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15.弱い者




「ねえ、強さってなに?」



 昔、幼いころ。確か六歳くらいだったと思う。

 まだ父に稽古をつけてもらったとき、城の中にある稽古場で唐突に問いかけた言葉だった。


 問いかけられた父は目をぱちくりさせて、後ろで稽古を見守っていた母と目を合わせた。

 筋肉質でいかにもいかつそうな男は父、金髪の縦ロールの年齢にそぐわない瞳の大きい女は母だ。父はそんな母の見た目に一目惚れ、ではなく。酒場で酔っ払った父が母に絡みぶっ飛ばされて惚れたのだとか。恋愛というものはわからないものだ。

 そんなことを頭の片隅で考えている頃、父は目が合った母に苦笑いを浮かべていた。


「強さっていうのはァ……なあ?」


 そう言って助けを求める父に、目が合った母はうーんっと困ったように顎に手を当てて考え込んだ。


「そうねェ……そうよ! 強い人より強い人のことを言うのよ!」


「そう、それだ! そうだぞヒュイス! 強さっていうのは強い奴より強いことを言うんだ!」


「え、いや、だからその強さのことを……はぁもういいよ」


 その強さのことを聞いたのに、脳筋な両親はそれで力強く納得してしまった。父と母の答えに呆れヒュイスは手に持っていた子ども用の剣をじっと見た。そこにつまらなさそうな自分の顔が映っている。

 ヒュイスはいわゆる王族だ。といってもこのカグネ王国にはあまり関係のないことだった。カグネ王国は強さがすべて。たとえ王族であろうとも強くなければ王にはなれない。だから両親が生まれてきた子どもに強くなってもらいたいと願うのは至極当然のことで、そしてその子どもも、強さを望むのはおかしなことではない。

 しかしヒュイスはそれに疑問を持っていた。


「じゃあさ、強い奴っていうのはどうなったらなれるの? 父さんよく言うよね僕にさ。強くなれって」


 ヒュイスの問いに父は不可解そうな顔をしながら首を傾げた。


「そりゃあ、鍛えるんだ。鍛えて鍛えて鍛えぬいて! そうして強い奴に勝てたら強いってことなんだろ。そのための稽古だろ? 強い方がいいに決まってるからな」


 胸を張る父にヒュイスは、眉を潜めた。


「……なにそれ。なんで強い方がいいわけ? 弱いとだめなの?」


「? お前に言ってることはわからんなァ。母さん、わかるか?」


 おかしなことを聞く息子に父はわけのわからないという顔をしながら、また再度母に助けを求めた。すると母も困った顔をしながらヒュイスの目の前に屈みこみ目線を合わせた。


「うーん、だって弱いと負けちゃうじゃない。負けたら嫌でしょ?」


 困った顔をしながらも、母はヒュイスを諭すように優しい声色で語りかけてきた。しかしヒュイスはその問いにも納得できないようにぐっと眉を潜めた。


「負けても別にいいじゃん。そりゃ死ぬのとかは御免だけどさ。だからって強さにこだわる必要あるの?」


「……だって強くいたいじゃない?」


「……」



 ダメだ。この両親との会話はずっと平行線だ。


 わかってる。こんな考えを持つヒュイスがおかしいのだ。

 

 このカグネ王国は強さですべてが決まる。例え王族であろうがなんだろうが、自分より強い奴が現れたらそこで終わり、没落だ。

 それに王子と言う立場は常に命を狙われている。王子を殺せさえすれば次の王選試合で準決勝として進むことができる権利を与えられるからだ。けれど、みんな本当は権力とか王だとかに興味はないのだ。誰が一番強いのか、そして自分の実力はどの辺なのか。それが知りたいだけなのだ。


 それが今のカグネ王国。強さがすべての国。


 ヒュイスは父に剣を教えてもらっているときからずっと疑問に思っていた。


 なぜ剣を習うのか。

 なぜ強くなければならないのか。

 なぜ皆強さに固執するのか。

 そもそも強さとはなんなのか。

 それを手に入れてどうなるのか。

 なぜ弱いのがだめなのか。


 ヒュイスにはわからなかった。


 けれど、最初からこんな疑問を持っていたわけではない。最初は父の期待に応えたいと思い、父の稽古を受け、寝る間も惜しんで自主的に鍛錬をしていた。


 しかし努力が実らなかった。

 ヒュイスには剣の才能が、戦闘の才能が全くなかったのだ。


 どれだけ剣を振っても、どれだけ身体を鍛えても、実力に伴うことはない。

 唯一得意なのは盗みなんていう手品めいたものだけ。


 そんなとき、こんな考えを持ったのだ。

 それは自分の弱さを正当化させるためにふと出てきた考えだったが、今思うと案外この疑問は間違っていないのではないかと思う。

 みんな何も疑問に思わず強くなることを受け入れ、強くなろうとしている。


 それは、疑問に思ったヒュイスからしてみれば、とても気持ち悪いことだった。


 強さって言うのはきっと力だけじゃない。もっと別の、何かだと思うのだ。

 

 そう思えたのはそばにいる、ヒュイスのお付きのウェジットがいたからだ。

 ウェジットは、公務で忙しい父に代わった世話係のようなものだった。いつも遊んでくれたし、ヒュイスの勉強にも稽古にも付き合ってくれた。ヒュイスにとってはウェジットは産みの親よりも一緒にいた人物で父代わりだったのだ。そしてその頃、そんなウェジットと母との間にあったことを聞いた。

 母と少し気まずそうにしていたから、嫌がるウェジットにヒュイスが問いただしたところ、少し恥ずかしそうに語って聞かせてくれた。


 ウェジットはかつて付き合っていた母のことで父と取り合っていたと。そしてその母のそばにいるために王城で仕える道を選んだと。

 正直、なにやってんだと思った。

 まあ想いを貫くために戦った父は素直にすごいと思うが、ウェジットに関しては呆れ果てた。一回の負けであきらめ奪い返そうともせず、女々しく母のそばにいたいからとヒュイスに仕えて、馬鹿みたいだ。報われない生き方をしている。


 けれど、ヒュイスは強いなと思った。

 かつて好きだった相手が別の男といるところなんて本来なら見たくはないだろうに。しかも理不尽に奪い取られたともいえるのにも関わらず、恨みもせずにそばにいて、ましてやその子どもの世話をする。そんなことは並大抵の想いでできるものではないはずだ。

 だから、ヒュイスは知ったのだ。強さと言うのは力だけではないのだと。

 

 もしかすると、自分に力がないから、そう思いたいだけなのかもしれない。

 けれど、強いのも弱いのもきっと悪い事ではないはずなのだ。


 怖かったら逃げてもいいはずだ。嫌だったら放り投げたっていい。

 必ずしも立ち向かうことが、正しい事ではないはずだ。


 けれど、いくらヒュイスがそう思っていても決してこの国は許さない。

 強くなければ、ヒュイスは死ぬだけだ。

 

 この国を認めているわけではないが、死ぬのなんか、ごめんだ。


 けれど、月日がいくら立とうと、ヒュイスは決して父からも、ウェジットからも、母にさえ、勝てることはなかった。

 決して彼らが強すぎるから、というわけではない。手加減はしてくれていた、最低限まで。

 それなのに、ヒュイスは一度も勝てなかったのだ。


 そうして四年が経ち、十歳になった時だった。

 この国のルールで、王子は十歳までは決して殺されることはない。力をつけるための猶予が与えられているのだ。


 もう、ヒュイスに残られた時間はなかった。


――――

―――――――――



「私に、勝ったという事にしておきましょう」


「……は?」


 父との試合で負けた後、ヒュイスはウェジットに頼んで試合をしていた。稽古は死ぬほどした。これ以上ないくらい、何度も何度も。だから試合形式にすれば少しは実力が伴うかもしれないと思って、夜な夜な隠れてウェジットと試合をしていた。


 そんなときに放たれた言葉だった。


「なに、それ。どういうこと?」


 ヒュイスはウェジットの言葉に理解できず、茫然と目を開きながらウェジットを見た。しかしそんなヒュイスとは対象的に、ウェッジは冷静にヒュイスを見返す。


「王子が今の試合で私に勝ったことにすればいいのです。私はこの国で二番目に強いとされている。そんな私に王子が勝ったとなれば、誰もあなたに簡単に手を出そうとは思わないはずです」


「……なにが、言いたいわけ?」


「……」


 ウェジットの信じられない言葉に、心臓がどくどくと鳴る。こんなにうるさく鳴っているのに、身体はまるで寒空に放り出されたかのように冷たい。

 わかっている。ウェジットが何を言いたいのか、ヒュイスだってわかっているのだ。

 けれど、認めたくなくて、わからないふりをする。


 剣を持つ手が震えた。


「僕の、僕の剣は、剣先は、まだ地面に向けたままだ」


「……」


 震える身体で、震える声で呟きながら、ヒュイスは目の前のウェジットを睨みつける。その表情はとても悲し気だった。

 

「僕は、君に勝ててなんかいない!」


「いえ、王子。王子は私に勝ったのです」


 そう怒りで吠えたヒュイスにウェジットは否定するようにゆっくり首を振った。その所作にすらも怒りを覚えカッとなった。

 

「……ッふざけ……!」


「私は、負けたのです」


 ヒュイスの言葉を遮るようにウェジットは言った。力強く、有無を言わせぬというように。

 その言葉に、声に、ウェジットの決意が読み取れ、ヒュイスは声を発することができなかった。


「あなたを守るためには、そうするしかない」


 真剣な表情でヒュイスにウェジットは言った。しかしヒュイスは茫然とするしかなかった。


 見限られた。


 諦められた。


 もうお前は無理だと、烙印を押されてしまった。


 育ての親のウェジットに。


 密かに憧れていた、ウェジットに。


 ぐっとヒュイスは唇を噛んだ。

 自分に才能がないことぐらいは自分が一番よくわかってた。けれど、それを認めて欲しくなかった。父が、母がヒュイスを諦めても、ウェジットにだけは諦めて、見限ってほしくなかった。


 悔しくて、情けない。


 そう思うと笑いがこみ上げてきた。


「なに、それ……はは」


 突然笑い出したヒュイスにウェジットは困惑の表情を浮かべた。いつも無表情の男が今日はよく変わるものだ。そんなどうでもいいことを考えていた。


「なに? もしかして母さんから頼まれたりしたの? ああそうだよね、お前は母さんが好きなんだから。そりゃ聞いちゃうよね、仕方がないよね」


 そうだ。そもそもウェジットは母のそばにいたいという望みでヒュイスに仕えているだけなのだ。決してヒュイスのためというのではない。そんなこと最初からわかっていたはずだろう。

 しかしウェジットは悲しそうに眉尻を下げ、ヒュイスの言葉を否定する。


「王子、違うのです。私は……ッ!」


「もういいよ。わかった。……うん、そうだね。君の言う通りだ。僕だってこんなわけのわからない風習で死ぬのなんか嫌だしね。君は間違ってないよ」


「王子……」


 今度はヒュイスがウェジットの言葉を遮った。

 もう何も聞きたくなかった。これ以上は虚しくなるだけだ。

 

 ヒュイスは肩をすくませながら、なるべく普段通りに振る舞った。

 生意気で、人を小馬鹿にしたような、いつもの皮肉屋の自分で。


「わかった。君の言う通りにするよ。僕は君に『勝った』。これでいい?」


「……はい」


 そう項垂れながら返事をするウェジットに、ヒュイスはゆっくりと目を伏せた。

 



 そこからは簡単だった。

 父はその言葉を信じ、国民に広げた。

 そうして、ヒュイスは『強く』なった。殺される心配は一切なくなった。二番目に強いとされているウェジットに勝ったヒュイスはもう実質王と同じ実力を持ったと言っても過言ではない。その強さは誰にだって恐れられた。たまに好奇心で挑んでくる者もいたが、ウェジットが対応してくれたし、盗みの得意なヒュイスは相手から武器を奪って一時の対応だってできた。だからヒュイスは何もしなくもよかった。


 もう強くならなくていい。厳しい訓練も、叱責も浴びなくて済む。

 マメだって手の平にできて痛かったし、吐くほど走らされたり、筋肉が切れるんじゃないかと思うぐらい動くこともない。人格否定ともいえる恐喝も聞くことはない。

 求めていた安全安心の生活。命が脅かされることのない、何も心配のない生活。


 それなのに、どうにも、虚しい。


 力の強さだけがすべてではない。今でもそう思う。

 だけど、本当は、自分の力で父に応えたかったのだ。

 こんなハリぼての『強さ』ではなく、本当のヒュイスの実力で応えたかった。


 けど、本当は、父よりも、誰よりもウェジットに、認めてほしかったのだ。


 ずっと生まれたときから父よりもずっと一緒にいて、遊んでもらって稽古もつけてもらって、本当の父のように、慕っていたのだ。


 けど、こうして生きていくしかない。

 この先もウェジットに守られていきていかなければならないのだ。



 けれどそんなとき現れたのが、あの女だ。


 一目会った時から気に食わなかった。

 コントラス王国では女性が騎士になることはないと聞いた。

 カグネ王国ではあまり見ないが、コントラス王国の風習では男尊女卑が根強く残っているらしく、代々男で成り立っていた騎士に女性がなることなんていうのはないらしい。まあしかしわからなくはない。カグネ王国の女性は遺伝のせいか力の強い者も多いが、単純男と女の力の差というものがある。だからヒュイスもコントラス王国では女性が騎士になることはないということも納得していた。


 なのにあの女は自分は騎士だと言ったのだ。

 

 だからあの女にけしかけてみたのだ。どれだけ強いのか、どれだけ倒せるのか。

 そしたらあの女、手を抜いて戦ったのだ。殺せるほどの実力があったくせに、あの女は手加減をしたのだ。

 まるで、ヒュイスを馬鹿にしているように感じた。

 あれだけ努力をしても手に入れられなかった力をあの女は持っている。ヒュイスが欲しくて、欲しくて、努力をしても手に入らなかったのに。

 まるでハリボテの嘘まみれのヒュイスを笑っているようだった。


 だからあの女が嫌いだった。

 

 嫌いだ。嫌いだ。


 強い奴が大嫌いだ。


 羨ましくて、腹が立って、自分が情けなくなるから。


 けど一番嫌いなのは――……


 どんなに努力をしても強くなれなかった、守られるだけの、惨めな自分自身なのだ。


――――

―――――――――



 底冷えするような寒さに思わず目を開いた。目を開くと同時に頭と右肩がズキリと痛み、顔が歪んだ。

 ヒュイスは顔を歪ませながら視線を彷徨わせた。絨毯のようなところに横たわっている。が随分寝ていたのか身体が痛く、身じろぎしようとして背中で手が拘束されていることに気づいた。ぐっと解こうと力を入れてみるが、簡単には外せない。足にもついている。なのでヒュイスは目線だけあたりを見渡した。

 スクエアの机とソファ、小さいが暖炉もある。一見小綺麗に見えるが、手入れがされていないのか壁が汚れている。白い絨毯だったものも、足跡や砂の汚れで真っ黒だ。そんなところで寝かすな、と心の中で悪態をつく。

 机にはいくつかの武器の手入れ道具、あとガラス窓のタンスにはリスやウサギなどの剝製やホルマリン漬けにされている人間の眼球や指などが飾られている。趣味の悪い。

 寝かされてる床のすぐ頭上には窓があり、そこにあるカーテンは取れかけでヒラヒラしてヒュイスの顔にかすかに当たる。そこから光が差し込んでいる。気絶させられた時は夜中だったから少なくとも今はその次の日の朝だ。どうやらあのまま連れ去られたらしい。ヒュイスははあっと溜息をついた。そして次いで扉の位置を確認した。一応、扉から一番遠い端っこに寝かされていたらしい。すると、部屋の扉が開いた。


「あ、起きた?」


「……ああ、君か」


 タクミの姿を見て、ヒュイスは嫌そうに顔を歪ませた。

 そうだ。こいつに襲われたのだった。するとそこでふとあることを思い出し、もう一度あたりを見渡す。


(あの女……はいないか)


 そのことが確認できて思わずほっとする。そうしてそんな自分にイラっときた。

 何を心配することがある。あの女はヒュイスより断然に強いのだ。心配することなんかない。

 

 そのころタクミは部屋の中央に置かれているソファにどかりと座り、ヒュイスを見下ろした。それにヒュイスも見上げる形になる。


「つまり、僕は君に攫われたってことなのかな?」


 そういうとタクミは膝に肘をついて、にやにやとヒュイスを見下ろした。


「理解が早くて助かるよ。どう? 気分は?」


 そう聞かれヒュイスは後ろで縄で拘束されている自分の腕を見た。


「素敵なブレスレットをもらって、最高の気分だよ」


 そう皮肉気にいうと、タクミは肩をすくめた。


「喜んでもらえてよかった。ついでに足にもついてるよ。似合ってるね」


「そりゃどうも。……あーあ、もう、ドジッたな」


 はあっと後悔がこもった溜息をつくと、タクミはその様子を見ながら未だににやにやと見下ろした。


「かもねェ? ウェジットに勝った最強の王子っていうのが街でのお前の評判だったけど、どうやら違ったみたいだねェ」


 その言葉にヒュイスはピクリと耳を動かし、タクミに鋭い視線を向けた。


「……どうしてわかったのかな? 僕が本当は強くないって」


 そう聞くとタクミは嬉しそうに自分の手の平を見せた。その姿はまるで親に自慢をする子どものようだ。


「そりゃ手を見れば一発でわかるよ! マメの痕はあったけど、もう随分柔らかくなってたし、綺麗な手をしていたからね。普段剣を扱ってる手じゃないのは一目瞭然ってわけ! それにお前、あの時攻撃を避けるばかりで反撃しようとしてなかったしね」


「なるほど、まあ、僕逃げるのは得意だから」


「弱い奴が言う事だね、ホント」


 タクミの言葉を聞き流し、ヒュイスはゴロンと仰げ向いた。その間タクミはヒュイスに興味を失くしたように自分の武器の手入れを始めた。あの全体が刃で覆われてた三日月の形のブーメランだ。柄もあるから剣にでもブーメランにも使える。しかしあんな武器、早々に扱えるものではない。逃げ回りながらタクミの戦闘を見ていたが、タクミはあの武器をブーメランとして使った時ちゃんと手元に返ってくるように計算して投げていた。それに戻ってきたとしても必ず柄の部分が来るとは限らない。相当な修練をしたに違いない。

 どうして強い奴っていうのはこうも恵まれた才能を持っているのか。

 はあっと溜息をつきながら、ヒュイスは自分が縛られた縄を見た。


(まあ、どうせウェジットが来てくれるとは思うけど……)


 あのウェジットのことだ。ヒュイスが攫われたとわかるとすぐさま駆け付けるはずだ。今頃ヒュイスの救助するためにこちらに向かってきてる頃だろう。そんな確信を持てるのは、ウェジットが本当に母を好きだったからと知っているからだが。すべては母のためだ。ヒュイスのためではない。わかっているさ。

 毎回毎回わかっているのに、心の中で確認する自分は本当に馬鹿だと思う。期待するだけ無駄だとわかっているのに。


 ヒュイスはまたはあっと溜息をついて頭を切り替える。


 ウェジットは来る。それは確信している。なら、このまま待ち続けていたら問題ないだろう。ヒュイスは待っていたらいい。ただ何もせず、だって弱いのだから仕方がない。もう誰にもヒュイスは期待されないのだ。だったら頑張る必要なんかないじゃないか。


 そんなことを考えているとウェジットに似たある女を思い出した。

 

 あの女、ユキも来るのか――……?


 いや、あいつは来る。

 ああいうタイプはどうせヒュイスが攫われたことに責任感とかそういうのを感じているタイプだ。本来の目的であったスバルの救出を後回しにして、どうせ来るのだ、来てしまうのだ。


(死体見て、動けなかったくせに……)


 茫然とセトウの遺体を抱えて動けずにいたくせに。


 強いと思っていた。だって、あんなに敵に囲まれながらも剣を振り回して戦っていたじゃないか。あれだけ強いから怖いものなんか一つもないのだと思っていた。

 それなのに、あんな、あんな、ショックを受けたような、恐怖を抱いたかのようなそんな態度。なんでとるのさ。


 

 あんなの、ただの女の子みたいじゃないか。


 

「…………ああああああああもうッ! だからあの手のタイプは嫌なんだよッ!」


「は、なに急に」


 だんだんと考えたらイライラしてきた。

 なんでヒュイスが出会ってそんなに日もないあの大嫌いな女のことを気にしなくてはならないんだ。何より関係ないし、あの女がどうなろうがヒュイスには関係ないことだ。

 なのに、頭に浮かぶのはあの女が泣いてる姿だ。

 身体を小さくして、一人で泣いていたあの姿ばかりだ。


「ムカつくムカつくムカつく‼ 最悪だもうッ! なんで僕があんな奴のことを気にかけなくちゃならないわけ⁉ ほんっともう嫌だ!」


「……なになに?」


 急に叫び出したヒュイスにさすがのタクミも困惑したようで、様子を見るように立ち上がって少し屈んだ。しかしその時には、ヒュイスは落ち着き天井を仰いでいた。タクミはさらに怪訝な表情をした。


「なに、お前どうしたの?」


「はあ……どうすっかなぁ」


 タクミの問いかけにヒュイスは返事を返さず、独り言のように呟いた。それにタクミは口角を引きつらせる。するとヒュイスはタクミの方をチラリと目を向けた。


「……ねえきみ。君の目的って?」


 自分の問いには答えなかったからかイラついた表情をしながら、タクミは答えた。


「は? そりゃ強い奴と闘うことだよ。ウェジットとかあの銀髪の女とかいいよね」


「あぁそう。あー……そっかぁ」


 タクミの答えに納得したように天井を仰ぐヒュイスに、とうとうタクミは懐からナイフを取り出した。


「何その反応? 気に食わないなァ」


「いや、なんでもないよ。気にしないで。ただの独り言だから」


 そう言ってあお向けたまま目を瞑ったヒュイスに、タクミは怪訝な表情をしながらも一旦はナイフを収めた。

 その間ヒュイスは考えていた。


「君さ、僕のこと弱いって言ったよね?」


「ああ?」


 また突然な問いにタクミはもう一度脅すようにナイフを取り出した。しかしヒュイスは全く動じなかった。


「弱いってなにを定義することを言うのかな?」


「は? そんなの負けた奴のことでしょ。てか何さっきから? 刺すよ?」


 タクミの素直な言葉に、ヒュイスは思わず笑みをこぼす。それにタクミは怪訝な表情をした。どうしてこの状況で笑っていられるのか、理解できないと言った表情だった。


「あーそう。よくわかったよ。だったら僕は負けてないし弱くもないね」


「は?」


「弱いやつっていうのはさ……」


 きっとこのままだとユキは来る。

 あんな怯え切った表情をしてもなお、ヒュイスを助け出そうとするだろう。


 それが、こんなにも気に食わない――……


 だったらヒュイスが取る手段は一つしかなかった。



 風が吹いて、カーテンが揺れる。



「諦めが早いやつのことをいうんだよッ‼」




 その瞬間、ヒュイスは縄を解きカーテンを思いっきり引っ張りタクミに投げつけた。






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