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6.作戦会議


 そのころ。

 地下の洞窟で数人の男性体格のいい男性たちが簡易な机を囲むようにして立っていた。そこには淡い水色の髪につり目をした男と目つきの悪い男が変なやり取りをしていた。


「んでどうすんだ? 相棒?」


「誰が相棒だ。死ね」


 スバルが拘束されてされるがままに合っていた後、センと名乗るこのリーダー格の男は相変わらず馴れ馴れしくスバルの肩を組んでいた。。

 この団体は『ササメ』というセンが集めた仲間たちの総称らしい。今この国では王選のルール変えができるというゲームが異例で行われており、その条件が現王を見つけるためだと聞いた。それで王子を攫って居場所を聞く予定だったらしい。

 拘束を解かれたスバルは鬱陶しそうに回されたセンの手を払いのけた。しかしセンは気にすることもなく、また肩に手を回してきた。


「細けェことはいいじゃねェか! 俺お前気に入ったしな!」


「俺はむしろ逆だ。うざい」


「だはははははッ!」


 豪快に笑うセンにスバルは嫌そうに顔をしかめた。

 なんでこんな気に入られてしまったんだ。鬱陶しいことこの上ない。

 でもリーダー格のセンに気に入られたのは収穫だ。この調子ならスバルの意見も聞き入れてくれるはずだ。なんとかしてこの団体とユキ達をぶつけないように上手く協力するふりをして誘導する。そこでできればユキたちと連絡を取って無事ということを伝えられたらいいが。

 しかし少し誤算だったのは、このゲーム自体がヒュイス自身が作ったということだ。それならばもし、スバルではなく本物のヒュイスが攫われたとしてもヒュイスは許容するだろう。あの男なら面白がってやりかねない。

 本来であればスバルがこいつらをうまく誘導させて捕縛できれば、ヒュイスに借りを作ることができると思っていたのだ。しかし、ヒュイス自らこの状況を生み出したのであれば借りにはならない。


(さて、どうするか……)


 このまま誘導して捕縛したとしても、ゲームを邪魔されたとしてあまりいい印象にはならないかもしれない。それに、ヒュイスはなんのためにこんなゲームを作ったのか。それさえわかれば今後のために恩を売ることだってできるし、外交の切り口になるかもしれない。

 とりあえず、なんとかしてユキとの連絡手段を考えよう。

 そう考えていた時会場の襲撃のことを思いだし、ふとスバルはセンに口を開いた。


「……お前、どうやって王城に侵入したんだ? 外壁を上ったのか?」


 未だにスバルの肩を組んでいたセンはそのまま目を丸くしながら答えた。


「んにゃ。地下からだ」


「は? 地下?」


 まさかの解答にスバルは呆気にとれて口を開けた。するとセンは少し自慢げに胸を張って答えた。


「おうよ。ここから先をまっすぐに行けば王城だ。結構これ掘るのに苦労したんだぜ?」


 センは湿気た洞窟の先を指さしながら答えた。その先は真っ暗で何も見えないが、かすかに風を感じる。確かにこの先はどこかに繋がっている様だ。

 それにスバルは感心したように頷いた。


「……なるほどな。天井からの侵入はフェイクか」


 やはりこの男、頭は回るようだ。

 確かに地下からの侵入は盲点だった。普通は考えないだろう。しかしこの男はやってのけ、さらに地下からの侵入経路がわからないように、わざわざ天井からの襲撃をして地下から目を逸らした。馬鹿そうに見えて侮れない。

 しかし感心しているのもつかの間、隣にいるセンは首を傾げた。


「フェイク? なんのことだ?」


「ああ?」


「ただ、上から登場したらかっこいいだろうなって思っただけだぜ?」


「……」


 呑気な回答にスバルは冷めた目でセンを見た。

 やはり馬鹿だった。

 センの言葉に、あれはよかったなぁっと周りの奴らもうんうんと頷いている。スバルは少し周りを見た。襲撃したときの人数は十人と少し。しかし今周りにいるのは、襲撃した奴ら含め二十人ほどの少数規模だ。いかにも治安の悪い下町か居酒屋で騒いでいそうな物騒そうな奴らばかりだ。けれど、その雰囲気はセンの明るい性格からか和やかだ。王子を攫うなんてことをする犯罪集団なのに楽し気な笑いだってある。なんだかそれがスバルにとって居心地が悪い。

 そんなことを考えてスバルは少し首を振った後、自身の頭を切り替えるようにセンに顔を向けた。


「あとセン。お前よくヒュイスが今日あの場所で会食開くことを知ってたな。あれもお前の指示だろう? 今朝の馬車を見たのか?」


 それにまたもやセンは首を傾げる。


「馬車? ただの勘だけど?」


「は?」


「今日ぐらいにいるんじゃねェかなって思ってよ。俺の勘って結構当たんのよ。ま! 間違えてあんた攫っちまったからその勘もどうだかって感じだけどな!」


「……」


 だはははと笑いながらまたもやスバルに肩をバシバシと叩いてくる。

 スバルはもう突っ込むことをやめた。


 するとセンはさんざん大声で笑った後、気を取り直すように簡易な机に地図を広げた。


「んじゃまあ、城のどこにいるかねェ王様は」


 そこにランプを近づけて周りの仲間も覗き込んだ。そこにスバルも加わり同じように地図を見下ろしながら顎に手を当てて考えた。

 

「……俺なら王城には隠したりしない。なによりリスクが高すぎる」


「じゃあどこに隠すってんだよ?」


 スバルの呟きにセンはすばやく顔を向けた。

 しかしスバルはそのまま顔をしかめて黙り込む。

 たしかにそうは言ったが、ならどこに隠す。

 カグネ王国は街によって川で細かく分断されている。王をどこか遠くに追いやるとしても川の橋を渡るのに必ず人に見られる可能性が高まる。しかし王城内で隠すにしても当然センたちのように考えなしで襲撃することだってあり得る。城の守りを万全にしたところで、果たしてそれがヒュイスのいうゲームになるのだろうか。あまりにもわかりやすすぎる。やはり王城ではないはずだ。

 いまいち考えがまとまらずスバルはセンに顔を向けた。

 

「なにか情報ねェのか。最近人の出入りが多くなったとか。警備が厳しくなったとか」


「んにゃ、聞いてねェなぁ。そんなとこも見た事ねェし。街にいる自警団はいつも通りだし」


「自警団なんかいんのかよ。機能してんのかそれ」


「まあどちらかと言えば、喧嘩の立ち合いみてェなもんだよ。喧嘩も自由だしな」


 スバルはとことん呆れた。

 自警団がいながらも喧嘩の仲裁もせずに見守るなんて、ここの治安はどうなってるんだ。コントラス王国では考えつかない。

 けれど、カグネ王国は元戦闘民族。時々そうやって発散させることで治安を維持しているのかもしれない。独特な統治方法だ。王選のルールに加え、何より国民が受け入れていることが大きい。反乱が起こらずこうして国民が集まってゲームに参加しているのが何よりの証拠だ。みんな楽しんでいる。

 スバルが呆れた視線を向けていると、センは未だに腕を組んで頭を悩ましていた。


「あとはぁ……逆に城の警備がガラガラになったぐらいだし」


「城の警備が?」


 センの言葉にスバルは不可解そうに眉を潜める。

 この時期に城の警備が強まるのはわかるが、警備が弱めるのはおかしい。入ってくださいと言ってるようなものだ。

 絶対に現王を見つけられないという自信かそれとも別の理由か。


 そう考え込んでいるとセンはふとスバルに目を向けた。


「あんただったら大事なものどこに隠す?」


 ふいに問われてスバルは目を見開いて驚いた。


 大事なもの。スバルの大事なものは――……

 

『スバル殿下!』


 必死に名前を呼ぶ姿を思い出す。

 白銀の愛おしい剣を持った少女の声。

 一度は守るために彼女を傷つけてまで突き放した。


『私……ッ、精一杯努力したんです……。あなたのとなりに立ちたくて、あなたを支えたくて……。あなたと……結ばれたくて……ッ!』


 あんなに頑張ってくれたのに。

 努力してくれたのに。

 結ばれたいと言ってくれたのに。


 それでも、彼女を皇后になんてしたくなかった。たとえスバルから離れても、彼女が死ぬかもしれない場所にスバルは置いときたくなかった。


「……俺は、どこか、遠くに追いやって……」


 スバルは俯いてぼそりと呟く。

 けれど自分が呟いた言葉に違和感を持った。


 違う。

 頭に浮かぶ。隣にいて微笑んでくれるユキが、頭に浮かんだ。

 戻ってきたユキを、もうスバルは手放せない。

 

「いや、そばに置いとくだろうな。それでそのまま……」


 そうだ。もう手放せるわけがない。

 例え何があろうと、何が起ころうと。

 あの笑顔をスバルは手放せない。

 彼女が危険な目にあうと分かっていても。

 ユキが好きだから。愛しているから。そばでその姿を見ておきたいのだ。

 

 けれど、時々思う。

 本当にそれでいいのかと。

 そばに置こうとスバルが思う事と、彼女が幸せになるということは本当に同義なのだろうか。


 スバルのそばにいるということは、こういった危険なことに合わすことになるというのに。

 傷つく姿がみたいわけじゃない。

 彼女を傷つけてまでそばに置こうとするのは、スバルの傲慢ではないのだろうか。


 全く別のことを考えながら急に黙り込んだスバルに、センは眉を潜めた。


「……あ? 何言ってんだ?」


「……ッ。なんでもねェよ」


 わけがわからないというようなセンの視線に、スバルははっとして首を振った。

 しかしセンは大して気にせず、スバルの言葉にうんうんと頷いた。


「……けど、となるとやっぱ王城ってなるけど」


 やっぱりそうなるか。

 けれど、やはり王城に隠すのは釈然としない。警備を弱めた上に現王を王城に隠す意味がわからない。見つけてくれと言っているようなものだ。


「……なにかヒュイスからのヒントはねェのか」


「ああそういえば、妙なこと言ってたなぁ」


 ヒュイスは思いだしながら首を傾げた。


「『君たちみたいな能無しの鷹じゃあ、父もきっと退屈で寝てしまうね。もしかしたらそのまま国外逃亡しちゃうかも。まあ、カグネ王国にも守護神みたいなのがいたらそんなことできないだろうけど』ってさ。書面だけどこの王選の宣誓のときに言ってたのよ。なんか回りくどい言い方でおぼえてるぜ」


「へぇ……」


 つまり、お前らみたいな馬鹿じゃあきっと見つけられないだろうっていうことだ。あのヒュイスが小馬鹿にして言いそうなことだ。確かにいちいち回りくどいが、特段ヒントのようなものではないだろう。


「周辺に古城か何かは?」


「ああ、あるぜ。一個だけ。昔俺たちカグネ民族が来る前の国のとき、皇妃が住んでいたって噂だ。けど、あそこはボロボロで最近建て替え工事をしてるんだよ」


「……そこだ」


「あ?」


 スバルは地図を指さしながらセンたちに説明した。

 古城は王城から離れておりさらに下町とは逆方向に並行した形で位置してある。少し山を登る必要があるだろう。現王を隠していくにはうってつけだ。城から並行して置かれているので街からは古城が見えにくいということもあるだろう。


「たぶんそこだ。建て替え工事だなんて体のいい言い分だ。工事なら城の出入りもあれば気にならないし、誰か一般の奴が入り込むこともない」


「うーん、なるほどな」


 スバルの的確な説明になぜかセンは納得のいかないような複雑な表情をしていた。スバルはそのセンの態度に目を向けた。


「なんだよ。なにかあるなら言ってみろよ」


「んにゃ、あそこ俺入ったことあるんだけど住めるような場所だったかなぁって思ってよ」


「……そんなにガタがきてるのか?」


「ま、今はこれくらいしかねェし、行ってみるか!」


「……」


 センの言葉に引っかかったが、言う通りもうそこしか今は手立てがない。

 流れで本気で考えて提案してしまったが、その古城なら街でスバルたちのいるアジトを探しているユキ達と逆方向になり遭遇することはないだろう。変に見られて裏切られていると勘違いさせても面倒だ。今は協力するふりをして、ユキとの連絡手段を手に入れるしかない。


(変に勘繰るなよ、ユキ)


 ユキは時々妙に鋭いときがある。今回の招待状がエイシではなくスバルに届いたということを疑問にあげたのもユキだった。

 普段は鈍感な癖に、どうして気づいてほしくないときには敏感なんだ。

 

 スバルはそんなユキを思い出し溜息をつきながら、周りで騒ぎながら準備をしている男どものなかに紛れ込んだ。


 

@@@@@@@@



 そのころ。

 カグネ王国の王城のフロントの庭では、作戦本部として建てられたテントが設置されていた。狭いテントの中で、ヒュイスをはじめユキと隊長のセトウ、そして老執事のウェジットがテントの真ん中に置いた机を囲むようにして立っていた。全員戦闘服だ。セトウとウェジットは甲冑を。ユキはいつものように騎士制服にその下に防具を着ている。そしてヒュイスは白衣のマントを背に広げながら、二匹の虎が戦っているカグネ王国の紋章がついた金色の甲冑を着ていた。そしてテントの外では、ガチャガチャと金属をすれる音を鳴らしながら、槍や剣、甲冑を慌ただしく運んでいた。スバルを救うために戦闘の可能性を考えて準備をしているのだ。

 テント内は重苦しい雰囲気に包まれていた。


「んで? 集めたけどどこに向かうの?」


 最初に口を開いたのはヒュイスだった。ヒュイスは肩をすくませながら周りに目を向ける。それにユキを目を据えてヒュイスを見た。


「お前が王の場所を教えてくれたら先回りできるんだけどな」


 それにヒュイスは呆れたように溜息をついた。


「馬鹿なの? これはゲームだよ? そんな答え教えるようなことしてどうすんのさ。あくまでスバル王子を救出することが目的。ゲームの邪魔になるようなことはしないでよね」


「……地図を見せろ」


 ユキはヒュイスの言葉に一瞬イラついたように眉を潜ませたあと、セトウに向かって地図を出すように手を差し出しセトウから王城の経路図を受け取った。ユキは受け取った地図を机に広げた。ユキたちは神妙な面持ちで地図を見下ろし、ユキはウェジットの方を見た。


「侵入経路は?」


「はい。外壁から登った形跡はありませんでした。おそらく別の場所からだと思われます」


 ウェジットは王城の地図にある外壁の部分を指さしながらユキの問いに答えた。それにユキは顎に手を当てながら考えた。


「行商人に紛れ込んだ可能性は?」


「それはないね。今日は商人の謁見依頼はないし。受けないように日付を調整したんだから」


 ユキの言葉にヒュイスがつかさず否定する。するとセトウが口を開いた。


「警備兵に変装したとか?」


「だったら天井からなんて入ってこないさ」


 次々と可能性が否定され、ユキもセトウも考え込むように黙り込んだ。するとユキが顔をあげた。


「仲間はどうだ? 手引きした奴がいるのかもしれない」


「その可能性はあるかも。うちは強さ以外でも金も好きだからね」


 ヒュイスの発言にユキは顔を歪ませた。

 『強き者に従え』という理念を抱えているにしては、そこらへんは曖昧なのか。

 金の必要性には否定はしないが、金ごときで簡単に主を裏切ってしまうとは、ユキには到底理解できない。


「……だったら今回の捜索隊に当日の警備兵は加えないようにしよう。念のためだ」


「そうだね。りょーかいだよ」


 ヒュイスの軽い返事と態度にユキは諦めたように溜息をついた。

 ヒュイスのこの態度にいちいち不謹慎だと怒っていられない。こういう人間だと思ってしまえば受け入れられるものだ。それに態度は問題だが、やはりユキはヒュイスと言う人間を心から嫌いにはなれなかった。この飄々とした態度を貫いているせいか愛嬌に思えてくるから不思議だ。

 ユキは溜息をつきながらじっと地図を眺める。


「……これだけじゃアジトはつかめないか。顔に見覚えは?」


「残念だけどないね。そういうのは下町の奴らの方が詳しいよ」


「わかった。誰か調査に当たらせよう。今日の出来事は知らせずにだ」


「下手なことは言わないようにねー」


 そう言ってユキはセトウの方に目を向け、目が合ったセトウは一つ頷いてテントの外に駆け出していった。その後ろからヒュイスも気の抜けた声でセトウに声をかける。きっと街での調査の手はずを整えてくれているはずだ。

 すると、ヒュイスはセトウの背中に向けていた視線をユキに向けていつものように憎たらしく笑った。


「さて、君なら次どこ襲撃するの? 逆の発想で考えて見なよ」


「……」


 そう言ってヒュイスは自身の国の地図をひらひらと見せびらかすようにユキに向けてから机に置いた。ユキはじっとその地図を見下ろす。そしてある一点を指さした。


「……私だったらこの古城を襲うな」


 ユキの言葉にヒュイスは片眉をあげた。


「その心は?」


「今この古城は使われていないんだろう? だから人がいるはずがないという先入観から王を隠すことができる。それに、ここは街から見て古城が見えない。街から離れたところでないと城が邪魔して後ろの古城が見えない位置だ。おそらく気づきにくい奴らもそう考えるんじゃないか?」


 ユキは街から城に向かって線を引きながら死角であることを説明した。ユキは説明をしながら自分に納得した。この場所なら王を隠すのにうってつけだろう。街の人たちから運ばれる姿を見られることもない。しかも少し離れているが王城からでも古城の様子は見え、監視する意味でもこの古城は可能性としてあり得る。

 すると、ヒュイスは納得したように頷いた。


「……ふうん。なるほどね。ま、あの連中がそんな合理的な理由で動くとも思えないけどね。一応行ってみる?」


「……ということは、ここにはいないんだな?」


 ぎらりとユキが鋭く睨むとヒュイスは一瞬驚いた顔をしたあと、いつもの笑顔を浮かべた。


「僕はいようがいまいが答えは言わないし、指揮権は誰よりも強い君にある。僕はボロが出ないように君についていくよ」


「……」


 ユキはじっとヒュイスの様子を見つめた。

 はぐらかされてしまった。

 本当は王の居場所を早く見つけてゲームさえ終わらせればスバルは解放されるのだ。しかし、一応これはカグネ王国の命運を左右するかもしれないゲーム。こちらの勝手な都合で下手に干渉するわけにはいかない。だからこそユキ達は動きにくい。

 王の居場所をユキだけにでも教えてくれさえすれば、その場所を中心に動けるはずなのに。

 

 もどかしさで顔を歪ませていると、王が隠れているという言葉にある人物の名前が出ていないことに気が付いた。

 

「そういえば王妃はどうしているんだ? 一緒に隠れているのか?」


 ユキがヒュイスに顔を向けると、突然話題が変わったことに一瞬瞠目しながらも平然と答えた。


「そうだよ。父さん母さんにベタぼれだから、一緒にいるって聞かなかったんだよ」


「そうなのか……。愛しているんだな」


 その話にユキは一瞬微笑ましくなった。

 どんなときでも一緒にいたいだなんて、なんと仲睦まじいことだ。

 少し羨ましい。自分もスバルにそんな情熱的なことを言われたいものだ。というのも、どちらかというと今は騎士としてそばに置いておきたいと言われた方が嬉しいが。



 ――本当に?



 どこからか声が聞こえた気がしてユキは勢いよく顔をあげ、あたりを見渡した。突然のユキのわけのわからない行動にヒュイスとウェジットは眉を潜めたがユキは気づかなかった。


(気のせい? けど……)


 違う。あれは自分の声だ。

 心の中で訴えかけられる。本当なのかと。

 本当に騎士としてスバルにそばにきてほしいと言われたいのかと。

 ユキは情けなくなって恥じるようにぎゅっと目を瞑った。


 当然だ。

 今はあの人のそばにいるために、その為だけに騎士になったのだ。それ以外の望みはない。


 けれど、あの時、婚約破棄されたあの時――

 一度でも「それでもそばにきてほしい」と言ってくれさえすれば――


「ねえ君」


「……ッ!」


 声をかけられたユキははっとして驚いたように声のした方に顔を向けた。そこにはヒュイスが不可解そうに顔を歪ませながらユキを見ていた。


「なに急にきょどってるのさ。気持ち悪いんだけど」


「あ、ああ。ごめん……」


 ユキは咄嗟に謝った。それにヒュイスはつまらなさそうに顔を逸らした。


「別に。……さっきの続きだけどさ、父さんは母さんを力づくで奪ってまで欲しかった人だからね、そうなるのも無理ないんだよ」


「奪った?」


 仲睦まじいであろう二人の間に不似合いな言葉が聞こえてユキは聞き返した。それにヒュイスは思い出すかのように外の方角へと目を向けた。


「そう。母さんには当時恋人がいたんだけどね。その恋人と母さんをかけて戦って勝ったんだ。そんでそのまま母さんと恋人になった」


「え……」


 まさかの思ってもみなかった事実にユキは驚いて言葉を失った。


 戦って、勝って、奪った?

 

 まるで物を取り合うかのような言葉に、ユキは何の話をしているのかと一瞬理解できなかった。しかし徐々にそれがヒュイスの母のことだとわかり、ユキは否定するように思わず首を振った。


「……その、恋人は……いや、お前の母はそれでよかったのか?」


 たどたどしく聞いたユキの質問に、ヒュイスはどうでもよさそうに答える。


「嫌だっただろうねェ。ま、けど『強き者に従え』っていうのがルールだし。仕方ないんじゃない?」


「そんな……」


 仲睦まじいと思っていたのに。まさかそんな過去があっただなんて。

 もしかして今回の同行も王の無理やりだったのだろうか。本当は行きたくないのに強引に連れて行ったのではないのか。


 そんなこと、許されるのだろうか。

 それでも、この国なら許される。

 ヒュイスの母の気持ちを無視した自分勝手な行いにユキはショックともに嫌悪した。


 ユキの様子に気づいてヒュイスは、眉を潜めた。


「何君がショック受けてるの」


「だって、そんなの強引すぎるじゃないか。お前の母の気持ちはどうなるんだ? その恋人は? 結局誰も幸せにならないじゃないか。そんなの……」


「少なくとも父さんは幸せなんじゃない? 好きな人と結ばれたんだから」


「……気持ちが、ないのにか」


 そうなるとその結婚だって愛のないものになる。

 結婚に必ずしも愛があるなどと夢見がちなことは思っていないが、それでもそうあればいいと望んでいるのだ。

 それはかつてユキだって抱いた夢だ。スバルと結ばれる夢を何度も見た。


 けれど、ヒュイスは変わらず淡々と話し出す。


「僕は父は間違ってないと思うよ。自分の願いを叶えた。それは立派な行いだよ」


「そんなの違うだろ!」


 淡々とまるで他人ごとのように話すヒュイスがユキは信じられず、思わず声を張り上げた。


 それは絶対におかしい。


 他人の気持ちを無視した行いを、ユキは決して許さない。

 なぜならそれは以前、ユキがアティシアにしてしまった行いだからだ。


 他人の幸せを想うことを、ユキは正しいと思っている。

 だから、ユキはスバルの幸せのために行動している。

 あの人の幸せのためならなんだってする。たとえその隣に立てるのが自分じゃなくても。

 

 ヒュイスの言葉を認めてしまえば、ユキのすべての行動に意味を失くしてしまう。


「好きな、好きな人の幸せを想うのが、それが想うってことだろ? なんでそんなひどいことができる? 好きな人が傷ついても、不幸になってもいいのか……?」


 ユキは悲痛な面持ちでぎゅっと拳を握る。


 ユキはスバルが自分を結ばれなくても、スバルの幸せのためなら別の人と幸せになればいいと思っている。

 ユキのこのスバルに対しての気持ちは決して押し付けのような自分勝手なものではない、もっと純粋なものなのだ。

 それに、気持ちのない相手から好きと言われても迷惑なだけだ。誰も幸せになんかなれやしない。

 スバルの幸せに自分が邪魔だというのなら、喜んでユキは離れよう。

 スバルが幸せになれるなら、ユキは自分の気持ちだって殺してみせる。


 だって、それが『正しい』ことなのだから――……


 苦しそうに顔を歪ませ拳を握っているユキに、ヒュイスは冷めた視線を送った。


「不幸ねぇ……。僕にはわからないな」


 その声に少しだけ寂しさがにじみ出ている気がしてユキはヒュイスに向かって顔をあげた。しかしあげたときには、ヒュイスのいつもの調子に戻っていた。


「ほら、方針も決まったし命令を出しにいくよ。ウェジット、号令出して」


「承知いたしました」


「……」


 ヒュイスはずっと黙って見守っていたウェジットを連れて白衣のマントを翻しながらテントの外に出た。

 ユキはその姿を茫然と眺めた。


「スバル殿下、私、間違ってないですよね……?」


 ユキはそこにはいない人物に話しかけるように呟いた。ユキはまるで怯えるように自分の身体を抱きしめた。


 間違っていない。間違っていないはずだ。

 ヒュイスたちが、この国がおかしいのだ。

 自分の気持ちを自分勝手に押し付けるなんて間違ってる。

 それも一度フラれた相手ならなおさらだ。迷惑なだけ。


 『――本当に?』


 また声が聞こえる。けれど、ユキは耳を塞いだ。


 聞こえない。知らない。知ってはいけない。


 怯えるようにして身体を縮めていたその様子は、まるで迷子の子どものように見えた。



 

最近プライベートが忙しく、遅くなり申し訳ございません。。

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