番外編:スバルの苦労とユキとのすれ違い
その次の日、スバルとユウトとユキはいつもの通りに執務室で黙々と仕事をしていた。しかしスバルはチラチラとユキを見ていた。
落ち着かない。
ユキの変わらない様子から、昨夜の会話は聞こえていなかったようだ。
昨夜、あんな話をしたせいでどうしてもユキを意識してしまう。
嫌われては、いないはずだ。
ユキ自身がそう言ってくれたし、そばにいてくれると言ってくれた。
だからせめて、褒めるぐらいはしてもいいのではないだろうか――……?
これからずっと、何も伝えも褒めもしないで、このまま放置してしまうなど正直最悪だ。そばにいると言ってくれたユキに、スバルも何か行動しなければ。いつまでもユキの好意に甘えてられない。
ユキにもらった分、スバルも何か返したい。
「……ユキ」
「……ッはい?」
名前を呼ばれたユキはぴくっと肩を揺らして、振り向いた。その頬が少し赤い。
こう見てもやはりユキは自分のことを好いていると思う。なぜ急に頬を赤くしているのかはわからないが、その表情にドキッとした。
しかし顔を赤くしてこちらを見てくるものだから、スバルも緊張して顔を強張らせた。口を開こうとしたが、閉じて顔を逸らした。
何を怖気づいている。
スバルはぐっと眉を寄せてユキにもう一度顔を向けた。
ユキは頬を赤くしながらスバルをじっと見ている。それに怖気づいた心を叱咤してユキを見る。
そしてその美しい黄金の瞳を見返した。
「その……、その髪型……似合ってる」
スバルがそう言うとユキは驚いたように目を開いた。その反応にスバルは思わず目を逸らす。
ユウトも同じように驚いたように二人を見ていた。
なんだか小恥ずかしい。
今まで褒めるなどの言葉を口に出したことがなかった。さらに言うと長い付き合いのユキに対して今更褒めるなどの行為は思ったよりも恥ずかしかった。別に嘘を言っているわけではない。ただ思っていただけで口にしなかっただけだ。
「スバル殿下……」
するとユキは驚いた顔のまま、呆けたようにスバルの名前を呟いた。その声にスバルはちらりと横目でユキに目を向けた。ユキの反応が気になったのだ。
少し緊張しながらユキの反応を伺っていると、ユキの口がゆっくりと開かれた。
「気を遣わなくて結構ですよ? 身の程はわきまえておりますので」
「…………………………」
あまりの予想外の反応にスバルは驚きを通り越して、無心になった。ユウトも口をあんぐり開けていた。
しかしユキは気にせず、というか気づいていないのか、いつものようにスバルに微笑みかけた。
「あ、もしかして昨日、ユウトが褒めているのを見て、私が浮つかないか試されたのでしょうか? ……昨日の万年筆も、少し浮ついていた私がちゃんと仕事を行えるか試されたのですね。流石のお心遣いですね」
「……」
「でもご安心を。昨日のように心を乱すようなことはいたしません。常に平静に、冷静に保つようにしておりますので」
スバルは、そう胸に手を当てて得意げに微笑むユキを見る。
――スバルはもう、考えることをやめた。
「……そうか。そのまま励めよ」
「はいッ!」
スバルがそう言うとユキは姿勢を正して、嬉しそうに返事をした。
その様子をユウトは見ていられず、手で顔を覆った。
(スバル殿下……。俺なんだか泣きそうです……)
せっかくスバルが昨日の反省を活かして勇気を出してユキを褒めたのに、当のユキはけろりとした顔でぶっ飛んだ勘違いをしてしまった。
普通の女性ならば、ここで頬を染めて微笑むところだが、相手が手強かった。激しい思い込みと思いもよらない予想外の行動をするユキ相手では、普通のことをしても通じないのだ。
ユウトは少し想像してみた。
もし昨日のユウトの褒め言葉がスバル相手だったらこんなぶっ飛んだ勘違いをも起こさず、普通に受け入れて嬉しそうに笑ってただろう。しかしユウトが先手で言ってしまったため、後手に回ったスバルはこんな勘違いをされてしまったのだ。
なんという不運。しかし、相手がユキなら仕方がないとも思える。
こんなユキには正攻法など通用しないとわかっただけでも収穫だ。
ユウトは無理やりいい方向に思い込もうと、うんうんと心の中で呟いた。
ちらりとスバルの方を見ると、スバルは死んだ魚のような目をして書類のハンコを押し続けていた。
(ううッ、スバル殿下……なんという不憫……)
そんな憐れな姿にユウトは隠れて涙を流した。
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その日の夜。
ユキはいつものようにスバルの部屋に続く扉の前で警護をしていた。昨夜と同じようにユウトとスバルは二人で飲んでいるようだ。昨夜も警護しながらユウトの楽しそうな声が聞こえていた。
ユウトと一緒ならスバルも大丈夫だろう。ユキはいつもより少しだけ緊張を緩ませた。しかしユキはユウトがいるであろう扉の先を少しだけ睨みつけた。
羨ましい。ユキだってスバルと飲んでみたいのに。
ユキは少し不満げに唇を尖らせながらも、警護を続ける。
するとふとユキは今朝のことを思い出した。
『その……、その髪型……似合ってる』
思い出しながら少しユキは、ドキドキと胸を高鳴らせた。
「スバル殿下に褒められた……」
ユキはぼそりと呟いた。誰もいないこの部屋ではユキの声がよく響く。
制服じゃなかったが、髪型を褒められた。
褒められた。褒められた。スバルに褒められた。
初めて、初めて、褒められた。
スバルに褒め――……
(ふわああああああ……!)
ユキは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、興奮したようにベットに向かって走り、飛び乗って足をバタバタとバタつかせた。
嬉しい! 嬉しい――……!
初めて褒めてもらえた――……!
たとえ、ユキを試すために言われたと思っても嬉しい。
ユキは枕に顔をうずめさせながら、チラリと自分の髪に目を向けた。
白銀の稀有な髪。
今まで少し目立って嫌だったのだが、スバルが褒めてくれたのなら悪くない。
なんだかとても綺麗な髪に思えてきた。
「ふふふッ!」
ユキは機嫌よくベットから起き上がって、急いで化粧台に向かって自分の顔を見た。顔を右に左にと動かして横に花のように編み込まれてある髪型を確認した。この制服を着てからサヤがしてくれている髪型だ。ユキも可愛いと思っていたが、時間がかかるので簡単なものに変えてもらおうと思っていたのだ。
しかし――……
「どうかなさいましたか? お嬢様」
すると、サヤがワゴンを押してユキの部屋に入ってきた。サヤはユキの部屋に入るときはノックをしない。ノックしてもしなくても、ユキは気配で誰かいることをノックをする前に察するので、しても意味がないと思いサヤはユキの部屋に入るときはノックをしなくなったのだ。だからユキは突然入ってきたサヤに驚かない。
ユキはサヤに目を向けた。サヤが持ってきたワゴンには軽食がのせられている。夜に警護をしているユキのためにサヤが用意したものだ。いつもサヤがユキの夜食の分をこうして運んできてくれるのだ。スープにサンドウィッチ。暖かいスープの香りに食欲が誘われる。
しかしサヤはユキが機嫌よく化粧台の鏡を見ている姿に、不審に思ってユキを訝し気に見た。その視線にユキは少し恥ずかしそうに佇まいを直した。
「サヤ、あの……」
ユキはサヤから目を逸らしながら髪をいじる。恥ずかしそうにしているユキにサヤは首を傾げた。するとユキは、小さい声でサヤに声をかけた。
「明日も、同じ髪型で頼む……」
「……ッ! はい!」
サヤは一瞬驚いたように目を開いた後、嬉しそうに微笑んで声をあげた。
サヤは思った。
昨日の今日でどんな心境の変化があったか知らないが、積極的におしゃれをしてくれるのはサヤにとっても嬉しいことこの上ない。けれどユキがこうしておしゃれをしようとするなんて、きっとスバル絡みだ。何か言われたのだろう。何て言われたんだろうか。
サヤはウキウキしながら、持ってきた紅茶をカップに注いだ。
問いたださなくては。今夜は楽しくなりそうだ。
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一方そのころ。
スバルとユウトは、昨日と同じように飲み会を開いていた。
「スバル殿下! 落ち込まないで! あともう一押しです! 次は壁ドンで行きましょうッ!」
「……お前、もう黙ってろ……」
励ますように明るく声をあげるユウトに、スバルは手で額を覆って項垂れた。
この夜、お互いすれ違った二人は胸の内に秘めた想いを知らぬまま、そのまま夜が明かされた。
一応、苦労編終了です!
また、スバルがあのまま婚約破棄せずユキをそのまま皇后にしたときのIF世界も書いて載せようと思っているので、ぜひご覧になってみてください!




