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0.なんてことのない暑い日だった



 スバルの暗殺未遂事件から、数か月がたった。

 海を覆う最大大陸ヴァルセリア大陸の西に位置する沿岸にある国、コントラス王国にある王城ウィスタルス城では、国家予算確定の穴場を超えて夏を迎えた。


 少し蒸し暑くなった執務室で、三人の青年らと少女は机に向かって業務に取り組んでいた。


「スバル殿下。休みが欲しいっす」


 金髪にエメラルドグリーンの瞳を持つまるで彫刻のような美しい、人懐っこそうな青年は暑さに眉を潜め汗を垂れ流しながら、斜め先にいる上司である青年に要望を投げかけた。すると、艶やかな黒髪に思慮深げな灰色に近い青い瞳の目つきの悪い無愛想そうな整った顔立ちをした青年が、涼し気な眼差しで書類を確認しながら、顔をあげずに口を開いた。


「却下だ」


「なんで⁉」


 黒髪の青年の答えに金髪の青年は、勢いよく顔をあげて驚愕した。しかし逆に黒髪の青年は顔をあげずに睨みつけるように書類の文字を目で追っていた。


「このクソ忙しいときに何言ってんだ、お前。時期を考えろ」


「時期考えて言ったんすよ! てか、あんたのところにいるとずっと忙しいよ! 休みくれよ!」


「却下だ」


「悪魔かあんたは‼」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいる金髪の青年に黒髪はめんどくさそうに一言で一蹴する。金髪の青年が顔をあげたせいで汗が流れ、書類に数滴汗が垂れた。すると同じように書類仕事をしていた少女は、その暑さに見かねて窓を開けた。開けた窓から少し風が入り、机に並べていた書類の山が揺れる。


「ユウトは、休みをとって何がしたいんだ?」


 その暑さとは違い、涼しそうな腰まである長い白銀の髪が風で揺れ、黄金の瞳が優し気な眼差しで金髪の青年を見る。少し切れ長の目元が理知的な印象を与えるが、満月のような丸い黄金の瞳が幼い印象を与え、どことなく危うげで神秘的な魅力を放つ。太陽に輝く透き通った白い肌を持った美しい少女が微笑んで金髪の青年に話しかけた。


 その三人、スバルとユウト、ユキはいつも通り業務にとりかかっていた。


 今は、各地で上がってきている状況書類の確認、午後の議会の書類、他国の状況把握などすることが多い。しかしこれのほとんどがスバルの仕事だ。ユウトは書類補佐。ユキは護衛が任務であるが、今はユウトと同じ補佐のような仕事をしている。だからスバルがユウトに抜けてほしくないのは納得だ。それはそれでユキがユウトほど実力がないことがわかりユキは内心悔しいが。

 すると聞かれたユウトは、恥ずかしそうに頬を掻いて視線を逸らした。


「え、そりゃあ王都でちょっと女の子とですねぇ……」


 その答えを聞いてスバルの呆れた声が聞こえた。


「それもう何回目だ。そう言っていつも結局なんもできてねぇじゃねぇか」


「うるせぇっすよ! あんただって女の子に急に囲まれてみたらいいっすよ! ギラギラしてて怖いんすよ! あんな迫られたら逆に引くっすよ! 俺はもっとおしとやかな子がいいっす!」


 どうやらユウトは何回か休みを使って王都に遊びに行っていたようだ。しかしユウトの目的が女の子と接することらしい。ユキにはわからないが、やはり男性であるユウトには定期的に女の子と接したいという欲望があるのだろう。そこまで考えてユキは窓から離れて自分の机に座り、目の前で同じようにして座るユウトを見た。


「ユウト。殿下もこう言ってるし、私で満足していろ」


 そう言うとスバルとユウトは時が止まったかのように動きをぴたりと止めた。ユキは不審に思って双方を見やる。するとお互い驚いたようにユキを見ていた。

 時々は違う人と話したい気持ちもわかるがスバルが大変そうだから、ただ女性と話したいのならユキで満足していろと言っただけなのに。

 するとだいぶ長い一拍を置いた後、ふっとユウトは得意げに口角をあげた。


「…………ええ。もう慣れましたよ。そういう意味じゃないんすよね。はいわかってます。もう動揺とかしません。だからスバル殿下もそんな睨まないで」


「なんだ?」


 ユキが疑問に思ってスバルとユウトの双方を見る。スバルはユウトを睨みつけていたが、ユウトの指摘に「別に」と言って、また書類に目を戻した。その行動にもユキは首を傾げた。


「殿下も時々行ってみたらどうっすか? そんで俺と同じ思いを味わえばいい」


「興味ねぇよ」


「……そうっすね。あんたユキさんひとす……あぶねッ!」


 ユウトと話していたスバルだが、ユウトの言葉にスバルは遮るように一枚のコインを勢いよくユウトに投げつけた。ユウトはそれに気づいて顔を逸らして避けた。それにユキはなかなかの反射神経だと心の中で感心した。さすがスバルの補佐役だ。


 そしてユキは先ほどの話で一つ推測をあげた。


「そっか、なるほど。ユウトはお酒が好きなんだな。前もスバル殿下と飲んでいたもんな」


 王都には多くの酒場が存在する。コントラス王国では特産品となっているのがワインだからだ。海の近くということもあり、つまみの魚も多く捕れるので外国観光客からは酒場の国としても有名だ。それを目当てに訪れる客も多い。だからユウトも酒場にくり出したくて言っているのだろうと思ったのだ。しかしユキの言葉に、スバルとユウトは苦い顔をした。


「……そういえば、ユキさんはお酒どうなんすか?」


 ユウトは苦い顔をしたまま、話題を逸らすようにユキに質問した。


「私か? 私はあまりお酒を飲んだことがないからわからないな……」


「舞踏会や夜会は、酒の席と言っても基本的に交友の場だからな。酒は嗜む程度だろう」


 ユキの言葉に補足するようにスバルも会話に入った。


「へぇ。……ユキさん、酔うとどうなるか気になるっすね。意外に弱かったりして」


 茶化すように話すユウトにユキもおかしそうに微笑んだ。


「私は、二人の方が気になるけれど。酔うとどうなるんだ?」


 ユキが小首を傾げて問うと、ユウトはにやりと意地悪な笑みを浮かべた。


「スバル殿下は酔うと面白いっすよ」


「そ、そうなのか……?」


「おい! 余計なこと言うんじゃねぇ!」


 ユウトの言葉に驚くと同時に物凄い興味が湧いた。少し食い気味に身体を前にめりにすると、スバルから焦ったような声で諫められた。


「えー……。気になります」


「……ッ変なところに興味持つな!」


 スバルは酔うとどうなるのか面白くなるらしい。いつも舞踏会や夜会では少しお酒を飲む程度なので酔うほどではない。見合いで会う時もお酒など飲まなかったので酔った姿は見たことがない。いつも無愛想で冷たい態度を貫くスバルがどう面白くなるのかユキは少しワクワクと心が躍った。なのでスバルに諫められたユキは不満そうに唇を尖らせた。


「じゃあ、今度三人で飲みましょうよ!」


 そんな二人を見かねてユウトは明るい声で提案をした。しかしユキは肩をすくめた。


「ありがたい申し出だが、私は職務上飲めない」


 そう言うとユウトは興奮したように立ち上がってスバルとユキを見やった。


「いいじゃないっすか! 夜にちょっと飲むだけっすよ! いいでしょ⁉ スバル殿下!」


 スバルに顔を向けたユウトがそう問うと、スバルはチラリとユキを確認するように見た。目のあったユキは首を傾げスバルを見返す。

 ユキはスバルの護衛騎士だ。昼でも夜でもスバルを脅威から守るのが仕事だ。そのユキがお酒を飲むなんて職務怠慢もいいところだ。もし酔ってしまった時に、襲撃があれば碌に対応もできないだろう。それでスバルに危害を加えられたらユキは一生自分を呪うことになる。スバルが許可などするわけがない。

 じっとユキをみたスバルはだるそうに溜息をつきながら頬杖をついた。


「……まあ、時々はいいだろ」


「ええ⁉ よろしいのですか……⁉」


 まさか許可されるとは思わず、ユキは驚いて声をあげた。するとスバルは目を細めてユキを見た。

 

「たまには自分を甘やかしとけ」


「は、はい……」


「んじゃあ、今夜にでも飲みましょう! お酒用意しますね!」


 スバルの言葉に茫然と頷く。細められたスバルの瞳にはユキへの気遣いが見えた。もしかして、毎夜護衛しているユキのことを労わって許可してくれたのだろうか。その優しさに先ほどとは別に胸が躍った。

 けれど、スバルは勘違いしている。別に夜に護衛をしているのは辛くはないのだ。むしろスバルのそばにいられる理由がこの護衛なのなら、ユキは何をしても平気だ。辛いことなど一つもないし、労わってもらえるほどユキはまだ何もしていない。

 数か月前にあったスバルの暗殺未遂も、言ってしまえばユキのせいで起こってしまったものだ。スバルは何も言わないが、ユキはこれではいけないと思っている。もう二度と自分のせいでスバルを危険な目に合ってほしくない。


 もう、好きな人が傷つくのは嫌だ。


 毒を飲んだと知った時は、本当に怖かった。

 スバルが死んでしまったらどうしようと、そう思って怖かった。

 もうあんな思いはしたくない。もっと強くならないと。

 今度こそ、ユキはスバルを守るのだ。たとえ騎士と認められていなくても、ユキは絶対に成し遂げてみせる。

 そうユキは決意を固めた。




『いつか、お前に伝えたいことがある』


『ああ、約束だ。その誓いに誓って、俺も必ず伝える。……必ずだ』




 そこでふと誓いだと言ってユキを抱きしめたスバルを思い出した。その時のことを思い出してユキは胸がぎゅっと苦しくなった。


 スバルも同じように何かを決意したから、あんなことを言ったのだろうか。


(何を、伝えたいんだろうか? 改めて言う事だからきっと重要なことなんだろうが……。しかも、私が怒ることってなんだ? 『騎士と認めない』とかか? 今さら? そんな改まって?)


 ユキは様々な推測を立てたがわからなかった。

 けれど、ユキはどんなことを言われようとスバルから離れる気がない。たとえ嫌われても、というかもう嫌われているが、ユキは護衛騎士を辞めない。どんな罵声を浴びせられようと、どんなひどいことをされても、ユキにとってスバルがすべてなのだ。きっとどんなことをされても、ユキのこの気持ちは褪せることはない。たとえ叶わない恋だとしても、結ばれなくても、スバルが誰かと一緒で幸せになれるのなら、その現場にユキが立ち会えるのであれば、ユキはそれでいい。

 だから、今こうして冗談を言い合って小突いてる、こんな時間と関係が幸せだ。心の底からそう思う。



 いつか、好きで、好きで、仕方がないこの人の幸せを隣で見れる、そんな存在であればいい。



 ユキの願いはただそれ一つだ。

 だから、そのためにもユキはスバルを守るのだ。

 


 すると、扉からノックが聞こえ「はい」とユキが返事をする。


「失礼します。書状をお届けに参りました」


 扉を開けたそこには大きな木箱を抱えた宮廷の官僚がいた。中を見ると多くの手紙が重なった状態で木箱に入っていた。ユキは木箱を受け取り、部屋に戻って自分の机に戻った。

 

「サシテッド侯爵からの夜会の招待状、レイエス伯爵からの舞踏会の招待状、招待状、招待状、あとは各領地から挙がっている報告書と商人からの謁見依頼……。いつも通りですね」


 ユキは手紙を読み上げながら、手紙を確認するように木箱から出していった。

 多く挙がっている舞踏会や夜会の招待状はいつも通りだ。スバルは王子であるがゆえに様々なイベントに招待される。各地の領地や伯爵や侯爵などの貴族たちの主催のものは必ず王子が呼ばれる。夜会や舞踏会などは来場者によって主催者がどれほどの関係性を持っているのか一目で把握できる。王子であるスバルが来場するということは、それほど深い関係であるとアピールできるのだ。なので、たいていのイベントごとにはスバルは必ず招待されている。

 もちろんスバルもそれをわかっているので、全部の招待に出るわけではない。関係を維持しなければならない人だけを厳選して出席するようにしているのだ。これも公務とはいえ、スバルはあまり出席したくはないようだが。その証拠に読み上げているユキの言葉に、スバルは嫌そうに顔を歪めた。それを盗み見てユキは少し笑った。そういえば、初めてスバルを見かけた夜会でもスバルはつまらなさそうにしていた。

 懐かしい思い出に浸りながら手紙の宛名を見ていくと、一つ色の違う便せんがあった。


「……ん?」


 淡い緑色の便せんだ。珍しく思い、ユキは宛名を見るために便せんを裏返した。


「……!」


 裏返した先の宛名にユキは驚いて目を開いた。



「カグネ王国第一王子ヒュイス王子からの、王城への招待状……?」


「……!」


 ぼそりと呟いたユキの言葉に、スバルもユウトも驚いてユキに目を向けた。

 少し、蒸し暑かった執務室に緊張が走った。



 カグネ王国



 そこはコントラス王国の隣国であり、かつてコントラス王国を侵略しようとした元蛮族の国だった。



第二章です!


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