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1.陽光が見せる幻覚か?

 

 コントラス王国


 海を覆う最大大陸ヴァルセリア大陸の西に位置する沿岸王国。その首都、中心地にあるのが王都ランタルである。主に観光地として栄え、人が絶えないにぎやかな王都では、観光客や地元民はこの国の特産品であるブドウのワインを嗜んでいる。日当たりと水を好むブドウは、潮風にあたりやすいコントラス王国では生産は無理かと思われたが、何年もの間分析と改良を繰り返した結果潮風に耐えるブドウを作り出したのは、有名な話である。そのおかげでコントラス王国は特産品として栄え、今ではこの国の中核を支えている存在となっている。

 今日もそんないつもの通り栄えた平凡な日々を人々が送っている中、首都に立つ王城ウィスタルス城では一人の王子が執務室で机の山になった書類と戦っていた。



@@@@@@@@@

 


 コロコロと紅茶とお菓子が乗ったワゴンを押したメイドは、いつもとは違い緊張気味な表情だった。そしてある扉の前で立ち止まり、一つ深呼吸をする。すうはあと大きく胸に手を当てて何度も繰り返し、自分の心臓を鎮めようと努力するが、一向に収まらない。

 なぜならその扉の向こうには……

 しかしこうももたもたしていられない。早く仕事を終わらせねば。

 そう決心して、扉を叩く。すると「はい」と男性の声が返ってきた。


「おまたせいたしました。紅茶とお菓子を……」


 扉を恐る恐る開くと、そこには艶やかな黒髪に灰色に近い青い瞳の男がさも気だるげな様子で、机に頬杖をつき書類を読み込んでいた。そのだらしないとも言えるそんな姿でも様になっているのは、どこか気品を感じさせるからだ。目つきは悪いがそれがさらに思慮深げな雰囲気が出ており、端正な顔立ちと相まって思わずほうっと息をついて見惚れる。しかし男はメイドを一目したあと、すぐに視線を手に持っている書類に目を向けた。その反応に戸惑っていると、黒髪の男性の斜め前の机に同じようにして座っていた金髪の男性が駆け寄ってきた。


「いつもありがとうございます」


 そう言ってその男性はワゴンに乗っていた紅茶とお菓子が乗ったトレイを素早くとってメイドに微笑んだ。どうやら返事をしてくれたのは、この男性の方らしい。


「い、いえ……」


 近くで見て思わず顔を赤らめた。目の前にいる金髪の男性も美しい顔立ちをしていた。美しくサラサラとなびく光を束ねたかのようなきらめく金髪に、エメラルドの瞳。まだ少年ぽさを残した少し活発的な顔つきをしている。それが人懐っこさがにじみ出ていて、見た目とのギャップにドキドキとしてしまう。

 メイドは、ワゴンを押して「失礼します」と声だけかけ、素早く部屋から出ていった。

 メイドは出ていったあと扉の前で詰まっていた息を全身で吐き出した。


 まさかお菓子を持っていくだけであんなに心臓に悪いとは。


 最初は緊張でドキドキしていたのに、今では全く別の意味でドキドキしている。誰もが立候補していきたがるわけだ。ノリでつい立候補しまったが、今度はもっと積極的に手をあげてみよう。この仕事は大変だが目の保養という楽しみがある分、やりがいがある。

 ふふふっとメイドはご機嫌な様子でワゴンを押す。

 第二王子の執務室である、扉から意気揚々と悔しがっているメイド先輩たちのところに戻っていった。



@@@@@@@@@



 メイドが帰っていったしばらく。

 部屋に残った二人の男は、黙々と書類整理をしていた。時々カップが皿とすれる音やペンを走らせている音だけがこの部屋に響き渡る。


「スバル殿下ぁ……。俺、もうそろそろ休み欲しいんすけどぉ……」


 すると金髪の男が、デスクに顔を突っ伏して情けない声をあげた。それに対して黒髪の目つきの悪い男はそんな男に見向きもせずに書類を整理していた。


「却下だ。お前との契約は年中無休の二十四時間勤務になっている」


「嘘でしょ⁉ そんなん書いてなかったじゃないっすか!」


「俺が書き加えてやった」


「不正改ざん⁉ この国闇が深すぎるでしょ‼ それともあんた俺に恨みでもあんの⁉ ねえ⁉」


 そう、これが普段の第二王子の執務室である。

 この部屋には、敷き詰められた本棚と机とソファ、という簡素なものしか置いていない。さらに人員も男二人ほどしかいない。広すぎるこの部屋には少々寂しいすぎるぐらいだ。

 黒髪の男、第二王子のスバル・サラエル・ジ・コントラスは、男に一瞥もせずに書類の文字を追う。スバルは、もともと人と群れるのが嫌いなうえ、物にそれほど執着心がない。必要なものだけあればいいという合理的な考えをもっている。

 そばで騒がしくしてる男は、側近のユウトだ。子どものように騒いだり、言葉遣いも決して敬っている言葉でない。馬鹿丸出しだが、意外に顔が広く、情報収集には役に立つので時々隠密のような仕事も任し、スバルの補佐のような役割をしている。


 性格は全く合わないが。


 ユウトがぎゃあぎゃあ騒いで不満をあげるが、もちろんスバルは無視をした。

 こんなやつに構っている暇などない。こっちは任されている遠方領地の管理や砦での報告、不正摘発文書など、目に通すのも嫌な仕事が山ほどあるのだ。

 燃えて全部なくなるならすぐに燃やしてやるのに。

 すると何を言っても無視されるとわかったユウトは、不満で眉を潜めながらある書類に目を向けた。

 一人の、まだ幼さのある大人しそうな顔をした少女の捜索用の絵だ。


「あれから三年かぁ……。早いっすねぇ」


「………」


 ユウトのその言葉に、ふとスバルの手が止まった。

 三年。スバルの元婚約者、ユキ・ツクヨが失踪した年月だ。

 婚約を破棄した次の日、一人のメイドを連れて家を飛び出したらしい。

 その報告を聞いたのは、失踪してから三日後のことだった。もちろん、スバルも王都の騎士団を動かして総出で探した。だが、誰一人とてユキの姿を見つけるものはいなかった。

 スバルは眉を寄せて思わず手にあった書類を握りつぶした。

 父親であるツクヨ男爵は、腫れた顔で放っておけと怒気交じりに発言していたが、スバルはどうしてもじっとせずにはいられなかった。

 もしかしたら自分のせいで、そう思った。だが、あの選択に後悔はない。

 のちに捜索は打ち切られた。しかしスバルは、ユウトに頼んで捜索させスバルも自ら街へ降り今でも探している。


 今頃何をしているのだろうか。

 控えめに笑っている大人しいあの少女が。

 花が好きだと小さく打ち明けてくれた控えめな少女が。

 令嬢であった少女がメイドを連れたからといって、生きていけるのだろうか。

 一体どこで何を……

 

 思いにふけっていると扉からノックが聞こえて顔をあげる。すると少しして扉から城の兵士が姿を見せた。


「なんだ」


「はッ。スバル殿下に着任予定の護衛騎士が到着されましたので、広間にお集まりいただきたいとのことです」


「……わかった」


 嫌なイベントがきた。

 スバルは兵士の言葉に不機嫌そうに眉を寄せ、溜息をつきながら椅子から立ち上がり部屋を出る。その後ろからユウトもついてくる気配を感じる。

 ワイン色の絨毯が廊下に長く続き、白を基調とした大理石の壁が豪奢さと華やかさを静かに演出させる。等間隔に並んでいる窓からは、陽光の光が入り眩しさにスバルは目を細めた。


「ついにスバル殿下に護衛騎士が就くんすね。俺一人でも十分な気がしますけど」


「俺のそばに常にいるわけじゃねぇだろ」


「主にあんたの命令でね。……まあそうっすけど。でも一応あんたの補佐やってるわけだから、護衛って言ってもあんま変わらないような……」


「周りがほっとかねぇんだよ。一応第二王子だからな。守られなきゃならねぇんだよ」


「あんた十分強いのに……」


「……」


 当然だが、王子とはいえ守られるばかりではない。教養のため必要最低限の剣の腕は持ち合わせている。しかしその中でもスバルは生まれ持った戦闘センスで剣の腕も申し分ない。

 しかしわかってはいても、周りが心配する。王子という身分から命を狙われることは少なくない。余計な不安は、周囲の環境にも影響する。

 人をあまり寄せ付けないスバルが、周りからどうしてもと十年言われ続けてついに折れてしまったのだ。

 ついに謁見広間についてしまったスバルは重い気持ちで扉を開けた。

 そこには、貫禄を感じる少し白髪を含んだ短髪のガタイのいい中年男性が、王国騎士団の鎧をつけて佇んでいた。そしてその隣には騎士団の制服を着た、白銀の髪を持つ線の細い者が首を垂れていた。男はスバルの姿を確認すると、跪き敬意を表した。スバルはその姿を一瞥すると、広間から数段の階段にある豪華な椅子に腰をかけた。


「キリエル・ヴァンモス。今回の護衛騎士推薦はそなたかららしいな」


 男含め四人しかこの場にいないが、表向き公の場であるので、スバルはいつもの不遜な態度を隠し、口調も変える。後ろでユウトが笑いをこらえている気配を感じ、しばらく休みを与えないことを心の中で勝手に決める。

 するとキリエルは、跪き首を垂れながら発言した。


「は。この者は私が直に鍛え上げた中でも最強の剣士でございます。剣の腕なら優に私を凌駕しまする」


 そう言ってキリエルは、隣に同じように跪いている騎士に目を向けて応える。


「ほう……。お前がか……?」


 キリエル・ヴァンモス。

 かつて蛮族がこの国を侵略しようとした頃、騎士団団長を務めていたキリエルが、人望と戦略、さらに剣の強さで一日で追い返したという伝説がある。弓での戦いを得意としていた蛮族たちに対して、キリエルはその剣筋の速さですべての矢を斬り落とし、活路を開いたと聞く。その速さと鋭さから『コントラスの鷹』と呼ばれ、国の守護神として民からも慕われている。また、国の侵略から救ったその功績から王城でも一目置かれた存在となっていた。現在では、現役を退いてはいるが、騎士団の指導者として名声は名高い。そのキリエルからの推薦というのもあって、スバルは断り切れなかったのだ。

 するとキリエルは、顔をあげ目を細めて微笑んだ。まるで自分の子どもを自慢するかのような表情だ。いつも渋い、堅い顔しか知らないスバルにとっては少し驚いて目を丸めた。


「この者は、次の王都の騎士団団長候補として務めております立派な私の愛弟子です。必ずスバル殿下のお役に立ちましょう」


「……ではあの噂のか」


 最近噂には聞いていた。


『騎士団には、化け物がいる』


 そんなまるで怪談話かと間違えるぐらいのものだったが、それは化け物だと思ってしまうほど強い、という意味だ。噂では、騎士団全員でかかっても倒すこともできなかったという、まさに化け物級な強さ。

 スバルは大して興味もなかったので、ユウトにも確認を取りに行かせず放置していた。しかしまさか『コントラスの鷹』が認めるほどだとは思わなかった。

 少し驚き瞠目していると、キリエルは照れたように後頭部に手をまわし微笑んだ。


「スバル殿下の耳にもお入りになっておいでですか。いやはや、このような騎士を育てるのは私も初めてでございまして、戸惑いました。しかしセンスは抜群です。私が保証いたします」


「……わかった。お前の推薦ならば、受け入れよう」


「ありがとうございます。スバル殿下」


 二つ名を持つキリエルに押されてしまえばスバルはもう何も言えなかった。とにかく、うるさくなく邪魔にならなければなんでもいい。

 スバルはおそらく噂の騎士だろうとキリエルの隣にいる白銀の髪の騎士に目を向ける。珍しい髪色だ。白銀の髪などこの国では中々見かけない。しかし、さっきから首を垂れていて顔が見えない。

 白銀の長い髪を一つにまとめて、騎士団の白い制服に剣を佩いでいる。

 見た目の線の細さからはキリエルより強いとは思わないが。


「顔をあげよ」


 そう声をかけると、白銀の騎士はゆっくりと顔をあげた。


「……‼」


 顔を見たとき思わず声を失った。しかしそのスバルの様子を見て白銀の騎士は口元に弧を描いた。


「……お久しぶりでございます……と言ったほうがよろしいのですかね?」


「お、お前……ッ」


 驚きのあまりにスバルは勢いよく立ち上がった。その反動で椅子が後ろに倒れる音が聞こえた。しかし動揺しているスバルに対し、目の前の騎士は変わらず微笑んだまま。


「いえ、違いますね。では改めまして」


 白銀の髪、少し切れ長の目元に、満月のような黄金の丸い瞳。

 まだ、少し幼さなさを残した美しく整った顔つき。

 透き通った心地のいい声。


 ――髪色が違うが、間違いない。


 スバルは絶句しながら確信した。



「初めまして、スバル殿下。私は、ユキ。今日からあなたの護衛騎士となり、あなたをお守りいたします。……いや、守って差し上げます」



 目の前にはずっと探してた元婚約者の姿。


 騎士団の制服を着て剣を佩いだ立派な騎士姿で、スバルの目の前で見下すようなしたり顔で微笑んでいた。


 そこには、大人しいと思っていた少女の面影は見る影もなくなっていた。



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