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スマブラ  作者: 金木犀
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一話

「ふ、五年ぶりか」

 飛行機の窓から見える富士山を眺め、おれはそうこぼした。

 手元にある手紙を改めて見る。

 それはおれの親父殿が不意によこしてきたもので、要するにそろそろ一回帰ってきて、修行の成果を見せてみろ、といった内容だった。

 面白い、と思った。この五年という歳月で、自分がどれほど成長したか。おれとしても見てみたいと思っていたところなのだ。

「拙者の胸が打ち震えておる。これが武者震いというやつか」

 ちなみに拙者は、かっこつけたときのおれの一人称だ。

 理由? ほら、なんか侍っぽくて格好いいじゃん。

 そのことを証明するように、今のおれはばっちり袴スタイルだ。ちょんまげはしていないけどな。

「元気だろうか、我が妹は」

 そんなことをつぶやきつつ、真空パックから無地のタオルを取り出し、顔を覆った。

「大丈夫。おれは、あの頃よりも、ずっと、ずっと強くなっているはずだ……」

 自らに言い聞かし、タオルに染み込んだ香りを吸い込み、高揚する気持ちを抑え込む。なんか余計にドキドキしてしまったことは内緒だ。


                ***


 空港に着いたのに、家族の出迎えはない。

 両親はこれからおれも通うことになる学園の責任者で、入学式も終わり、学校生活が始まったばかりでいろいろと忙しいらしいのだ。羽衣も今年新入生らしく、兄の出迎えよりも早く学校生活に慣れたいらしい。

 お兄ちゃんよりも、学校生活なんて、お兄ちゃんちょっと寂し。

 なんて思いつつ、先程のタオルであふれ出しそうな涙をぬぐうフリをしながらニオイを嗅ぐ。

 タオルの香りに包まれるとなんとなく安心する感覚ってわからないかな。

「…………うん?」

 見覚えのある顔が、チラリと視界に入った気がした。

 淡い桃色の春用コートを着た人物が、空港のゲートを潜った先の壁に立っていた。

 夜の月や雪のような寡黙な美しさ。それがその人物を表すおれの印象だ。

 何も知らなければ話しかけることもはばかられるほどの美少女だった。

 新雪を思わせる白い肌、その結晶の繊細さでできたような長い睫毛、月の光を閉じ込めたか如く輝く金色の瞳、腰まで届く神秘さえ備えているような美しい瑠璃色の髪。

 全てが息をのむほど綺麗なのである。

 だが壁にもたれかかっていた女の子に話しかける不届きな、いや命知らずな輩がいた。どうやら荒くれ者の外国人たちのようだ。アメリカのスラム街育ちみたいな。みな一様に悪そうな恰好をしていて、外国人だけあって身長は高い。中には二メートル近い巨人、北斗の拳でいうやられ役みたいなやつさえいた。

 まずい。

 おれは急いで近づき、今まさに肩に触れようとしていた外国人の注意をそらそうと、少女の名前を呼び、

「おい、さつ――」

 だがおれが名前をまだ呼んでいる途中で、肩に触れようとしていた身長二メートル近い外国人の体が吹っ飛んだ。腹に掌底でも喰らわしたんだろう。体重を感じないほどの速度で吹っ飛んだ先にいたのはおれ。

 ぶへばあああああ、と外国人男を受け止め下敷きになる。気絶した外国人から這い出し、次に見た光景が、また衝撃的だった。

 横たわる死屍累々(ちゃんと手加減はしているはずなので、気絶してるだけだが)と、涼しげにそれを見下ろす美少女。

 唖然。

「あちゃー……」

 周囲は何が起きたのかわからないらしく、騒然としていた。

 まずい。

「皐月!」

 おれの声にピクリと反応し、その細長い睫毛をパチリと動かして、大きな瞳がおれの姿をとらえた。周囲に横たわる死屍累々にはもう眼中にないらしく、何事もなかったようにトコトコと歩いてくる。

「あーすけ。 ……久しぶり」

 見た目には無表情ではあるし声色も平坦ではあるが、これでも喜んでくれていることは長年の経験からわかる。

「ああ、まあ。あんまおれは久しぶりな気がしないけどな、皐月とは。この前もスカイプしたばっかだし」

「……そう」

「それよりも、まずは逃げるぞ」

 みんなが呆気にとられているうちに皐月の手を取り、そそくさとその場を立ち去る。

 その際、ポツリと、皐月が何かを実感したように、

「……うん。 ……あーすけだ」

 ぎゅっとおれの手を握り返してきて、ちょっと照れてしまったことは内緒だ。


                  ***

 

 空港の出口でタクシーを捕まえ自宅へと向かっている途中、

「はい、あーすけ」

 大量の輸血セットとティッシュ箱を渡された。

「なんだよ、これ」

「私の血。あーすけと同じ血液型だから」

「いやそうじゃなく、なんでこれを?」

「多分、必要になるって思って」

「いやいや、大丈夫大丈夫」

 皐月の行動の意味が全然わからず、おれはタオルに顔をうずめた。ニオイを嗅ぐ。うーんなんかマイナスイオンや。

「……その行動が、私の予想を確信へと変えた」

「な、なんだよ、タオルに顔をうずめただけだろ? ただそれだけだろ?」

「……そのタオルがどういう意味を持つか知っているわたしに、その言い訳は通じない。そのタオルを毎回用意しているのもわたしだし」

「う、うう、な、なにを言っているのか拙者にはさっぱりでござる。そ、それよりも、次のは? このタオルで最後なんだ」

「次のはまだ回収できていない。 ……十分な量をこの前送ったはずだけど……? あーすけがこっちに帰ってくるとは思っていなかったから、二か月分は用意したのに……」

「あー、いや、なんか。こっちに帰ってくるって決まった瞬間から使用回数が増えてなあ。絶えずニオイ嗅いでないと、なんか頭が痛くなったり、めまいしたり、大変なんだよな」

「……相変わらずの中毒症状。恐ろしい」

そう、おれは病にかかっていた。その病とは『羽衣依存症』。

羽衣から離れた外国の地で、おれを苦しめたのはこの病気だった。具体的な症状としては、羽衣という存在を実感できる匂いをかがないと頭痛、発熱と咳、体がけいれんしはじめ、行動不能になるという恐ろしいほどに強力な病なのだ。

「ああ、恐ろしい。まさか、ここまでとは……。だが、おれはこの五年で変わった。成長したんだ。前みたいにはならないさ、心配するな」

「せっかくの格好いい言葉だけど……。タオルで顔を覆って嗅ぎながら言われても説得力ないし、台無し……」

 ため息をつく皐月の気配を感じながら、タオルの匂いを嗅ぐ。

「それに……、もう必要ないと思う」

 ちょっと寂しそうに(無表情だが、おれにはそう見える)皐月がそう付け加えた。


                  ***


 久しぶりの我が家。時刻は夕方に差し掛かっていた。

 家を守る門の上には一際目立つ、大きな書道文字で『桜井真実愛刀剣術』と書かれた看板。長年光が当たり焼けた感じが、またいい味をだしていた。

 帰ってきたんだな、と実感する。

 ちなみに『桜井真実愛刀剣術』の桜井家は、長い戦国時代において最強と称された剣術であり、かの戦国最強武将本多忠勝や剣豪宮本武蔵さえも、『桜井真実愛刀剣術こそ最強なり』と言わしめたほどである。え? そんなの知らない? 嘘だろって?


(※この物語はフィクションであり科学的根拠や歴史上の人物とは一切関係ありません)

 

 何を隠そう、このおれは『桜井真実愛刀剣術』の正式な継承者候補なのだ。ゆえに修行などという時代錯誤なことが今までできたのである。

「どうしたの……?」

 門の前で立ち尽くすおれを見て、皐月がせっつくように声を掛けてきた。相変わらず無表情に見えるが、心配してくれているのだ。

「いや、ちょっとな」

 さっきから動悸がおさまらなかった。なんかの病気かしらと思うくらいに。

「そうだな。ま、ままま、まずは家に入ろうか」

 動揺を抑えながら、なんとか門の扉を開け、敷地内へと入る。

 池から流れてくる小川の上に架かった石橋を渡った先に、由緒正しく、豪華な造りの日本家屋が堂々と存在していた。

 入口まで移動し扉を開けようと、取っ手に指を引っかけ、横にひいてみる。

 開かなかった。

 数秒の沈黙のあと、

「なあ、皐月」

「鍵、持ってないよ」

「だよな」

 五年前、二度と家に帰らないつもりで旅に出たので、鍵なんて当然もっていかなかった。

 このまま、両親か羽衣を待っているしかないのか。待てよ、そういえば裏庭から行ける、風呂場の扉は昔から開いていて、子供のころ鍵が開いてないときはよく使っていたことを思い出した。

「ちょっと待ってろ」

 皐月にそう言って、おれは裏庭へと向かう。


 裏庭を通り抜け、風呂場へと向かう茂みへと足を踏み入れた瞬間。

「!」

 一瞬の違和感に飛び退る。上空から大きな岩が降り注ぎ、さっきまで茂みであった場所が底なしの落とし穴へと変わっていた。

 ようやく事態を把握し、汗たらたら。

「なんか、子供のころより容赦なくなっているんですけどおおおお!」

 子供のころは投網によって侵入者を捕まえる手法だったのに。

 これ侵入者を捕まえる気は一切ないな。本気で殺そうとしてやがる。

「ふ、おもしれー。この五年、おれも少しは強くなったんだ。これぐらい乗り越えられなきゃ桜井家の後継者候補として笑われちまう。拙者の力、見せてくれる」

 意識をおのれの内側へと落とし込み、世界を視界だけではなく、聴覚や嗅覚、触覚、味覚全体で捉え、見る。するとおのれの中に眠る第六感シックスセンスが呼び覚まされるのを感じる。

 第六感に達すると感知し操ることができるのが『領域』である。『領域』というのは、基本的には、万物を形成する元素の大本であり、純粋なエネルギーの塊だ。その『領域』を第六感を駆使し、発動させ、操るようになった存在のことを人は『達人』、『魔法使い』、『超能力者』などと言うのだ。

 その領域を広げ、感覚を研ぎ澄ませていく。

 不意に、庭に植えられた桜の木から散った花がおれの領域へと入り込んだ。

 そんな偶然の出来事にふっと笑う。今まさにおれが繰り出そうとしている技が、これに由来していたから。

「桜井真実愛刀剣術秘技『桜木花道さくらぎはなみち

 それは第六感を駆使し達人が領域を使ってできる実像だ。領域をさらに昇華すると、実像が現実を侵食し、技を繰り出す人間のイメージが具現化するのだ。

 イメージは桜の花びらが散って風に運ばれていく光景だ。足元に桜の花びらが集まり、桜の花びらを足場にし木々の隙間を縫うようにひらりと、駆けていく。

 あとは、木壁を乗り越え、中へと入るだけ。

 

 ところで、桜井家の風呂場は内湯だけでなく露天風呂もある。どちらも源泉かけ流しの温泉であり、露天風呂の方は基本常時入れるようにしてある。壁の向こうから、もわりと、湯気がたちこめているのもそれが理由だ。

 ちらりと脳裏をかすめる。

 この露天風呂に人が入っていた場合、インターフォンとか聞こえないかも、なんて。

 でもそんな偶然、そうそうあるわけないしなあ。

 気にしすぎ、気にしすぎ。

 と、一瞬の躊躇がありながらも、『桜木花道』を使い、壁を乗り越えていく。

 壁を乗り越え、領域をぷっつりと切り、地面へと降り立つ。

「うんうん、侵入成功」

 水蒸気が冷えてもうもうと白くなった湯船の方を何気なく見た瞬間。

 ザバッと、驚いて立ち上がる何か。

 いや、何か、なんて不正確な言葉で誤魔化したが、そこには、そう言うなら天使がいた

 肝心な部分は湯気によって(偶然!)隠れているが、健康的に日焼けした肌は余計に扇情的で、腰まで届く黒い髪はお湯に濡れてきらめいていた。

 そして優美を感じる少し太くも長い眉が、彼女の全体的な雰囲気を作り、意志の強そうな大きな瞳が見るものすべてを魅了する。気品を感じる鼻や口の配置は、まさに神がこの世に授けし奇跡だろう。まあ、要するに、

「よ、よお、久しぶり、う、う、うぼへばあああああああああああ!」

 俺の妹は宇宙一可愛いってことだ!


 意識が白み、おれの鼻から何かが飛び出ている。なんだろう。幸せかな。魂かもしれない。だってほら、なんか神様がこっちを見て微笑んでいるもの。

 悲鳴が近くで聞こえた気がするが、とりあえず、おれは心の底から思うのだ。

 生きていて本当によかったあああああ。


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