7.たとえ狂った住人であったとしても
スバルが目が覚めたのは、どうやら会食の次の朝だったらしい。それほど時間が経っていなくてスバルは少し安心した。スバルたちの滞在期間は、移動時間や予備日も含めて六日と国には伝えてある。つまり今はその三日目。本来であれば今日が式典のはずだった。
スバルたちは松明を片手にセンたちとともに地上へと繋がっている出口へと向かっていた。スバルはセンたちから借りた黒いローブを着て一応顔を隠すのにフードを被る。街に出るということもあり、顔を覚えられると後々厄介だからだ。
スバルは後ろで付いてきているセンの仲間に話しかけた。
「そういえば式典はどうなったんだ?」
「え? ああ、式典に来る予定だったゲストの到着が遅れているとかで延期になったらしいデスぜい。明後日には開催らしいデス」
「へぇ……」
となると、ヒュイスたちは少なくともスバルを明後日までには見つける見立てを立てているらしい。というかこの状況はこの国の、ヒュイスのせいなのだが、表面上こちらの責任とされているのが気に入らない。帰ったら覚えてろ。
センに気に入られたおかげか他の仲間はスバルに対して一応敬語で話しかけてくる。別になんてことはないが、妙に居心地が悪い。溶け込むつもりなんてないのに、溶け込まされてる気がする。周りの連中が馴れ馴れしいせいだ。スバルは後ろで楽しそうに騒いでいるセンたちをちらりと見やった。
馬鹿な奴らだ。
スバルはセンたちを裏切るのだ。裏切っているのだ。
得体のしれないスバルなんかを信用するからだ。
もっと警戒心を持てばいいのに。
馴れ馴れしく話しかけたりして、そんなことをするから――……
(て、何考えてんだ俺は)
まるでセンたちを心配するような自分の思考にスバルは首を振った。
こんなやつらの心配などしている暇はない。今は自分とユキの心配だけをしていればいい。
ユキはうまく街の方に向かってくれただろうか。早くこの古城も調査して協力するふりをして、そしてユキとの連絡手段さえ見つけてしまえば、その後はうまくセンたちを誘導して捕縛する。そうなればスバルは解放されてこのめちゃめちゃな国とはおさらばだ。それでいいはずだ。
「……」
スバルは後ろで談笑しているセンたちに目を向けた。
捕まればこいつらはどうなるだろうか。
やはり、殺されるのだろうか。
そうなれば、こいつらはスバルのことをどう思うのだろうか。
今、こんなにも気兼ねなく話しかけてくれているのに――……
スバルはまた変な思考に陥りかけている頭を切り替えるように首を振る。そして後ろにいるセンたちに視線だけを向ける。
「言っておくが、この場限りの協力だからな」
「わあってるって! これが噂に聞くツンデレだぜ!」
「これがツンデレかぁ」
「ツンデレはやっぱ妹とかがいいよなぁ。男がやってもなぁ」
「誰がツンデレだ‼ 殺すぞ‼」
聞くに堪えない誹謗中傷にスバルが思わず怒鳴ると、後ろでついてきていたセンたちは大声で笑い声をあげた。
「……馬鹿じゃねェの……」
楽しそうに笑いあうセンたちに、それをみてスバルはまた黙り込んだ。
すると黙り込んだスバルにセンが気づき顔を向けた。
「何変な顔してんだよ?」
そのとき、スバルはどんな顔をしていたのだろうか。
スバルは見ていられず思わずセンから顔を背けた。
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しばらく道なりにまっすぐ歩いていると、梯子がかかっているのが見えた。スバルたちが梯子で地上へ上ると、街のある居酒屋らしきところに繋がっていた。そこの店主とは協力関係にあるらしく、居酒屋の酒を保存している地下を使わせてもらっているらしい。ということは今現在この地下から王城にいつでも行ける状態だ。バレたら王国転覆の疑いにかけられてもおかしくないが、この国にはもうそういう秩序の概念はほぼほぼ存在しないようなものなのだろう。
スバルは地上に這い上がりながら、スバルを手助けしようと手を差し伸べている店主に声をかけた。
「あんた、いいのか? こんな奴らと関わって」
「……まあ、別に」
「……」
無口なやつだ。三十代ぐらいでまだ若い。
人のことは言えないが無愛想で口数が少なく、ぼうっとしていて何を考えているかわからない。まあ、本人が別に構わないというならいいが。
ざっと周りを見たところ、木造でできた大衆居酒屋、街の居酒屋のようだ。朝だから当然だが、今は閉まっていて人はいない。そうなると古城とは逆方向になる。仕方がないとはいえ、また王城の方面に戻ると思うと骨が折るものだ。
「うおおおお! 挟まったぁあぁぁぁ‼」
「……なにやってんだあいつ」
スバルは溜息をつきながら後ろで出口に身体がハマって出れなくなって苦戦しているセンのもとに手助けをしに戻った。
無意識にセンたちの手助けをしようと行動している自分に、スバルは気づかなかった。
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街にうろつく自警団を警戒しながら、街から王城方面へ進み、そして街から逸れた場所から山道に入る。地図と方角を確認しながらそのまま二時間進んでいくと、すると山道から舗装された道が現れた。人が通る前提で作られた道、つまりはこの先をそのまま進めば古城がある。そこでスバルは一度周りを見た。
一度も、人とすれ違っていない。
センは確か、ここの古城は建て替え工事をしていると言っていなかったか?
それならなぜ人に出くわさない。
スバルは少し疑問に思いながらもそのまま古城の方向に進んだ。すると一本の石橋が現れた。ここはもう改修されているのか古びた様子がなく補強されており、歩く分には問題はない。
「ここか?」
「ああ。ちょっと不気味だよなァ」
スバルは目の前の古城を見上げる。
小さい古城だ。
石造りの壁が青い空に映えて、清清しい景色で白を基調とした壁に自然の景色と共に素朴な美しさがある。当時の状態であれば美しい古城だったのだろうが、今は風にあたって少し風化したのかところどころ崩れかけていて、白い壁も黒ずんでいる。
皇妃が住んでいたということは皇居みたいなものだろう。それほどの規模はいらなかったのかもしれない。だが、周りには何もにない。あるのは一面緑で囲まれている山だけだ。けれど、これはまるで牢獄だ。女性の足ではとても抜け出せないしどこにもいけない。花を楽しむ庭ですら見当たらない。当時の王の皇妃の扱いが見えて、スバルは思わず顔が歪んだ。
スバルは後ろで付いてきているセンたちに振り返った。
「ところどころ崩れかけてやがる。気をつけろよ」
「へいへい」
「……」
というか、なぜ他の連中はセンではなく、スバルが先頭に立って歩いていることをなにも言わないのか。これではまるでスバルがこの団体のリーダーではないか。冗談じゃない。大丈夫なのかここの連中は。有志で集まったとはいえ、統率がめちゃめちゃじゃないか。
(てか、なんで俺がこいつらの心配しなきゃなんねェんだよ)
スバルは自分の思考に舌打ちをした。
深入りしてはいけない。情をかけてはいけない。
結局今だけの関係だ。
利用価値が無くなれば、捕縛されれば、スバルにはもう関係ないのだ。
すぐに信用する、こいつらが悪いのだ。
そんなことを考えているとふと後ろからセンが早歩きでスバルの隣に並んだ。
「そういやあんたどれくらい強いの?」
「……人並程度だ」
どれぐらい強いかと問われても比べる基準がないので、とりあえず適当に答える。すると、センは少し憐れむような視線をスバルに向けた。
「そっかそっか! まあ気にすんなよ! 俺の方が強いから守ってやるぜ!」
「……そりゃどうも」
なぜか憐れまれていることに少々腹が立ったが、とりあえずやり過ごした。この武装集団の『ササメ』の戦闘基準が高いからかきっと人並程度というのは、弱い方の部類なのかもしれない。
「俺もなぁ、そこそこ強いつもりだからよぉ。一度はあのコントラス王国のキリエルと戦ってみてェよなぁ」
「……」
夢を描くように目を瞑りセンは腕から拳まで覆っている籠手を突き合わせてやる気を見出している。センの武器はどうやらその拳らしい。武器を使わず自身の身体を巧みに使い、接近戦で相手と戦う拳闘士だ。そのガタイのいい体格にはぴったりだ。そんな楽しそうに語るセンにスバルは複雑な表情を向けた。
昨夜いた女性騎士がそのキリエルの弟子だと知れば意気揚々と戦いに行くのだろう。やはりセンたちからユキを遠ざけるのは間違ってなかったようだ。基本戦闘好きそうなセンと剣の強さを誇るユキを戦わせると想像しただけで、嫌な気がしてならない。やはりこの古城は正解だった。
スバルたちは、橋を渡り古城の内部の入り口に入った。
床は大理石でできており、時間が経っていてもしっかりしており、歩くたびにカツンカツンと音が鳴る。入り口に両隣りにある大きな窓ガラスはところどころ破損しており、壁に内蔵されている女性らしき像はボロボロだ。大きく目の前に広がる階段も途中で途絶えて上には完全に上がれない。上の方は風が当たりやすいから崩れやすそうだ。とてもではないが、センの言う通り長居するには向いていない。風だって入りやすく、きっと山の中ということもあり、崩れた壁の隙間から風が入り夜は冷える。とても住めないだろう。
けれど、スバルは妙な違和感を持った。
「……人がいない?」
「建て替え工事なんだから当たり前じゃねえの?」
「馬鹿か。工事をする職員がいるはずだろ。だがさっきからすれ違う人すらも見かけねェ。人一人もいないのは変だ」
すると、バタバタと何十人もの人の足音が聞こえてきた。その音でスバルたちは戦闘態勢に入って周りを見渡す。
「‼」
スバルたちを囲むようにホールに兵が集まる。城の強度がそれほど良くないせいかそれほど多くはない。しかし、後ろの出口も外から兵が入ったおかげで塞がれており、完全に袋の鼠だ。
そこでホールの二階から一際目立つ白銀の髪を持った少女がスバルたちに剣を向け兵たちに命令を出していた。
「かかれ! あの小汚い誘拐犯どもを捕えろ‼ お前らの力を見せつけてやれ‼」
その掛け声とともに兵はスバルたちに襲い掛かった。スバルはそんなユキの姿に驚愕した。
(ユキ⁉)
ユキはスバルたちを睨むように見下ろし剣を向けていた。そんな勇ましいユキの姿にスバルは苛立ったように舌打ちをした。
「あの馬鹿ッ!」
ユキに悪態をついているスバルに対し、センはニィっと不気味に笑って楽しそうに籠手を突き合わせて近づいてきた兵を殴りつけた。
「待ち伏せされてたってことか! てことは、ここに王様いるんじゃねェか⁉ 面白くなってきたじゃねェか!」
「いや! 違う! ここにはいない!」
「はあ⁉」
スバルの言葉にセンは驚愕した。
ユキがいるという事は、王がいたかどうかはともかく、今はもういない。いたとしてももう避難させているはずだ。つまりここはセンたちをおびき寄せるための罠だという事だ。
スバルは深くフードを被り直しユキを見上げる。すると、先陣で指示をだしているユキと目があった。黄金の美しい瞳がスバルをぎろりと睨む。
(先回りされたのか。相変わらず変なときに頭が回りやがるッ!)
スバルは剣を抜いて襲い掛かってきた兵に対抗する。
どうして自分を救出してきた味方の兵と戦わなければならないのだ。
周りの仲間も自ら進んで武器を振るっている。その顔は楽しそうだ。さすがカグネ王国だ。
というかユキはいつの間にカグネ王国の軍兵の指揮を任されるようになったのだ。ユキは他国の人間だ。なぜ指揮権がユキにあるのか、スバルには全く理解できなかった。
するとユキは剣を構え二階から一階のホールに飛び降り着地すると、そのままリーダーであるセンに向かって駆け出し剣を振るった。リーダーを倒して早々に決着をつけるつもりだ。センは自身の籠手でユキの剣を受け止めた。受け止められたユキはぎりぎりと力を加えて押し切ろうとする。
「あの人を返せッ!」
ユキの怒ったような必死な形相に、センははっと鼻で笑った。
「おうおう、こいつまだ勘違いしてやがるぜ。もうあいつは俺たちのもんだっての!」
センは、スバルをヒュイスの影武者だと信じており、そして護衛であったユキは影武者だと知らずにスバルを守っていると思っているための発言であり、なおかつスバルがセン側についていると知らないユキにとっては意味のわからない言葉だっただろう。
しかしユキは敵の戯言だと思い一蹴した。
「ふざけたことを! あの人は私の――……!」
ユキは一瞬躊躇うように口を結んだあと、再度剣を振り上げセンを追い詰める。
「私の大切な人だ! あの人に指一本触れてみろ! お前を殺してやるッ!」
ユキの必死な叫びと同時にユキの剣を押す力も強まる。その表情を見てセンは先ほどの楽しそうな顔から一変して、すっと冷めた表情を浮かべた。
「……お前もそういうタイプか。誰かのために命張れんのな」
「……?」
小さい呟きにユキは良く聞こえず怪訝な表情を向ける。
「……ッ!」
すると、ユキは突如センから距離をとった。遠くからユキ達の戦いを見ていたスバルはユキのその行動に怪訝な表情を向けた。
ユキは自分の剣を見て眉を潜めた。ビィンと剣が振動している。それを見てスバルも気づいた。
おそらく剣がセンの籠手に耐え切れなかったのだ。ユキの剣身は普通の剣身と比べて細身だ。センのような堅い籠手に何度も打ち込めば、細身のあの剣ではもたない。力技ではユキは不利だ。
ユキの戦い方は本来何度も打ち込むような力技な戦い方ではないのだ。自身の軽さやしなやかさを使って華麗に動き、細身の身体で速さを最大限に極め相手の懐に入って一撃をくらわす。力より技術を駆使した戦い方なのだ。
しかし今のユキは怒りでセンに力任せに打ち込んでいた。それが剣に悲鳴を叫ばせたのだ。
「チッ!」
ユキは一度舌打ちをして剣を収め、太もものガーターベルトに隠し持っていたナイフを取り出し、センに向けて構える。あんな荒々しいユキを見るのも新鮮だ。
それを見たセンは、一瞬目を瞠った後籠手を構えなおした。
「おお? そんな小さいナイフで俺とやり合う気かァ?」
「誇りもないお前たちに剣なんてもったいないことしないさ。このナイフで十分だ」
「言ってくれるねェ。だったら俺を倒して見ろよ」
「言われなくてもッ!」
そう言うとユキはナイフを小さく身構えたあと、地面を蹴ってセンに駆け出した。瞬きの一瞬にユキはセンの懐に飛び込み、ナイフを横に振る。しかし、センはそれを受け止め拳を思いっきりユキの顔に目掛けて殴りかかる。籠手をした拳がまともに顔に当たれば怪我だけでは済まず、骨までボロボロになるだろう。しかしその攻撃をユキは顔を逸らして避け構わずナイフを一線、センに攻撃した。センもそれをかわし後ろに下がる。さらにユキは追いかけ脚を振り上げセンの横っ面を攻撃。しかしセンはそれを籠手で受け止めユキは後方に追いやり、ユキはその勢いのまま後方に華麗に着地する。
「あっぶねェ! 速いなァ、お前。あとすっげー身軽」
センもあまりのユキの速さと身軽さに感嘆の声をあげる。スバルも遠目で兵士たちと戦いながらその様子を眺めていた。
確かに身軽だ。それにセンは籠手でユキの脚を受け止めていた。勢いもあった分ユキの脚には相当な負担がかかったはずだ。それなのにユキは脚を痛がる素振りもなく、ましてや後方に華麗に着地まで披露した。騎士をしているのだからそれなりに体術はあると思っていたが、まさかここまでの身軽さと強度を持っていたとは、スバルも知らなかった。
これこそ、『コントラスの鷹』と謳われたキリエルの弟子たる所以なのだろう。どこからどう見ても元御令嬢には見えまい。
そこでふとスバルは考えを巡らせた。
ここで戦闘になったのは予想外だった。
だが、これを機に捕まえてしまうのもいいのかもしれない。
本当は、ユキ達との戦闘は避けて捕まえたかったがこうなってしまえば関係はなくなる。なんとかスバルが無事なことをユキに伝えて、スバルもユキ達側に戻るか。
そんなことを考えているとユキとセンたちの会話が耳に入ってきた。
「お前、どうしてこのゲームに参加してるんだ? なんでこの王選を変えたい?」
ユキは冷静な眼差しでセンを見て問いただした。するとセンは少し目を開いた後、すっと真剣な表情を見せた。今まで楽しそうに笑っているセンしか見てこなかったスバルにとってはその表情は意外で少し驚いた。そして、センは目の前の女性騎士に対してゆっくり口を開いた。
「……ただ、やりたいようにしてるだけだ。わかんねェけどよ、仲間の泣く姿はもう見たくねェんだよ」
悲しそうな少しつらそうな声に、スバルの脳裏にベッドで横たわっているある人物が思い浮かんだ。
『君が何かを好きにやってることなどいつありましたか?』
『スバル。君がそんな顔していれば私もおちおち死んでられないよ』
『これからは幸せになりなさい』
(兄上……)
なぜ今エイシの姿が思い浮かんだのか。
スバルを想って、自分の命を犠牲にして、スバルの幸せを願ったたった一人の兄。
死の淵にいながらもスバルを一番に想ってくれた。
けれど、それはスバルも同じで、あの人が生きることを一番に望んだ。
初めて愛した女性のユキでさえ、どこか遠くに行ってしまうのが怖くて、手放した。
二人とも大切で、死んでほしくなかったから。
『……ただ、やりたいようにしてるだけだ。わかんねェけどよ、仲間の泣く姿はもう見たくねェんだよ』
センも同じなのだろうか。
こんな生き死にが当たり前のような狂った王選を変えたくて、誰かのために、何かを成すために、こんな騒動を起こしているのではないだろうか。
エイシやユキを守ろうとしたスバルと、同じなのではないだろうか。
「……」
そう考えたとき、スバルは無意識に一歩センに向かって走り出していた。
読んでくださってる方、本当に遅くなり申し訳ございません。。
今大変なこのときの暇つぶしにでもなればと思います。
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