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13.想いへの変化



「手を組むだァ?」


 センは突然のユキの申し出に眉を潜ませた。後ろに控えていたセンの仲間も困惑するように隣にいるお互いの顔を見合わせていた。それにユキは手を差し伸べたまま話を続けた。


「そうだ。タクミを見つけて対抗するためにはお前の地理と戦力が欲しい」


 そう言ってセンの目から逸らさずに話すユキにセンも真剣な表情でじっと見返す。


「……メリットは?」


「なに?」


 そう言うとユキは怪訝な表情をして差し出した手を引っ込めた。それに対し、センはユキを睨みつけるように見下ろす。


「俺たちがお前らに協力するメリットはなんだって聞いてんだ。……こっちだってあんたんとこの兵に散々やられてんだ。何もないなら手を貸す理由がねェ」


 それにスバルはセンを横目で盗み見た。


(なるほどな……)


 センは交渉をするつもりだ。確かにセンからしたらヒュイスを助けることに何もメリットがない。たとえ、ヒュイスを助け出せたとしても、王子を攫ったセンたちにその後の保証がない。まあ、この国のことを考えると王選のルールに則っただけで罪に問われるかどうかは微妙なところだが。

 センはそう言って後ろに控えていた仲間に目を向けた。頭や腕に包帯を巻いてそこから血がにじんでいる者が多い。ユキはその光景を見て申し訳なさそうにぐっと目を細めた。


「……わかった。なら物資を提供しよう。薬も包帯も足りていないはずだ。これならどうだ?」


「あんたにその権限なんかあんのかよ? あんたこの国の人間じゃないだろ」


 ユキは一瞬目を瞠った。まさかバレているとは思わなかったのだろう。ちらりとスバルの方に目線を向ける。目が合ったスバルは静かに首を振り、カグネ王国の者じゃないと気づかれたが、自分の身分は完全にはバレていないことを安易に伝えた。それを確認し、ユキはヒュイスに顔を向けた。


「……確かに。けれど今は私の戦力下にある」


「今は、だろうが。その後はどうなんだ? 力貸すだけ貸して、その後は関係ないからって反故されるのだけは御免だぜ」


「……」


 ユキはセンの言葉に眉を潜めた。

 当然の心配だ。なぜユキがカグネ王国の兵の指揮を執っているのかは知らないが、元々ユキにその権限はない。

 するとユキの後ろに控えていたウェジットが一歩前に出てセンと向き合う。


「私が許可しよう。それでよかろう」


 威厳のある仏教面がじろりとセンを睨みつける。

 仏教面で分かりづらいが、瞳からは苛立ちが垣間見える。

 ウェジットはこの国で王の次に強い人間とされている。そのウェジットがそれなりの権限を持っていることはセンにもわかったのだろう。ウェジットの言葉にセンは顔をしかめる。

 

「……確かに物資の調達は助かるけどよ、それって本末転倒じゃねェか? 今怪我してるから物資がいるんだよ。それなのに、また怪我させるようなことさせてどうすんだよ」


「なるほど、お前の言う通りだ。けれど、タクミはお前らにとっても目の上のたんこぶで邪魔な存在だろう? だったらこの機会に一掃しようじゃないか」


「まあ、確かに鬱陶しかったけどよ……」


 センがそう歯切れの悪い言い方をすると、ユキはセンの顔をじっと見つめるように見上げた。


「そのせいで仲間がたくさん傷つけれたはずだ。私はお前が、仲間が傷つけられて放っておくような奴じゃないと思っているけれど」


「ああ? お前に俺の何がわかんだよ」


 ユキの言葉にセンは思わず睨みつける。知ったように語るユキにイラついたようだ。しかしユキは気負う事なくセンから目を逸らさなかった。


「少なくとも、あの古城で撤退命令を出した時点で、お前がただただ戦闘好きな奴じゃないってことはわかったさ」


「……」


 ユキがそう言うとセンは虚を突かれたように目を見開いた。すると、少し居心地の悪そうに視線を逸らした後、スバルと目が合い、ニヤッと口角をあげた。何かと思い眉を潜めていると、センはスバルの肩に手を回した。


「だったら、こいつ、くれよ」


「は」


「……」


 まさかの展開にスバルは短い声を漏らしてぽかんとセンを見上げた。センはニヤリと挑発的な笑みを浮かべながらユキを見るが、それに対しユキは表情を変えずにセンを見ていた。

 今はここでセンと一緒にいるが、スバルはコントラス王国の王子でここには式典の参加のために一時的に訪れただけにすぎない。式典が終わり次第、スバルは帰らなければならないのだ。センはスバルがこの国の人間じゃないことは知っている。なので、この言葉があまり本気ではないことはスバルにはわかるが、ユキにとっては承諾できない内容のはずだ。

 センの目的がわからずスバルは怪訝な表情をしている間、ユキも一言も言葉を発しないままじっとセンを見ていた。


「こいつを俺にくれるっていうなら考えてやらねェことはねェ」


「お前、何言って……」


「いいよ、あげる。それでどう?」


「ッ!」


 言葉を挟もうとした瞬間、まさかのユキの発言にスバルとセンは息を飲んだ。センの身体が一瞬強張ったのが伝わってくる。

 スバルも同じだ。まさかあのユキが自分を、スバルを売るなんて考えもしなかった。しかしユキは真剣な眼差し、というよりも感情のない瞳でセンを見ていた。そこに冗談や嘘なんかは垣間見えず、スバルはユキが本気で言っていることを改めて思い知った。

 今は様子がおかしいことには気づいていたが、それでも心のどこかでスバルに対してだけは違うのだと、どこかで思い上がっていた。

 すると、センは不快そうに眉を潜ませて真意を探るように目を細めた。

 

「……本気で言ってんのか?」


 それにユキはこくりを頷く。躊躇なく、後悔などの素振りもなく。


「ああ、本気だとも。今の私にとっては、本当に……どうでもいいんだ」


「……」


 そう言ってユキは疲れたように目を伏せた。その様子にセンはぐっと眉を潜ませた後、スバルの肩から手を離した。

 

「……いや、さっきのはなしだ。じゃあもしタクミを倒せたら王の居場所を教えてもらうぜ」


 交渉物を変えたセンにユキは一瞬困惑しながら、隣にいるウェジットに目配らせをした。それにウェジットは静かに首を振った。


「……王の居場所は、ヒュイスしか知らないらしい。ウェジットですら知らない。説得はしてみるが、保証はできない」


「んじゃあこの話はなしだ」


「……」


「おいセン。……待て!」


 要求が飲めないとわかるとセンはユキ達に背を向けて去っていこうとした。ユキは悔しそうに顔を伏せていたのが目に入り、スバルはセンの後を追おうとした。

 今回のことはスバルにだって責任はあるはずだ。自分の勝手な行いがすべて招いたことだ。少なくともスバルが早くに戻ってきさえすれば、ユキはこんなことに巻き込まれずに済んだし、ヒュイスも攫われなかっただろう。

 何より、センにとってもこのゲームに参加しているタクミの妨害は邪魔なはずだ。利害は一致している。協力して損はないはずだ。それはユキだって言っていた。

 なのに、仲間をこれ以上傷つけたくはないとはいえ、なぜこうも頑なに承諾しないのかがわからない。

 説得しようとセンを追いかけようとしたとき、後ろから響き渡るような厳格な声が聞こえてきた。


「今、城ではユラという女を保護しているが」


「‼」


 ユラ、という名前にセンは反応し、勢いよく振り返った。

 声の主はウェジットだった。ウェジットは腰に下げていた剣の柄をトントンと指で叩きながら、敏感に反応したセンに挑発するように言葉を投げかける。


「そやつがどうなってもよいなら構わんがね」


「……ックソ野郎!」


 センはそう言って噛みつくように声をあげた。スバルはこの状況に密かに眉を潜めていた。


 これは脅しだ。

 協力しなければ仲間の命はない、遠回しにそう伝えているのだ。ウェジットは本気だ。

 しかし少し違和感を覚えた。

 ユキが、何も言ってこない。

 人質をとって脅すような真似、騎士がしないような行いをユキは毛嫌いしているはずだ。なのに、今のユキはウェジットを横目で確認するように見ているが、黙り込んだまま反論もしていない。ウェジットのこの対応を受け入れているのか。

 

 するとセンはガシガシと頭を掻いたあとやけになったように叫んだ。


「……ッああもう! わかったわかった! 協力する。だがなユラに、俺の仲間に危害でも加えてみろ。ぶっ殺すからな」


 殺意を込めてユキ達を睨みつけたセンに、にユキは一瞬悲しそうな表情をしたが、目を伏せた後にはもう表情を戻していた。


「……約束するよ。では確認だ。目標はヒュイスの救出とタクミの集団の一掃。報酬は物資と王の居場所の答え、それとユラの解放だ。それでいいか?」


「……あいよ。了解だ」


「では三十分後に集合だ。タクミの場所はわかるか?」


「ああ、まあ、知ってるわな」


「わかった。そちらの編成は任せる。また三十分後に落ち合おう」


 そう言いながらユキ達は背を向けてその場から去っていた。その後ろ姿をセンとスバルはじっと見送っていた。



――――

―――――――――



 ユキ達が立ち去った後、センはプルプルと身体を震わせながら勢いよくスバルに振り返った。


「相棒! あんなののどこがいいってんだ⁉ すっげー性悪じゃん!」


 そう叫んでセンはスバルに詰め寄り、顔を思いっきり近づけられたままセンはユキが去っていた方向を指さした。

 息がかかるほど顔を近づけられたスバルは顔をしかめ、センの顔を掴んで離す。


「……あんなことするような奴じゃねぇんだよ、本当は」


 スバルは少しセンから顔を逸らしながら弁明する。

 ユキが誰よりも優しい奴だとスバルは知っている。どんな危ない状況でも周りの仲間の怪我の心配をしていたあのユキが、人質を盾にして相手に要求を飲まそうとする真似を承諾したとは思えない。しかし、先ほどのユキはウェジットに何も言わなかった。今までのユキの性格ならありえなかったことだ。それは、スバルも違和感を持っていた。

 しかしそれでも納得できないセンは憤りを感じながら叫ぶ。


「お前のこと平然とあげるって言いやがったぜ⁉」


「……お前こそ、なんであんな交渉したんだよ」


「拒否ってくるかと思ったんだよ! もし相棒と引き換えなら無理だって! もしそう言ったら俺もすんなり協力したっつーの! 仲間も大切にできねェやつに、背中なんか任せられねェからな!」


 なるほど、つまりはユキを試したという事か。センもそれなりにあの発言の理由はあったようだ。

 そう感心していると、センは憤りが収まらないようにスバルに詰め寄った。


「なのによォ! 古城で必死になって戦ったのはあんたが大切だったからじゃねェのかよ! マジわけわかんねェ‼」


「……」


 スバルはじっとユキが去っていった方向を見つめた。

 スバルを助けるために、どんな方法を使ったのかカグネ王国の兵を従わせ、ユキは古城でセンたちを待ち構えた。しかし、スバルはそんなユキの必死な行動を無下にした。助けにきたユキを置いて、センたちと一緒にいることを選んだ。

 それをもしユキが知っていたなら、ユキがどう思うか、わかっていたはずだ。

 ちゃんと、説明はしようと思っていた。すべて終わったあと、わかってもらえるまで、ちゃんと。しかし、どこかで彼女に甘えていたのではないだろうか。

 彼女なら笑って許してくれる、と。

 そんな驕りがなかったと、言い切れるだろうか。


 ここにきて思い知る。

 自分がどれだけ、彼女にひどいことをしてきたのか。

 もう二度と、スバルには笑いかけてはくれないだろう、ということを今になって気づいたのだ。


 愚かな、愚かな、スバルの甘えがもたらした、結果なのだ。



@@@@@@@@



 スバルは憤りを感じていたセンをなだめ、スバルはユキ達の下に向かった。

 ユキは、店の外の少し離れたところにある噴水のある広場で集まっていた。

 

 もう夜が明けている。

 まだ早朝ということもあり、外を歩いている住民は少ないが、騒ぎを聞きつけちらほらと一般の住民が何があったのかと、こちらを野次馬のように観察している様子が見える。こうなるともう住民に隠し通ることはできない。どこかで説明の機会を作る必要がありそうだ。

 そう考えながら歩いていると、ユキがウェジットと話し込んでいる姿が見えた。どうやら今後の作戦の相談をしているようだった。ユキの下に向かおうと歩を進めるが、周りはスバルの姿に困惑したように視線を向けてきた。センたちがスバルを保護するために城を襲撃して攫ったとユキは言っていたが、多少それに違和感を持っている者がいるらしい。当然だ。あれはユキのあの場しのぎの話だったので、よくよく考えればおかしなところは多い。センが味方ならなぜあんな襲撃のような真似をしたのか、古城で戦わなければならなかったのか。ユキの勘違い、ということでいったんは片付いてはいるが、疑問に持つ者は多いだろう。そこも含めてコントラス王国の兵たちには、説明しなくてはいけない。


「ユキ」


「……」


 スバルはユキの下に向かって声をかけた。

 呼ばれたユキは顔だけスバルの方に振り向き、スバルの存在に気づくと一瞬顔をしかめた。その表情にスバルも反射的に顔をしかめてしまい、二人の間に少し冷たい空気が流れた。するとウェジットが黙ってユキの肩を叩き、安心させるように頷いた。そしてユキは疲れたようにはあっと溜息をついて、スバルの横を通り過ぎて歩き始めた。人気のないところに誘導してくれるのだろう。そう考えスバルはユキの背を追う。

 

 しばらくして、二人は街の路地裏に入った。そこは人気が少なく細くて少し暗い。けれど内密な話をするにはうってつけの場所といっていいだろう。路地裏に入ってすぐユキは壁に背をもたれ、不機嫌そうに腕を組んでスバルを見やった。


「なんでしょうか? 見ての通り、今忙しいんです」


 こんなあからさま不機嫌な態度をとるユキを見るのは初めてでスバルは少し瞠目した。しかしそれも当然のことだと思いなおす。


「……勝手なことして、悪かった」


 おそらくユキは古城でスバルがセン側にいることを知ったのだ。ユキからみたら、スバルの行動はわけもわからなかったはずだ。罪悪感からスバルは思わずユキから目を少し逸らした。 

 するとユキは怒ったようにさらにスバルに睨みをきかせた。


「別に、もうどうでもいいですよ。あなたの考えなんか、きっと私では測りしれないところなのでしょうから、興味もありません」


 そう言いながらユキはそっぽ向いた。

 冷たい言葉に、冷たい声。

 そうさせてしまったのは、紛れもないスバル自身だ。そう思いスバルは説明しようと口を開いた。


「本当に悪かった。心配も、かけた。あの古城でお前のところにいかなかったのは……」


「心配? ふざけないでくださいよ」


 説明しようとした瞬間、怒りを含んだ声が遮った。それにスバルは一瞬目を見開き、その声の方向を見る。そこには怒りを表すように眉を吊り上げているユキがいた。そしてスバルを見つめるその瞳には、かつての慕っていた感情など一切ない。

 ユキは憎むようにスバルを睨みつけながら、ぐっと腰に下げた剣を握る。その手がかすかに怒りで震えていた。


「そう私が思ってるってわかってたなら、どうして何も言ってくれなかったんですか。伝えようとしてくれなかったんですか。あなたが何を考えているか、それを考えるのに、もう疲れたんです」


「ユキ……」


 スバルは何も言えなかった。

 当然の叱責で、当然の言葉だ。

 結果からみても、あまりにもユキを、ユキの気持ちを放置しすぎてしまっていた。

 ユキはあんなにも必死にスバルを助け出そうとしていたのに。


 何も言えず押し黙っていると、ユキは泣きそうにぐっと眉を寄せて口を結んだ。

 

「私は、そばにいると、守ると、約束しました」


 その声は震えていて、湿気混じっていて。


「けれど、それをいつもさせてくれないのは、あなただ」


 顔を俯かせて、怒りを抑えるかのように身体も、震わせていた。


「古城であなたが無事だってわかった時、頭が真っ白になった。無事だったって喜ぶべきだったのに、素直に喜べなくて。なんで戻ってきてくれないのかわからなくて、どうすればいいかわからなくて。もしかしたら勘違いかもって思っても、あなたはあのセンって男と仲良くて。……私はあなたの何だったのでしょうか?」


 ユキの顔が歪む。泣きそうに、けれど確かな怒りを孕ませて。


「私が勝手に護衛騎士になったから、煩わしく思うってわかっていたけれど、それでもいいって、思ってたけど、ただそばにいればいいって思って頑張ったけど……けど、これはあんまりだ……ッ」


 ユキは空気を切り裂くような悲痛な声をあげて顔を手で覆い、スバルを責め立てた。

 路地裏に彼女の心の叫びが響き渡る。

 その姿はまるで泣いているようで、スバルに対して絶望しているようにも見えた。


「結局無駄だった! あんなに頑張ったのに、それなのに……ッ!」


「……」


「努力を無駄にしたって思わせないでよ! 報われたって思わせてよ! せめてあなたの役に立てたって思えたら……ッこんな惨めにならずにすんだのに!」


 ユキは苦しそうにぎゅっと両手で自身の胸に手をあて服を握った。それはまるで自分の心を守るように、もう傷つきたくないと、言っているようにも思えた。

 キリエルからかつて聞いたユキの話を思い出した。

 何度も吐いて、苦しんで、痛い思いをしても、涙も弱音も見せなかったと。

 キリエルの訓練がどれほどのものか、スバルは知らない。けれど、元令嬢だったユキが王国騎士団ほどの、ましてや国の英雄のキリエルほど強くなるには、並大抵の努力ではかなわなかったはずだ。腕も足も細い、その身体で、どれほど厳しい訓練をしてきただろう。そうやって努力をし続けて、やっとあの強さを手に入れることができた。そしてユキはスバルの護衛騎士に匹敵するまでに強くなった。


 ユキの今までの行いすべて、スバルのそばに来るためだけのものだった。


 ユキがスバルのそばにくるためには、スバルの護衛騎士としてユキの強さを認められなければならない。

 だからこそユキはスバルの護衛騎士としているために、一番の強さを極めた。


 ただ、本当にスバルのそばにいるために。

 たったそれだけの願いの為に――……。


 ユキにとってはスバルに認められるという事は、願望で、切望で、大切な、大事な、大きな夢だったのだ。


 知っていたのにも関わらず、ユキの気持ちを踏みにじるような行いをしている。そんな自分がどうしようもなく嫌だった。


 ――……わかっていたはずだ。

 わかっていたはずなのに。スバルはユキを傷つける。


 ユキが好きなのは間違いない。けれど、一番にしてやれない。

 

 間違えているのは、いつもスバルの方だ。


 これほど想ってくれていたユキを、スバルは同じ気持ちで返すことはできないのだ。

 どこまで、どれほど、ユキを想っても。


 それが不甲斐なくて、悔しくて、だからこそスバルはユキから目を逸らさず、怒り狂うユキを黙って見返していた。


 ユキは震える身体を抑え込むように、ぐっと片腕を握った。


「それでも、騎士として在ろうとしたんです。けど、私、あの時動けなかった。ヒュイスを助けられたのに、傷つけられたセトウ見て、私も死ぬかもしれないって思って、怖くて、動けなくて……ッ」


 ユキはその時の情景を思い出しているのか、悔しそうに唇を噛む。


「ここでヒュイスを助けないと、私は本当に救いようのない奴になってしまう。……だから、あなたを差し出してでもヒュイスを助けたかった」


「……」


 ヒュイスがタクミに連れ去られる事態になったのは、すべてはスバルが起こした行動のせいだ。

 きっとスバルがセンと共にいようなどと考えなければ、きっとこんな事態にはならなかったはずだ。

 そして、ユキがこんな思い詰めることもなかったはずなのに。


 ああ。そうか。

 

 唐突に気づく。


 スバルのそばにきてしまったから。

 ユキを一番にできない自分なんかのそばに来てしまったから。

 それをどこかで容認してしまっていたから。

 だから、ユキを傷つけてしまったのだ。


 どこまでも、スバルはユキを傷つける。

 

 何も言ってくれないスバルにユキは悲し気な表情を向け、もう見たくないというように目を瞑り顔を背けた。


「……いろいろ、もう、ぐちゃぐちゃなんです。自分に失望して、あなたにも失望して。もう、どうすればいいのかわからない」


「ユキ……」


 その悲し気な声に胸が締め付けられる。しかし、その資格はスバルにはないのだろう。

 すると、ユキは少し落ち着かせるように溜息をつきスバルに話しかけた。


「……この話はあとにしましょう。今は、あなたより、ヒュイスを助けたい」


 そう言ってスバルに背を向けながら、歩き出そうとした。その寂しそうな背中を見てスバルは思わず口を開いてしまった。


「……この戦いが終わったら護衛騎士をやめるか?」


「……ぇ?」


 ユキはスバルの言葉に驚いたように目を開いて振り返った。

 それでもスバルはそのまま続けた。


「つらいなら、嫌なら、やめたっていい。お前が望むなら、俺はそれを受け入れる」


 今までは自分の都合でユキを護衛騎士から解任させようとしていた。しかし、ユキがもうスバルに想いがなく、もう付き従いたくないというならば、スバルはそれを止める理由はない。ここまでユキを傷つけたスバルに、一体ユキに何をしてやれるというのか。せいぜい、ユキの気持ちを尊重することだけ。どんな望みだろうと、スバルは叶えるつもりだ。

 しかしユキは、スバルと目が合った瞬間顔をくしゃっと歪ませた。今にも泣きだしそうなその表情に、スバルははっと目を開いた。


 ああ、また、間違えた。


「……あなたは、本当に……私を必要としないのですね」


 そう小さな声で呟いたあと、ユキは再度スバルに背を向けた。


「……考えておきます」


 ユキは今度こそ歩き始めた。ウェジットが待つ、カグネ王国の兵が待つその場所へ。

 そして、最後にユキは顔だけスバルの方を向けた。

 

「……ユウトとの約束、守れないかもしれませんね」


 そう言ったユキの表情はスバルからは見えず、ユキはそのまま去っていった。


『結局三人で飲めなかったから、帰ったら飲みましょうね!』


 二人が出立する前にユウトが発した約束。


 スバルも思い出し、顔を歪ませた。


 傷つけて、傷つけて


 危険から遠ざけるために、結局は傷つけて


 ユキの想いも、すべて知っていたはずなのに。

 

 嫌われても、もう二度と会えなくても。

 それでもどこかで生きてさえいればと思えたから、それでよかった。


 けれど、だけど、ユキがそばにいる時間が増えるほど、離したくなくなった。

 笑いかけてくれる、あの顔をそばに見れることが、なにより嬉しかった。

 それなのに――……。


 スバルはユキを見送って、ゆっくりと壁にもたれそのまま壁に沿うようにズルズルと地面に座り込んだ。


 自分が傷つくのは筋違いだ。

 嫌われて、当然のことをしている。

 離れられて当然のことをしている。

 スバルがユキに問いかけたすべては、嘘ではない。

 嫌なら、やめてもいい。


 それでも心のどこかで離れてほしくないと思ってる自分は、どうしようもなく愚かなのだ。


 どこまでも自分勝手で、どこまでもユキを傷つける。


 ユキの気持ちよりも、自分の気持ちを優先させてしまっている。

 その勝手な行いが、どれほどユキを追い込んでいるか、わかっている。

 それでも、あの時センの味方をせずにはいられなかった。


 心のどこかで彼女の優しさに、好意に甘えていた。

 そばにいるというユキの言葉に安心して、どんなことがあっても、ユキはスバルのそばに居続けてくれるだろうと、思い上がっていた。

 そんなはずないのに。

 いつのまにか、彼女がスバルを好きで居続けるのは当然だと、思っていた。思ってしまっていた。


 スバルは立ち上がり、ユキとは違った方向に背を向ける形で歩き始めた。

 センたちがいる方向へと。


 守ると言ってくれた彼女を、ずっとそばにいると誓ってくれた彼女に、別れを告げるように。


 離れてほしくないという気持ちもある。

 それでも、危険な目に合うより、傷を負うよりも、命が失われるよりも、よほど良いとスバルは思ってしまうのだ。




 この戦いが終わったら、きっとユキは戻らない。





スバルはまだ青臭いガキだということを覚えておいてくださいな。。

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― 新着の感想 ―
[一言] スバルが…子供なんだって…そういうことでもありますが… きっと、ユキはちょっと…耐え過ぎちゃったんですね。 不満を顕にして、怒って、そっぽ向いても… スバルが追いかけてきてくれないから、追い…
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