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18.流れ星は聞き届ける



 ユキとスバルが散々騒いでユウトが気苦労で顔がやつれてしまった後、スバルは自室でもう暗くなった空を見上げた。


「ずっとそばにいる、か……」


 ああ、なんて自分は単純なのだろう。


 あれだけ不安だったのに、変化を恐れて、ユキを縛り付けようとしたのに。


 そばにいると言ってくれた。嫌っていないと言ってもらえた。


 何も言わず、伝えず、否定しかしていないのに。

 それでもそばにいてくれるという、優しいユキ。

 好きでいてくれる、一途なユキ。


「……ユキ」


 ああ、なんでこんなにユキが好きなのか。


 名前を口にするだけで愛おしさが溢れ出る。

 何度口にしたって足りない。想いが収まらない。


 ユキを抱きしめたときは、危なかった。

 きっとあのまま唇を奪ってしまえば、スバルは自分を抑えられなかっただろう。唇を貪って食い尽くして口内を犯し、そのまま組み敷いて我がものとしていたに違いない。


 ユキの想いが嬉しかった。そばにいてくれる。そばにいたいと言ってくれた。

 仕返ししたいと言って、必死に虚勢を張って、そばに来てくれた。


 ああ、好きだ――……。


 初めて会ったあの日から、目が離せなかった。

 いつも予想外の行動をしてきて、思い込みが激しくて、強いのかと思ったら弱くて。

 泣き虫で怖がりな癖に強がって、素直かと思ったら意地っ張りで、優しくてひたむきで。寂しがりな癖にそれを見せようとしない。

 あの可憐な笑顔が好きだった。恥ずかしそうに愛らしく頬を染めるユキが愛おしかった。


 もうだめだ。もう手放せない。

 タガが外れたように想いが溢れ出てくる。

 

 変わらないことに、もう安堵するのは終わりだ。


 スバルは、不敵に笑う。


 そばにいると言ってくれたユキに、スバルは応えて見せる。

 捨てない。諦めない。もう二度と手放したりしない。

 

「やってやるさ」


 やってやる。

 何も捨ててなんかやらない。

 大事なものを、愛おしい人たちを。

 

「なんとかしてやるよ、全部。だから諦めてなんかやらねぇよ」


 

 黒髪の青年は誓う。


 例え何が起ころうとも、自分の愛する人たちを諦めたりしないと。

 不敵に笑いながら、夜空に向かって、誓いを立てる。



@@@@@@@@@



 ユウトは、窓際で何か考え込んでいる主を少し離れたところから見た。


 ――早く幸せになればいいのに。


 そう思ってユウトは自分の主であるスバルを目を伏せて嘆いた。


 この人は考えすぎだ。周りを大切にしすぎだ。

 もっと頼ってくれればいいのに。もどかしくて言い出せない。


 ユウトは、三年前のスバルを思い出した。



『あいつとの、ユキとの……婚約を破棄する』



 苦しそうに顔を歪ませて、泣きそうな声を出してユウトにそう言った。

 ユウトはその姿に驚いた。未だかつてこの人のこんな弱った姿を見たことがなかったからだ。

 ユウトが知っていたスバルは、優秀で、いつも冷静で無愛想で、口が悪くて、ユウトに対しては暴力的というほど雑で、性格は良いとは言えないが、優しくて、弱さを人に見せない意地っ張りな人だった。


 それなのに、婚約者を手放すときだけは、ユウトに初めて弱さを見せた。

 見たこともないスバルの婚約者。その人はそこまでスバルの心に影響を与えてしまう人だったのか。きっと深く愛していたに違いない。


 なのに、優しすぎるがゆえに自分が傷つくことを平気でする。

 そんなスバルをユウトは見ていられなかった。

 

 こう見えてもスバルをちゃんと好きだし心配しているのだ。

 いつもふざけた感じで話すせいで、あまり口に出したことはないが。


 正直その婚約者のことはどうでもよかった。スバルが幸せになるなら別の婚約者を探してきてもよかった。スバルが嫌がるだろうからしなかったが。


 けれど実際に会って見ると、なるほど、この婚約者も自分を顧みない類の人間だった。

 なんだかスバルと似ていた。だから、ユウトはすぐに目が離せなくなった。

 

 そんな中、執務室で三人で過ごす時間はユウトにとって、とても楽しかった。

 二人の言い合いは多いし気苦労も絶えないが、ユキのそばにいるスバルはなんだか安心していて、ユキもユキで幸せそうにスバルを見ていて。それを見て、ユウトは嬉しくなった。もっと続けばいいと思った。前より少し騒がしくなった執務室は、なんだか悪くはない。


 だから、スバルとユキの為だけじゃない。

 ユウトもこの時間を守るために、できることをするのだ。


 ふとスバルを見やる。すると、スバルは何か決意をしたようだ。前とは違い、その瞳に力がある気がする。

 何を考えているのか知らないが、きっと良い方向の決意な気がする。


 笑う権利も、幸せになる権利もこの人達にはある。

 それを見届けられれば、ユウトはそれでいい。

 

 かつて助けてもらったあの日、この人を見届けるためにユウトはスバルのそばに来たのだから。



 金髪の青年は誓う。


 大事な人達が幸せになるように、ユウトだけは諦めないと。

 夜空に似た髪を持つたった一人の主に向かって、心の中で誓いを立てる。




@@@@@@@@@



 ユキはスバルの許可をもらい少しだけ席を外して、王城に出向いていた。

 ユキが休んでいる間にアティシアが連行された。その後キリエルは一日も空けずに、アティシアと面会をしていたらしい。だからユキはキリエルに一目会って様子を見るためにアティシアが収監されている牢獄に向かった。けれど牢獄の見張りをしていた衛兵に聞くと、キリエルは王に挨拶をするために王城に向かったと聞き、ユキも王城に赴いたのだ。

 王城に入る前に、キリエルはもう門の前まで来ていた。その様子からもう帰ることがわかった。


「キリエル様」


 名前を呼ぶとキリエルは驚いたようにユキに目を向けた。


「ユキ! 久しぶりだな。元気そうだ」


 ユキが小走りでキリエルに近づいて、キリエルを見上げると笑っているが元気はない。少しやつれているようにも見える。ユキは心配になって思わず顔を歪ませた。その表情を見てキリエルは苦笑いを浮かべた。


「心配せずともいい。……君も大変だっただろう。……すまなかったね」


「……ッ! そんな……! そんなことありませんッ! 私は大丈夫です!」


 キリエルの謝罪がつらかった。

 キリエルが謝ることじゃない。キリエルは何も悪くはないのだ。


 悪いのは、おそらくユキの方なのだ。

 アティシアにこんな恐ろしいことをさせてしまい、キリエルにこんな悲しそうな顔をさせた。

 二人とも本当に優しい人なのに。


 そう伝えたくてユキは何度も首を振る。キリエルは苦笑いを浮かべながら頭を撫でた。その撫でる手にユキの動きも止まって、驚いてキリエルを見上げる。


「優しい子だね。……今度アティシアに会ってはくれないか? 君に伝えたいことがあるはずだから……」


「……はい」


 ユキは俯いてキリエルに返事をした。


 本当は怖い。

 ユキの知っているアティシアは、優しく微笑んでいる時しか知らない。

 いつも優しくて、気立てが良くて、誰からも慕われていた。ユキもそんなアティシアが大好きだった。

 だから、ユキがいつアティシアの機嫌を損ねてしまったのかわからない。

 何が悪かかったのか。何がいけなかったのか。ユキが何をしてしまったのか。

 わからない。わからないから、怖いのだ。

 会うのが怖い。聞くのが怖い。

 嫌われていたらどうしよう。今まで過ごしてきた時間がすべて嘘だったらどうしよう。

 そんな不安が渦巻く。


 落ち込むようにして俯いているユキに、キリエルは手を伸ばして抱きしめた。


「……ッ」


「もし、騎士をするのがつらくなったら帰っておいで。私もアティシア同様、君を娘のように大切に思っているのだから」


 優しい声。大きな身体が不安だったユキを包み込む。キリエルは安心させるように頭を撫でた。その暖かさに、先ほどまで渦巻いていた不安が取り除かれる気がして、涙が出そうになった。


 娘のようだと言ってもらえた。


 本当の父も、母もおらず、拾ってくれた人は暴力ばかりでユキを娘とも思わなかった。だから親の愛情なんか知らなかった。知ろうともしなかった。


 けれど、まさか、こんなに暖かくて優しくて、安心できるものだとは思わなかった。


 キリエルは普段は優しかったけれど、稽古の時は厳しくて容赦がない。女性に紳士な癖に、稽古中にユキが傷を負って倒れても、容赦なく追撃してくる。あまりに厳しさに吐いて、もう立てないと身体が悲鳴を上げているのに怒号を浴びせてユキを奮い立たせた。キリエルはユキを決して女性扱いをしなかった。キリエルだけは一人の騎士として見てくれた。どれだけみっともない姿を見せても決してユキを見捨てなかった。

 キリエルのおかげで、ユキはスバルのそばに立つことができた。

 ユキにとってキリエルは、師範であり、父のような人だった。

 一方的に思っていただけかと思ったが、まさかキリエルもユキのことを娘として思ってくれるなんて思わなかった。


 これを感じられただけでも、知れただけでも、ユキは幸せだ。


 あまりに幸せで、ユキはキリエルに応えるように背中に手をまわした。

 

「……キリエル様。大丈夫ですよ。どれだけつらいことがあっても、私は逃げ出したりしません。あなたがそれをよくご存じでしょう?」


「……そうだな」


 キリエルだけは知っている。ユキの本当の望みを。

 スバルのそばにいくために騎士になった。その幸せを、最期を見届けるまでそばにいると願った。

 そんなユキが、簡単にスバルのもとから離れようと思わないのだ。キリエルはそれをよく知っている。なぜなら男でも逃げ出してしまう厳しい訓練にも耐え抜いて騎士になったのだから。


 キリエルは、ゆっくりと身体を離し、優しい目でユキを見下ろした。


「けれど覚えておきなさい。帰る家があることを、君を大切に思っている人たちが多くいることを……」


 あまりに優しい言葉にユキは一瞬目を見開いたが、すぐに微笑み返した。

 

 大切に思われなくたっていい。自分が大切にできればそれでいい。

 けれど、もし誰かが自分を大切に思ってくれる人がいるのであれば、ユキもその人たちのことを大切にしようと思う。


 今度こそ、アティシアのように傷つけさせない。

 キリエルのように悲しい顔をさせない。


 キリエルのように、自分を思っている人を不幸にさせたりなんかしない。


 ユキは一度目を瞑りそう決意する。そして、ユキは微笑みながらキリエルを見上げた。


「……はい。ありがとうございます。また会いに来ますね。…………お父様」


「……ッ」


 ユキが恥ずかし気に微笑んでそう言うと、キリエルは目を見開き、そして嬉しそうに泣きそうに微笑んだ。


 それはまるで、本当の親のように、娘の成長を喜ぶような、父の顔で――……。



――――

―――――――――



 夜も更けてきたのでユキは、王城の門の前でキリエルを見送った。するとキリエルは、ふと思い出したかのようにユキに振り向いた。


「ユキ」


「はい?」


 ユキは何かと思い首を傾げていると、キリエルはいたずらっぽい顔でユキに指さした。


「その制服、よく似合っているぞ」


「……!」


 ユキは驚いて目を開いた後、恥ずかしそうにしてキリエルに微笑み返すと、キリエルは初めて声を出して笑った。


 その楽しそうな笑い声が、王城の夜空に響き渡った。



――――

―――――――――



 キリエルと別れた後、ユキはスバルの部屋に向かった。夜の警護をするためだ。

 コンコンと扉を鳴らしてユキは部屋に足を踏み入れた。


「スバル殿下。失礼いたします」


 そう言って扉を開けると、スバルと、そしてユウトの姿があって驚いて目を見開いた。


「ユウト?」


「ああ、ユキさん。キリエルさん送ってきたんすか?」


「ああ……」


「そっか。うんじゃ、後は任せた」


 そう曖昧に返事をすると、ユウトは一つ笑ってユキと入れ違いに部屋を出た。ユウトの背中を見送りながら、ユキはああ、と納得した。

 ユキがいない間スバルの護衛をしてくれていたのだろう。それなら部屋にいたのも納得できる。なんだか職務放棄していたみたいで申し訳なかった。

 ユウトが出た後に、ユキは窓際にもたれているスバルに近付いた。


「スバル殿下。申し訳ありませんでした。おそばを離れてしまって……」


「いや。問題ねぇよ」


 許可を取ったとはいえ、申し訳なくなってユキは頭を下げた。謝ってきたユキにスバルは顔を向けて、いつもの不機嫌そうな顔で答えた。

 その表情にユキは少し安心した。

 今朝のスバルはなんだかおかしかった。ユキを抱きしめるし、顔を近づけるし、ユキに向ける視線もいつもより熱っぽかった。

 思い出しそうになって、赤くなりかけていた顔をすぐに横に振った。いけない。また気持ちが浮ついてしまうところだった。

 そんなユキの様子をスバルはじっと見つめた。


「なあ、ユキ」


「え、はい!」


 名前を呼ばれてドキリとする。いつもは『お前』としか呼ばれていなかったので、名前を呼ばれるのに慣れていないのだ。それも慕っているスバルに呼ばれるだけでユキの心臓は高鳴る。

 その様子に気づいてか気づいていないか、スバルは窓際でもたれていた身体を起こして近づき、真剣な表情でユキを見下ろした。

 こんな真剣な表情もあまり見ないものだから、ユキは見惚れてぼうっとしないように、こらえてスバルを見返した。


「いつか、お前に伝えたいことがある」


「え?」


 ユキは驚いて声をあげた。けれどスバルは遮るように続ける。


「それを伝えたら、きっとお前は怒るだろう。……それでも、俺のそばにきてくれるか?」


「……」


 よくわからず、ユキはぼうっとスバルを見上げた。


 何を、伝えてくれるのだろうか――……?

 怒ることってなんだろう――……?


 様々な疑問が浮かんだが、ユキの答えは一つしかなかった。


「愚問です」


「……」


 そばにきてくれるかだって?

 この人は今朝のことを忘れてしまったのだろうか。


 ユキはいつものように得意げに微笑む。大切で大好きな人に、安心させたかった。


「言ったでしょう? これは嫌がらせですよ? おそばにいるのは当たり前です」


 そう言ってユキはスバルの前に跪いて首を垂れた。

 言葉で足りないのなら、行動で示そう。


「誓いましょう。私は決してあなたのそばから離れたりしない。あなたを守って見せます」


「……ッ」


 跪いたユキは、スバルの顔がよく見えなかったが、スバルが息を飲んだような気配は感じた。しかしスバルの表情が気になってゆっくり顔をあげた。すると突然腕を引っ張られた。


「……ッ!」


 気づいたときにはスバルに抱きしめられていた。

 抱きしめられたユキは、スバルの胸に顔をうずめながら、顔を赤くした。


「あああああの⁉ スバル殿下⁉」


 ――なんなんだ今日は! 抱きしめる記念日とかそういう日なのか⁉


 ユキが顔を赤くしながら混乱していると、スバルはぎゅっともう一度強く抱きしめた。


「ああ、約束だ。その誓いに誓って、俺も必ず伝える。……必ずだ」


「スバル、殿下……」


 抱きしめられてて顔が見えない。けれど、優しい声にユキは安心した。


 ――今だけなら、許されるだろうか?


 ユキはゆっくり、スバルの背中に手をまわした。スバルの約束に応えるように。

 スバルがそれに驚いたように身体が動いた気がするが、ユキは気にせずスバルの胸に頬ずりをした。


 いつか夢見た。こうしてスバルに抱きしめられることを。

 婚約者の時だったら、素直に喜べたのに。

 今でも少しうれしいが、虚しさの方が大きい。


 スバルに気持ちがないと分かっていながらも、愚かなユキはこうして抱きしめるだけで舞い上がってしまうのだ。

 それが虚しい。ユキの気持ちは一方通行だ。


 だけど、それでいい。護衛騎士でも、そばにいられるのならそれでいい。

 そう望んだのは、紛れもないユキ自身なのだから。


 けれど、どうか今だけは――……。


 ユキはそう願いながらスバルの胸に顔をうずめた。



 白銀の少女は、誓いを立てる。


 この人が幸せになる道を、隣で見守り、願い続けると。

 そう、かつての婚約者に誓いを立てる。



 三人が誓った、小さな小さな願いは夜空に届いたように、一筋の光が流れていた。

 

とりあえず、第一部終了です!

このままいくと番外編に入ります。

本編にいきたい!という方は飛ばしても大丈夫です!

箸休め程度なので。。


もしよろしければ、コメント、評価、感想等いただけたら嬉しいです!

よろしくお願いいたします!

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