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TIKARA  作者: 南の二等星
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第四話 幽霊を信じるか? 1

四話の更新が遅れそうなので、二分割で投稿します。

「だから、手伝いなさいよ」


 仏頂面のまま神崎が続けた。


「やだね」


 一本調子で華世が返した。あんまり無愛想なので、顔の半分が仁王像の片割れのようだった。


「もう一人の保健委員、宮本くんが風邪で休んじゃって、あたし一人で会場作りしなきゃいけないの。だから、手伝いなさいよ」


 懲りもせずに神崎は言った。その仏頂面がねじ曲がると、どこにも原型が見当たらない。


「やだね。絶対やだね」


 舌の根の乾かぬうちに華世は拒否した。

 それは、昼食時の、朝から続くほんの些細な一コマだった。弁当のおかずをひたすら口の中に運びまくる華世に、神崎は朝からかなりしつこい。要するに、明日に控えている『健康診断』の会場作りを、今日の放課後、華世にも手伝えということなのだ。


「もう一人の保健委員、宮本くんが風邪で休んじゃって、あたし一人で会場作りしなきゃいけないの。だから、手伝いなさいよ」


 宙に浮かぶ目に見えない文字を読み上げるように、神崎はまっすぐ前を見つめたまま機械的に繰り返した。無論、その視界の中に華世はいない。


「やだね」


 同じく、神崎をなるべく視界に入れないように注意しながら、華世は念を込めて応えた。そのせいか、長い沈黙が流れてくれたおかげで、華世はようやく弁当箱を空にすることができた。


「もし手伝ってくれたら、うちの会社の新商品、あげちゃうのになあ。まだどこにも売られてない夏の新作」


 いよいよ汚い手に出てきたなと、華世は腹をくくった。


「そんな口車には乗らないもん」


 華世は強気で言ったが、くくったはずの腹は、その心と共にゆるゆるだった。


「今なら大サービス……ママが経営してる美容院の無料優待券も付いてくるのに」


「……あたし、やってみようかな!」


 威勢良く席から立ち上がる華世の頭の中は、すでに無料優待券と夏の新作でいっぱいだった。その瞬間、今日初めて、二人の目と目がピタリと合った。歓喜に潤んだ瞳と、狡猾に輝く瞳が……。


「あー良かった。柴田さんがケチな不細工で」


 突風で飛ばされた具合に、華世の顔から笑顔が吹き飛んだ。代わりに現れた華世の膨れっ面を見兼ねたのか、神崎はいつになく優しく微笑んだ。


「冗談よ。私の美的センスから察するに、ちゃんとケアしてお化粧の練習をすれば、柴田さんはもっと綺麗になれると思うよ」


「それ、本当に言ってるの?」


 嘘でも嬉しかったが、華世はとりあえず聞いてみた。神崎は何も答えずに立ち去ったが、華世の机の上には、KANZAKI美容院の優待券がそっと置き去りにされていた。



 六時限目の授業は化学だ。担任の柏木康人が教えるこの科目は、生徒からの評判が悪い。特に宿題が多いわけでもなく、居眠りしている生徒にチョークを投げつけるわけでもない……ましてや、狂ったように怒鳴り散らすなんてことにも無縁だ。

“分かりづらい”。ただそれだけだった。


 汚い字が点々と黒板の上に散らかり、テキストなぞりの教え方は念仏でも唱えているようだった。水の電気分解の実験を絵に表した時は、そのあまりの下手さに失笑が漏れ、まさか目をつぶって描いたんじゃないかと囁かれるほどだった。


「俺があそこに立って、チョークを握ってやるよ」


 男子たちが楽しそうに話すのを小耳に入れながら、華世はあくびをしていた。男たちの会話も、これから始まる授業も、華世にとっては退屈なものでしかない。


「学校新聞で柏木を取り上げりゃいいのに。きっと話題になるぞ」


「不謹慎だ」


 男子たちの下品な笑い声が上がる中、瀬名が聞えよがしにそう言うのを、華世が聞き逃すはずがなかった。退屈しのぎにはもってこいの展開だ。


「何か言った?」


 話していた男子の一人が振り向きざまに尋ねた。名前は……華世は考えたが、しばらくして諦めた。


「不謹慎だ……そう言った」


 学級委員としてのプライドと責任感が、瀬名を突き動かしているように見えた。


「そりゃ悪かったね、学級委員」


「何で僕のことをそう呼ぶ? 僕は一個人として注意したんだ」


「よく言うぜ」


 男子の一人がぼそりと呟いた。


「今何て言った?」


 大人げなくムキになりつつ、瀬名は声を張った。


「うっせんだよ、おせっかいヤロウ。偽善者のくせに」


「……どういうことだ?」


 不穏な空気が立ち込め始めた。それは、霧のようにゆっくりと、かすかに広がっていく。周囲の生徒たちも、何事かと目を見張り始めた。


「知ってんだぜ。お前の兄貴のこと」


 勝ち誇ったように男子が言った。その言葉が、瀬名を一瞬で凍りつかせた。華世もこれ以上はさすがにヤバイと感じた。男子が、誰も聞き逃さないような大きな声を張り上げた。


「知ってたか? 二年くらい前にこいつの兄貴、逮……」


 華世が席を立って止めに入るとっくの前に、男子は口を閉ざしていた。眠っていたはずの鬼山が、男子のすぐ脇に立ち、殺気立った恐ろしい眼で見下ろしている。


「ええっと……何でしょう……?」


 モアイのような男を見上げながら、男子がおずおずと聞いた。その光景を目の当たりにしたすべての生徒が、これから起こりうる最悪の事態を想定できたはずだ。鬼の眠りを妨げた者の運命の末端と、その裁きを。

 チャイムが……六時限目の授業開始の合図が、この男子に救いの手を伸べた。折しも、柏木が教室へ入ってきて、また面倒なことになってるな、という風に顔をしかめたのだ。


「なになに、この空気? 面倒事なら放課後にやってよね」


 やたら重たそうに教材を抱えながら、柏木はだらだらとそう言った。ふと、柏木と鬼山の目が合った。


「君が目を覚ましてるなんて、珍しいね。今日はいいことありそうだ」


 教え子たちが席に戻っていく様子を眺めながら、柏木は一人、とても楽しそうだった。


「せっかくだし、今日はちょっとお話でもしようか」


 号令が終わると、柏木は揚々と言った。教室を喜びの波紋が広がっていった。


「何の話?」


 教室の隅の方から、五十嵐が待ち切れずに聞いた。


「そうだな……君たちは、幽霊を信じるか?」


 柏木はやぶから棒に切り出した。


「まあ、信じようが信じまいが、それは個人の勝手だけどね。要は、そのどちらにしても、多くの人が幽霊を見たことがない。また見たとしても、それは写真であったり、何らかの映像や音声だったり、それこそホラー映画だなんて言い出す人も、中にはいるかもしれない」


 少し教室を見渡して、柏木はクスッと笑った。


「これは難しい話じゃない。敏感なひらめきと、鈍感な単純さによる選択だ。そして君たちは今、その瞬間の中に立っている」


 華世は意識を集中させて聞いていたが、柏木が何を言いたいのか、未だによく分からない。それは周囲の生徒も一緒のようだった。


「高校二年生。ここが大きな分岐点になるだろう。君たちは今、選択を迫られている」


 柏木は相変わらずな笑顔のまま言った。


「例えば、君たちが百年生きたとして、過去の自分を振り返ってみたとする。すると、たくさんの分岐点が見えてくるはずだ。そこで君たちは、常に何かを選び、何かを選ばなかった。その積み重ねが、百年後の自分自身につながってくる」


 聞きつつ、華世は感心していた。あの柏木でも、教師らしい一面を持ち合わせているんだな、と。見た目は、真面目くさった規則正しい機械のような男にしか見えないが、中身はどこか抜け落ちた肩すかし教師だった。


「話を戻そうか」


 柏木は続けた。


「幽霊を信じるか? ということだけど……瀬名くん、君は?」


「信じません」


 そのしっかりとした語調は、問題集の問いかけにでも答えるような調子だった。


「それはなぜ?」


「その全てが、確信につながらないからです。僕は迷信家じゃありませんし、漠然とした物事に首を突っ込むのは、暇つぶしの時だけで十分です。それに、魂や死後の世界なんてものは、人間の否定によるただの偶像だと思ってます」


 言い切る瀬名を、柏木は満足気な表情で眺めていた。予想以上の返答に、悦に入ったようにも見えた。


「それじゃあ瀬名くんは、君の思い描く自身の未来を、信じてる?」


 柏木が何を考えて質問しているのか、華世にはその意図がさっぱり理解できなかった。瀬名は手元の教科書とにらめっこしながら、その答えについてしばらく考えていた。


「信じるって言い方は好きじゃないです。ただ、今を一生懸命になってるだけですから。結果は、その後からついてくるものです」


「じゃあ、質問を変えよう。君はたしか、大学への進学を希望してたはずだ」


「……はい」


「どうして大学へ行きたいんだ?」


 こんなところで何て大胆な質問をぶつけるんだろうと、華世は瀬名の身になって感服した。それにも関らず、瀬名自身はまったくひるんだ様子を見せない。


「僕が大学へ行くのは、自分の将来のため、そして家族のためです」


「自信を持ってそう言える? 進学することが、本当に自分や家族のためになると?」


「もちろんです。そうでなければ、進学する意味なんてありません」


「そうだね……でもそれは、幽霊を信じることに類似してる。違うかい?」


 ここにきて、初めて瀬名が口をつぐんだ。柏木は教壇の上に両手をつき、ぐるりと教室を見渡した。


「信じる意味は、人の持つ何かしらの力だと、僕は考えてる。その先にあるのが最悪の不幸だったとしても、人は選んだ道を戻れない。今を一生懸命生きるなとは言わない。ただ、目の前のことばかり気にしていては、盲目になるだけだ。けど、何も分からない……一秒先のことだって分からない、そんな漠然とした未来に頼っていては、何もできないまま今の自分を滅ぼしてしまう」


「さっきも言ったけど、君たちは今、大きな分岐点に立っている。それは、進学や就職なんかよりももっと重要な、信じるか否かの選択だ。ちなみに、この選択肢に正解はない。今を生きるか、未来に望むか……いずれにしても、大切なのは思う力だ。君たちが思い、願えば、それは生きる力となる」


 束の間、静まり返った教室の中を、柏木の視線が泳いだ。その二つの瞳が辿り着いた先は、あの男のところだった。


「どうせ起きてるんだろう、鬼山勝二? 顔を上げてごらんよ」


 柏木の挑発的な口調は、クラス内の空気をほんの一瞬で震撼させるだけの威力を持っていた。鬼山は黙ったまま首を持ち上げた。柏木を睨みつけるその表情は、いつにも増して憎々しげだ。


「おおっと、怖い怖い」


 柏木は白々しくおどけてみせた。


「せっかく学校へ来てるんだから、授業に参加しないともったいないだろ。え?」


「これを授業と呼べるならな」


「呼べるさ。マニュアル通りの、しがない授業だけどね」


 両者は睨み合いながら、互いを軽蔑するような会話を繰り広げていた。少しずつ膨らんでいく緊張感が、華世の手に汗を握らせた。


「せっかくだし、君にも聞いておこうかな。鬼山くん、君は幽霊を信じるか?」


 包まれた静寂の中で、華世は必要以上に耳をすましていた。褐色のボサボサ頭が、ゆっくりと前後した。


「信じてる」

 しばし沈黙した後、鬼山はそう答えた。その言葉は、誰もの意表を突く驚異だった。柏木の顔が笑顔に輝いた。


「意外だね。君ならきっと『信じてない』、そう答えると踏んでたのに」


「理由もなく疑ったり、頭ごなしに拒絶するやり方は嫌いだ。根底から信じ込んで、腑に落ちない事実に直面したら、その時初めて疑えばいい」


 柏木がせきを切ったように笑い出した。


「不良やってる高校男児が、ずいぶんとませたことを口にするんだね。面白い奴だ……でもそうやって大人ぶってると、ろくなことにならないよ」


「そりゃどうも。気に入ってもらえて嬉しいね」


「いや……僕は君がますます嫌いになった」


 華世は、缶ジュース一本分くらいの生唾をいっぺんに飲み込んだ気がした。おかげで、口の中がすっかり乾いてしまった。


「勘違いしないでほしい」


 鬼山に睨みつけられながら、柏木は朗らかに言った。


「そのすべてを嫌ってるわけじゃない。君は頭がよく切れるし、勘も良さそうだ。だから、今の生き方では何もプラスにならないことも、おおよそ承知してるはずだ。違うか?」


「さあ」


 素っ気なくあしらう鬼山を見下ろしたまま、柏木は続けた。


「この学校生活だけでも、もっと充実したものにしなさい。そうやって犬みたいに嗅ぎ回るのは……」


「柏木先生」


 鬼山がおもむろに立ち上がり、柏木の言葉を遮った。教室の真ん中で、険相な表情を浮かべて睨み合う二人の男が、ねっとりとした険悪なオーラを作り出していた。


「もっと他に言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうです?」


 考えに耽るような面持ちのまま、束の間、鬼山はふと黙りこんだ。やがてこう言った。


「その代わり、自分で自分の首を絞めることになっても知りませんよ」


 それはまるで、サスペンスドラマのワンシーンを再現しているような光景だった。緊張は空間を満たし、あくびの一発でさえ許されないほどに高まっている。

 その時、またもう一人、大きな音を立てて椅子から立ち上がった。瀬名雄吾が、鬼山の背後から声を上げた。


「先生、授業をやりましょう」


 とても落ち着いた様子で瀬名は提案した。瀬名の勇敢な行動を目の当たりにして、華世は心の底から感動した。あの二人の仲裁に入るなんて、世界中の勇気をかき集めたところで、華世にとっては無謀な話だといえた。



「さっきのアレ。どうなっちゃってんの?」


 発狂も寸前な顔つきで、しびれを切らした神崎が華世に尋ねてきた。二人は健康診断の会場となる会議室に向かっている途中だった。


「あたしに聞かないでよ。あたしだって、さっきから誰かに聞きたくてウズウズしてたんだから」


 華世は正直にそう告白した。

 結局あの後、瀬名が提案したとおり、授業は再開された。授業を受ける側はみんな終始無言だったし、進める側は何度もチョークをへし折った。


「柏木が鬼山くんに恐れをなしてたのは確かね。何本チョーク折ったっけ?」


 指折り数えながら神崎が聞いた。


「九本。おかげでチョークの数が倍に増えたけどね。……あたしの予想だと、鬼山は柏木先生の、何か大事な秘密を握ってる。このままじゃ、またあいつの担任イジメが始まっちゃう」


「去年は『担任殺しの鬼山』って噂されてたけど、結局何人の先生が辞めたんだっけ?」


 やはり指折り数えながら神崎が聞いた。


「四人。おかげで自習の時間が増えたけどね」


 当時の状況を風刺しつつ、華世は一本調子で答えた。

 会議室へと延びる廊下に差し掛かった時、前方から歩いて来る一人の男子生徒が華世の目に止まった。金たわしのような頭髪の下に薄笑いを浮かべ、黒縁メガネの厚いレンズの奥では、ギョロッとした目玉が奇怪に黒光りしている。やがて相手もこちらに気付いたようで、その珍妙な面持ちにより不気味さが加わった。


「……やばいなあ」


 神崎が呟いた。華世は何が“やばい”のかを聞こうとしたが、その手前、男が狂ったようなカニ歩きでこちらに近づいて来るものだから、驚いてうっかり言葉を飲み込んでしまった。


「神崎さん、みーっけた!」


 神崎の顔を覗き込みながら男が叫んだ。キョロキョロと焦点の定まらない男の瞳がまったく別の生き物を連想させて、華世は思わず悲鳴を上げそうになった。


「気持ち悪いでしょ、この人。全然知らない人だから気にしないで」


 いかにも男のことを知っている風な言い草で神崎は言った。


「やだなあ、それ、何かの冗談? 僕だよ、朝倉仁だよ。余談だけど、僕、新聞局長になったんだ。今後ともよろしく」


 この朝倉仁(あさくらじん)という男は、近くで見るとより一層気味の悪い男だった。脂っこい顔にうっすらと無精ひげを生やし、たわしのような天然パーマは本当に泡立ちが良さそうだ。背中には巨大なリュックサックを背負い、首元からぶら下がる一眼レフカメラと共に、なぜかその容姿にピッタリ映えていた。


「まさかあの約束、忘れちゃったわけじゃないよね? ね?」


「えっと……何のことだったかしら?」


 窓の外に視線を走らせながら神崎が言った。朝倉のただでさえ巨大な目玉が、更に二倍ほど大きくなった。


「約束したじゃないか! 学校新聞の特集でアニメのコスプレをやってくれるって! 僕は何のためにこのカメラを買っちゃったんだよ!」


 廊下中を駆け抜けるような大声で朝倉が叫んだ。ほとんど狂っているようだった。


「そう……そうだった! アニメのコスプレ……今思い出した!」


 朝倉を落ち着かせようとしたのか、神崎も大きな声で言い返した。世にも恐ろしい風景だった。


「なら話は早い。撮影日はいつにする? いや、それよりもまず衣装決めからだね。キャラクターから決めるってのもアリだけど。カワイイ神崎さんならきっと、なんでも似合うと思うよ、うん」


 今しがた発狂したことなど忘れしまったのだろうか、朝倉は人が変ったようにペラペラとまくしたてた。


「ところで、君は誰?」


 呆然と黙りこくっていた華世を気遣ってか、朝倉はちょっと興味ありげに華世の方へ近づいてきた。


「神崎さんと同じクラスの、柴田です」


 華世は浅くお辞儀をしながら、ビクビクと自己紹介した。朝倉は神崎と同じように華世の顔を覗き込んだが、すぐにそっぽを向いてしまった。


「ふーん……興味ないや」


 華世はカメラのレンズにひざ蹴りしたい衝動をなんとか押し留めた。華世のすぐ脇で、神崎が鼻で笑ったのがかろうじて聞こえた。


「じゃあ、今後の予定は追って連絡するから。都合の良い日をメールで教えてね。アドレスは……はい、これ」


 朝倉は胸ポケットから紙切れをつまみ上げると、それを神崎の手に押しつけ、意気揚々と立ち去って行った。朝倉の姿が完全に見えなくなると、神崎はグーにした手の中で紙切れを握り潰した。


「ウザイ……キモイ……オタク……アサクラ……」


 唇を動かさずに呟きつつ、神崎は窓を開け放ち、丸めた紙切れを外へ放り投げた。神崎の憎しみが込められたそれは綺麗な放物線を描き、校庭のじめりとした草っ原に落ちて姿を消した。


「何なの、あの生き物は?」


 再び会議室へ向かって歩き出した華世は、迷惑極まりないとばかりに文句した。神崎が舌を打った。


「去年から私に付きまとって来る変態、三年生の朝倉仁。柴田さんもここの生徒なら知ってるでしょ、学校新聞の“春夏秋冬”。あれの制作を手掛けてる新聞局の一人よ。まあ、今年から局長になったみたいだけど……」


 言い終えると、神崎はブルッと身震いしてみせた。


「何でコスプレなのさ?」


 神崎がアニメキャラのコスプレをする姿を想像しながら、華世は半分嘲るように聞いてみた。


「見ての通り、あいつは典型的なオタク。コスプレを撮影させろってあまりにしつこいから、一回だけならって返事しちゃったのよ。……あー、もう! 憎い! 憎いぞ、朝倉!」


 しかし、神崎のコスプレ姿が校内新聞の一面を飾るなら、こんなおいしい話はそう転がっているものではないぞと、華世は素直にそう考えた。乙女心を傷つけたあの男の肩を持つのは気が引けるが、朝倉にはそれなりに努力してほしいところだ。

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