9.どうして
ユキはヒュイス達と作戦会議をした後に、古城に向かい、スバルを攫った集団が来るのを待ち構えていた。
すると、予想通り敵は古城にやってきた。
あとは、敵を囲んで捕まえるだけだった。それだけだったはずなんだ。
けれど、なぜか邪魔ばかり入った。リーダー格であるあの男を倒そうとしてもフードの男が邪魔をして倒せないし、逃げ道を塞いでもどこかから矢が飛んできて邪魔をする。
早くあの人を助け出して、早く無事を確かめたいのに。
そんな思いで打ち込んだ剣は、全く相手には効かなかった。当然だ。あんな風に力任せに打ち込んではこちらが不利だ。わかっていたのに、冷静さをかけていたのだ。そのせいで普段の力量の半分も出せず、剣に負担をかけてしまい、ナイフを使う羽目になった。だが剣が折れるよりかはマシだ。
けれどそれでも敵を追い詰めることに成功した。あとは捕まえるだけだったのに、やっとのところで矢の邪魔が入った。敵の増援かどうかはわからないが、敵に隙を与えてしまい、驚くことに奴らは壁を壊して逃げようとした。力に自信があったのであろう、あのリーダーの男がいたからできたことであろうが、まさかの逃亡に一瞬理解ができず呆けてしまった。しかし最後のフードの男が飛び降りる寸前、捕まえるために駆け出した。リーダーの男は、あのフードの男に従っているようにも見えた。捕まえてあの人の居場所を吐かせてしまえば、あの集団も瓦解して救い出せるはずだ。そう思って矢の雨の中走り出した。
だから、矢が自分に向かっていることなんて、どうでもよかったのだ。
けれど、あの男は助けた。
持っていた剣で矢を弾き、そのまま穴をあけた壁から飛び降りた。
その時吹いた風で、フードが捲れた。
捲れたその瞬間、奴と目があった。
しかし、その瞳には見覚えがあった。
けれど、だけど、そんなはずはなくて――……
「スバル、殿下……?」
ユキは茫然とフード男が落ちた先を見つめた。
そんなはずはない。
だけど、あの灰色に似た青い瞳。
あれは、ユキが大好きな瞳だ。見間違えるはずがない。
(どうして、攫われたスバル殿下があんな奴らと一緒に行動してるの……?)
わけがわからない。スバルは攫われた捕らわれ人ではなかったのか。
茫然と崖を見つめるが、もうその影もない。下に木々があるからそれをクッションにして逃げたのだ。
けれどそんなことよりもユキは、先ほどの光景が頭から離れなかった。
他人の空似?
風に揺れたフードの隙間からかすかに見えた灰色に似た青い瞳。そこから見えた黒い髪。
あの目つきの悪さだってそうだ。
違うと思いたいのに、思い返しても思い返しても、ますますスバルだと確信してくる。
(一人で抜け出した? けどだったらなんで、こっちに戻ってこない? 抜け出せたのなら戻るのも難しくないはずだ。それに奴らの目的はヒュイスで、抜け出せたとしても奴らが追う必要はない。それに、なんで一緒に行動なんかしているんだ。そんなことして、一体なんの意味が……)
わからない。
スバルが何を考えているのか、わからない。
いつもそうだ。
婚約破棄して突き放したくせに、優しくて、そばにいてほしいなんて嬉しいことを言ってくれて。
カグネ王国に来る前だって、第一王子のことを聞こうとしたときに鋭い瞳で突き放されて。
けど、ユキのこの髪が嫌いじゃないって言ってくれて。
護衛騎士に認めないと言っていたのに、今回は頼ってくれて。
嬉しかったのに、それなのに――……。
ユキはぎゅっと唇を噛み、すぐそばにあった壁を殴りつけた。
ドンっと城内に鈍い音が響き渡る。ユキが殴った壁から細かい砂屑がぼろぼろと零れ落ちていった。
しかしそこであることに気づいて、顔をあげた。
「矢が、止んでる……?」
ユキは壊れた壁から外を見渡した。
相変わらず山だらけだ。おそらくその山の中腹から矢を射てきたのであろうが、今は見る影もなくぴたりと止んでいる。
「護衛騎士様!」
すると、後ろからセトウが小走りで近づいてきた。あいにく矢にあたったのか擦り傷がそこらにできている。ユキはその傷を見て一瞬痛ましそうに顔を歪めた。
「セトウ。大丈夫か?」
「あ、ええ。あの敵は……。それに矢も……」
「逃げられたよ。崖を滑り降りて逃げるなんて、大したものだ。矢も今は止んでいる。矢を射た人物の目的は奴らだったようだな。どうやらまた別の勢力がいるようだ」
「は、はあ……。一体どれだけの数がいるんでしょうか?」
「さあな。けどいつまた矢を射てくるかわからない。とりあえず撤退だ。こちらも無傷とはいかなかったんだからな」
「はい!」
不安そうなセトウに肩を叩いてユキは仲間に撤退を命じ、セトウは全体に撤退命令を出した。そこでふとユキは改めて周りを見た。
負傷している者が多い。
人数的にはこちらが有利だったとはいえ、相手も戦闘能力が一人一人高かった。それに先ほどの矢の襲撃で余計に負傷が出た。特にコントラス王国の兵では太刀打ちできず、傷を負っているものが多い。技術や技量はそこまで変わらないが、圧倒的な戦闘での経験不足だ。訓練や練習試合とはルールに沿った戦いであり、人の生死にかかわることじゃない。けれど本物の戦地となると、そこにある臨場感や練習試合では起こりえないルール外のことや戦闘の勘などはつきにくい。そこは実践でしか感じることができない経験なのだ。ユキも経験で言うと変わらないのだが、女であるという劣等感から死に物狂いで努力し、キリエルによって本当の意味で死ぬ気で特訓してもらった結果、訓練や試合でもその勘を身に着けるほどにまでは至ったのだ。しかしユキも経験は圧倒的に足りない。自分のことばかりで周りに仲間の配慮ができなかったのがその証拠だ。相手を倒すことに夢中になって周りの仲間のことを気にかけてやれなかった。なるべく負傷者は出したくなかったのに、もう少し周りを見ていれば的確な命令も出せてもっと負傷者も減らせたかもしれないのに。
感情的になると周りが見えなくなるのは、ダメなところだ。直さないと。
(こんなんだったら、スバル殿下を守ることなんて――……)
そこまで考えて崖に飛び降りていったスバルを思い出した。
まるで先に言った仲間を追いかけるように、落ちていったスバルを。
「ねえ」
「……ッ!」
考え込んでいたユキは突然横から話しかけられ、驚いて声がした方へ振り向く。
「ヒュイス、王子……」
そこには不機嫌そうに腕を組んだヒュイスがいた。
戦闘の前、ヒュイスは戦闘には参加しないと言っていた。人数がこれだけいれば自分はいらないだろうと言って二階に上がって見学するように見下ろしていた。そこに老執事であるウェジットも連れ添っていたのだ。だからヒュイスは戦闘が終わったのをみて二階から降りてきたのだろう。
驚いたままヒュイスを見つめているユキを不審に思って、ヒュイスはユキの顔を覗き込んだ。
「なにぼうっとしてんのさ。敵を取り逃したことにショックでも受けてんの?」
「い、いや……」
ユキは咄嗟に否定の言葉を口にしてヒュイスから顔を逸らした。
「……まあいいや。それでさ、あれ。どうすんの?」
「あれ?」
ヒュイスはユキの態度に一瞬眉を潜めたものの、そのまま話を続けて親指で後方を指さした。ユキはなんの話をしているかわからず首を傾げる。後ろには負傷した兵を介抱している者たちであふれている。きっと人数が足りないからユキも手伝えとかそういう意味だろうか。
首を傾げているユキに、ヒュイスは苛立ったようにもう一度乱暴に後方を親指で指した。
「あれだよ。たぶん、スバル王子を攫った仲間でしょ? 負傷してそのまま動けないみたいだよ」
「え?」
ユキはヒュイスを指した方向をじっと見つめた。
確かに頭から血を流して気絶し壁にもたれかかっている。髪が短くパッと見ればわからないが女性だ。上衣は互いを交差して合わせたような特徴的な民族の衣装に薄い鎧をつけ手には少し短いが剣を持っている。頭から血を流してるところを見ると、きっと戦闘中にどこかぶつけたのか、殴られたのだ。けれど話しを聞くぐらいは大丈夫そうだ。ユキはそれを見て目を細めた。
「なるほど。居場所を聞き出すいい相手だ」
「でしょ? さっさと連れかえって尋問でもなんでもすればスバル王子の居場所も一発でしょ」
「……」
スバル。
その名前にユキは顔を曇らせた。
本当に、それでいいのだろうか。
あの戦闘にスバルも参加していて、それにユキと戦ってまで敵のもとにいようとした。そして壁から崖を飛び降りて逃げることを命じたのもおそらくスバルだ。そんなスバルに今ユキが助けにいっても意味がないのではないだろうか。
(じゃあ、なんのために私は……)
そこまで考えて頭を振る。
今はそんなことを考えている場合ではない。早くここから撤退しないと。
そう思ってユキは切り替えるようにぐっと顔に力を込めた。
「そうだな。あの女性を連れ帰って聞いてみよう。私が相手をするよ」
「……そ。ねぇ大丈夫?」
ユキは驚いてヒュイスを見つめた。そこには、少し眉を潜めているがユキを心配している様子がうかがえた。一瞬驚いたユキだが、そんなヒュイスを見ておかしそうに笑った。
「大丈夫さ。私の強さは知っているだろう? 怪我もしてないよ」
「……そうじゃなくてさ。……まあいいや、君って損してるよね」
「損? 私が?」
「そうだよ。そうやって誤魔化すところがさ、生きづらそうって話」
「?」
ヒュイスの言っている意味がわからずユキは首を傾げた。
別の誤魔化しているつもりはない。本当に怪我なんかしていないし、おそらく戦闘に参加した中ではユキが一番元気だろう。何も損していることなどない気がするが。
そうやって首を傾げていると、ヒュイスは呆れたようにはあっと溜息をついてそのまま背を向けて出口へと向かった。ユキのその背中を追いかける。さらにその後ろにウェジットもついてくる。
ユキは無事な兵たちに敵の仲間を捕虜にすることを命じ、負傷した兵を横目に歩きながらヒュイスに話しかけた。
「……お前も参加すればもっと負傷者も減らせたかもしれないな」
「なに? 今僕に文句言ってるの?」
「違うよ。ただ、私の判断が間違ってたなって思うだけだ」
「そんなの結果を見ないとわからないもんだよ。後から見るからそう思うだけ。あんたはその時それで大丈夫だって思ったんでしょ? どれだけ後悔してもそれは変わらないよ。時間の無駄」
「……」
ユキはヒュイスを見つめた。
おそらく十四ぐらいだろう。ユキよりも四つも年下だ。なのにしっかりしている。達観しているともとれるが、少なくともユキが十四のときはそんな考え方はできなかっただろう。
なんだか、彼の言葉にユキは慰められた気がする。
今思うといろいろ後悔ばかりだ。この戦闘だって、もしかしたらもっとうまくやれたかもしれない。それに知らなくてもいいこともあった。そんなときに後悔しても仕方がない、というのはなんだか心が軽くなる。
ヒュイスは慰める気はなかっただろう。ただ自分の意見や考えを率直言ったような感じがする。だからユキもヒュイスにどれだけ悪く言われても嫌いになれないのだ。自分の芯を貫く強いものを感じる。わがままできつい物言いだが、誤魔化しや嘘はない。そこがユキにとっては好感だ。
そんな迷いのない言葉が、少し羨ましい。
今ユキにあるのは後悔、疑念、不安、焦燥。
何を考えているのかわからないスバル。
自分がスバルを攻撃してしまったという後悔。
スバルが何をしたいのかわからない疑念。
本当に無事なのかという不安。
本当にこれでいいのかという焦燥。
(もし、ヒュイスの下につけたなら、こんな思いはしないかもしれない……)
そこまで考えてはっとした。
自分の考えに嫌悪感が走る。一体自分は何を考えていたのか。
何のためにスバルの護衛騎士になった。
あの人のそばにいて、幸せになるのを見届けるためだろう?
そのために護衛騎士になったのだ。
力をつけて、スバルを守って、あの人の幸せをそばで見る。そのためだ。
なのに、一瞬でもヒュイスの下につけたらと考えた自分を殺したくなる。
固く誓った誓いを、一瞬にして破るつもりなのか。
そう自分に問いかける。
ユキは深く深呼吸をして、顔をあげた。
自分を誤魔化すように、ヒュイスに話しかける。
「けど聞いたぞ。君が倒したというウェジットはこの国で二番目に強いとされてるんだろう? それに勝ったなんて相当強いはずだ。だから他の連中はお前に従ってるんだろ?」
「……」
ユキがそう話した途端、ヒュイスはぴたりと足を止めた。
今ここは古城の橋を越えた山の中だ。ここには徒歩できたのだ。武器や薬を乗せた馬車を古城まで持ってきたかったが、待ち伏せをするためには山の前に置いていくしかなかった。流石に橋の前に馬車なんて置いていると先客がいるとバレてしまうからだ。ヒュイスとユキ、ウェジットの三人は山のふもとまで帰って状況をふもとで待っている仲間に伝えようと山を下りていた。一番負傷が少なく元気なのはこの三人だったからだ。あと残ったものは、治療に専念するように伝えてある。
すると黙って立ち止まったヒュイスがじろりと後ろで歩くユキを睨んだ。
「だったら何さ? 君がナイフ一本で戦っているときに劇的に助けにきてあげればよかったわけ? 悪かったね、助けてあげられなくてさ」
「い、いや、そんなことはないけど……。ただすごいと思っただけさ」
突然突っかかるようにユキに噛みつくヒュイスに動揺して、ユキはしどろもどろに答えた。
ヒュイスはユキのその反応を見て、気まずそうに顔を逸らした。
「別に。こんなのなんでもないよ。……本当に、なんでもないんだよ。僕は、すごくもなんともない」
「ヒュイス?」
悲しそうに地面を見つめるヒュイスにユキは心配になって声をかけた。
先ほどの生意気な態度とは大違いに、悲しそうで、苦しそうだ。
ぎゅっと握ってる拳から激しい感情がうかがえるのに、ユキにはわからなくてもどかしい。
その拳に触れようと一歩前に出たとき、後ろから厳格な声が聞こえた。
「王子」
ユキとヒュイスはその声に顔をあげた。
ウェジットだ。
ユキの後ろに控えているが、瞳はじっとヒュイスを見つめている。その瞳は主を見る眼差しではなかった。
(何かを諫めている……?)
わからないが、そんな感じがした。
たった一度呼ばれただけだ。けれど、ユキに何かを言ってはならないと言っている気がする。
しばらくじっとヒュイスとウェジットが見つめた後、ヒュイスはふうっと溜息をついて両手をあげて降参のポーズをとった。
「わかったわかった。君の言う通りにするよ。……ごめん、ちょっと八つ当たりしちゃった」
ヒュイスは降参のポーズを取りながら、ウェジットに目を向けた後次いでユキを見た。それにユキは首を振った。
「……いや、大丈夫だ。こちらこそ無神経なことを言ってしまったか?」
「違うよ。あまり詳しくは言えないけど、それだけは言っとく。君のせいじゃない」
「……」
何が逆鱗に触れてしまったのか知らないが、あの生意気だったヒュイスが素直に謝っているぐらいだ。あまり深くは聞かないほうがいいのかもしれない。
歩き始めたヒュイスにユキもつられて歩き出す。ユキはちらりと後ろにいるウェジットを見た。
ウェジットに諫められて、ヒュイスは口を閉ざした。
その前に話していたのは、ヒュイスの強さの話だ。それにヒュイスのあの過剰な反応。
『強き者に従え』というカグネ王国の風習。
その国の王子であるヒュイス。
それはいつも命の危険にさらされている過酷な生活。
(もしかしてヒュイスは――……)
ユキは頭の中で一瞬推測を立てた後、打ち消すように頭を振った。
あまり他所の国ところで余計なことはするべきではない。
あまり下手に首を突っ込んでは余計にこじれそうだ。
それにずっと黙ってついてきているが、ウェジットはユキが何かすれば首を飛ばす気でいる。
隠しているつもりだが、じっとユキの様子を注意深く伺っている。さっき、ウェジットが口を開いただけで一瞬ユキに殺気を放ったのだ。
これ以上何も聞くな、と――……
けれど、その時点で何か人に、他国に知られたくないことを持っているというのは明白だ。こんな状況でなければ弱点を探っているところだが、協力してもらっている手前ユキからはもうカグネ王国を探ろうとは思っていない。それに弱みなんて握らなくても、ヒュイスがこれから王になるのであれば、コントラス王国との国交もそう遠くないと思う。ユキがヒュイスのことを嫌いじゃないからそう思うのかもしれないが、ユキはもうカグネ王国を脅かそうとする気はない。これ以上は詮索もしないつもりだ。
今はとりあえず、スバルを救出しないと。
(救出?)
ユキは自分の考えた言葉に疑問を持った。けどこれ以上考えるのをやめた。
これ以上考えてしまえば、今までの何かが、崩壊するような気がしたからだ。
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「へえ……。何あの子?」
ある男が山の木々の太い枝に上って双眼鏡で正面にある古城を見ていた。その視線の先にあるのは、穴が開いた壁から崖の下を覗いている白銀の少女だ。
男は茶色の短髪に深緑色の瞳、目はきゅっと細長いキツネ目だ。それ以外の特徴はこれと言ってない。普通の町息子と言っても違和感がないぐらいだ。けれど手には弓と無数の矢が握られている。
「白銀の髪なんて珍しいね。売ったら金になるかな?」
男は楽しそうに隣の木の枝に乗っていた手下に話しかける。その手下はキツネの仮面をかぶっている。他も見渡せば木の枝には何人ものキツネの仮面をかぶった男の手下たちがいた。その数、二十人。しかしこれはほんの一部だ。ここの山だけでなく反対側の山にも仲間は存在するのだ。
すると、突然話しかけられた手下の男は動揺しながら口を開いた。
「ま、まあ、人体収集家なんてどこにでもいますからね」
手下の答えに男は満足そうに声をあげた。
「だよねぇ。目玉も欲しいね。綺麗な黄金だ。これは売れる間違いない! もしかして俺って結構鑑定家の才能あっちゃう?」
「さ、さあ……」
「そこはありますって素直に言っとけボケ」
男は手下の言葉に一気に機嫌が悪くなり乱暴に双眼鏡を手下に投げた。
「ふーん、なるほど。センくんがいなくなったからどうでもよくなったけど、あれも悪くないなぁ。何より金になりそうだし」
男は不敵な笑みを浮かべた。
そうこの男の目的は、センと同じくゲームの参加だ。センのあとを追えば王を見つけられるかもしれないと思ってずっとつけていたのだ。もしそこで見つけられたら横取りしようと思っていたのに。あったのは大量の国の兵だけで、男はがっかりしたのだ。
王選のルール変えなんてどうでもいい。男が求めているのは血生臭い狂気的な戦いのみ。王を見つけて、殺す。ただそれだけだ。
王は公式戦でしか戦えない? そんなの見つけて殺してしまえば関係ないさ。この国で一番強いとされている王と戦うなんてワクワクする。殺してみたいし殺されてみたい。
そんな猟奇的な考えのもとで、この男もゲームに参加しているのだ。
邪魔するものはみんな殺す。
けれど、あの白銀の少女は珍しい上に、強そうだ。
山から機会をうかがって古城を見ていたが、戦闘の時のあの速さ、剣捌き、身のこなし。
あれは強い奴の動きだ。
「ああ、戦ってみたいねぇ。楽しみだ」
男はうっとりと古城の方面を見る。いや、少女の方向を見た。
あの少女は誰だか知らないが、国の兵と一緒にいたという事は王を探していればいずれ出会うだろう。
その時、殺して、髪を根こそぎはぎ取って、目玉をくり抜いてやる。
男、タクミは不敵に笑いながら手下に合図の指笛を鳴らした。
@@@@@@@@
古城を引き上げたユキ達は一度王城に戻った。
カグネ王国の王城のフロントの庭では、いくつものテントが設置されている。それは作戦本部だったり救護室になっている。しかし今はどのテントも救護室は人であふれかえっていた。
「包帯が足りない! 誰か持ってこい!」
「薬も持ってきてくれ!」
「いってええええ! もうちっと優しくしてくれよ!」
「これぐらいで根をあげるんじゃないよ! ほれッ!」
「ぎゃああああああああ!」
緊迫した声やら痛みに叫ぶ声などが飛び交い、少し現場はパニック状態だ。
ユキはその状況をあるテントの前で遠くから眺めた。
人手が足りないようで、ヒュイス自らが救護班を手伝っている。なんだかめんどくさそうに動いている姿にユキは遠目で苦笑いを浮かべた。本当なら手伝ってあげたいところだが、ユキにはまだ仕事が残っていた。
そしてユキはその光景を尻目に後ろのテントに乗り込んだ。
そのテントの中には両手両足が縛られ、床に転がっている一人の女性がいた。
敵の捕虜だ。
このテントは言わば仮の牢屋だ。救護の人手が足りないからと急遽この離れたテントに捕虜を置いていたのだ。
ユキはゆっくりその女性に近付いた。
「……起きてるか?」
「……ええ、起きてるわよ」
目を瞑っていた女性はユキが話しけるとゆっくりと目を開いた。男のような短髪で切れ長の細い目つきだったので、女性的な話し方に驚いたが、ユキはもっと驚いたことがあった。
「お前、綺麗だな」
「……ちょっと、なんか拍子抜けするんだけどぉ。これから尋問されるんじゃないのぉ?」
ユキは女性の綺麗さに驚いた。いや、特別綺麗なわけではないのだがなんとなく品のようなものが感じるし、彼女が見せる微笑みには魅惑的でなんだか扇情的なものがある。これが色気というものなのだろうが、それが彼女の美しさを魅せている気がするのだ。
ユキが正直な感想を言うと女性は呆れたようにユキを見た。床に転がされている状態なので、ユキに見下ろされている状態だ。それをユキは女性の身体を持ち上げて後ろに転がっていた木箱を背にまっすぐな体勢にする。
「雑な扱いですまないな。傷は大丈夫か? 名前は?」
ユキがそう尋ねると、女性は眉を潜めた。
「……私はユラ。傷はまあ、大丈夫よ。壁に頭ぶつけただけだしぃ」
「そうよかった」
ユラはユキに不審な目を向けながらもきちんとユキの質問に答えてくれた。最初の見当違いな感想が毒気を抜かれたのかもしれない。
そんなユキにユラははあっと溜息をついてユキを見上げた。
「でぇ? 私からアジトの情報を聞きたいってわけぇ? それとも仲間の力量とかぁ?」
「……いや。私が聞きたいことは一つだけだよ」
「?」
「……」
ユキは一度決意を固めるように目を瞑り、そしてユラをじっと見た。
満月のような黄金の瞳に見つめられ、ユラは一瞬息を飲んだ。
それがあまりに美しく、月を映した夜の湖畔が揺れるように、彼女の瞳も不安に揺れていたから。
そして、ユキの口はゆっくりと開かれた。
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―――――――――
「はあ、疲れた……」
ヒュイスは人手が足りないからと救護の手伝いをしていた。包帯がないやら薬が足りないやら、手当てをしてくれる女性は優しくないだとか、雑用とともにいろいろ文句を言われて疲れた。そんな文句こっちで言われても困るのだ。薬も包帯も余分に用意したはずなのに、その分よりも多くの傷を作るあいつらが悪いのだ。手当をした女性に関してはまさにヒュイスの知ったことではない。なので聞き流してやったのだ。
そこでやっと一区切りがついてヒュイスは庭に設置した簡易な椅子で休憩していた。そこでちらりと遠くにぽつりと設置されたテントを見た。
今頃ユキが捕虜を尋問している頃だろう。
これで早くこの事件が終わってしまえばいいが。
いい加減面倒だ。疲れるし。
するとテントから勢いよく人が飛び出してきた。
ヒュイスが目をやったその人物は――……
「あれ? あの護衛騎士じゃん」
それはユキだった。ユキはそのまま休憩しているヒュイスの前を通り過ぎた。
「……!」
その表情は、泣いていた。
目の前を横切った拍子にユキの涙がヒュイスの頬にあたった。ヒュイスはゆっくりとその雫に触れ、じっと濡れた指先を眺めた。
それで思い出すのは、先ほど涙を流していたユキの顔。
「……なんだよもう!」
ヒュイスは苛ついたように立ち上がり、ユキが出ていったテントに入った。そこには捕虜で捕まった女が木箱を背にして床に座っていた。もちろん、両手両足を縛ってだ。ヒュイスは速足でその女のそばに寄った。
「ねえちょっと⁉ 君あの子になにしたの⁉ あの子泣かせるとたぶん後々面倒になるんだけど⁉」
そう問い詰めると捕虜の女は、ムッと顔をしかめた。
「別に変なこと言ってないわよぉ。ただ聞かれたことに答えただけ」
「聞かれたこと?」
ヒュイスが眉を潜めて聞き返すと、女は事の顛末を語った。
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『でぇ? 私からアジトの情報を聞きたいってわけぇ? それとも仲間の力量とかぁ?』
『……いや。私が聞きたいことは一つだけだよ』
『?』
不可解そうに眉を潜めるユラに、ユキはじっとユラの目を見て問いただした。
『お前たちが攫った、人のこと……』
『……ああ、あのかっこいい王子ね! その人がどうかしたの?』
『あの人は……』
ユキは少し言いにくそうに口ごもった後、まるで縋るように、不安そうに、ユラを見つめた。
『あの人は、私の助けを求めていたか……?』
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ユキは走った。
意味もなく、どこというわけもなく。
城の庭中を走って、走って、走った。
どこでもよかった。誰にも見られない場所ならどこでもよかったのだ。
信じたくなかった。嫌だった。
きっとあの人は、スバルは、危険な目にあっていて、きっと不安で、ユキの助けを一刻も早く求めてるはずだって。そう思ってた。
だってユキは護衛騎士だ。
スバルだってユキのことを頼ってくれた。ユキがいれば大丈夫だと言ってくれた。
信頼してくれた。信じてくれた。頼ってくれた。
だからそれなのに、みすみす攫われてしまった自分が不甲斐なくて、助けたくて。
ユキを頼ってくれたスバルだから、きっとユキが助けに来てくれることを信じてくれてるはずだって。そう思ったのだ。
隠し事だってされてもいい。ただユキの役割を信頼してくれさえすれば、一定の距離をあけられているとわかっていても、それでよかったのだ。
ユキには、スバルがくれる信頼がすべてだったのだ。
それなのに――……
『助け? 全然。あの子すぐに私たちの仲間になったのよ? あなたに助けられるのを待っていたなら、そんなことしないんじゃない?』
信頼されてるなんて、頼ってもらってるなんて、思い込みだった。
スバルはこれっぽちも、ユキのことを信じてなんていなかったのだから。




