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3.隠された真実と暴かれた本性



『……なにその気味悪い髪色。気持ち悪い』



 先ほどの穏やかな口調とは違った冷たい声が響く。


 ユキは突然のヒュイスの変わりように驚いた。後ろで控えていた兵もざわっと一瞬騒ぎ出した。もちろん言葉もそうなのだが、先ほどまで人懐っこそうに穏やかに微笑んでいたヒュイスが、ユキに向かって蔑んだ目で遠目でユキを見下ろした。

 驚いたまま呆けているユキに、ヒュイスはしびれを切らしたのか溜息をついた。


「知らないの? 白銀は罪の色だって言われてるんだよ。どんな罪にも染まるからそれだけ悪だってこと」


「は、はあ……」


 ユキは曖昧に答えた。

 つまり、罪の色を持つことが悪なのではなく、何色にも染まる色をもつ白銀は罪の色にも善の色にも染まる。だからこそそれを持っているだけで悪になる、ということだろうか。なるほど、カグネ王国に伝わる文化なのだろうか、などと感心していると、スバルがユキとヒュイスの間に入るようにして、ヒュイスと対峙した。


「ヒュイス王子。あまり我が国の騎士を愚弄するのもいい加減にされよ」


「騎士?」


 スバルは少し怒ったようにヒュイスに言い放つと、それにヒュイスは不可解そうに片眉をあげてユキを見てユキの顔から全身を眺めた。すると腰にある剣を見て、その動きを止めた。


「……ふーん。君の恋人じゃなかったんだ。そっちの国でも女性が戦う風習があるんだね。意外だったよ。もっと堅苦しい風習ばかりかと思っていたからさ」


 すると、ヒュイスは目を細めて小馬鹿にしたような態度で話した。どうやらユキのことをスバルの恋人と勘違いしていたらしい。確かに女性が騎士となるような文化はコントラス王国ではなかったし、あまり一般的ではないだろう。ユキも実力があっても周りの騎士たちから認められるには時間がかかった。実力を見て認めるものもいれば、女性のくせにと差別されることもあった。全員に認められたかったわけではないが、やはり同じ騎士として誇りを持っている分、認められたいと多少は思ってしまうのだ。

 しかし、ヒュイスの言葉を聞く限りではカグネ王国は女性も戦う存在であるらしい。珍しい文化だ。ユキも同じくコントラス王国の堅い風習で悩まされた一人ではあるので、ヒュイスの言葉にどこか同調してしまう部分があり、あまり反発心もわかないが、スバルはそうはいかないだろう。

 するとスバルは不機嫌そうに眉を潜めながらヒュイスを見返した。


「……交流が一度もなかったとはいえ、少し勉強不足なのではないでしょうか?」


 スバルがそう言うと、ヒュイスは肩をすくませて馬鹿にするように笑った。


「嫌だな。下調べしてこの評価だと思わないわけ? ああ、めんどくさ」


「……」


 あまりの態度にさすがのスバルも黙り込む。その姿をユキは背後から確認した。

 しかし、先ほどとはまるで別人かと疑いたくなるような話し方と態度。

 実はこれが素なのだろうか。そう思って内心首を傾げた。


 すると、先ほど案内した老執事がヒュイスに速足で近づき、耳打ちした。


「ヒュイス王子。口調が乱れております」


 それにヒュイスは、呆れたように笑って答えた。


「もういいでしょ? 何もかも疑われるなら隠さず素を出した方が賢明だよ」


「……」


 そう言いながらヒュイスはスバルに目線を向けていた。それにスバルは押し黙ったままヒュイスを見返す。


「夜に歓迎の食事会を用意しているから、それまでにはゆっくりしなよ。ごめんだけど、もう猫被るのしんどいから、素で話させてもらうね。周りはうるさいけど」


「……好きにすればいい」


 スバルもスバルで先ほど見せた友好的な態度は消え、何も感情がない瞳でヒュイスに答えた。それにヒュイスは猫目の瞳を細めて楽し気にしたり顔で笑った。


「君だってそれが本当じゃないでしょ? スバル王子」


「……」


 それにスバルは黙ったまま睨むようにして見返す。二人のピリピリした空気に後ろにいる兵たちは息を飲んで見守った。

 もしこのままの状態が続いたのなら、カグネ王国と国交を繋ぐことはできないかもしれない。

 そんな不安が兵たちから伝わってくる。中には先ほどの無礼なヒュイスの態度に怒りを孕んでいるものもいた。それにユキは落ち着けという意味を込めて、後ろに控えている兵を横目で睨んだ。


 すると、ヒュイスは急に興味を失くしたようにふっと瞳の色を失くした。

 

「……隣国って言っても疲れたでしょ。式典は明日だから夜までは休むといいよ」


「お心遣い、感謝いたします」


 それにスバルは、心にもない平坦な声で返す。ユキはちらりとスバルを確認した。

 スバルはヒュイスを少し睨みつけるように目を細めていた。その瞳にあるのは、呆れと静かな怒り。


(これは怒っているな。確かに相手の王子の態度はひどいものだが……)


 きっかけはユキの髪色のことだったが、ヒュイスのこの飄々としたなめた態度から見るに時間の問題だっただろう。

 しかしそれでカグネ王国はいいのだろうか。こちらの予想通り貿易の拡大を狙うのであれば、むしろカグネ王国がこちらに礼儀を働くのが最もなはずだ。このような見下すような態度ではとても良い関係を築くなどとはいかなくなる。


 何を考えているのか、いまいち読み取れない。

 それがどうにも不気味だ。


 すると、先ほどの老執事はスバルに近付き丁寧に頭を下げる。それに少し気品が感じられた。

 

「お部屋に案内いたします。こちらへ」


「……」


 スバルは頭を下げた老執事を一瞥して、小さく頷いた。

 老執事に案内され、扉の外を出ようとしたときスバルは少しだけ後ろを向いた。

 ヒュイスは笑みを浮かべてスバルたちに向かって手を振っていた。

 


@@@@@@@@@



「なんだあの男」


 案内された部屋に着くと、スバルは開口一番に吐き捨てるようにそう言った。

 それにユキは苦笑いを浮かべた。


 城と同様に金色を基調とした壁紙。そこにはタペストリーが飾られている。二匹の虎が食らいあっている絵柄だ。やはりこれがカグネ王国の国旗であり、王族の印なのだろう。しかし仕方がないとはいえ、休み部屋に置くべきものではない。なんとも趣味が悪い。

 大きな薄い天幕のついたベッドは、いかにも高級品でふかふかそうだ。その近くには窓があり、そこから光が透けた布を通って差し込んでくる。さらにこの部屋は二部屋続きで広い。一つは寝室で、もう一つはソファやデスクなどのある程度くつろげるスペースが用意されている。なんだかんだ言いつつも、それなりの部屋を用意してくれたみたいだ。


 ユキは部屋を確認するため少し周りを見渡したあと、ユキはスバルに視線を戻した。


「まあ、私は思ってたよりいい印象ですよ」


「はあ? どこがだよ」


 ユキの発言にスバルは心底信じられないような不可解そうな顔を向けた。

 それにユキは、嬉しそうに目を細めた。


「ああやってはっきり物を言うところは好感が持てます。こそこそしてるより、よっぽどいい」


 ユキは令嬢の時も、爵位の低いユキがスバルの婚約者に選ばれたことで舞踏会や夜会では、他の令嬢たちにこそこそと悪く言われたし、ユキを陥れるためのありもしない悪い噂も流されたり嫌がらせも受けたりもした。ユキはそんな卑屈なやり方が好きではなかった。確かになぜあの時ユキが婚約者に選ばれたのか謎ではあるし、今でもわからないが、それなら正々堂々と立ち向かってくれていた方がユキだって少し考えたのだ。しかしあの時は恋に盲目で、もし正々堂々と来られたとしても、譲るなんてことはしなかっただろう。人のことは言えないなとユキは昔を思い出しながら内心笑った。

 騎士になりたての頃も、よく周りの騎士たちからもこそこそと言われてきたので、ユキにとってヒュイスのような態度は珍しく、新鮮だったのだ。


 すると、スバルは黙ったままじっとユキを見た。ユキは何だと思って首を傾げた。


「……平気なのかよ」


 ユキは少しドキッとした。

 少し心配そうに細められた瞳。スバルがヒュイスの発言に傷ついていないか確かめてくれているのだ。ユキはその優しさが嬉しくて、安心させるように微笑んだ。


「平気ですよ。あんなの言われ慣れてますし、この髪色は王城でも驚かれました。それに……」


「……?」


 途中で止められた言葉にスバルは眉を潜める。そのときユキは、先ほどヒュイスとの謁見で起こったことを思い出して笑った。


「あれだけはっきり言われてしまうと、なんだかおかしくって……ふふ」


 ユキは今まであんなにもはっきりと悪く言われたことはなかった。父代わりであったツクヨ男爵には暴力と言葉で散々嬲られたことはあったけれど、ヒュイスはなんだか違う。悪く言うというよりも、本当に正直に思ったことを言葉に出した、という感じだった。傷つけようと思って吐いた言葉と、傷つけるつもりがなくとも悪口が正直に出た言葉では、同じ悪口でもひどく印象が違うものだ。

 ユキにとっては前者が多かったので、悪く言われてもユキにとっては好感が持てたし面白かった。

 王子としては最悪だが、個人としては思ってたより悪い人ではないのかもしれない。


「……そうかよ」


 そう思って笑っているとスバルの不機嫌そうな声が聞こえて顔をあげた。しかし顔をあげたときには、スバルはユキに背を向けてソファに座っていた。それに首を傾げながらも、ユキは気にせず背筋を伸ばした。


「では、私は隣で荷解きをしてきます。何かあればお呼びください」


 スバルは返事をしなかったが、ユキは踵を返して部屋を出ようとした。


「……ユキ」


 すると、背後から名前を呼ばれてドキリとしながら振り向く。

 振り向いた先のスバルはこちらを見ていなかったが、確かに呼ばれた。

 最近、あの暗殺未遂事件からよく名前を呼ばれるようになった気がする。

 ユキは未だに慣れない。呼ばれるたびにドキドキと心臓が鳴ってしまう。

 ユキは心臓を高鳴らせながらスバルを見ていると、スバルの優しい声が聞こえてきた。


「お前の髪、俺は嫌いじゃない」


「ッ!」


 ユキは思わず自身の髪を押さえた。

 そして、かあっと顔を赤らめた。先ほどより心臓がうるさい。顔が熱い。耳も熱い。

 ユキはドキドキと高鳴る心臓を押さえるように唇を噛んだ。

 スバルは不思議だ。ユキの心を一瞬でかき乱す。たった一言。たった一言なのに。 

 スバルが振り向いてくれていなくてよかった。そうしたらこの赤くなった顔を見られるところだった。そうすればユキの気持ちがばれてしまうかもしれない。

 

「あ、ありがとう、ございます……」


「……別に」


 ユキがなんとか絞り出した声に、スバルは無愛想に答える。

 

 そしてユキは、少し速足で部屋を後にした。



――――

―――――――――



「~~ッ! スバル殿下はすけこましなのか……ッ⁉」


 部屋に戻ったユキは、恥ずかしさを誤魔化すように顔を赤くしながら、ベッドにあった枕をバンバンと叩いた。


『お前の髪、俺は嫌いじゃない』


 先ほどから頭の中で何回もスバルのあの言葉が響く。

 

「わああああッ! もうッ!」


 ユキはさらに叩く力を強めた。

 

 あんな風に優しい声で褒められると嬉しいではないか。けれど、何にも心の準備ができていないのに、突然褒めるのは本当にやめてほしい。ユキの心臓がもたない。


 今まで少し目立って好きではなかったこの白銀の髪。ずっとツクヨ男爵から隠すように言われていたので、ユキ自身もこの髪はいけない何か悪いものだと思っていた。

 騎士になってから髪を隠さなくなったが、やはり目立つし「気持ち悪い」とかも言われた。コントラス王国では、スバルのような黒髪は王族だけであり、それ以外茶髪や金髪などはいても白銀の髪はめったにいない。ユキも今まで自分以外に出会ったことがない。おそらくどこかの国の血が混ざっているのだろうが、ユキは知らない。

 

 それなのに、スバルはユキの髪を嫌いじゃないと言ってくれた。

 それだけで、今まで言われた髪に対する様々な言葉が吹き飛んで、ユキはこの髪が輝かしく思えて、嫌いじゃなくなるのだ。


「……」


 叩く手を止めて、ユキはベッドに倒れこんだ。

 

(女性を褒め慣れているな……。どうせ私以外にもああやって褒めているんだろうな)


 ユキは冷静になって考えてみた。

 髪を褒めたり髪型を褒めたり、婚約者時代には一度も言われたことなかったのに、どうして今更になって褒めたりなんかしたのだろうか。

 答えは一つ。女性に慣れだしたからだろう。

 ユキは五年間スバルの婚約者だったのだ。もちろんその間はユキ以外の女性とは碌に接触しなかっただろう。けれどユキと婚約破棄した今ならばそれも関係ない。きっとスバルはそれをきっかけに女性と関りを持ち始めたのだ。先ほどのスバルの目的は、ユキを褒めて意欲をあげようとかそんなところだろう。


 自分を特別などと思ってはいけない。

 それは愚かな思考だ。

 

 ユキは、ぎゅっとベッドのシーツを握る。

 どこかでズキリとわからない音が聞こえた気がしたが、ユキは気にしなかった。


 すると、ふと疑問に思って顔をあげた。

 

 そういえばスバルは婚約者がいなくて大丈夫なのだろうか。

 ユキが婚約破棄されてから三年が経った。どうしてスバルは婚約者を選ばないのだろうか。

 ユキが就任してからも、お見合いをしている姿なんか見たことがない。

 もしかしたら候補が多くて、選びきれていないのかもしれない。

 

「……早く、婚約者が見つかるといいな……」


 ユキはぽつりと呟いた。


 そうだ。早く婚約者が見つかればいい。

 そうすればきっとこの気持ちは抑えられる。忘れられずとも抑えられるはずだ。

 今婚約者がいないからこんなことになってしまうだけなのだ。

 スバルだって好きな人ができれば、きっともうユキにこんなことを言わないはずだ。

 そしてそのままスバルが幸せになれば、ユキは幸せだ。


「……」


 何か聞こえる。どこかで泣く声が聞こえる。

 心臓が締め付けられる。痛いと泣いてる声が聞こえる。

 けれど、ユキは気にしない。気にしないのだ。そんなものに構っていられない。

 だって今は、スバルの幸せを願うことに集中したいのだ。

 

 ――だから、邪魔をしないで


 そう思いながら、力なく枕を殴った。

 


――――

―――――――――



 そしてユキは荷解きをするためにベッドから身体を起こし、トランクを開いた。


「なんだこれ……」


 トランクの中には、自分が準備した物以外に見慣れない物が入っていた。

 丸い金属の球に紐が垂れている。大きさは拳ほどあるものだ。

 よくわからず持ち上げて眺めていると、トランクの中にそれ以外に手紙が入っていたことに気づいて読み上げた。


『お嬢様へ。

 まさかカグネ王国にお嬢様が行かれるなど、そしてその中でも男集団にお嬢様お一人で行かれるなど……いかつい男どもに襲われないかと思うと、サヤは心配で夜も眠れません。なので、最近巷で有名の防犯道具をお渡しします』


 メイドのサヤからの手紙だった。

 読んでユキは苦笑いを浮かべた。

 今回の訪問でついて行きたがったサヤだったが、さすがに危ないので断ったのだ。そのときの不貞腐れた顔を思い出して、ユキは笑いを漏らした。この手紙はその片鱗だろう。せめてと思って忍ばしたのだと思ったのだと思うと、ユキはそんなサヤの心遣いが嬉しかった。

 

「けどこれが防犯道具?」


 ユキは改めて手に持った球を眺めた。

 どう見て防犯道具には見えない。相手に致命傷を与えられるようなものには見えないし、気絶をさせられるほど固くはない。どうやって使うのだろうと思い、不意に球から垂れていた紐を引いてみた。


 カンッカンッカンッカンッカンッ!


「な、なんだ⁉」


 紐を引っ張ると球のなかで振動を立てて音を鳴らした。ユキはびっくりして床に球を落としてしまった。

 すると、隣の部屋からバタバタと慌てたような足音が聞こえてきた。


「おい! どうした!」


 すると、スバルが勢いよくユキの部屋に入ってきた。

 焦ったような顔をしたスバルはユキの姿を見て、すうっとその焦りが冷めたように真顔になった。


「……何してんだお前」


「い、いえ……」


 ユキは、鳴りやまない球を抑え込むようにして身体で覆ったのだが、スバルから見れば床に身体をうずめているおかしな姿に映っただろう。目が合ったユキは、冷や汗を流しながらスバルに答えた。その間にもカンカンと球はうるさく鳴り響いている。

 どうやら球の中にある小さな球を垂れさせそれに紐を引っ掛けたものが入っているらしい。そして外から紐を引っ張るとその反動で金属同士が何度も反復し音が響くのだ。ベルと同じ要領だろう。なるほど、この音で周りに助けを求めるのか。余裕のない咄嗟なときならばいいかもしれない。


 しかし、安易に引っ張る物ではないな、とユキは反省した。


 

@@@@@@@@@



 夜になり、カグネ王国の王城ではスバルを歓迎する食事会が開かれていた。

 

 スバルとヒュイスは縦長の長いテーブルに隣り合って座っていた。

 目の前では音楽隊が演奏する曲とともに、目の前で剣舞が披露されている。屈強な男の力強い剣舞はとても迫力があって見ごたえがある。さらに天井のステンドグラスから月明かりが差し込み、剣舞は一際際立たせていた。その剣舞の内容はカグネ王国が長きに渡った歴史になぞられていた。北から南下していった苦労や英雄談。そしてカグネ王国ができるきっかけとなった革命の話。スバルは食事をしながら一連の剣舞を鑑賞して、その後ろでユキも待機していた。他の兵は、会場内の端に固められている。

 

「食事は楽しんでる?」


「……ええ」


 すると、ヒュイスはワインを飲みながらスバルに話かけた。

 ヒュイスが今飲んでいるワインは、コントラス王国の物だ。今回の訪問で持参した最高級の代物だ。友好の意味を示す意味でヒュイスに授けたのだ。

 話しかけられたスバルは、ちらりと横目でヒュイスを見た後すぐに視線を戻して素っ気なく答える。それにヒュイスはおかしそうに少年のように笑った。


「そう怒らないでよ。君の騎士を馬鹿にしたことは反省してるよ。だってさ、一応これって外交でしょ? なのに女なんか連れてくるから、頭が花畑の馬鹿王子かと思ったんだよ。ごめんごめん」


 ちゃんと外交だと思っていたのか。

 それにユキは内心驚いた。これまでの態度から暇つぶしぐらいとしか思っていないものかと思っていた。何せ相手は十四歳ほどだ。まだ子どもゆえに、こんな無礼な態度をとっているのかと思ったのだ。

 それを理解した上でのこの態度なら、少々厄介だ。

 どんな言葉でも躱されるかもしれない。どこまで交渉できるだろうか。


 同じことを思ったのか、スバルはヒュイス顔を向けた。


「……お言葉を返すようですが、もし私の恋人だとしても、どちらにせよ失礼にあたるのでは?」


「まあそうだね」


 悪びれもなく平然と言うヒュイスにスバルは苛ついたように片眉をあげた。

 すると、それを見てヒュイスは、いたずらっ子のようににやりと笑った。


「ねえ。めんどくさいから、もうそろそろ素で話したら?」


「……」


 ヒュイスの言葉にスバルはじっとヒュイスを見返した。

 しばらく黙って見つめた後、スバルははあっと溜息をついた。


「……確かに。お前に対して取り繕っても無駄だな」


「わお。そっちの方が君らしいね」


 素で話し始めたスバルにヒュイスは嬉しそうに声をあげた。ヒュイスはワインの入ったグラスをスバルに差し出した。そしてスバルはそれに答えるように自身のグラスを突き合わしカンっと景気のよい音が響いた。

 しかし嬉しそうなヒュイスに対し、スバルは未だ不機嫌そうだ。不本意に本性が明かされてしまったため、これからどうするか考えあぐねているのだ。

 すると、スバルから先に口を開いた。


「……なぜこの時期に自国とコンタクトを取り始めた?」


「急に確信をつくなぁ。……まあ、正直に言うとコントラス王国がどのくらいのレベルなのか知りたくてね」


「レベル?」


 スバルが聞き返すとヒュイスはグラスに入ったワインを遊ぶようにしてゆらゆらと揺らした。


「昔のこともあるだろうけど、安心してよ。別に何か仕掛けちゃいないよ。お隣さんの国がどのくらい力があって、どういう立場で、どういうことをしているのか。単純に気になっただけだから。今回は本当にそれだけ。おしゃべりの場だよ」


 先ほどの人を遊んでいるような態度とは違い、真剣な声色からその話が本当かどうかが分かった。今のヒュイスの話は本当だろう。もしスバルたちを貶め入れようと考えているなら、もっと友好的な態度を示し相手を油断させるはずだ。しかしそれならヒュイスのこの態度は不自然だ。まったくカグネ王国にメリットがない。それを確信してスバルは目を伏せた。


「……なるほどな。俺も同じ考えだ」


「そう、よろしく。そういえば、君の騎士は強いの?」


「わ、私ですか?」


 急に話を振られたユキは驚いた。まさか、急に話を振られるとは思わなかったので碌に反応できなかった。すると、スバルは背後にいたユキに視線を向けた。


「……うちの国では一番の騎士だ」


「へえ! それは楽しみだ!」


「……?」


 スバルの言葉を聞いたヒュイスは身体を前のめりにして、いつもの少年っぽい嬉しそうな笑みを見せた。しかしスバルとユキはその言葉の意味が分からず眉を潜めた。それにヒュイスは機嫌よく説明した。


「いやいや、うちも元戦闘民族なもんだから、血の気の多い奴が多くてね。明日の式典で模擬戦があるんだけど、ぜひ出場しない?」


 問われたユキはちらりとスバルに視線を送った。目が合ったスバルは一瞬考えたあとこくりと頷いた。


「……私は構いませんよ」


「よし! 決定だ! 楽しみにしてるよ」


「……」


 ――これは、勝たなくてはならない。


 建国百年を祝う式典。きっとカグネ王国国民全員が注目するだろう。

 カグネ王国の民は元は戦闘部族だ。ヒュイスの言葉から未だ力に対して重きを置いてる可能性が高い。そこでユキが出場して力を見せつければ、一個の牽制となるのではないだろうか。

 コントラス王国には、国の英雄『コントラスの鷹』の弟子がいる、と。

 かつてユキの師匠のキリエルはカグネ王国を追っ払ったことがある。そこから沈黙を貫いたカグネ王国なら、その弟子が模擬戦で勝ったとなればコントラス王国の力を見せつけるとともに、牽制の力が働くはずだ。これでしばらくはカグネ王国からの脅威はなくなる。

 ヒュイス自身がどういう意図で参加を勧めたのかわからないが、スバルはそれがわかってユキに出場させたのだ。そしてユキもスバルの意図を読み取ったゆえに返事をした。

 ユキは、気合を入れるように腰に下げた剣に触れた。


 すると、目の前で起こっていた剣舞が終わり、音楽隊が演奏する優雅な音楽だけが流れ出す。それと同時に次の料理が運ばれてきた。

 それを機にスバルはヒュイスに問いかけた。ずっと不可解に思っていたことがあった。


「今、カグネ王国は何をして経済を保ってるんだ? 貿易が限られている分、自国で生産する事の方が多いだろう」


 それに対し、ヒュイスは動じずけろりとした顔で答えた。


「そうだね。賄い切れていないのは確かだよ。輸入は雑貨品とか食料だけだしね。昔は鉄とか武器とかを輸出してたんだけどね。それも戦争がなくなり始めてからは、昔より価値が下がって大変だったよ」


 しかしヒュイスの言葉にスバルは眉を潜めた。


「だったらなぜ街に武器があんなに展開されている? どこかで輸入してきたものだろう。戦争でも起こす気か」


「まさか。もしかして疑ってる?」


「……」


 こてんっと首を傾げスバルを見るヒュイスにスバルは表情を変えずに見返した。するとヒュイスはスバルから顔を逸らして運ばれてきた料理に手をつけた。


「鉄も完全にやめたわけじゃない。鉄鋼が採取できるからね。それに、僕たちは織物も輸出しているよ。もとは民族だったから独自の生地を編み出してそれを輸出して利益を得てる。それが今の収入源だ。今夜の寝間着は我が国の織物から作られた最高の物だから楽しみにしているといいよ」


「……それでも納得できねぇな。街は活発に商業を営んでいた。お前の言葉の通り賄い切れていないという言葉が信じられないくらいにだ。それに、この城の豪華さはなんだ。動いている金に対しての勘定が合わない。一体どこから金が湧いて出てきている?」


「……」


 見たところ、売っていた鉄の価格も食料も最適な値段だ。街の様子から国民から無理やり金を巻き上げているわけでもなく、不当に働かせている様子もない。どうやってカグネ王国は、国を維持している。その金はどうやって賄えているのか。


 どう考えても不可解だ。

 カグネ王国は、何か隠してる。


 そう思ってヒュイスを伺うと、ヒュイスはにやりと笑った。


「――――」


 その口が動こうとしたとき、天井からガラスの割れる音が響いた。


「……⁉」


 スバルとユキは驚いて天井を見上げる。



 天井のステンドグラスから、ガラスの破片と共に何人もの人間が勢いよく入ってくるのが見えた。



なんちゃって経済を許してほしい……

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