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就職と黒魔術の類似性及び危険性について

第六回書き出し祭り参加作品です。

(東京都在住 無職 74歳)


 近年「就職」と呼ばれる儀式が流行しています。

 最近の若者は当たり前のように就職活動に手を出しているようですが、これがどれほど危険であるか警鐘を鳴らすために筆を執りました。若い皆様のお役に立てば幸いです。


 この就職という儀式は昔からあるように思われている方も多いようですが、実は近年になってからの流行に過ぎません。多くの若者が誘惑に負けて仕事に手を出し、瞬く間に染まっていく現状は見るに堪えません。

 もしも就職に手を出そうと考えているのなら、今すぐやめるべきです。


 就職という物は会社に所属し縛られるという危険性を伴います。

 そしてその就職活動の対象である、企業の行う人材募集というモノは、若者を自分の部下として会社に誘い込み、仕事を教えて共に働く仲間にしてしまおうとする。その為にヤツらは若者たちに共に働く意思と能力があるかを試そうとしているのです。

 つまり、就職活動の中で行われる面接という物は、一定の様式を満たした暗黙の了解を知っているかを確認し、身内であるか、組織内のルールを守り支配下にはいるつもりがあるのかを推し量る為の儀式と言えます。


 そういえば、黒魔術などを行うオカルト秘密結社の儀式では、皆様もご存じの同様の暗黙の了解として、「特殊な握手の仕方をする」「コードネームで呼び合う」「複雑な通過儀礼をおこなう」などがありますね。


 この黒魔術には他にも様々な儀式があるのです。

 共通の結社の衣装に身を包み、祈り、山羊の頭をあがめ、呪文を覚えて繰り返す。

 火を焚き、秘薬を燃やし煙を吸い法悦の彼方に意識を飛ばす。


 実はこれらには意味がないのです。

 全ては「魔術っぽい」という空気を共有するための小道具に過ぎません。仲間意識を高め、共通の罪悪感を持つ事で身内だと誤認させるための、一種の洗脳です。


 就職という儀式にも同じ事が言えます。同じような衣装に身を包み、祈られ、センパイとやらを崇めている振りをし、意味不明の「動機」だの「ヘイシャを希望する理由」だのといった呪文を覚え、無駄に歩き回り無駄に頭を下げ無駄に心を削る。おや、よく似ていますね。


 そうです、つまりこれらも意味は無いのです。

 誰を採用するかは最初から縁故で決まっています。採用枠など無いのに表向きの建前の為に若干名採用という窓口を用意し、多くの若者のこれからのご活躍を祈る。ただの「採用しているっぽい」小道具です。


 もしも初対面の人間と短時間の会話を行い、その中で相手の能力や性格について何かを得ようというのならばどんな質問をすればいいと思いますか。

 共に働く仲間になりうる人物ですから、仕事内容はどんな事なのかを具体的に説明し、それに対して自分がどのような能力を提供できるのかを語り合うべきでしょう。

 もしくは長い時間を共に過ごすのですから、人間性や相性の良し悪しを図るのも良いでしょう。

 ガンダムでいえばどのモビルスーツが好きですか、とかプリキュアはどのエピソードが好きですかとか、笑点の黄色をどう思いますかとか。

 そういう会話が初対面の人間との距離感を図るのにふさわしいはずです。ですが、就職活動の面接の中でこのような会話がされる事は非常に稀です。

 仕事とは一切関係ないレイヤーで勝手に判断され人格を否定され、たとえ採用に至ったとしても望む仕事とは違う部署に回されて心を削る生活に何か意味があるというのなら話を聞きましょう。むしろ私が教えて欲しいくらいだ。

 もしも就職に手を出そうと考えているのなら、今すぐやめるべきです。


 就職活動の果てに万が一にも職などを得てしまうと様々なものを失う事になります。

 大きな損失の一つが「時間」でしょう。


 海外旅行のバックパッカーなどが、時間間隔の違うゆったりとしたテンポのお国柄に引かれて特定の国に長期滞在する例があります。

 ガンジス川のほとりで生きているのか死んでいるのかわからない濁った眼をして粘度の高い涎をたらし、葉っぱの魔力に酔う。いつ日が昇ったのか沈んだのかの感覚もあいまいになり、食事もめったにとらず、貧しい者への無料の施しを振る舞う寺院に時折並んではスープをすすり、習い覚えた片言の言葉で短期の仕事をしたり、日本からの旅行者相手に案内人の様な事をしては日銭を稼ぎ、その金で再び葉っぱに耽溺する。

 私も経験のある青春の1ページではありますが、ふと気が付くと数年の月日がたっているのです。


 就職という物はこの状況に限りなく近い。人生の無駄です。

 毎日満員電車の中でギュウギュウになって通勤し、死んだ目をして栄養ドリンクをすすり営業部署を希望したのにスキルシートにC言語と書いてあった製でCOBOLの開発現場に監禁される。気が付くと1年経っている。

 ネトゲをしているほうがはるかに有益ですし、ガンジス川の畔なら心を壊すこともありません。

 今すぐ仕事をやめるべきです。


 失礼、職を得た場合に失うモノについてでしたね。他にも「心を失う」という危険性があります。会社の閉鎖性に心を閉ざされてしまうのです。

 人生とは空を抱き、風に身を任せ、自由を愛して自分の意志で自分の喜びの為に全てを決断するべき。

 目を閉ざし、耳をふさぐのはその正反対の行いです。閉鎖的と言う事は本当に恐れるべきことなのです。


 想像してください。ネットもなく、本を読むこともなく、生まれてからずっと実家の近くしか知らずに生活し、中年になっても中学生の時の先輩後輩の関係を引きずって偉ぶるような田舎の消防団のおっさんのような生き方を。20年以上前に一度飯をおごられた話を「昔、面倒見てやった」と言われ続ける世界を。これが閉鎖的な社会です。

 ハタチそこそこで会社に勤め始め、40年同じ会社に居て一日の半分を喫煙室で過ごす。そんなセンパイの部下になり尊敬している振りをする毎日。就職の果てに待っているのはこんな暗黒の日々です。


 黒魔術を扱う秘密結社では、稀に合法ではない薬品や社会的に風紀を乱す行いなどが行われますが、これらが表ざたになると国家権力の犬により収監される事があります。だから隠れなければなりません。これが閉鎖性を生みます。法の下に裁かれた場合も同じような閉鎖された世界に行く事になるのは皮肉ですね。


 私にも経験がありますが、塀の中で自分の名を奪われ番号で呼ばれ、全裸になって何も隠していないことを尻の穴まで確認され、トイレに行く事すら報告の必要があり、そのトイレにも扉がない生活。あれは人間の扱いではありません。すべてが監視されている社会。田舎と同じです。

 その為、見つからないようにひっそりと慎ましく行うのが黒魔術の美徳なのです。

 覆面をかぶり、結社に所属している事が他人にはわからないように特殊な握手の仕方などのいくつかのサインで同類を見分け、決して同類以外には悟らせない。法に触れていても慎ましやかに胸に秘める。そんな注意深さが必要になります。


 しかし、この忌々しい閉鎖社会に自ら飛びこむ事になるのが就職です。

 人目につかないぶ厚いコンクリートに囲まれた建物に通い、社風などと呼ばれるクソ下らないローカルルールに従って、電子媒体をわざわざ紙に印刷してハンコを貰い再びスキャナで取り込んでPDFでメールに添付するような儀式を行う羽目になります。

 また、コンプライアンスという秘密主義により外からは見えない壁に包まれる。この中ではセクハラ、パワハラ。個人情報を保護すると言いつつ、部長からは「君はいい年しているのに浮いた話も聞かないけれど結婚しないのかね、休日は何をして過ごしているんだ」などと秘密を暴こうとされますし、一方で内部告発という世間的には正しい行いを行うとそのあと同じ場所にはいられない。

 さっさと税務署から突っ込まれて潰れるべきなのです。


 時間の喪失と閉鎖性による非人間的な環境以外にも体への害があります。健康を失うのです。


 一度でも手を染めてしまうと、仕事は中毒性が高く、へとへとに疲れていようと病気になろうと手を出すようになるでしょう。

 軽症なうちは週に5回から6回仕事をするだけですが、重症になると週に7回これを行うようになる。

 コンサートや観劇を趣味とする方が夢中になっている時に近いです。ですが、週に7回コンサートに通うでしょうか。

 月に二回しか休みを取らずに黙々と死んだ鯖の目でコンサート会場に通うような事はないでしょう。何の喜びもないというのに。


 今すぐ仕事をやめるべきだ。NO MORE 仕事。


 『就職をしなければ生きていけない』などと、すっかり心を奪われてしまう方もいます。

 ですが、そんな事はありません。仕事をせずに報酬だけを得れば彼らも目を覚ますのではないだろうか。


 なので、一生就職せずに暮らせるだけの不労所得を簡単に得る方法について、詳しく解説していこうと思います。魔法陣を書く事ができる大きめの紙とマジックペン、塩と酒、そして呪文詠唱を行う心の準備ができたら……




~~数日後、とある新聞社の編集部にて~~


 外線電話の呼び出し音が響く中、読者の意見を載せる『皆様の声』コーナー担当の若者と、課長の言い争う声が交差する。


「わたしもチェックはしているけど、主担当は君だからね? 一般の読者から投書ページとはいえ、ああ言う狂人の戯言を載せてはいけないよ」

「しかし『皆様の声』のコーナーは、自由な意見をと」

「自由というのは責任を取る義務を負うのだよ。しかし、我が社の紙面に載せた以上は社の責任になるんだ。昨日からお叱りの電話などが相次いでいるのだろう? だから検閲が必要で」

「お言葉ですが」


 担当者の若者は上司の叱責を遮った。


「お言葉ですが。昨日から相次いでいる電話はお叱りの電話ではありません」

「……なんだと?」


「感謝の言葉と、同僚達の退職の連絡です」

「なんだと?!」


 それを聞いた課長はメガネをずり落として叫んだ。

 まさか、昨日からFAXやラインで届いている『辞めまーす』という巫山戯たイタズラは、まさか。


「そして、私も今日から有給休暇です。二ヶ月後に会社を辞めさせて頂きたい」

「無茶を言うな、引き継ぎも何もしていないだろう! それに急に辞めるなどと」

「ならば無断欠勤しますので、適当に首にしておいて下さい」


 課長は得体の知れない化け物を見るような目で若者を見上げる。家庭を省みずに仕事をすることを誇りに思っていた自分の価値観とは何もかもが合わない若者だったが、まさかここまで異次元だとは。


「仕事を首になってどうやって生きていくつもりだ?」

「就職というのは生き方の選択肢の一つでしかありませんから。明日からニートになって映画を見て、ネトゲして、ソシャゲに天井まで課金して、酒飲んでキャンプして旅行して日本全国の鉄道乗り潰して……まぁ、忙しくて会社なんて来てる暇無いんですよ。では、失礼します」


 担当者はスーツの内ポケットから封筒を取り出すと、机の上に置き、晴れ晴れとした顔で振り返ること無く部屋を出て行った。




こういう頭おかしい作品が好きなんです。

すみません。

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