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1.俺の夏がヤバすぎる

前書き

フィクションです。

冒頭絵紙女房は後回しに。


 昔話には、大切な誰かの為に、人になりたいと願うモノ達が居た。


 この小さな人形も、そうだった。


 高く、開けた場所にある小さな神社で、何かにすがり付くようにして泣く少年。

 家族が帰ってきますようにと泣きじゃくる少年の姿を、その人形は、ただ見守ることしかできなかった。


 人形は、何もできない自分を呪い、そして、願った。



『(神様……どうかこの子の為に、私を人間にして下さい……。どうか、神様……)』







 ーー7年後。





 ミーンミンミンミン。ミーンミンミンミン。


 この音は何か。言うまでもないが、せみだ。

 蝉の野郎が「交尾させてくださいミン、そこの方、どうか交尾させてくださいミン」と鳴いている音だ。必死だ。

 つまり、夏の風物詩は、ナンパの大合唱と言っても過言ではない。


「クソ……。虫のクセに朝からイライラさせやがって……」


 俺だって交尾せてくださいミンと鳴きたい。泣いてしまいたい。

 だが、俺がそれをやってしまうと、虫取り少年ではなくお巡りさんに、虫籠ならぬブタ箱に入れられてしまうだろう。


「……あっちぃぃ」


 扇風機を強にして、団扇で乱暴に扇ぎながらベッドから起き上がる。

 うだるような暑さと、耳に飛び込むナンパ音に苛々しながらテレビを点けると、綺麗なお姉さんが不気味な生命体を見せ付けつつ楽しそうに解説していた。


『――わたしたちの毛穴には、顔ダニと呼ばれる小さな小さなお友だちが住んでいます♪ わたしたちの毛穴で交尾をし、日々愛を育んでいるのです♪』

『そう、わたしたちは孤独ではないのですっ♪』


 ……。


 ちくしょうっ。いったいなんだってんだ?


「どいつもこいつも交尾交尾……っ」


 更に、夜になるとカエルの大合唱が始まる。内容は勿論「交尾させろゲコ」である。最早これは自然界によるセクハラだ。合法セクハラだ。

 俺は苛立つ足取りで一階の洗面所に向かうと、大量の洗顔料を手にブチまけてそれを顔面に塗りたくった。


「ふはは、死ねっ、滅べっ。 俺の毛穴で許可なく交尾をする奴らは、みんな死ぬがいいっ!」


 ははは、リアダニ共の悲鳴が聞こえてきそうだっ。

 今頃はダニ共の恋や温かい家庭が終了しているに違いないなっ。


「トドメに食卓用アルコールスプレーで殺菌してやんよ!」


 更に無慈悲な一撃を顔ダニ共に浴びせ――


「ごああっ! 目がっ、目がああああっ!!」


 あ、アルコールの霧が目にいぃ! 厄日だ、今日は厄日に違いないっ!!

 アルコールの揮発性や浸透パワーがこれほどとは思わなかった!


「はぁっ、はぁっ……。よし」


 顔を洗い、冷静さを取り戻した俺。鏡を見ると、目の下のくまが前よりも濃くなっている。畜生っ。

 心無しか目付きも悪くなった気がするが、前からか。……何にせよ、これで奴らは駆除なり駆逐なりされただろう。

 ざまぁないな顔ダニ共よ。まさか人様の毛穴で人生、いやダニ生を満喫してやがったとはな。油断も隙もないとはこのことだ。


 満足感溢れる顔で二階にある自室に戻ると、まだあのダニ番組が続いていた。

 この番組のおねーさんは嫌な話をやたらと幸せそうなノリで話すのでイラっとする。


『ーーちなみに、顔ダニさんは洗顔やアルコールでは簡単には死にません♪ だからみんなー、顔ダニさんとなかよくしてあげてねーっ♪』


 ……。


「くそったれ!!!!」


 なんだってんだ本当に! もううんざりだ!

 人様は、常にリア充(顔ダニ)に寄生される運命だとでもいうのか!?

 宿主さまを差し置いて、奴らは四六時中俺の毛穴で交尾をし続けるのか!?


「俺の毛穴はラブホじゃねーんだぞ!」


 そう悪態を付いてベッドに飛び込み、枕に顔を埋める。ふて寝だ。ふて寝してやる! 二度寝とも言うが。

 身も心も顔ダニに弄ばれて傷付いた俺は、枕元に置いてある黒髪長髪ボインな絶世の美少女フィギュアに手を伸ばすと、いつものように優しく語りかけた。


「はぁ~~。やっぱりぼくの理解者は『ことりん』だけでち~~」


 『ことりん』とは、俺が敬愛するアニメ『巫女くノ一超能力美少女魔法少女ことは』の主人公、『夏明詞葉なつあけことは』の愛称である。

 アニメみたいな名前だが、稀少姓というツチノコ的存在で実在する名字だ。

 ファンからはことはちゃん、ことりん、ことこと、ことたそ~とか呼ばれている大人気キャラ……だった。


 大人気といってもそれは数年前のブームの時であり、今や『終わったコンテンツ略してオワコン』扱いでオタク界隈の記憶からも消えつつある。

 だが、俺には関係ない。何年経とうと好きなものは好きなんだ。小学生の頃に初めて出会った萌えアニメ、それがことりんなのだ。


「ことりん。ぼくもう疲れたでちよ。だからその大きなスイカで慰めてほしいでちよ」

「オッキナアカチャンネ♪ ホラ、ボインボイン、ボインボイン♪」


 ……もちろん腹話術である。俺の裏声である。

 誰も見てないし、これくらいは許されるだろう。きっと他の人も同じことをしているはずだ。それはそうと。


「今日のことりんのおぱんつは何色でござるでちか~?」

「ヤ~ンっ♪」


 お人形さん(萌えフィギュア)遊びは実に楽しい。見られたら終わりだが、見られることはない。安心だ。

 小学生の時に幼馴染みとのおままごとでよく持ち運んでいたので、ちょっぴりボロくなっているが逆にそれがいい味を出している。


「フ、フヒヒ」


 ハァハァしてきた俺は、ことりんの艶かしい下半身にある布製学生服のスカート部分をまくろうと、捲ろうと……


「あれ……?」


 捲れない。いつも小学生のイタズラのごとく捲りまくっていたスカートが、なぜか捲れない。

 よく見ると、ことりんフィギュアの手がスカートの前部分を押さえていた。


「ん? いつの間に?」


 可動式だから不思議ではないが、このポーズをさせた覚えがない。まあ、気にする程ではないか。

 ことりんの手をどかそうとするも、その手は錆び付いたように動かず、スカートを死守している。


「んんっ? 関節が錆びたのかっ? そんなっ!」


 高かったのに! ことりんフィギュア、高かったのに! やっぱり今日は厄日だな!


 ……だが、この程度で心折れる俺ではない! なぜなら、前は押さえられていても後ろはガラ空きだからだ!

 なので俺は油断丸出しのお尻側のスカートを捲った。ペラッとな。


「茶色っ。うーん、このヒドイ下着センス! お年寄り臭さが実にたまらんなっ」


 ……すると突然、ことりんフィギュアがプルプルと震え始めたではないか!


「な、なんだ!? 地震か!?」


 慌てて天井にある電気の紐を確めるが、揺れてない。


「ほっ。地震じゃないのか。良かったぜっと……!?」


 振り返ると、俺の眼前にことりんフィギュアの両の指がーー



 グサッ!



 ……グサ?



 グサグサグサグサッ!



 ……連打?




「の゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 目がっ、目があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」



 終わる青春。

 終わる命。

 終わるブーム。

 終わるコンテンツ。


 この世のありとあらゆるものは、いつの日か終わりを迎える。


 だが、本当にそうなのだろうか?


 俺は、そうは思わない。


 忘れられるのは寂しいと。

 誰にも知られないのは悲しいと。

 そんな声なき声を、俺は……。



 ーー高校生活最後の夏。



 灰色だった俺達の日常が、一人の少女が起こした奇跡によって、青く、色付き始める―――



 まあ、少女というか人形なんだが。

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