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4.生きるも死ぬもこの場次第



 ガシャンッ!とガラスの割れる大きな音が響いた。


「……⁉ なんだ⁉」


 驚いてスバルとユキは音のした方へ目を向ける。すると、天井のステンドグラスから、ガラスの破片と共に何人もの人間が勢いよく入ってくるのが見えた。割れたステンドグラスの間からロープを下して城内に侵入してくる。会場内にいた人々は、天井から降ってくるステンドグラスの破片を避けるのに必死に逃げ惑い混乱している。


「敵襲⁉ スバル殿下‼」


 周りの騒いでいる声が大きくなる中、ユキはスバルのもとに駆け寄った。

 異常な事態だ。

 会場内にいた兵たちはロープから降りた男たちに剣を向けて警戒した。しかし剣を向けられた男たちは動じず、むしろ自分から兵に向かって剣を持った腕を振るい攻撃をした。そこから戦闘が始まった。


「ユキ! 離れるなよ!」


「スバル殿下! 後ろへ!」


 スバルは駆け寄ってきたユキを守るように腕を伸ばした。しかしユキはそれを遮るようにユキはスバルの前に出る。ランプの明かりはステンドグラスが割れたと同時に消えてしまい、城内は真っ暗となった。しかしそれでもスバルの姿を捕えられたのはステンドグラスから入る月明かりがあったからだ。すると、近くでヒュイスの気の抜けた声が聞こえてきた。


「あーあ、こんな時に来ちゃったかぁ」


「……ッ! お前……ッ!」


 その声を聞いたスバルがヒュイスに向かって怒りのこもった声をあげた。ユキも咄嗟にヒュイスを警戒した。もしかして、この騒動もヒュイス王子が起こしたのか。そんな疑いから思わずヒュイスから守るように剣に手をかけた。


「うおおおおおおおお‼」

 

 すると地上についた男たちは、一斉にユキ達に向かって走り出した。侵入者の男がユキ達に向かって剣を振り下ろす。ユキは素早く剣を抜き、相手の剣を弾いて無力化。相手が怯んだ隙に足を振って相手の身体を薙ぎ払う。それに続いて次々と敵がユキたちのもとに集まってきた。


「くそッ!」


 スバルも腰にはいだ剣を抜いて応戦した。敵の剣を受けていなしながら柄で的確に後頭部を狙って気絶させる。敵が誰だかわからない状況で、殺すわけにはいかない。しかも今ここは他人の領地だ。他国の王子であるスバルが危険な状況であってもむやみに傷つけるわけにはいかない。どんな要因が国際問題に発展するかわからない。

 しかしスバルは敵を相手にしながら視線は警戒するようにヒュイスに向けられていた。おかしな行動をしないように見張っているのだ。のころヒュイスは「うわッ!」と声をあげながら、横から振り下ろされた攻撃をしゃがんで避けていた。


「おっと、いい物もってるじゃん」


 そう言ってヒュイスはいつの間にか手に持っていたナイフを見せびらかした後、まっすぐに振り下ろそうとした剣が来る前に敵の懐に飛び込み、首を思いっきり刺した。


「ッ!」


 赤い、鮮血が飛び散る。身体に巡っていた血潮が驚いたように吹き出す。

 血しぶきの一部がユキの頬にあたり、その生暖かさに、その光景に青ざめた。


「うそ……」


 思わず呟く。嘘でも何でもない。人が、死んだ。

 先ほどまで動いて、生きていた人間が、力なく倒れている。床に顔をつけて、血を流して、流し続けている。もう、動かない。

 初めて、人が死ぬのを見た。

 今まで、さんざん剣を振るって敵を倒してきたけれど、殺したことはなかった。

 殺しはできたと思う。けれど、ユキが欲しかったのはそんな力じゃなかったからだ。

 その死体を茫然と見つめて、次いでヒュイスを見た。


「……ッ」


 笑っていた。

 自分が刺した人間の死体を見て、にやりと楽しそうに笑っていたのだ。手に持っていたナイフには血がしたたり落ち、きらきらと輝いていた金色の床が血で汚されていく。

 すると、それを見た敵の仲間が逆上してヒュイスに襲い掛かった。それにヒュイスも応戦するようにナイフを再度握り直して向かい合った。その表情は、先ほどと同じように笑っている。


「だめ……ッ!」


「ユキッ⁉」


 ユキはスバルから離れ、ヒュイスのもとに駆け出した。ヒュイスに襲い掛かった敵をヒュイスから遠ざけるように間に入って敵の剣を弾く。ヒュイスは驚いたように一歩後ろ下がった。ユキはそのまま敵の顎に蹴りを入れそのまま横っ面にも勢いよく蹴りを入れそのまま吹き飛ばした。

 後ろでヒュイスが何か言いたそうな顔をしている気配がするが、ユキは無視して周りの敵を倒すために駆け出した。

 キンキンと金属がぶつかり合う音が会場中に響き渡る。ユキはざっと周りを確認した。敵はだいたい十と少し。この数なら会場内の兵で余裕で押し切れる。中には音楽隊のメンバーが自らの楽器で敵に応戦しているのが見える。もちろん楽器はめちゃめちゃに壊れている。宰相らしき人やあの老執事までもが戦っている。


(さすがカグネ王国。みんな戦闘になったらどんなものを使っても戦おうとするんだな)


 そんなことを思い少し感心していると、会場内の中心部からこの混沌とした状況とは不似合いな楽し気な声が響き渡った。


「おーい! どこかなー? 王子様ー?」


 ユキとスバルは声のした方に顔を向けた。

 淡い水色の髪のつり目の男がにいっと不気味に笑ってあたりを見渡している。

 見たところあれがリーダーか。

 持っていたクロスボウで矢を討ち脅すように会場の窓ガラスを割っていっている。

 するとその男が球のようなものを投げ入れた。床に落ちた球から煙が会場を包むように立ち上った。

 

「煙幕⁉」


 立ち上る煙がユキ達のところにまで広がって見える景色すべてを白に染め上げられ、何も見えない。スバルから離れていたユキはスバルの姿が見えなくなった。


「……ッ! くそッ! スバル殿下! 声をあげて!」


 ユキは焦った。スバルがいない。スバルが見当たらない。


 安易に離れるんじゃなかった。

 こんな敵が多くいるなかで、どうして離れられたのか。

 ユキは急いでスバルがいた記憶のある方向に走り出した。

 後悔と焦燥で落ち着かなくなる。しかし走り出した矢先に煙の先から敵の槍が向かってくる。ユキはそのまま剣ではじき、槍の柄の先にいる敵の肩をかすめ、怯んだ隙に顔面を殴りつける。

 

「邪魔だ! ……どこ⁉ スバル殿下!」


 あたりを見渡してスバルに叫ぶ。いない。見えない。どうして。

 邪魔だ。

 スバルをユキから遠ざける敵が邪魔だ。

 ユキからスバルを見えなくさせるこの煙が邪魔だ。

 向かってくる敵を相手にしていると、だんだん自分がどこにいるのかわからなくなってきた。自分がスバルから離れているのか近づいてきているのか。しかしまだ煙幕は消えない。すると、どこからかスバルの焦ったような声が聞こえてきた。

 

「待てッ! ユキ! 離れるな! ……ぐッ!」


「……殿下!」


 スバルの呻くような声が聞こえ、ユキはその方向に青ざめながら振り向く。

 やっと聞けたスバルの声。けれど苦しそうな、呻くような声だった。


 何か、危害が加えられた――……?

 

 そう一瞬頭によぎった瞬間、身体は勝手にスバルの声がした方向に走り出していた。

 

「よっと、これでよし! おいてめーら! ズラかるぞ!」


 すると、晴れてきた煙幕の先、広間の中心から先ほどのリーダー格だと思われる男にスバルは担がれていた。そしてそのまま天井から下したロープを足に引っ掛けて、上に登っていっていた。割れた天井のステンドグラスにもう近い。このままでは逃げられる。


「……ッスバル殿下!」


 スバルは気絶しているようだ。先ほどの呻き声は気絶させられた時の声だったのだ。このままではスバルが連れ去られる。そんなのは嫌だ。

 ユキはすぐさま周りを見渡した。他の敵も下されたロープを掴んで退避しようとしている。すると、広間の中心でセトウが残った敵と大剣を振って戦っているのが目に入った。それを見たユキはセトウのもとに走り出した。


「セトウ! 剣を私の方に向けろ!」


「えええ⁉ は、はいッ!」


 急に自分に向かって走り出してきたユキに驚きつつも、セトウは言われたとおりに大剣をユキの方に向けた。そしてユキは走り出した勢いのままセトウの大剣に乗った。すると、セトウはユキの思惑がわかりその大剣を上にユキごと振り上げる。すると、ユキはその勢いのままその大剣をバネにして上昇した。スバルを担いだ男のもとへ。ユキは手を伸ばす。

 その先の、スバルの手に――……。


「――――ッ」


 しかし、ユキの手は空を切りスバルの手を掴むことはなかった。


「うおッ! あぶねー! 怖ぇなおい」

 

 すぐ近くまで来ていたユキに気づき、スバルを担いでいた男は声をあげたとき、ユキと目が合った。男はそのままユキを見ながら上昇し、ユキの身体は重力にそって落ちていく。


 スバルが、遠ざかる。

 

(待って……)


 手を伸ばす。伸ばす。――けれど、届かない。

 スバルの姿が小さくなる。絶対に守ると約束したあの人が、ユキのもとから離れていく。

 

「……ッ」


 そこでやっと自分が落ちていることに気づいた。このままでは地面に衝突する。その落下地点には先ほどスバルたちが食事をしていた長いテーブルがあった。

 するとユキは身体を反転させて、それに衝突する寸前に剣を振り一線を引く。そしてそのまま勢いのまま身体を回転させて着地した。落ちる間際、剣を一振りしテーブルを斬ることで落下の衝撃を失くしたのだ。まるで人間離れしたその動きに周りの兵たちから感嘆の声があがる。けれど、ユキはそれどころではなかった。


「スバル殿下……」


 そう茫然と呟いてユキはそのまま動かなかった。


『スバル殿下。あの……頼っていただけて嬉しいです。必ず、守ります』


 そう約束したのに――……。


 頼ってもらったのに。認めてもらえたのに。

 あんなチンピラ風情な輩共に、スバルが――……


 スバルが、攫われた――……。

 

 そう理解した途端、ユキの頭は怒りに染まった。


「……ッ今すぐ出口を固めろ! 少数でいい! 残りの兵は、侵入者の後を追え! 外壁から登ってきているはずだ、裏の外壁を周れ!」


 ユキは会場中に響くように声をあげ命令を出した。するとコントラス王国の兵たちはユキの異常な表情に何かに気づき、兵たちは会場の外に出ようと扉に向かった。しかし、そこにはカグネ王国の兵が扉を閉鎖していた。まさかの事態に兵たちも動揺した。


「なんで……ッ!」


 それはユキもだ。コントラス王国の第二王子が攫われたのだ。こんな異常な事態なのに、なぜカグネ王国はそれを妨害するようなことをしてくるのか。すると、背後からこの場とはそぐわない呑気な声が聞こえてきた。

 

「あーあ、まさかスバル王子が攫われるなんて」


「貴様ッ! これもお前が仕組んだことか⁉」


 あまりな呑気さにユキは感情のまま振り返る。やはりそこには思った通りヒュイスが敵が逃げたステンドグラスの天井を見ながら、参ったというように後頭部を掻いていた。その態度がまたユキの怒りを増幅させた。

 しかしヒュイスはユキの問いに肩をすくませた。


「まさか。全くの偶然だよ。きっとスバル王子は僕と間違えて攫われたんだよ」


「間違え?」


 つまり、本当に攫われるはずだったのはヒュイスで、スバルは全く関係がなかったということか。

 まさか、ユキが殿下と呼んでいたから、敵はスバルがカグネ王国の王子だと勘違いしたのか。自分の迂闊さにユキは自分自身に舌打ちをした。


「けど、まさか誘拐だなんてね。暗殺よりめんどくさいのにさ、よくやるよ。ありえない話ではないと思ってたけど実行するやつがいるなんてねぇ。相手はよっぽど肝が据わってるとみた」


 独り言のように訳の分からない話をするヒュイスに、ユキは苛立った。


「……ッそんなことはどうでもいい! お前と間違えられたんなら早くスバル殿下を救出しないと危ない!」


「……まあ、そうかもね。もしコントラス王国の王子だと知られたらちょっとばかし危ないかも」


「ならッ!」


「うーん、どうしようか。ちょっとイレギュラーだなぁ。けどルールはルールだしなぁ」


 ヒュイスは腕を組みながら首を傾げて考える素振りを見せた。しかしユキにはなぜ考えているのかわからなかった。答えは一つしかない。


「何をモタモタと! 早く兵に呼びかけて捜索の準備を……ッ!」


「……残念だけど。今の君の要望には従えないね」


 ヒュイスが平然と言い放った言葉に、ユキは一瞬何を言われたのかわからなかった。しかし、理解した途端激しい怒りが湧きそれを発散するように横に剣を振った。


「……はあ⁉ この異常事態に何を言っている! スバル殿下が、隣国の王子がお前の国のチンピラ共に攫われたんだ! どう考えてもお前の責任が問われるはずだ!」


 そうだ。たとえ隣国の、ずっと交流のなかった国であったとしても、招待したのはカグネ王国で、ヒュイスだ。招待した側なのであれば、それなりの待遇と処置を施さなければならないのは当然のことだろう。今回は、おそらくカグネ王国の国民が行ったことだとユキは考えている。確証はないが、あの戦闘慣れした動き、さらに剣も槍もクロスボウも街でかすかだが見た記憶がある。どんな恨みで命を狙われたのか知らないが、自分の国のことに他国を巻き込むなど、親交以前の問題だ。国の監督不行き届きに、城の穴だらけの警護の方法など挙げればキリがない。事件が起こってしまった以上、コントラス王国と全面的な戦いとなるのは目に見えている。

 なのに、それを理解しているのかしていないのか、ヒュイスは未だ焦りもせず平然とした涼しい顔をしている。


「まあ、普通ならそうだろうけど。けど忘れてない? ここはカグネ王国だよ?」


「……なに?」


 ヒュイスの不可解な言葉にユキは眉を潜める。すると、そんなユキに対してヒュイスは小馬鹿にするように肩をすくます。


「カグネ王国のルールは、『強き者に従え』なんだよ」


「はあ?」


 突然の話の展開についていけずにユキはわけがわからず間抜けな声をあげた。それにヒュイスはおかしそうに笑った。

 

「だからさ、証明して見せてよ。君が僕たちより強いのかどうか。それを証明できたら僕は兵に集合命令を出して、スバル王子の捜索に協力するよ」


「そんなことしてる暇なんて……ッ!」


「それだと僕たちは君の要望に従えない」


 わけのわからない要求に、わけのわからない対応。

 一刻も早くスバルを助けに行きたいのに、こんなことをしている暇なんてない。しかしこちらの兵は十名。しかもここはカグネ王国だ。他国民であるユキ達だけで捜索をするのは困難だ。土地勘もなければ、好き勝手に踏み荒らすわけにもいかない。命令ならまだしも、ユキ達の権限で勝手に行うわけにはいかない。どんな大義名分があれど、それをして迷惑を被るのは、自分たちの祖国だ。そうなると、カグネ王国の協力は必須だ。

 ユキは歯がゆさに唇を噛んだ。その際に唇が切れ、血が流れる。


「スバル殿下に何かあって困るのはそっちだろ⁉ もし何かあればコントラス王国は黙っちゃいない」


 ユキは半ば脅しのような言葉をヒュイスにぶつけた。

 しかしこれも事実。たとえ友好的な関係を築きたいと思えど、対等と友好をはき違えてはならない。友好のために今回の件を水に流しては、こちらが国として格下に見られてしまう。それは対等でもない。だからこそ、スバルに何かあってそのまま放置したまま関係を築くわけにはいかないのだ。今回は、こんな不遇な対応をしたカグネ王国も非がある。糾弾するには十分だ。それに、これはカグネ王国と関係を築くよりも、スバルの命を優先させることにあるとユキは考えている。

 しかし、脅したにも関わらずヒュイスの態度は変わらない。笑みを浮かべたままだ。


「おそらく殺されはしないよ。まあ確かに今回のこの事件が起きたのは、この国の風習のせいでもある」


「風習?」


 ユキが聞き返すように問うと、ヒュイスはその中性的な顔立ちで美しく微笑んだ。



「王選だよ」


「!」



 まさかの事にユキも背後に控えていた兵たちも息を飲んだ。

 王選。つまり、王を選ぶ行いが今カグネ王国でされているというのか。

 王の交代の時期だからコントラス王国と接触してきたのだろうと思ってはいたが、まさかこの襲撃がそれに関わるとは誰も思わなかっただろう。

 すると、ヒュイスはユキたちの驚愕した反応におかしそうに笑いを漏らした。


「といってもこの時期に限定されているわけじゃない。さっきも言ったよね? 『強き者に従え』。この言葉通り、王は強さで選ばれる」


 するとヒュイスは、近くにあった倒れている椅子を戻しそこに脚を組んで座り、ユキ達を見据えた。


「つまりは、僕を殺した者には王になり得る権利が与えられる」


「……ッ!」


「隣にいるこの執事ぶってるジジイにだって昨日で十回ほど殺されかけたよ。まあコテンパンにしたけど」


 ユキは思わずヒュイスの隣にいる老執事を見た。

 この執事は今朝ユキ達を案内してくれた執事だ。スバルに失礼な口をきいたときもヒュイスを諫めていたし、厳格で真面目そうな雰囲気だった。少しガタイはいいとは思っていたが。まさか主であるヒュイスに剣を向けて殺そうとしていたなんて。

 驚いた表情のまま老執事に向けているが、老執事は先ほどと変わらず無表情で首を垂れるだけだ。

 ユキは信じられなかった。コントラス王国と文化の違いもそうだが、一度殺そうとした人間を未だにそばに置いているなんて、頭がおかしいとしか思えない。それも何回も殺されかけているのにだ。ヒュイスと言う男はどんな神経をしているのか。

 信じられない目でヒュイスを見ていると、ヒュイスは気にせず口を開いた。


「この国はどんな立場の人間でも等しく王になれるんだ。僕の父は毎年形式で行われる王選試合で当時の王と戦い、優勝して王になったんだ。王はその時にしか戦うことは許されないけれど、王子は違う。王候補でしかない王子はいつでも殺しても構わないんだよ。死んでも力がなかっただけの自己責任ってこと。あ、けど毒殺は禁止。絶対武器を使って殺すことが前提だ」


「だったら王の子どもなんて……」


「そうだよ、位だけでここでは無意味だ。けどまあ、強い子から生まれた子どもは遺伝的に強いことも多いから、一応ってだけ。それに王子は十年の猶予がある。それを超えればいつでも殺してもいい。そして王子を殺せばそいつは、王選試合で準試合の相手になる。屈強な男どもを次々倒すより、よっぽど効率的だね」


「……」


 話が、理解するのに時間がかかる。

 コントラス王国は、王族が代々受け継ぐ。これは革命が起こらない限りは王族が国を支配する。それはユキにとって当たり前のことで、ユキだけじゃなく兵にとっても当たり前のことだ。

 革命が起こって王族が排除された話は何度も聞いたことがある。王が独裁を強いたり、不当な労働を国民にさせたりして民の怒りを買い、王は断罪される。しかし、今ユキ達が聞いている話はどこか毛色が違う。王が不正に何かを行ったわけでもなく、国民の怒りを買ったわけでもなく、ただ弱いからと言って殺され、王が変わる。それは、国として秩序が保たれていると言えるのだろうか。


 茫然としているユキたちに、ヒュイスは構わず続ける。


「だからスバル王子は僕と間違えたってわかれば、おそらく解放されるよ。そこは安心していい」


 つまり、今回の襲撃は王候補であるヒュイスを目的としたものだから、全く王選と関係がないスバルを捕まえても意味がなく、解放されると言っているのだ。

 それは理解できる。しかしだからこそ、不可解なことがあった。


「だったらわざわざ攫う必要などないはずだ。その場で殺してしまえばいい。なぜ誘拐など回りくどい真似をする?」


 先ほどヒュイスが言ったように王選なのだとしたら、攫うメリットがない。それに攫うとなったとしてもそれなりにリスクを背負う。一度来た道をもう一度人一人連れて戻らなければならない。手間もかかるし、面倒だ。その場で殺してしまった方がよっぽど楽に見える。それに今聞いたカグネ王国の風習ならば、王子を殺したとしても罰にはならない。誘拐する理由がないはずだ。

 すると、ヒュイスは気づいたユキに嬉しそうに笑いかけた。


「今回は一つ、王選の前に特別なゲームを設けているんだ」


「ゲーム?」


 ヒュイスが人差し指をさして自慢げに答えた。



「『現王を見つけることができたものには、この王選のルールを変更する権利を与える』」



 ユキはヒュイスのその言葉に眉を潜めた。


「現王を、見つける?」


「今ね、この国の現王は隠れているんだよ。ちなみにこの城にはいない。だから僕を攫って情報を聞き出そうって考えたと思うよ。だからスバル殿下はたぶん無事。危害は加えないと思うよ。……ま、どちらにせよ危険だけど」


「……ッ」


 ユキは今朝の門番の態度を思い出した。

 コントラス王国と聞いた瞬間、嫌悪感をにじませながら武器を向けてきた。コントラス王国を良く思っていない証拠だ。もし、スバルがコントラス王国の王子だとバレてしまえば、命が危ぶまれるかもしれない。

 嫌な想像に、ユキは青ざめて口を押えた。しかしヒュイスは続けた。


「王選のルールは本来王でも変更できない。けどそれじゃ従来と同じでつまらないでしょ? だから次はもっと面白いルールにならないかって期待を込めて進言したんだ。変更はなんでもいい。例えば『王子を殺すのに毒殺手段もありとする』とかね」


「なぜそんな真似を……」


 ユキは、先ほどの嫌な想像が頭にこびりつきながらも、茫然とヒュイスに問いかけた。しかしヒュイスは楽しそうに自慢するように腕を広げた。


「進言したのは僕だ。その方が面白いでしょ? ゲームは楽しくなくっちゃ!」


 狂ったようなヒュイスの答えに、ユキは嫌悪感を隠せなかった。

 人が、自分が死ぬのをゲームというのか。そんな楽しそうな顔をして、人が死ぬのを笑うのか。

 ユキは思わず顔が歪んだ。


「父親が殺される可能性だってあるのにか?」


「言ったでしょ? この国では強い者が正義だ。父だからって関係ないよ。まあけどおかげで国は武器が売れまくって、経済は潤っているよ。そういう意味では感謝してるかな」


「……」


 父の死にも動じない。

 こんな狂ったルールをこの国の国民は受け入れているというのか。文化は違うとはいえ、まるで同じ人間の所業とは思えない。ヒュイスは自分の命でさえゲームを面白くする駒にしか思っていない。


 そんなことを考えていると、ヒュイスはユキたちに首を傾げた。


「さあどうするの? 君は僕たちより強いの?」


「……今の話だと、貴様はここにいる兵よりは強い、ということか?」


「今僕が生きているのが証拠だよ。つまりは僕は強い」


 確かに。先ほどヒュイスは隣にいる老執事に何度も殺されかけたと言っていた。このガタイのいい老執事に殺されず今も立っているということは、ヒュイスもそれなりに強いということか。それに十年の猶予から四年は経っているはずだ。つまりは四年間、暗殺を逃れている。ヒュイスもなかなかに強いことの証明だ。


「……なるほど。けど、カグネ王国の国民ではない私達に、ここの風習に従う義理はない」


 そう言い放つと、ヒュイスはおかしそうに声をあげて笑った。


「はははッ! 僕はそれでも構わないよ! 糾弾して痛い目見るのはそっちだ」


「なに?」


 ユキはヒュイスの言葉に眉を潜ませる。

 すると、ヒュイスは憐れな子どもを見るような目でユキ達を見た。


「僕たちがなにもせずに、今まで黙っていたと思っているの?」


「え……」


 黙っていた? だってカグネ王国は『沈黙した蛮族の国』と呼ばれていた。

 国交だって少なく、貿易国を増やしたいから満を持してコントラス王国と友好な関係を築こうと思ったのではないのか。


 ――……いや、待て。

 さっきヒュイスはなんて言った?


『まあけどおかげで国は武器が売れまくって、経済は潤っているよ』


 武器が売れて、経済が潤っている?

 武器は、どこから調達しているんだ?

 鉄を作ってると言っていた。街で見た武器の種類の豊富さ。作っているといっても、それだけでカグネ王国の鉄を加工する技術が上がったとも思えない。なぜなら交易している国が圧倒的に少ないからだ。それでは技術も文化も入らない。成長もしない。


 まさか――……

 

 最悪な結論に到達しようとしたとき、ヒュイスの楽しそうな声が聞こえてきた。


「今、カグネ王国は十か国と協定を結んでいる」


「協、定……?」


「軍事協定というやつだよ。僕たちは内戦や戦争で彼らの役に立っているからね」


「ま、まさか……」


 ユキは青ざめた。ヒュイスが言わんとしてることが、ユキにはわかってしまったからだ。ヒュイスはユキのその表情を見て、満足そうに頷いた。


「さっきスバル王子に聞かれた問いに答えるよ」


 ユキは息を飲んだ。


『……それでも納得できねぇな。街は活発に商業を営んでいた。お前の言葉の通り賄い切れていないという言葉が信じられないくらいにだ。それに、この城の豪華さはなんだ。動いている金に対しての勘定が合わない。一体どこから金が湧いて出てきている?』


 それは、つまり――……


「僕たちが売っているのは戦力だ。つまりは労力だよ」


「……!」


 思った通りの、いや思いたくなかった結論に、ユキは信じられずに息をつめた。


「争い事っていうのは、いつの時代にもあるものでね。つまりは、僕たちは国民を貸し出しているのさ。戦力としてね。僕たちの戦術と力はそれだけの価値がある。そこでちょいと武器ももらっているだけだよ」


「傭兵の、国……」


 かつてカグネ王国は、国となる前は蛮族で各国の傭兵をしていた。それは蛮族カグネ族が並外れた高い戦闘能力を持っていたからだ。誰もが戦時中は彼らの力を欲しがったのだ。

 それが、今でも行われていた。それはもう、傭兵の国と呼ばざるを得ない。


「今じゃ内戦の鎮圧とかがもっぱらだけど、でも強さ次第じゃ革命側に付く事もある。その成功報酬として、金とともにこちらも何かあった時はどんな場合でも力を貸してくれるように協定を結んだんだ。渋々だけどこれが結構頷いてくれるんだ。やっぱり今目の前の問題を解決してくれないと、将来もとも子もないからね」


 そんな危ない協定を十か国も結んだというのか。何を考えているというんだ。

 ユキは青ざめて口を押える。


「さて、君の国は十か国に対してどう対処するのかな?」


「……ッ」


 それが本当なら、さすがに十か国も一気に攻撃もされてしまえばコントラス王国は滅びてしまうだろう。対抗できる手段がない。国によっては海沿いからも侵攻されてしまえば、コントラス王国に逃げる場所などない。それに武器を貰っているとも言っていた。つまり他国のあらゆる技術の武器がカグネ王国に集約されてると言っても過言ではない。


 コントラス王国は、負ける。


「……ッ」


 舐めていた。

 一度はコントラス王国に負けた国で、国交だって少ない、貧困な国だと。手を差し伸べる、そんな気持ちだった。


 しかし違った。

 カグネ王国は、本当はしたたかで、強さでさえも利用する。そして何より貪欲だ。

 その貪欲さで、協定も結んできたのだ。完璧に守りも万全だ。元々の力だってある。何より元は戦闘民族だからか、国民がそれを受け入れている。支持だってある。


(むやみに敵に回せない……)

 

 ユキは再度唇を噛む。一度カグネ王国に勝った栄光になどにもう縋れない。カグネ王国の背後に十か国もの国が存在するのであれば、こちらが危険だ。


 時代は変わったのだ。過去の栄光は忘れなければならない。

 カグネ王国は、決して憐れで愚かな敗戦国ではなかったのだ。


 ユキは、ふうっと長い息を吐き、ヒュイスを見据えた。それにヒュイスは面白そうににやりと笑う。


「……腹は決まったみたいだね」


 そう呟くと、ヒュイスは立ち上がり両手でパンパンと叩いた。


「さあ、みんな! この勇敢な女性騎士がどれだけ強いか僕に証明して見せて!」


 その号令とともに、ユキ達の周りに会場中のカグネ王国の兵が集まってきた。そこには先ほどまでの音楽隊のメンバーや剣舞で踊っていた男や宰相も入っている。全員が兵士ということか。さすがはカグネ王国。傭兵の国だ。国民誰もが戦士ということだ。ざっと見て五十以上はいる。

 ユキはそれに舌打ちをする。


「……何も誇りもない戦闘狂どもめ」


 忌々しく呟いたユキに、背後にいたセトウやコントラス王国の兵が不安げにユキを呼んだ。


「護衛騎士様……」

 

 後ろをみると、兵たちは周りを囲むカグネ王国の兵に向かって味方同士お互い背を預けるようにして剣を向ける。

 弱々しい。圧倒的な兵力差に怯えている。隊長であるセトウでさえ、青ざめている。


(これでは、いくらか死んでしまう……)


 それを見て、ユキは一度剣を横に振り、剣を向け、真正面にいる敵を見据えた。

 

「いや、一人でいい。私だけで十分だ。お前たちは下がっていろ」


 あまりに堂々とした仕草に兵たちは、ほっとしたと同時に信じられない言葉に青ざめた。

 周りは五十ほどいる人数だ。それを一人で相手にするなど不可能だ。たとえスバルの護衛騎士であるユキでもそんな芸当は不可能だ。しかしそうは思っても、囲まれている不利な状況の恐怖でセトウたちは口を出せずにいた。なぜなら、コントラス王国の兵たちはこんな実践とした戦いは初めてだったからだ。今まで自国の平安を守ってきた騎士たちにとってはこんな敵に囲まれた状況など初めてで足がすくんでしまっている。しかし目の前の騎士は、女性の身でありながらも堂々と敵に挑んでいる。その姿はまるで皆が描いた騎士のイメージそのもので、皆茫然とユキを見つめた。


 すると、ユキのその声を聞いてヒュイスは不可解そうに片眉をあげた。


「あれ? 一人で戦うの? 君たちの兵よりも多いよ? いいの?」


「上等だ……」


「……ッ」


 ユキは、笑った。不敵に、美しく、笑みを浮かべた。

 ヒュイスはその笑顔にぞっとした。

 冷たくて鋭い、それでいて美しく、まるでその場を支配する女王さながらの笑みに、ヒュイスは少し、恐怖を抱いた。


 しかし、その笑みはユキが目を閉じて一瞬で隠された。そして次に目をあけたときには、その瞳には、苛立ちと怒りが込められていた。


 ユキは剣先を敵に向け、会場に響き渡る声で発した。


「全員でかかってこい‼ 今気が立っているこの私に勝負を挑んだこと、後悔させてやる‼」



 うおおおおっという雄叫びと共に、ユキの剣は月明かりに照らされてキラリと輝いた。



読んでくださってる方、ごめんなさい!遅くなりました!

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