから狙ってくるかわからずビクビクするんだ。場を支配してる感じが溜まらないよね‼」


 その言葉が走りながらも嫌でも耳に入ってくる。

 ムカつく。なめてやがる。

 ヒュイスがタクミに勝てるとは思っていない。真正面から戦っても、確実にヒュイスは負ける。

 だから、これはただの意地だ。

 なんとしてでも一泡ふかしてやりたい。

 弱い奴だって、強い奴と渡り合えるっていうところ、見せてやる。

 

 仲間の死を受け入れられず、茫然と地面に座り込んでいた少女は、ただの女の子に見えた。

 あれだけ勇ましく戦っていた彼女でさえ、あの状況でへこたれるのなら。


「だったら弱い僕がこの状況で動けてるってだけで、僕はあの女より強いってことだろうがぁ‼」



 強い奴は、戦いに強い奴じゃない。

 

 それを、自らの手で証明してやる。


 ヒュイスはその決意を胸に、走り出した。






誰だって、誰かに必要とされたり、求められたいものなのです。

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