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ゴーストキャッチャー  作者: セニョールマウス
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前編


この作品は架空の物語です。実在の人物、団体等をモデルにしたものでも、設定に利用したものでもありません。

ゴーストキャッチャー 前編


私がその町に来たのは、昔の悪友からのメールが届いたからだ。


ソイツの名を仮にNとしよう。Nは各地を放浪していて、とある町で一緒に仕事をしたのが知り合うきっかけになった。

お互い不器用な生き方しか出来ない性格で馬が合ったのか、よく一緒に酔い潰れては公園のベンチで仲良く野宿する仲になっていた。


ただし、Nには悪癖があった。女と博打だ。給料日前になると他の仕事仲間に借金をしてはトラブルになり、私が立て替えることも幾度かあった。


「競馬の金貸してくれないか、ちょっとだけ。」


ある日そう頼まれた時、何かの予感がした。私は手持ちの金を全て渡すと、黙って握手をして別れた。奴の手も、私の手も、日付が変われば砂のように崩れてしまいそうなほど、カサカサに渇いていた。

その日から7年、たまに挨拶のメールを交わす位で、Nに会う事は一度もなかった。


「遊びに来いよ。」


それがNからの久しぶりなメールの全文だった。聞けば骨董品を扱う商売を始めたと言う。旅商売で、今度近県で開かれる骨董市に顔を出すと言う。古美術の知識は無いと伝えても、


「値札の数字が読めりゃ充分だ。眺めて知ったかぶりしてりゃ良いのさ。誰も本当の価値なんて知らねんだから。ゴミが福沢諭吉に化けるのは興味深いぜぇ。」


お互い世間にひねくれた考えを持つ者同士、何を面白いかと思う方向性で一致していた。私もNと供に世間と言うものを見物してみよう、それがこの旅の動機だった。

待ち合わせの場所に着き、Nが現れるのを待った。ほどなくして、一台のワンボックス車が私の前に停まった。車体のあちらこちらに古傷や錆があり、かなり年期の入った車だった。助手席のドアを開けてNが昔のように挨拶をしてきた。


たかが7年、されど7年。


それなりの人生を過ごしてきた顔がそこにあった。私が乗ると、Nは車を勢いよく発進させた。この車も骨董品だなと茶々を入れると、


「骨董の師匠から貰ったんだ。こいつに寝泊まりしながら日本中を買い付けに回っている。ボロボロのボロ車だが、こいつは魔法のボロ車なのさ。良い客の時はすんなり走り、悪い客の時は車がグズるんだ。それにボロ車を見た客の反応で良い品を持っているかも分かる。

この車を拒む客は‘キレイ、若い、処女性’にしか興味がないんだ。

そんな連中の持ってる品なんざ安物ばかりだから気を付けなくちゃいけない。安い買い値を付けて落胆されるだけなら良い。中には怒る泣きつく八つ当たりする、挙げ句の果てには詐欺師扱いして警察に通報する奴もいるんだぜ。金を払ってゴミを引き取ろうってのに、こっちはたまったもんじゃねえや。


…でもそう言った連中の反応は、見てて面白いんだけどな。」


私は相づちを打って二人で意地悪く笑った。そこからは昔のNのままだった。一緒に仕事をしていた頃の話で盛り上がり、かつての同僚達の近況について、私を質問攻めにした。機嫌良さそうに車のハンドルを握る横顔は、酒を飲みながらくだらない話で盛り上がっていた時と変わりがなかった。

車をコンビニに停めてもらい、珈琲を二人ぶん買って一つをNに手渡した。そして切り出した。あの日何故姿を消したのか、何処で何をしていたのかと尋ねた。

Nの顔が答えを求めて歪むのが見えた。聞かない方が良かったのだろうか、昔のままのNとして出会い、そのまま別れれば、ただの親しかった友人で終われるのかもしれない。だが私はこいつとは、昔懐かしい思い出の人で居るつもりなど無かった。

お互い、誰かを傷付けずには生きて来られなかった。

俺たちはそんな類いの生き物なのだから。Nは車をコンビニから出すと、苦笑いを浮かべながら話し出した。


「お前とツルんでた頃、何も悪いことは無かった。仕事上の付き合いとは言え仲間と呼べる奴も増えたし、飲み屋で知り合った女とも上手く行ってた。人並みの暮らしにたどり着けたのかと思ったさ。でもその先のビジョンを持てなかった。人生ゲームのあがりマスの文字が俺には読めなかったんだ。

そこで賭けをすることにした。お前から借りた金で博打に負けたら、この町に残ろうってな。

そして勝ち続けた。その日に限って連戦連勝だ。そうしているうちに、勝つか負けるか、天国と地獄を行き来するヒリヒリした感覚に酔いしれている自分に気づいたのさ。そして悟った。俺は安定した幸せが欲しくないってな。

仕事も住む場所も、転々と変わる日が再び始まった。いつもの事だ、後悔は無かった。

だけどあの3.11の日、大きな黒い波が全てをさらって行ってしまった日、

…俺はただ、眺めているだけだった。目の前で形を成していたものが次々と失われていくのに、…昔、大事な人を亡くした時のように俺はまた見ているだけだった。幸せな人もそうじゃない人もみんな流されて行くのに、下らない俺だけが残されちまったんだ。

そして人々の営みは続いていく。苦しくても声を上げず堪え忍ぶ人、他人から盗んででも生きようとする奴を何人も見た。世界は終わっちまったと嘆いていたのに、電車に二時間も揺られれば何不自由なく暮らしていける町が冗談みたいに地続きで存在していたのはショックだった。荒野になった町の跡に立って、ガキみたいに自問したぜ。生と死を繰り返して、人は何処に行こうとしているんだろう。

そのまま突っ立っていたら俺は自己崩壊していただろう。そんな時に声を掛けて来たのが師匠だった。

随分年寄りだったがたたずまいはかくしゃくとしていた。昔、師匠も俺と同じように空襲後の焼け野原で自問したと言う。答えなんか何歳になっても見つからないそうだ。答が得られないのなら違う問題を解いてみてはどうかと言われたよ。人生の宿題は山ほど転がっているってな。

そして師匠の後を継いで骨董屋を始めた。俺のストーリーはそんな感じだ。どうだ、思春期のガキみたいで腰砕けだろ。」


次は笑える話しにしてくれと注文すると、Nは私の脇腹をゲンコツで突いてきた。やり返している内に、車は骨董市の会場にたどり着いた。Nは準備があるから暫く一人で見物して居てくれと言い残すと、その場を去った。

会場は温泉街に通じる道を歩行者天国にして、道の両脇に露店のように商品を陳列する形式だった。近年骨董の定義の幅が広がっているように、玩具から古いレコード盤、質流れのブランド品に年代物の家電品まで売りに出されていた。この町のイベントを盛り上げようと、あちこちの業者に声を掛けたようだ。TVの影響もあるのだろう、幅広い年代の客が集まっている。私も子供の頃に買えなかった品がないかと探しながらぷらぷらと通りを歩き、結構楽しんでいた。


「お客さん、うちの掘り出し物を買わないかい。見ていくだけならお代は結構だよ。さあ展示会場はあちらでござい。」


Nが私の肩をポンと叩いて、温泉街へと手招きをする。私はNに導かれるまま、後を付いて歩いた。大通りをしばらく進み、大きなホテルに挟まれた細い路地をどんどん奥へと向かった。町の喧騒が遠退くにつれ、私の中で妙な居心地の悪い気分が体をくすぐっていた。


「此処だ。」


私達の目の前に五階建の古い旅館があった。建物全体が薄汚れていて、もう何年も使用された形跡が見当たらなかった。廃業したか、もっと立地条件の良い場所に移転したのだろう。だが今日だけは別のようだ。駐車場は満杯で、その半分以上は高級車で占められていた。

Nに連れられるまま開かれた正面玄関を抜けて大きな両開きのドアの前に立った。中に入るとそこそこ広いホールになっている。かつては此処で宴会が開かれていたのだろう。その記憶を呼び覚ますかのように、奥の舞台にあるテーブルに向かって椅子が並べられ、多くの人で賑わっていた。外国人の姿も数人見える。それにしても薄暗い部屋だった。小さな照明が四隅にあるだけで、これといった展示物も無い。何が始まるんだとNに問うと。


「オークションだ。俺が集めた品も、此処で競りに掛けられるのさ。」


Nが舞台を指差すと黒いスーツを着た男が立っている。にこやかにオークション開催の挨拶を済ませると、最初の競売品が運ばれて来た。古い手鏡が一枚、来場者に披露されるとテーブルの上に置かれた台に据え付けられた。そして八ミリ映写機が鏡と対面するように置かれ、レンズから投射された光が鏡に反射し、舞台の壁面に映像を浮かび上がらせた。古いプライベートフィルムらしく、子供がはしゃぎ回る姿や撮影者の妻らしき人物に古い町並み等が脈絡なく写し出される。


それを見て私は大いに混乱した。鏡が売り物なのか映写機が売り物なのか、はたまた誰か著名人のフィルムに値を付けようと言うのか。もしかしたら映像の中に突然売り物の紹介が出てくる仕掛けなのやもしれず、とりあえず画面に目を凝らす事にした。

だが数十秒立っても何も起きない。Nに質問しようとしたら、Nは顎をしゃくって舞台を見ろとポーズをしている。私が目をやると、鏡と映写機の間に古い軍服を着た男が一人立っていた。たかが軍服を売り付けるのに随分間延びした演出だなと思ったが、どうも様子がおかしい。舞台に写された画像に男の影が被さっていないのだ。ホログラムのように透けた男が所在なさげに立ち尽くし、フィルムの終わりと供に姿を消した。

それを合図に競売人が競り値を告げる、最初は千円から。少しずつ値は上がって行くのだが、五千円程で値動きは停まってしまい、それが落札価格となった。

私はいぶかりながらNに問うと、


「あれは幽霊さ。本物の軍服を着た幽霊だよ。俺たちは幽霊を取り引きしているんだ。信じられないだろうが本当の話だ。」


私は呆気に取られた。幽霊を見るのは初めてだし、ましてやそれを売買するなんて想像も出来なかった。いきなり信じろと言うのが無理な話だ。現代の技術なら幽霊モドキを作る事は可能なのではないかと食い下がった。


「俺も最初は冗談だと思った。だが幽霊を捕獲して売買するゴーストキャッチャーは実際に居るんだよ、お前の目の前に。

残念だが技術を説明してやる事は出来ない。ただ鍵になるのは古い鏡だ、古ければ古いほど良い。それに幽霊を閉じ込めて、古い映画フィルムの光を当てるんだ。俺にも理屈は解らないがそれで幽霊が姿を見せるようになるのさ。但しその時注意する点がある。戦争や暴力的な映像だと奴等は暴れ出すんだ。幽霊を落ち着かせるには、平凡なフィルムが一番なのさ。」

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