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スマブラ  作者: 金木犀
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四話



 会場の中に入り、階段を駆け上がって、開けた場所に出ると、設置された大きなモニターの映像から衝撃的な光景が目に飛び込んできた。

 山のように積み上げられた死屍累々(実際には死んでいなくて、白目になってピクピクと痙攣しているだけなのだが)。

 その上に立つは一人の鬼神。

 瑠璃色に輝く長い髪、透き通るような白い肌、金色の宝石のごとき瞳が妖しく光っていた。体はともすれば簡単に折れてしまうのではないかと思うほどに細いのに、その体格では到底振り回すことなどできないはずの大きな武器を、片手で軽々と持っていた。まるで重さを感じさせないのだ。

 その手に持つは少女の身長の二倍は優にある戟と言われる武器だ。

 質実な造形をした柄の部分は見るからに頑丈そうで、柄の先についた鋭い直刃と横についた少女の瞳の色を思わせる三日月状の刃『月牙』が、まるで歯向かう敵の血を啜ろうとするようについていた。

 その武器の名は方天画戟。

 中国史においても最強武将の一角に名が挙がるだろう武将が持つ武器として有名なそれは、鬼神のごとき領域を持つ少女が持つ武器に足るふさわしい存在感を放っていた。

 だが。

 残念なことに、少女の下でうめく人間の声が非常にシュールだし、このような光景を最近経験したばかりだから、すぐ、正気に戻ることができた。ついでに既視感で目の前がくらりと揺れた気がする。

「なぜ、あいつが、あそこにいるんだよ……」

 つい二日前にも見た光景だった。あの時とはスケールも迫力も違うが。

 いつのまにか日は沈み、赤い光が真っ赤に染まった血のようになって、一人の少女を不気味に彩っていた。

 呂布皐月、おれの幼馴染である。足下には無数に蠢く(気絶していたり動けなくなっていたり)存在がうめいており、逢魔が時という時間が近づいている今、なにかしらの妖怪に変化してしまいそうな雰囲気さえあった。

 ていうか、あいつ、なんであそこにいるんだよ。

 これって羽衣の許嫁候補を決めるために開かれてるんだよな。

 ならあいつがいるのは明らかにおかしい。

 なのに、みんなは当然のように見てる。

 どういうことだ。

 はっ。

 おれはもしかして今までとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

 おれは皐月のことを知っているようでいて、その実、何も知らなかったということか。目に見えるものを真実と勘違いし、何も見えてなかったのかもしれない。


『圧巻です! まさに圧勝! 文句もつけようがない! これはもう決まったでしょう! 武闘大会の勝者つまり、栄光ある桜井羽衣の許嫁候補となる存在が今まさに決まりましたっ! その名は――』


「待てえええええええええええええええええええええええええええい!」


 あっけにとられているうちに羽衣の許嫁候補が決まりそうになったので、慌てて止めようと全力で叫ぶ。


『おっと、この声はいったい!』


 どうやらおれが通ってきたのは観客席専用入り口だったらしい。ざっと数万人はいるかと思われるほど、明らかに桜花閃乱学園の生徒だけではない数の人間が、観客席を埋め尽くしていた。近くにいた人間を皮切りに周囲の視線がおれに集中してきている。

 闘技場のちょうど真ん中にいる皐月もおれの存在に気が付き、こちらをじっと見ている。

 もう猶予はなかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 おれは走った。なんとしてもこの大会に勝たねばならぬと、懸命に、走ったのだ。

 だがなぜだろう。とてつもない不安がおれを襲った。まるで目の前の空間と、皐月がいる空間が隔絶されているような、そんな絶望的な感覚。

 くっ、これは。恐れているというのか。皐月という最強最悪の存在おさななじみを。

 だが、相手が皐月であろうとこの想いを阻むことなどできない!

 おれは今すぐ立ち止まりたい、立ち止まらなければならないという切迫感、衝動を無視し、胸を震わせる思いを力に変え、加速した。勇気と愛を力に変えておれはどこまでも行けるんだっ。

 アイキャンフライ!

 こうして観客席から皐月のいる場所へと飛び降り、

「ぶへばっ!」

 瞬間衝突した。

 見えない空間に。

 一瞬柔らかい弾力があるなと思った瞬間、後方へとふっ飛ばされた。

 あふん。やべ。

 なんて思っている間に、後方の壁へとおれは吸い込まれ、そのままプラグインした。


 

『おっとおおおお! なにがなんだかわからない! 本格的な戦闘をするために創られた空間ですので、間違って観客が落ちないよう特殊な領域が張られているのは当然でしょう! そのことを知らなかったのかっ! とにかく、乱入者さんいま最高に恰好が悪いです! 後方にある壁にめり込み、白目を剥きピクピクと震えている! ステージに上がる前に、ノックアウトしているっ!』


                ***


 大爆笑の大音量のおかげで目を覚ましたおれは、羞恥に震えながらも現在皐月のもとへと向かうための準備室に来ていた。

 控室とかではなく、準備室。

 というのも、観客席から見たあの舞台は、実際には電脳世界のような空間を映像化したものらしい。どういう原理でそうなってるのかと聞かれても、おれにはわからん。そういうのはそれを造った奴に聞いてくれ。

 桜花閃乱全力戦闘体感マシーンなるものを全身に装着すると、皐月がいる空間に意識が自動的にとばされ、思う存分に闘うことができる。全身に装着された機械が、脳、神経系、肉体のあらゆる部分や領域などの能力を読み取り、コロシアムの中の空間で正確に反映されるようにしてあるのだ。

 これによって、受ける痛みや体力の消費なども正確に反映されるが、死ぬことはない。逆に言えば、死んだ方が楽だと思えるような痛みさえも反映されるため、えげつない猟奇的な攻撃の使い手と相対した場合、死ぬよりも恐ろしい目に遭うことになる。まあ、そんな人間はあまりいないらしいが。

 などという説明を白衣を着ためっちゃセクシーな美人教師から一通り受けた。

 ということでおれは桜花閃乱全力戦闘体感マシーンを装着した。

 それが起動すると、視界が一瞬点滅し、次の瞬間には意識が飛ばされていた。



 すぐに視界に映ったのは、皐月の下でうめいていた死屍累々が、光って消えていく光景だった。ゲームでモンスターが倒れて消えていくときのエフェクトそのまんまである。だがそれを現実の光景で見ると、結構綺麗で、見とれてしまう。

 黄金の光がまるで命の最後の輝きのようで、さっきまで山のように積み上げられていた死屍累々が消えていくさまは圧巻だ。

 観客席とこの空間は隔離されているらしいが、見た目は闘技場の舞台の上からでも違和感はない。だが、同時に激しい違和感と疑問が湧く。

「おい、なんでおれがここに来たタイミングで都合よく消えるんだよ、っていうか明らかにノックアウトしてたんだから早く意識戻してやれよ! いつまであんな姿のままにしてるんだよっ」

『おっとおお、気づいてしまった、気づいてしまってはいけないことに気づいてしまったあ! 学園長から乱入者がくるまでちょっと時間作ってくれみたいなことを言われたわたくしですが、きっとこれはなにかしらの天文学的確率からくる偶然であるとしか言えません! いつだって現場の人間は上の言うことには逆らえない、悲しい現実です!』

 やっぱな。これは親父の演出だろう。まったく。こういうことには喜々として行動するんだよな。外見はあんなにいかつい、怖そうなおっさんなのに、やることはガキ大将と変わらない。普通はこういう非常識なことすれば周りが黙ってないんだろうが、そこらへん大丈夫なのだろうか。あんな姿を長い間衆目にさらされた日にはおれなら軽く自殺とかしちゃいそうだけども。

「ったく」

 その親父殿はどこにいるのかね。

 だからこそ席を埋め尽くすほどの人間の視線が直接伝わってくる。居心地が悪い。さっきのこともあるから余計に。って考えてたらまた思い出しちゃったぜ。恥ずかしくて死にたくなるな死なないが!


 羞恥に震えながら観客席を見ると、一か所だけ他の席とは違う、特別な構造をした席があった。まるで王座。きらびやかな金色の縁に、赤い革で装飾された椅子。他の席からは入れない構造になっているらしく、とりわけ目立つようにおれがいる舞台へと突出するような形で造設されていた。

 そこの席に座る人物を見た瞬間。

 意識が昇天した。

 え、女神?

 ていうか銀河?

 むしろ世界そのものなの?

 絶対不可侵な聖域のごとき、どこまでも清らかな存在感。

 汚れちまった悲しみばかりを生む世界に誰もが絶望、慟哭し、sekai no owariを受け入れようとしている時でも。

 その瞳は果てしない未来を見据え。

 きらめく希望をその胸に宿す。

 彼女がいればどんな絶望だって闇だって希望になり光になるのさ。

 あれちょっと自分で言ってて意味がわからんな。

 仕方ないとはいえ。


 羽衣がいた。

 どこぞの王女様の如く青く透き通るようなドレスをまとい、頭にはティアラさえも載せていた。つまりはまんまお姫様衣装なのである。

 おれの視線に気が付いたのだろう。羽衣は一瞬で顔を真っ赤に染め、何事か言っている。

 本来なら間違っても聞こえない距離。だが、心配することなかれ。 

 おれの耳は、羽衣の声なら普段の何千倍(自分比)の聴力となってはっきり聞き分けることができる。

『こ、これは違うの。み、見るな! お父さんがこれ着ろっていうからで、わたしの意志じゃないんだからっ!』

 うんうん、花も恥じらうような年齢だものな。そうやって羞恥する姿も男心をくすぐるわけだけども。ま、見ないでと言われても瞳が勝手に自動照準しちゃうんだけな!

『き、きもっ』

 結構な距離なのに、絶対零度の視線が注がれてるのわかっちゃう! 

『なんで! なんで、来たの? 馬鹿じゃない。こんなことして、ほんと馬鹿じゃない』

 羽衣のそんな言葉に、おれは瞑目する。

 なんで来たの。そう、羽衣からすればそうなんだ。これはもしかしたら羽衣が望んでしてることなのかもしれないのだ。だけど、それじゃいやなんだ。おれが、いやなんだ。

 羽衣の隣に知らないだれかがいるなんて、耐えられない。

 それに。

 心のどこかで確信してもいるのだ。

 おれが羽衣なら、自由に恋愛して、自分の意志で結婚相手をみつけたいと望むはずなんだ。

 もしも羽衣が自分の気持ちを押し殺しているなら、誰かがそれを解放する必要があるだろう。それは、おれにだからできることだ。家族だから、できることなんだ。

 目を開いてまっすぐ羽衣のほうを見た。

 不安そうな表情をしている羽衣。

「たとえこの想いが実らなくても、そんなの関係ない。羽衣がどうにもならない事があってくじけそうな時には、おれは必ず羽衣を守るよ」

 ふとそんな言葉が口をついて出る。

 いつか、こんなセリフを羽衣に言ったような気がした。



『おっとおおお、愛之助選手、なんと熱い言葉を吐くのでしょう! これはしかし恥ずかしい。なんて歯の浮くようなセリフを吐くのでしょう。思わず背筋がゾゾゾっとなりました! もしもわたくしの兄に同じセリフを吐かれたらと思うと恐ろしくて想像すらしたくありません!』


 うん?

 おかしいな。ささやく吐息、みたいな声だったはずなのに。うわそれが反映されていたとしたらどんだけ気持ち悪いんだよ! 恥ずかしい! 恥ずかしくて人間やめたい!

「あの、もしや、聞こえちゃってました?」

『ばっちり聞こえてました。戦闘前ということで、期待を高めるため、挑戦者の意気込みとか聞きたいですからね。特殊な領域で愛之助選手の声を拾い、スピーカーで放送しちゃってましたゴメンネ☆ ちなみに戦闘中は音が大きくなるため反映されませんが!』

「あっはっはっは! 声はかわいいのに言うことが容赦ない!」

『おおう! なんか顔真っ赤にして誤魔化している感半端ないですが、素直にうれしいです。ちなみにわたくしは、『明智 濃姫のうひ』と申します! 以後お見知りおきを!』

 素敵なスマイルが幻視できそうな声でそう返す濃姫さん。おれはただただ赤っ恥にをかいただけに思えて、泣きそうだった。

 恥ずかしくて羽衣のほうを見れない。今、羽衣はどんな表情でこのおれを見ているんだろうか。いやだ! 想像するだけで背筋が凍るわ!

 きっと絶対零度通り越して何かしらの何かな視線になってるに違いない。ところで絶対零度通り超すとどうなるんだろう。気になるな。たぶん超えることはないんだろうが。

 ということでそろそろ対戦相手に向き直ることにする。



「……来ると思ってた」

すると、タイミングを見計らっていたのだろう。皐月はすぐに口を開いた。

「……怒ってる?」

 無表情に見えるその顔。だがおれにはわかる。まるで、悪戯しているところを目撃され、落ち込む猫。『怒んにゃいで』パタンと猫耳が垂れているように、おれには見えた。

「怒るっていうか、驚いているな」

「……こうなることは、覚悟していた」

 はずなのに、と皐月は小さな吐息をつきながらつぶやく。うん、どうしたんだ。いつもと違う様子だな。皐月?

「ついに、この時が、来てしまった」

 何かに区切りをつけるように静かに瞳を閉じ、ゆっくりと見開くと、皐月は手にした方天画戟を構える。皐月の体から黒い炎が噴き上がった。猛士と同じ領域イメージ。だが猛士よりもはるかに濃く質量のあるその領域は、皐月の心の闇を体現するようだった。


「あーすけ、わたしは……、あーすけを倒す、倒さないといけない」


 どうやらおれは勘違いしたらしい。何が落ち込む猫だ。そんな生易しいもんじゃない。

「皐月、おまえ」

 なんでそんなに追い詰められたような表情をしているんだ。


「あーすけ……、私は、あなたの敵」


 なんでそんなに手が震えているんだ。


「あーすけ……私は……」


 なんで今にも泣きそうになってるんだ。


「あーすけ、私は、今まで」


 意を決して何かを言い出そうとした皐月を手で止める。

「……あーすけ?」

 そうか。やっぱりそうだったのか。おれは今まで受け入れられなかった事実を、ようやく腹の底に飲み込む決意ができた。

 かつてこんなに辛そうにして、追い込まれている皐月の姿をおれは見たことがない。

 ということは、そんなになるくらい、思い悩んでいたということだろう。きっとそれは皐月にとっては本当に重大なことで、だからこそ言えなかったんだろう。おれに嫌われるかもとか、羽衣に知られたくないだとか。そういうことを考えて、言い出せなかったんだろう。まったく水臭い。こんなことで、おれが皐月を嫌うはずないというのに。羽衣だってそれは同じだ。今までどれだけ皐月の世話になったのか、感謝しているのか、それが全く伝わっていないことが悲しい。だが、皐月を責めるのはお門違いだろう。そうさせてしまったのはほかでもないおれなんだから。

「もう、何も言うなよ。わかってるよもう。さすがにこの状況でわからないほど、おれも鈍感じゃない。その先はおれに言わせてくれ」

 だからおれはせめて、そんな皐月を安心させてやりたい。

「……そう。しかし意外。さすがに鈍感なあーすけでも、この状況なら気付くかもしれないという可能性はある、とは思っていた。 ……ただ、隕石が今この瞬間に振ってくるような奇跡的確率だとは思っていたけど」

「それ、ないに等しいじゃないか。時々、皐月はおれの精神をえぐるようなこと言ってくるな。おまえ、そんなにおれのこと馬鹿だと思ってるのか」

「……それは……」

 悲しそうに目を伏せる。うん、ごめんなさい。うすうす気づいてはいたんだ。

 もしかしたらおれって馬鹿なんじゃないかなあとは。

 でもやっぱり馬鹿だったんだな!

「ま、まあ、いいだろう。とにかく、安心してくれ、おれはお前のすべてを受け入れる」

「……そんなわけない。私という存在を、あーすけが許すわけ」

 やれやれ。

 これは、はっきり言わないとわかんないみたいだな。

 ちょっと恥ずかしいが、おれがどんなに皐月を必要としているのかわからせるためだ。仕方ない。

 おれは息を吸い込み、大声で、堂々と告げる。


「皐月! おれはお前が好きだ!」


 そんなおれの言葉に、ざわついていた観客が一瞬シーンと静まり返った。

 しかし、すぐに何やら騒がしくなる。さっきよりうるさいのはなんでだろう。

 今はそんなこと、どうでもいいが。


「  ――……? ……――!! !!?!!!? 」


 うん? なにやら皐月の様子がおかしいな。いつもはなにしても動じず、顔色一つ変えないのに、今は顔が真っ赤だ。

 壊れて同じメロディを繰り返すようになったオーティオレコーダーみたいに、同じ動作を繰り返している。具体的に言うと、手に持った方天画戟を地面に落としては、拾っていた。拾って、しばらくすると、雷にでも打たれたみたいになる。

 こんな皐月初めて見た。

 おれの知らない皐月の、意外な一面を見れて、うれしくもあるが、驚きのほうが大きい。大丈夫なんだろうかと少し心配。

 気にはなるが、今はそれどころではない。それよりも自分のありったけの思いをちゃんと皐月に伝えること。それだけに専念しよう。

「おれがどんなにお前の事を好きなのか、わかんないのか?」

「あー……、す、け」

 パクパクと、呼吸も忘れているらしい。皐月の顔色が赤から死にそうなくらいの紫、いや青みたいな色に変わっていて、さすがにそれ以上は言葉を続けられなかった。

「お、おい、どうした。皐月、息しろ! しないと死ぬぞ!」

「……だ、大丈夫」

「落ち着け、こういう時は、ひ、ひ、ふー、で落ち着くんだ」

「……あーすけは変」

 皐月はふうと、ため息をつき、いくらか平静になった様子。

「とにかく、安心してくれ。わかってる、おれはわかってるんだもう」

「あーすけ……もう、大体わかった。だけど一応、聞く。何が、わかったの?」

 ふ、知れたことを。

 この場所に皐月がいる。

 羽衣の許嫁候補を決める場所に。

 そう、答えは一つしかない!

「お前、本当は、男だったんd」

「あーすけはとてもとても失礼」

「ブホヘバアアアアアアアアア!」

 な、なんでだああああ。


 方天画戟の棍の部分で、思いっきり殴られたおれは、天高く吹っ飛びながら思う。え、だってそういうことじゃないの? 男だから、ここにいるんじゃないの。今までずっと羽衣が好きで、その気持ちを押し殺してきたんじゃ、ないの?


 こうしておれと皐月との、生涯忘れることのない、すべての始まりとなる戦い、その舞台の幕が切って落とされたのだった。


                ***


『おっとおおお! 皐月選手怒りの鉄槌! 同じ女性として心から喝采したいのですがだがしかしこれは反則ではないのか! うん? おっとおおおおお、今校長に確認したら、親指と人差し指をくっつけ『オッケー☆』のサインをいただきました! ということで、試合開始です!』



 ブホヘブ! と地面に無事着陸(墜落とも言う)し、改めて皐月に向き直る。

「ち、違ったか……」

「……深く深く傷ついた」

「す、すまん」

「そんなに、見えるの?」

「え?」

「私、男に、見える?」

「いや全然。どこからどう見ても、可愛い女の子、美少女にしか見えないな」

「                     」

 ヨロリ、バタン。

「おいいいい、どうした、なぜ、倒れるうう!」

 手にした方天画戟を支えにして、皐月はなんとか立ち上がり、ヒイヒイゼイゼイと、

「……あー、す、け、そういう、こと、簡単に言わないでほしい」

 なぜか、さっき思いっきり殴られたおれよりも、満身創痍。

「いや、ほら、結婚するって話じゃん、この決闘の目的ってさ。だったら皐月が男だと思わないと説明つかないじゃないか」

「違うから……」

「そ、そうだよな、はっ」

――男じゃないけど、結婚する。つまりそれって。

「お、おまえやっぱり羽衣のこと……」

「違う……」

「え、でも……、じゃあ、どういうこと?」

 頭にクエスチョンマークを三つくらいつけて、皐月に聞いてみる。

「……違う、ことも、ないけど」

 うん? 皐月えもんの様子がおかしいな。なにやら言葉を濁してる。怪しい。

「確かに、このまま、結婚はするけれど。今の時代、女性同士でも結婚できるから」

「ご、ごくり。それってやっぱり……」

 ……おれは、皐月と羽衣が、ベッドの上でなんやかんやする絵を思い浮かべる。


『ちょ、ちょっと、皐月さん、い、いや、やめて』

 と羽衣は恥じらいながらも、胸を揉んでくる皐月に抵抗するどころか、次第に身を任せ、

『……羽衣、かわいい』

 皐月はそんな羽衣の甘えたような声、トロンとした目を見ながら、顔を近づけ、

『さ、さつき、さん』

 それを見た羽衣は、花の蜜を吸うように、その皐月の唇を……!


「いい……!」

「……反応に困る」



 皐月はそんなおれを見て、ため息をついた後、不意に、ふふふ、と笑った。あの皐月が、表情を崩して、確かに笑ったのだ。幸せそうに、笑ったのだ。

 おれは、図らずもドキンと胸が高鳴った。

 こっちのほうが反応に困るっての。なんだよその表情。そしてなんでおれはこんなにもドキドキしてるんだ。相手はあの皐月だぞ。くっ、もしやおれは悪性の心臓病でも患っているのか。

「あーすけは、こんな時まで、あーすけのままなんだね。……本当にすごい。だから、あーすけ、私は全力で、あなたと戦うことができる。なんでだろう。嫌だったはずなのに。あんなに苦しかったはずなのに。今は、安心してぶつかっていける気がする。ずっと前から。そう、ずっと前から。私はこうしたかったんじゃないかって思うくらい。あーすけに、あーすけと全力で戦って、そして……」

 一息。区切りをつけるように呼吸。

 しかしそれはただの呼吸ではない。

 戦闘前の、内に秘めた力を呼び覚ますための、呼吸。

 

「あーすけ、お願い、命がけで、向かってきて」

 皐月は瞑目した。領域を、空間を圧縮するかのように、質量のある闇の炎を精錬させ、さらに昇華しいく。

 目を見開き、それを、解き放った。

 色が変化し、黒い炎から、金色の炎へと。それはまるで伝説で聞く朱雀の炎。前傾姿勢をとり手にした方天画戟をゆったりと構え、

「じゃないと、私は」

 皐月は鋭く右足を踏み出し、息を吸うように自然な動作で繰り出してきた。


「――羽衣を殺すことになるかもしれないから」


 刹那に刺突を十回。

 それも正確な動作で急所と、避けにくい胴体に当たるよう、狙ってくる。おれは、領域を発動。桜井真実愛刀剣術一の型『流川楓』、秘技『桜木花道』を同時に使い、細かい足さばきで避ける。

 ひらりと舞う花びらと、皐月の火の粉がぶつかり、舞い散り、燃え盛った。

 研ぎ澄まされた刃にまとった領域が威力を増幅し、直接触れずとも鎌鼬かまいたちが身体を切り刻もうとする。おれは極限まで領域を高め、避けきった。

 時間にすれば瞬きの間に起きた、攻防。

 しかしその一瞬で、攻撃を直接食らったわけでもないのに、おれの着ていた袴の上着がぼろぼろになった。触れてもいないのに、肉が裂け、鋭い痛みが走る。

 だが、今はそんなことを気にしている余裕はない。

 刺突はあくまでも牽制。

 狙いは体勢を崩すことだろう。

 本命は払い。皐月は突きから一転、引くような動作で薙ぐ。

 獲物を狩る梟のように、音もなく、月牙が閃いた。

 おれは全力で地面を踏み抜き、背中を反りながら後ろへ飛び退って――紙一重。

 斬撃がおれの上を通って空間を切り裂き、客席の特殊な空間を構成している領域へと当たり、バチバチと音を立て、波紋を発生させていた。

 おれは、領域を駆使し、全力で技を発動させているため、なんとか避けられているが、皐月は領域を纏っているだけで、これまで一度もその領域を使い『技』を発動させてはいない。全て修行で培った槍術のみ。純粋な武術だけでおれを圧倒しているのだ。

筋力を使えば疲れるのは当然。同様、領域を使えばそれを操るために必要な第六感シックスセンスを保つ集中力と体力を激しく消費してしまうことになる。

 ゆえに、おれは皐月よりもはるかに大きな負荷を、現在、蓄積させているわけだが。

 攻撃ができず、回避に専念している、今の状況はかなりまずい。すでに息切れし始めていた。一刻も早く、皐月の乱舞を止めなければならない。


 しかし、その手段がない。

 せめて、武器があれば。

 これは、早くも奥の手を使うべきか……。

 あれは、かなり体力を消耗するから、できれば温存しておきたいのだが。

 温存してる場合じゃないよな――そう覚悟を決めた時、視界に画面が現れた。

 ゲームの画面、ウインドウみたいなのが、宙に浮かんでるのだ。しかし現在進行形でおれは激しく動いているのに、画面は固定されていて、それなのにはっきりと文字を認識でき、読み取れる。どうも、外からとかではなく、脳内から情報が送られている感じだ。



『桜井愛之助(一年 桜組)

   レベル:0 (経験値:0)

   ぼうぐ:ぼろぬのになった袴

    ぶき:なし

アクセサリー:なし

ひっさつわざ:???

    称号:なし


 初回特典の武器を入手しました。

 武器を装備することができます。

 装備しますか?

 →Yes

No                                    』


 おおう、なんというタイミング。絶妙すぎる。何がなんだかわかんないが、今は藁をも縋るべき時。迷いなく脳内でYesを選択。ちなみにただ思えば選択できるので楽ちんだ。


『どれを装備しますか。

 →・???

  ・???

  ・???                                  』


 なんだこれ。さては装備しないとどんな武器かわからない、みたいな?

 せめて形状がわかればいいのに。刀が理想なのだが。

 ええい、迷っている暇はない!

 一番上の武器をチョイスし、あとは山となれ谷となれ。

 

 ぼんやりと、右手が光る。

 出現したそれを、おれは力強く握り締めた。

「こ、これは……!」

 驚愕する。皐月も、驚いたのか手を止め、目を見開き、

「……あー、すけ?」

 まさか、こんな武器が世の中にあるというのか、とでも言いたげに何かを訴える瞳。

 おれも同じ気分だった。

 取っ手は細く、鍔は無く、刀身は背中が反っていて、切っ先が青龍刀のように幅広く伸びている。表面は薄く、滑らかで、人間の足にジャストフィットするように作られた、精錬されたフォルムがひたすら美しさを感……、

「って靴べらじゃねえか!」

 装備欄に説明が挿入されたので、確認すると。

『  武器名:ぷらすちっくの靴べら

 物理攻撃力:0.5

 物理防御力:0.5

 領域攻撃力:アンノウン(※相手の領域防御力次第です)

 領域防御力:アンノウン(※相手の領域攻撃力次第です)

    属性:ぷらすちっく

   スキル:靴を履きやすくする(※ユニークスキルです!)

    解説:主に靴を履く時に使用する。逆に言えばそれ以外は無用の長物……と見せかけてチャンバラにも使えるため、子供にとっては青龍刀のようなものなのかもしれない……』

「んなわけあるかっ!」

 スバン!

「あーすけ……、真面目にやって」

 うわああ、ぷらすちっくの靴べらがああああ。

 皐月の方天画戟を受け止められるはずもなく、それこそ塩をかけられたなめくじの如く跡形もなく消え去った。

 さらなる追撃に焦るおれは、次の武器をチョイス。今度こそはまともなのであってくれ! 祈るような気持ちで、手のひらで光り、物質へと形成したそれを力強く掴み、刃を振るう!

「こ、これは!」


『 武器名:お風呂のお湯をかき回すあれ

物理攻撃力:0.5

物理防御力:0.5

領域攻撃力:アンノウン(※相手の領域防御力次第です)

領域防御力:アンノウン(※相手の領域攻撃力次第です)

   属性:ぷらすちっく

スキル:お湯をかきまわすことができる。(ユニークスキルです!)

   解説:正式名称「湯かき棒」。お湯をかき分けるという一点に関してだけは極めて優れた機能を発揮する。先端の広がった部分でお湯をかき回すという独特な用途のみに使用されがちだが、意外や意外、先端は取り外し自在であり、棒にしてチャンバラすれば、気分はお湯を司る霊剣の如き堂々たる貫禄を備えることも可能である。そういう意味では多機能であると言えなくもないような……気がしなくもない』


「どうでもいいわ!」

 スバン!

「あーすけ……、いい加減にして」

 うわあああ、湯かきぷらすちっくがああああ!

 呆れたような目線が、ひたすら痛い。

 い、いや、違うんだって。真剣にやってるんだよ、これでも! だからお願い、さらに方天画戟を加速させて攻撃してこないで!

 涙目になりながら、最後の希望。

 三番目の武器を選択!

 きっと、一つくらいはまともな武器があるはず……! せめて木剣、もう剣玉でもいいから!

 二度目の真剣な請願と祈願をしながら、右手に暖かい光が集まるのを感じる。な、なんだ、これは。先ほどとは明らかに違う。ただの光じゃない。緑色の光がエメラルドの如く輝いている。こ、これはいよいよ当たりを引いたのか。今までのはやっぱり外れだったと、そういうことなのか。

 期待に胸を弾ませ、出現したのは、確かに、聖剣であった。

 今度はちゃんとした鍔がある。芸術と化したその造形は伝説のエクスカリバーも遜色ないかもしれない。本当に、かっこいい、とは思う。難点を上げれば、柄を指でつままなければならないのと、全体的にサイズがコンパクトであるということと、ほのかにミントの香りがすること……、

「ってなんじゃこりゃー!」


『 武器名:17アイスクリームの棒(ミント味)

物理攻撃力:-17

物理防御力:-17

領域攻撃力:-17

領域防御力:-17

   属性:使用済みかつ使い捨てプラスチック

スキル:おれたちは、腐ったみかんじゃない。そうだろう?(スキルなし)

   解説:ミント味である。アイスをペロペロとなめまわし、時には口に含み、甘い匂いに脳を痺れさせたところに、突き抜けるようなミントの香りが、さわやかな大人の世界へと僕たちを誘ってくれ……た後に出るご……ごほんごほん! 食べた後に、ほうっとため息をつくことができるほど、美しい聖剣。鑑賞用である。残念ながらこれでチャンバラは無理です! 諦めてくださいお願いします!』


「いや最初からチャンバラする気ねえから!」

 スバン!

「あーすけは……本当に、お馬鹿」

 ぶほへばああああああああああああああああああああああああああ!

 おれは吹き飛んだ。



 バチン!

 背中に大きな弾力、衝撃を吸収しようと、領域が悲鳴をあげる音が響き渡り、墜落した。

 方天画戟を受け止めるまえ、咄嗟に前方へ飛び、刃の部分ではなく柄の部位で衝撃を受け、威力を逸らしながら後方へと吹っ飛んだおかげで、なんとか致命傷は免れた。

 それでも、受けたダメージはかなりのもので、立ち上がろうとして、腹部に激痛が走り、失敗する。気功を使い、筋力を鉄のように固くする硬気功と威力を軽減する軽功を同時に使ったとはいえ、全ての衝撃を逸らすことはできなかったようだ。

「うぐっ」

「その程度なの?」

 皐月が、方天画戟を左肩に担ぎながら、闘技場の中心からゆっくりと歩いてくる。

 中心から端(観客席と隔てる境界線となる壁)まで目測で五十メートルはある。それだけの距離を一気に吹き飛ばしておいて、皐月は氷のような、温度差を感じる視線をおれに向けていた。

「羽衣を殺す、って、どういうことだよ、皐月」

「言葉どおりの意味。 ……ねえ、あーすけ、信じていたものが本当は偽りで、目の前にあるものが全て仕組まれた出来事で、そのレールに沿って生きることを定められていたとしたら、あーすけはどうする?」

「それと、皐月が羽衣を殺すことと、何の関係があるってんだ。ていうか、いい加減にしろよ。皐月が羽衣を殺す? 意味が解らない」

「意味が解らなくても。それでも、それに意味はあるから。だから、今私はここにいるの」

 静かに吐き出される皐月の言葉は、確かな重みを伴っていた。

「ねえ、あーすけ。そもそも、私たちが操る、『領域』ってなんだと思う?」

「え、それは、五感全てを研ぎ澄まし、第六感シックスセンスを得た存在、達人が用いることのできる力、もしくは、ピースオブエデンを形成する自然現象の元となる力……そんなところじゃないのか」

「正確には領域とは、神の力そのもの。世界を創造した力。宇宙爆発の根源たる全能の力――それを操る力が、第六感シックスセンス。アダムとイブの話は知ってる」

 突然、突拍子もない話になって戸惑う。そりゃあそうだろう。自分にとって身近な、例えば、筋力の仕組みに疑問を投げかけられ、その原理だとかが神様の力であると説明され、その逸話、神話の世界の話をされたら、誰だって戸惑うに決まっている。

「木の実を食べれば『神になれる』。それを信じて、人は木の実を食べた」

「あれだろ。失楽園ってやつだな。結局、神の力を得られるわけでもなく、神の怒りを買って追放されたんじゃなかったっけ?」

「……驚いた。まさか知ってるとは……ごめん、あーすけ」

 今おれはドラえもんに馬鹿にされるのび太くんの気持ちが痛いほどわかるぞ! 

「そう、失楽園。木の実を食べた結果、人は楽園エデンから追放され、二度と人間が踏み入れることがないよう封印された。楽園エデンに通じる場所は、ケルビムときらめく炎の剣と『鍵』を掛けられ、鎖によって封印され、今もまだ眠りについている……」

 ついと、皐月は視線をそらし、上空を見た。それに釣られておれもその方向を見る。すると、屋根の隙間から、あの塔が見えた。この上空を貫き、どこまで続いているのかわからないほど、この世界にそびえ建つ高い塔が。

「あれは、この世界と、楽園エデンを繋ぐ道であり、鎖でもある。たとえ塔の中に入っても『鍵』が無ければ、決してたどり着くことはできない。このピースオブエデンは、かつて楽園エデンと世界を繋いだ扉であり門であり欠片。だから、『ピースオブエデン』と言われるようになった」

「そ、そうだったのか……。よ、よく知ってるな」

「調べようと思えば、あーすけにもできる。きっとあーすけの家にも、資料はあるはず。とはいえ、あくまでも、これは数多くある憶測の一説でしかない。あの塔の先にあるものが『楽園』だと言われているだけで、実際はどんな場所なのかはわかっていない。当然、誰もその先に到達した人はいないから。 ――だけど」

 ギラリと、眼光を鋭くし、その塔を睨みながら皐月は告げた。

「――人はそれを求めてしまう。なぜ、神はその場所を封印しなければならなかったのかと。その場所に、人間が辿り着くと、神にとってどんな不都合なことがあるのかと、考えてしまう。そして、憶測は希望になり、夢になる」

 ふうと一息吐き、

「さて、その『鍵』とは、何なのか。あーすけにはわかる?」

 皐月は改めて、おれに向き直り、怜悧な表情を向けてきた。

「い、いや。正直さっぱりなんですけど……」

「うん。それでこそ、あーすけ」

 納得いかない!

「かつての木の実であり時には神として崇められ、聖人として奉られ、魔女として断罪され迫害されたりもした。それこそが――」

 皐月はおれの目をまっすぐ見て、


「桜井羽衣。あーすけ、今はあなたの妹として扱われている存在」

「は?」

「そして私も――、そう、私も。羽衣と同じく、人間ではない。エデンに通じる道を守護し、人間に『鍵』を使わせないように定められた、人間とは違う、存在なにか


 夜の月のように澄んだ金色の瞳がはかなく揺れ、悲愴な決意を伴った視線とともに、皐月はおれの世界を変える一言を紡いだ。


「神話のケルビム――そう呼ばれる存在。エデンに人類が到達しないよう、何かあればすぐに羽衣を殺す。それが私の使命であり責任。悠久の時を超え、今もまだ変わらず定められた運命の一族。これが、あーすけに今まで秘密にしていた真実」


「さっきから、なに言ってんだよ。ケルビムだとか、う、羽衣も皐月も、まるで、人間じゃねみたいに。んなわけないだろうが。羽衣や皐月が、そんなわけ」

 巨大な妄想に取りつかれているとしか思えない発言。

 だけど、おれはゴクリと思わず喉を鳴らした。

 それは、この場面で、この表情で、皐月が冗談を言うような奴ではないと分かっているから。

「あーすけ考えてみて。羽衣が入学してまだ一週間も経っていないのに、ここまで多くの人が羽衣を好きになるなんて不自然だと思わない? いくら外見が良くても。昨日みたいに大勢の人が押し寄せるなんてことあるはずがない。アイドルみたいに宣伝活動しているわけじゃないんだから」

「そ、それは」

 皐月は有無も言わせない雰囲気で言った。が、

「いや羽衣だから、それは仕方ない」

 おれはむしろクエスチョンマークを五つくらいつけて、『当たり前ですが?』というニュアンスで言った。

「……あーすけらしい。でも、それこそが羽衣が人間ではない証拠でもある」

「はあ?」

「羽衣は、圧倒的な『カリスマ』を持っている。人を無条件で惹きつける能力。誰もが羽衣を見れば好ましく感じ、危害を加えようとする気さえ起らない。でも、そんなことって、普通の人間にあり得ると思う? あーすけが持っている羽衣に対する愛情さえ、『羽衣の能力によって植え付けられたまがい物にしか過ぎない』と私が言ったら、どうする?」

「へ?」

「そう、すべては最初から定められていた。羽衣を愛するように、仕向けられていた。羽衣を守るように、仕向けられていた。誰に? なんで? なんのために? すべては、世界樹の持つ『力』のゆえに。人が『エデン』にたどりつくための『鍵』であるという証拠であるがゆえに」

 仕向けられていた?

 まて、どういうことだ。

 そんなわけがないじゃないか。

 おれが羽衣を好きなのは、おれがそう思うからだ。

 でも、それでも。

 羽衣と最初に出会った時感じたあの衝動は何だったのか。

――多分、一目ぼれだったんだ。

 あの時感じた感情の正体が、実は――。

「馬鹿な。そんなことあるはず……」

「本人は無自覚でも、その影響は確実にあって、人の心を支配している、それが羽衣の『絶対領域――世界樹の誘惑』」

 皐月の表情と声はそれが真実だと語っていた。

おれは今まで、羽衣のことを大好きだと思っていた。

 だけど、その『大好き』という気持ちが、実はその絶対領域『世界樹の誘惑』によってもたらされたものだとしたら。

 馬鹿げてる。ありえない。

 しかし、否定できない事実だと、心のどこかで納得してしまっていた。

「あーすけ、それでもあなたは『羽衣のことを心から愛している』と言えるの? 領域によって『そうなるよう仕向けられた感情』を、『愛』と呼ぶの? もしそうだとして、それは本当にそうなの? 逃げてるだけじゃない? 目をそらしているだけじゃない? 真実はいつだってそこにあって、見えないとしても私たちを縛り付けているのに。それを否定して、『本当に愛している』と言うことができるの? ねえ、教えて、あーすけ」

 皐月は再び、方天画戟を構えた。

「私に、教えて。愛とは、何か」

 悲痛な思いが込められた言葉は、どこまでも冷たい氷の刃のように光って、おれの胸を突き刺した。

 皐月、こんな感情を、今までお前はおれに隠してたって言うのか。

 羽衣に対して、抱いていたというのか。

 こんな『自分の感情』であるはずなのに、『他人に与えられた感情』みたいな意味不明で気持ち悪い、こんな感覚と、闘ってたってのか。ずっと。

 目を閉じる。

『その想いを一生貫き、必ずやその思いで羽衣殿を幸せにする』

 猛士と約束した。

『羽衣がどうにもならない事があってくじけそうな時には、おれは必ず羽衣を守るよ』

 いつか羽衣に言ったような気がする。

 五年という月日を。

 誰よりも羽衣を愛したいと悩みぬいたあの日々を、無駄にしてたまるものか!


「心に、刃を。我が魂よ刀となり、顕現せよ」

 全神経を注ぎ込み、心臓に手を当て、引き抜く。

 文字通り、魂を引き抜く。


「桜井真実愛刀剣術極意『真実愛刀剣―魂の刃―』」


 カッと目を見開き、刃を振るう。

 すると刃から桜の花びらが舞い散り、花吹雪となって皐月の金色の炎と拮抗した。

 これこそ、奥の手。

 使用すればほどんとの体力を消費してしまうし、領域の使用時間も短くなってしまうため、ここぞという時にしか使えないが、まぎれもなく『桜井真実愛刀剣術の全て』が詰まった極意だけあって、その威力は桁違いだ。

 皐月が所有する『方天画戟』はその武器自体に最高級の領域と攻撃力が付与されている上、扱うことができるのも皐月本人だけだろう。

 だが、この武器なら、皐月が持つ『方天画戟』と対抗できるという自信があった。

 ……っていうか初めからこれ使っとけばよかった。

「皐月、今まで気づかなくてごめんな、せめて全力でそれにこたえてやる」

「あーすけ……」

 桜の花びらを縁取ったような鍔からむき出しになった白刃を皐月に向け、構える。

「行くぜ、皐月!」


                 ***


 刺突。

 皐月に向け、放ったその一撃は、難なく方天画戟の柄に弾かれた。

 すぐさま石突が飛んできて、俺の腹に当たった――しかし、それは幻影。

 当たった瞬間桜の花びらとなって消え去る。

 その合間に皐月の背後へ回り込むと背中に刃を放つ。しかし、読んでいたのだろう、皐月はこれもまたひらりと避け、流れるような自然な動作で月牙をおれの足元に向け放った。

 迫る刃を宙を飛んで避け、おれは兜を割るが如く皐月の頭へ振り下ろす。

 雷鳴が轟くような音が響く。

 おれの一撃は方天画戟の柄によって受け止められていた。

「あーすけ、さすが」

「くっ、あっさりと受け止めておいて言うことじゃねえだろう」

 バチバチと、桜の花びらを燃やす音、匂いが鼻孔をくすぐる。次の瞬間金色の炎が膨れ上がったと思ったら、おれの刀は押し弾かれた。

「ふっ!」

 気勢のこもった皐月の声。

 無数の鋭い突き。それを、刃で受け止めて、弾く、が。

 徐々に突く速度は加速していき、そして――

「はあああああっ!!」

 一転月牙が銀色に光り、凄まじい衝撃波を放ちつつ下から上へと縦線を描いた。

「がっ!」

 何とか刀で受け止めるものの、衝撃波をもろに食らい、後方の壁に激突して、地面に落ちた。

 もしも生半可な武器であったなら、今の一撃で終わっていただろう。

 刃を地面に差しながら、息も絶え絶えになりながら、何とか立ち上がる。

 おれはこの『真実愛刀剣―魂の刃―』を振るうのに精一杯だ。

 一振り一振りが、全神経、全体力を振り絞っているように、つらい。

 対して、皐月には余裕があった。息一つ乱れていない。

 このままでは勝てない。

 実力差は明白だった。

「はあはあ、なあ、羽衣は、知ってるのか、さっきのそのエデンの鍵うんぬんっていうのは」

「鍵は死んだ時点で生まれ変わるから、今の鍵である羽衣はまだ生まれたばかりだから知らないはず。でも、羽衣は気付いている。自分がほかの人とは違うことは。そもそも羽衣があーすけの家に来たのも、生まれてすぐに崇拝の対象となっていた羽衣を、あーすけの父親、正道さんが保護したから。熱狂的な愛情しか向けられてなかったから、羽衣の心は弱り果てていたと聞いている。だから、羽衣はずっと悩んでいた。自分の異常な魅力を」

「そんな……」

 おれと居る時、羽衣はいつも笑顔だったと思う。でも、裏では、そんな言い様のない不安を絶えず抱えていたのか。

 そんなおれが、本当に、羽衣を愛せるのか。

 羽衣の悩みや不安に向き合えず、一方的に押し付けてばかりなのに。

 それでも……!

「お願い、もう、終わりにして。もう、あーすけは限界。立ち上がっても、わたしには勝てない。それがわかったでしょ。そもそもわたしは人間じゃない。だから、だから」

「うるせえ……な。にんげん、じゃない? そんな苦しそうな顔して、悩んで、おれのことや、羽衣のことを考えてる奴、が、人間じゃない? そもそも人間じゃないからって、なんだってんだよ」

「え?」

「そんなのおれには、関係ない。羽衣が『鍵』だろうが、皐月が『ケルビム』だろうが、そんなの、おれには関係ない。羽衣を好きな理由が『鍵』だから? そんなのクソ食らえだ。皐月が『ケルビム』だから、羽衣を殺す? 馬鹿らしい。そんなくそったれな世界なら、おれがぶち壊す。羽衣や皐月を苦しめるような、そんな馬鹿らしい『何か』がこの世界に存在しているのなら、おれは、そいつをぜってー許さねえ。ぶっこわしてやるんだ。だから、おれは、こんなんで、こんなことで、負けるわけにはいかねえんだ。世界を変えてやる。おれが、世界を、変えてやるんだ」

「あー……すけ」

「だから、そんな顔するんじゃねえよ。信じろよ、おれを。おれはお前に勝つ。勝って見せる。だから、お前は、全力でおれと闘うことだけ考えてろよ」

「あーすけは、本当に、馬鹿」

 そんなおれの言葉に皐月が、地面に顔を落とした。

 金色の炎を一点に、つまり方天画戟の月牙に集め始めた。

 おそらく、この一撃で、決めるつもりだろう。

 おれの言葉を信じているから、おれを失望させないために。

 全力で、おれの言葉に答えてくれるつもりなのだ。

 やっぱり皐月は皐月だな。おれの唯一無二の親友。

 そんな皐月におれは応えなければならない。無い力を振り絞ろうと、領域を発動させようとして、目の前がくらりと揺れる。

 激しい眩暈、頭痛、発熱と咳。

 加え、筋肉がけいれんしていた。

 くっ、これは……。まさか、そんな、嘘だろ。


『羽衣依存症』の症状ではないか!


 まさか、こんな時に発動!?

 や、やばいんですけど。

 え、なんかすっげーシュールな感じで、ここから起死回生の一発逆転ホームランかまさないといけない場面なのに、こんなことで終わりになっちゃうとか。

 おれは、縋りつくように特等席に座っているはずの羽衣を見ようとして、しかし、そこには王座のような椅子があるだけで、羽衣の姿はどこにもなかった。

 え、マジで。

 なに、この展開。

 おれ、終わってない?

 皐月が真剣な表情で、

「あーすけ。いくよ……!」

 とか言ってるのに。え、マジで、これで終わりなわけ。

 目の前が真っ暗なんですけど!

 エマージェンシー、エマージェンシー! 羽衣よ、助けて!


――お兄ちゃん!


 その時、どこからともなく、羽衣の声が頭に響いた。

 同時に羽衣の匂いがした。ぬくもりがした。

 急速に視界が回復し、それどころか気力体力さえ超回復していく。

 なんだこれ。

 きょろきょろ見回すが、羽衣の姿は無い。


――お兄ちゃん、お願い、勝って!


 どうも客席とかじゃなくて、直接体を抱き寄せ、語り掛けているような感じだ。

 羽衣、もしかして、準備室に来てくれたのか。

 居てもたってもいられなくて、来てくれたのか?


――好き! 本当は好きなの! お兄ちゃん好き好き、大好き! 本当はずっと寂しかった。お兄ちゃんがいなくなって、羽衣、どうしたらいいかわかんなくなって。皐月さんには連絡とるのに、なんで羽衣にはしないのって思うと、悲しくて、どうしようもなく皐月さんに嫉妬して。皐月さんの真似すれば、お兄ちゃん帰ってきてくれるかと思って、髪も伸ばしたけど。でも羽衣は全然皐月さんになれなかった。もう、どうしたらいいかわかんなくなっちゃったけど、でも、羽衣、お兄ちゃんと一緒にいたい。だから、お願い、お兄ちゃん、皐月さんに勝って!

 羽衣を、羽衣を、助けて!


 なんだこれ。

 すっげー無敵な感覚。

 今ならどんな相手も敵じゃない。

 さっきまでの絶望が、ちっぽけなごみくずとなってしまったような感じ。

「ははは」

 おれは思わず笑ってしまった。

 やっぱり羽衣は最強だ。

 おれの女神だ。

「桜井真実愛刀剣術極意『真実愛刀剣―魂の刃―』」

 魂から刃を抜き放つ。

「桜井真実愛刀剣術最強奥義……」

 構える。

 皐月の月牙が閃いた。

 目の前が真っ白に染まるくらい、すさまじい一撃。

 なのに、今のおれには、それがちっとも怖くなかった。

 ただ一言、おれは叫ぶ。


「桜井羽衣超絶愛妹!(おれのいもうとが可愛すぎて大好きすぎる!)」





              ☆



 こうして、おれは皐月に勝利した。

 最後に放った奥義『桜井羽衣超絶愛妹!(おれのいもうとが可愛すぎて大好きすぎる!)』の一撃によって。

 技としては魂の刃を振りぬいた、ただそれだけだ。それでも、その一振りが、絶望的なまでの実力差、最強クラスの皐月の必殺技、領域全てをひっくり返すほどの技のキレ、スピード、威力を発揮したのだ! いや、はっはっはっ、正直自分でも何で勝てたか不思議だが、妹への愛は最強の力だと思えば、当然ではあるかもしれなかった。


 あの後、おれの体を抱き寄せて涙を流していた羽衣は、おれが意識を取り戻したと知るや、顔を真っ赤に染め、ぼこぼこにおれを殴り、

「バカバカ、そんなこと言ってない、わたし、なんにも言ってないから、っていうか今の忘れろおおおおおお」

 と否定していたが、そんな羽衣が最高に可愛かったことは言うまでもないだろう。

 そして心から思う。

 この羽衣を守るため、おれはこれから様々なものと戦い抜いて見せると。

 まずはあれだ。


 妹離れしよ。






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