――十二歳の時。
「羽衣!」
ノックもせず羽衣の部屋に押し入る。
羽衣はどうやら勉強をしていたらしい。
突然入ってきたおれを、怪訝そうな表情で見てくる。
黒曜石のように艶やかな髪の毛。ボブショートがよく似合っている。
ぱっちりと開いた百合のような大きな瞳と、淡いピンク色の唇がひたすら麗しい。
まだまだ幼いのに、すでに大人さえ魅了するほどの器量を持っていた。
目の前の絶世美少女、羽衣は、全身傷だらけのおれの姿に目を丸くして、
「どうしたの、その怪我?」
その言葉だけで、おれの傷口はさながらラストエリクサーのように癒えていく(気がした)。もはや我慢できなかった。ありったけの勇気を振り絞って、叫ぶ。
「好きだ!」
「どうしたの、急に? わたしもそりゃー、嫌いじゃないけど。す、好きだけど」
おれの告白の言葉に、あっさりと羽衣は頷いてくれた。
なんと、羽衣もおれと同じ気持ちだとは!
これからおれと羽衣はもっと特別な関係になるんだ。具体的に言うと、あんなことや、こんなことや。
「ぐへらぼしゃあ」
ちょっとえっちなことを考えていただけなのに、目の前の可憐で小さな女の子が放ったとは思えないような一撃が、おれの顔面に突き刺さった。
ぷしゅーっと、倒れ伏すおれに、
「あ、ごめん。だ、大丈夫? なんか今とっても危険な気配がして、つい」
「気、気にするな。これは愛の一撃なんだから」
「なに、その愛の一撃とか言ってニヤニヤしてるの、かなり気持ち悪いかも」
「ガーン」
心にナイフが突き刺さる。愛する人が放つ何気ない一言が、心の奥底まで届いてしまう。そう、それこそ愛に潜む危険な一面なのである。
「きもちわるいっていわれたきもちがわるいっていわれたきもちわるいっていわれた」
「ああ、またかあ。もう、困ったなあ。はいはい、大丈夫、きもくないよ。時々すごく気持ち悪いときあるけど、基本的には気持ち悪くないから気にしなくていいよ」
「羽衣……」
だけど、そんな愛する人が発する優しい言葉はどんなケアルガやリザレクションより強力なのである! うわー天使がおる。ここに大天使がおる。
「羽衣いいいいいいいいいいいいい! 好きだああああああああ! 大好きだあああ!」
「わわわ」
目の前の天使を抱きしめる。羽衣の匂いが、鼻腔いっぱいにひろがる。それだけで頭が幸せいっぱい、元気百倍になる。
「結婚してくれ! 羽衣いいいいいいいいいいいいいい」
俺のありったけの想いが込められた言葉を放った瞬間、
「え?」
空気が凍り付く。そんな幻想や、冗談みたいな感覚を、おれはこの時初めて味わった。
あれ、なんだろう。なんかおれ言葉間違えたかな。
目の前の女の子羽衣は、おれの胸から離れ、距離をとった。
「あ、悪い悪い。け、結婚はさすがに段階吹っ飛ばしすぎだもんな、やっぱり」
「……ねえ」
「まずは、おれたち、つ、付き合っちゃおうか?」
ちょっと目をそらしつつ、さりげなさを意識してみた。けど、同じ攻撃属性は効果が無いらしく、ダメージを与えるどころか、あれなんかもっと空気がブリザードってますけど。
「それ、本気で言ってるの?」
「ほ、ほほほほ、本気だともさ。そりゃーもう、全力のメガンテばりに」
「き、気持ち、気持ち」
プルプルとなにかのゼラチン質でも食って同化しちゃったかのように震える羽衣。大丈夫かな。気持ちって繰り返してるけど。なんでだろう。あ、あれか。突然、告白されて戸惑っていたのか。それで自分の気持ちを確かめている最中なんだろう。大丈夫、君の気持ちは本物さ。だからその気持ちを言葉に変えて、
「悪い」
そうそう、気持ち悪いっていう言葉に変えて。って、あれ?
「気持ち悪いよ、お兄ちゃん」
時間が止まった瞬間だった。
「私たち兄妹なんだよ? それなのに、結婚とか、考えられないし、考えただけでこうなんていうか得体のしれない感覚が襲ってくるんだけど。なんていうのかなこの感情、ああ、そうだ、この感情は、む、む、む、虫唾が走るっていうやつだ。と、とにかく! ありえないから!」
その日、ありったけの想いを込めた告白は、完膚無きまでに打ち砕かれた。それはもうまさに全身全霊のメガンテだった。どうせならそのまま宇宙爆発してほしい。
こうして最愛の妹、桜井羽衣に振られた次の日、おれこと桜井愛之助は、これ以上羽衣に嫌われないため。羽衣離れするため。自身を心身ともに鍛えるため。日本から離れ異国へと。
おれは旅に出た。