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番外編:サヤの苦労

今回少し短いです。



 スバルに誓いを立てた、その次の日の朝。


 サヤは意気揚々としてユキの部屋を訪れた。もちろん、自分の主の身支度を整えるためだ。

 サヤが住んでいるのは宮殿の近く、宮殿の使用人たちが住んでいる住居だ。本来であれば、宮殿の使用人になるには代々王家に仕えている家柄の良い家系の者か、もしくは使用人の中でも歴の長いベテランの者だけだ。宮殿で働けるというだけで、使用人としての誉れと言われている。そんな中歳若い、さらにそれほど身分のないサヤが住み込みで働くことができるのは、第二王子のスバルの護衛騎士になったユキのおかげだ。

 けれどサヤにとっては誉れだとかいうのはどうでもいい。ただユキのそばにいて、お世話をしたいだけなのだ。


 ユキは昔からなぜか父に嫌われて、暴力を振るわれていた。館の使用人たちはそんな傷ついたユキには目もくれず、助けもせず、見ていただけだった。しかし、サヤは放っておけなかった。一人で痛みに耐えて、泣きもせず、助けもされない、そんな寂しそうな背中が見ていられなかった。大したことはできずとも、なんとか彼女の心に少しだけの安らぎを与えたかった。居場所はあると、そう教えたかった。

 話しかけてみたらユキはいい子だった。少し意地っ張りで思い込みが激しいところはあるけれど、見てみぬふりをした使用人を責めず、暴力を振るう父も責めず、自分がいけないのだとそう語る、心優しい人だった。

 だからサヤはすぐにユキが好きになった。この人の幸せになるところを見たいと思ったから、だから彼女と一緒についていきたかったのだ。


 サヤはそんな昔のことを思い出しながら、ユキの部屋に勢いよく入った。


「おはようございます! お嬢様」


「おはよう。サヤ」


 部屋に入るとユキはもう起きていて、騎士の制服を着てベットの端に座っていた。それは昨日サヤがアレンジした制服だった。それを目にしたサヤは目をキラキラと輝かせながらユキに近付いた。


「お嬢様、いかがでした⁉」


「……」


 あんなに嫌がっていたその制服を着ているということは、昨日何かあったに違いない。

 もしかしたらスバルに褒められたのかもしれない。ユキの魅力にメロメロにされてあんなことやそんなことをしたのかも。

 サヤはそう期待してユキにキラキラとした目を向けた。しかし当のユキはサヤのその視線に気まずそうに目を逸らした。


「何も……」


「ええ⁉」


 気落ちした声で報告するユキにサヤは声をあげて驚いた。

 制服を着て準備しているからてっきりうまくいったものだと思っていた。


 サヤは顔を引きつらせた。

 ありえない。ユキに似合うだろうと思ってこんなにかわいくアレンジしたのに。目の前で座っているユキをサヤは改めてみる。透き通るような白い肌に白銀の髪を持つユキには白い服は似合う。少し切れ長の丸い黄金の瞳だって、神秘的で引き込まれそうだ。同性のサヤでもその満月のような瞳の美しさにぼうっと見惚れてしまう。何より元の素材が可愛いからなんでも似合う。スバルの感性はどうなっているのか。心が通じ合うとまではいかずとも、褒めるとか見惚れるとかあってもおかしくないだろう。

 そういえばユキの令嬢時代、スバルに会うのにサヤが張り切って用意したドレスや飾りだって、今日も褒められなかったと落ちこんでユキが帰ってきたことが度々あった。

 サヤはもうスバルが同性愛主義者と言われてももう疑わない。

 

 会ったこともないスバルに無礼なことを思っていると、ユキは顔を逸らしながらも顔を赤くした。その反応にサヤも首を傾げる。


「けど……」


「けど?」


 顔を赤くしながら言いにくそうに口ごもってるユキに促すように声をかけると、ユキはもじもじと指をいじり始めた。


「……抱きしめられ……た」


「まあ!」


 サヤはユキの答えに嬉しそうに声をあげた。


 なんということだ! やっぱり何かあるじゃないか!


 しかも抱きしめられただって? その反応はもう一つしかないじゃないか。


 サヤは口に手を当ててワクワクとユキに話を促した。ユキは顔を赤くしてもじもじと指を動かしている。恥ずかしいのか声が小さくなってきている。


「そ、それで、その……顔を近づけられて……」


「まああ!」


 その先の行動を想像してしまいサヤも思わず赤くなる。


 まさか、まさか、そのまま――……⁉


 ドキドキと期待しながらユキに近付いて同じようにベットの端に座る。

 使用人という立場でも、やはり恋の話というのはワクワクしてしまうものだ。この時ばかりは使用人という垣根を越えて話せる気がする。

 期待しながらじっと見ていると、ユキは顔を真っ赤にしてサヤから気まずそうに視線を逸らした。


「思わず背負い投げをしてしまった……」


「なんで⁉」


 サヤは驚いて声をあげた。

 まさかの展開にサヤは驚きを隠せない。なにがどうしてそうなった。

 しかしサヤは気を取り直すように意気込んで話しかけた。


「でも成功ですよ! やっぱりお嬢様の魅力にメロメロになったんですよ!」


「いや、それはないと思うが……」


 そう言うサヤにユキは不審そうに眉を寄せた。しかしサヤは畳みかけるように話を続けた。


「けど抱きしめられたんでしょ? キスされそうになったんでしょ? それってもうそういうことですよ!」


「なッ‼ そ、そんなわけないだろ⁉」


 サヤの言葉にユキは顔を真っ赤にして否定した。否定するユキにサヤは不満そうに唇を尖らせた。

 そこまでされて何を否定することがあるのか。もうそれは確定だろう。

 抱きしめられて、キスされそうになっったとなれば答えは一つだ。


 きっとスバルはユキを好きになったのだ。

 

 例え見惚れただけだとしても、男性はそこまで何も思っていない女性にそんなことはしないだろう。する理由は一つ。気持ちが抑えられなかったか。好きになってしまったからだ。

 それしか考えられない。というかそれしかない。

 

 ああ、よかった。

 

 長年の想いがやっと叶ったのだ。これでユキは幸せになれる。

 長かった。八年の長い恋心を持ち続け一途に慕い続けるユキについに幸運が訪れたのだ。

 ユキを婚約破棄するなど頭おかしいのかと思ったが、スバルもなかなか見る目が合ったものだ。サヤも諦めずに努力してきてよかった。

 少し涙ぐんでいると、ユキが考え込むようにしているのに気づいてサヤは首を傾げた。

 すると、ユキは一度納得したように頷いてサヤの方に向いた。その顔に先ほどまで赤くしていた愛らしい表情はなく、真剣な面持ちをしていた。


「私が思うにあれは……熱があったのだと思う」


「なんで⁉」


 まさかの解答にサヤは声をあげた。何がどうしてそうなった。

 しかしユキは気にせず話し続けた。


「だって殿下の目、なんだか熱っぽかったし、今思えば身体も熱かった気がする。最近お休みになられていないようだったし、きっと疲れが出たんだと思う。きっとしんどくなって私にもたれかかったんだ」


「……じゃあ顔を近づけてきたっていうのは?」


「それは……きっと熱を計りたかったんだ! 人の体温で自分が熱があるかどうかわかるときがあるからな!」


「……」


 話してきてユキ自身も納得してきたのか自信満々な声色に変わっていった。

 サヤに見向きもせず、一人でうんうんと納得して笑うユキにサヤは複雑な感情で見つめた。


「ほら。やっぱり殿下は殿下だ。私にメロメロになんてなることはないよ」


「……」


 ユキはサヤに顔を向けると、安心させるようにサヤに優しく微笑んだ。


 ああ、この人はどうしてこんなにも自分に自信がないのか。

 

 サヤはなんだか泣きそうになった。

 

 なぜ向けられた好意をそのままに受け取れない、ある意味歪んだ性格に育ってしまったのか。

 あまりに不当な扱いを受けすぎて、自分を好きになってくれるわけがないと思い込んでいるのだ。

 どれもそれも、あの性格最悪な暴力男のツクヨ男爵と一度振ったあの見る目のないスバルのせいだ。

 さらに言えばスバルが一つでもユキを褒めてくれれば、ユキの中でもっと違っていたかもしれないのに。さっきの言葉から『ユキを褒めるなんて、ましやて好きになるなんてスバル殿下じゃない』って言っているようなものではないか。というか、なぜユキはそんなスバルが好きになったのか未だにサヤには理解できない。


 それに、好きになってくれないこと自体にユキは安心しているように見える。


 もしかしたら、変わってしまうことが怖いのかもしれない。


 好きになってくれないのは当たり前で、見向きもされないのは当たり前だと、そう思い込むことで気持ちのバランスをとっているのかもしれない。

 なぜなら、そうなってしまうと、あの時婚約破棄されたことの説明がつかないからだ。

 傷つかなくてもいい傷をついたと、思いたくないからだ。

 あの婚約破棄は思いの外、ユキの心に大きなトラウマを残してしまったのかもしれない。

 

 ユキのあまりの痛々しさにサヤは目線を下に向けた。

 すると、落ち込んでいると勘違いしたユキは励ますようにサヤの肩に手を置いた。


「けどサヤ、私はこの制服、可愛くて気に入ってるよ!」


「けど……」

 

 不満そうな声をあげるサヤに、ユキは慈しむように微笑みかけた。


「それに私が望むのは、殿下のおそばにいいること。それ以外なにも望まないよ」


「お嬢様……」


 サヤはこれ以上言葉を継げず、俯いた。

 しかし俯いている中、サヤの中で怒りがふつふつと湧いていた。



 どれもこれも、スバル野郎殿下のせいだ!



 ユキからの話を聞く限り、どう考えても脈ありなのに、婚約破棄した理由がわからない。

 

 ユキの想いが叶って欲しいと思うけれども、想いが通じることでユキを苦しめるのなら早いとこスバルに諦めてもらった方がユキにとっていいのかもしれない。



 しかもスバルという男はなんと女々しいのか!

 一度振っておいて、近くにきたら手を出そうとしてきて!

 勝手にもほどがある! 

 好きだったのなら両想いになってさっさと結婚してしまえばよかったのに!



 サヤは心で怒りを爆発させながら、いつもより乱暴にユキの髪をすいた。






次回、『ユウトの苦労』に続きます。

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